児童文化研究センターは、2024年12月27日(金)から2025年1月5日(日)まで、閉室とさせていただきます。
ご不便をおかけいたしますが、なにとぞご了承くださいませ。
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皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください |
青春のスケッチブック
続・『クマのプーさん』挿絵画家が描くヴィクトリア朝ロンドン
「うまくいくから。明日には、お日さまが輝いているわ。」(p.234)
『思い出のスケッチブック 『クマのプーさん』挿絵画家が描くヴィクトリア朝ロンドン』(国書刊行会、2020年)の続編です。
前作に引き続き本書の翻訳をされた永島憲江さんは、本学大学院で博士号を取得されました。現在は白百合女子大学児童文化研究センター研究員でいらっしゃいます。
永島さんは「訳者あとがき」に、「本作を訳していていちばん楽しかったのは、『思い出のスケッチブック』に名前だけ言及されていた母の親友ガッシーと、エレンおばさん(おばさんのひとり)が実際に登場してくれたこと」(p.300)と書いています。上に引用したのは、永島さんを嬉しがらせた一人である「母の親友ガッシー」が恋に悩むシェパードにかけた言葉です。
この年、ムナーリはパドヴァで個展を催し、その会期中に〈偏光の映写〉上映会も開催される。〈偏光の映写〉は、偏光板を利用してつくる映像作品のこと。しばらくぶりなので、図録のなかの解説で〈偏光の映写〉のことを簡単に振り返っておきたい。
偏光板とは、ある特定の方向に振動する光だけを通す性質をもったシートで、作品はこれを透明な素材とともにスライドに挟み込んで映写し、プロジェクターのレンズの前で、別の偏光板をかざし動かすと、スクリーンに現れた鮮やかな色彩が次々と変化していくという仕組み。
p.135 執筆担当:盛本直美
喩えるならば、「科学技術を応用し、光の刷毛で描く抽象絵画」といったところだろうか。
物体に備わる特有の性質を利用して得られる像や色彩だから、この〈偏光の映写〉は、実際には「具象(というか、具体)」を極端に突き詰めることによってできる映像なわけだし、「抽象」という言い方はおかしいかもしれない。ただ、なんとなく、版画家の恩地孝四郎の「抽象」と通じるものがあるような気がして、「抽象絵画」に喩えてしまった。私個人の偏った見方に過ぎないのだけれども、いろいろ連想しながら言葉に表してみるのは楽しい。そして、図録に収録された図版はどれも美しい。
1961年のムナーリはほかにもう1回個展を開いており、グループ展への参加は4回。また、第39回ミラノ国際見本市に参加し、モンテカティーニ社のパヴィリオンに噴水を2つ、設置したそうだ。どんな噴水かと言えば、「直径4mの円盤が水と風の動力で動くものなど」(p.347)とのこと。〈偏光の映写〉といい、この噴水といい、ムナーリは動いて形の定まらないものが好きだったんだなと、改めて思う。
【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
1975年の『ひとあしひとあし』出版以降、レオーニの絵本の翻訳を数多く手がけた谷川俊太郎さんが、今月13日に亡くなってしまった。メディアにもよく顔を出している詩人だし、少なくとも100歳までは活躍を続けられるに違いないと勝手に思い込んでいた。だから、谷川さん死去のニュースに接したときは、ものすごく驚いてしまった。心よりご冥福をお祈りいたします。
1961年、レオーニはイタリアに戻った。移り住んだ先はリグーリア州のラヴァーニャという町の、サン・ベルナルド地区である。図録の情報を頼りにネットで調べてみると、ラヴァーニャはジェノヴァ県内に位置する。ジェノヴァはレオーニが15歳の頃、父親の転勤により一家で移り住んだ土地である。ここでイーゼルを購入し、漫画や油絵を描き始めたのだった。
図録に収録された解説「レオの絵本作り——初期の4冊を中心に」(執筆:松岡希代子、pp.188-195)によれば、ここは妻ノーラの実家の別荘ピンクヴィラのあるカーヴィに近く、イタリアでも有数のリゾート地であり、小石の広がる美しい浜辺があるそうだ。そして、結婚前からレオーニはよくピンクヴィラに滞在していたとのこと(p.190)。そういえば、第二次世界大戦終結から2年後の1947年、アメリカに亡命して以来初めてイタリアに戻ったとき、レオーニはカーヴィで絵画制作に打ち込んだと、年譜に書いてあった。アメリカでの生活に区切りをつけるにあたり、若い頃からのなじみ深い土地を選んだのである。
イタリアに再び根を下ろした、この記念すべき年に出版した絵本は『はまべにはいしがいっぱい』(原題:On My Beach There Are Many
Pebbles)である。レオーニ3冊目の絵本。先の松岡の解説によると、制作に着手したのは2冊目の『ひとあしひとあし』よりこちらの方が先だったという。移住が直接の制作動機になったわけではないようだが、イタリア移住後第一作がこの絵本だというのは、なんだか素敵だ。
『はまべにはいしがいっぱい』はこれといった事件は起きない、それらしいストーリーのない絵本である。本物のように描かれた小石の群れのなかに虚構が、というか、心のなかで作り出したイメージが混ぜ込まれていて、どのページも長いこと飽きずに眺めていられる。この絵本が1979年に日本で出版されたときの翻訳者はもちろん、谷川俊太郎さんだった。
【書誌情報】
「レオ・レオーニ 年譜」『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp.216-219 ※執筆担当者の表示なし
センター入り口で、センター蔵書のミニ展示を行っております。今回は、ロシア絵本についての特集や記事が見られる雑誌や、展覧会図録をピックアップしました。展示中も借りられます。お手に取ってご覧ください。
『幻のロシア絵本展 1920-30年代』
企画・監修 芦屋市立美術館・東京都庭園美術館、淡交社、2004年
吉原治良のコレクションを中心に、個人によって収集され、大切に保存されてきた国内ロシア絵本コレクションが一堂に会した展覧会。ロシア絵本の魅力を知るだけでなく、日本におけるロシア絵本受容史を学べるという点でも、貴重な機会を提供する展示でした。
『芸術新潮』第55巻第7号、2004年7月
特集 ロシア絵本のすばらしき世界
解説者は20世紀芸術史がご専門の収集家・研究者の沼辺信一氏。特集冒頭に「まずは黙って見てください」と書いてありますので、お言葉に甘えて、まずは絵本のビジュアルをたっぷり味わいましょう。特集記事内に満載された絵本の写真図版を楽しんだら、文章へ。充実した記事をご堪能あれ!
『こどもとしょかん』第133~140号、2012年4月~2014年1月
「お話の中の食べ物 ロシア編」(執筆者:松谷さやか)
ピロシキ、おだんごぱん(コロボーク)、ボルシチ、シチー、ウハー、サモワールを使って淹れた紅茶、カーシャ(お粥)、ブリヌィ。お話に登場するロシアの食べ物が、全8回の連載で紹介されています。この連載で紹介される「お話」の大半が絵本。ソヴィエト時代の作品も、現代の作品も、取り混ぜてご賞味ください。
『母の友』第725号、2013年10月
特集2 ロシア絵本の世界
特集記事の始めに、ロシア絵本の歴史がコンパクトにまとめられています。『チェブラーシカ』の原作者、エドゥアルド・ウスペンスキー氏や、アニメーション作家のユーリ・ノルシュテイン氏といった現代作家へのインタビューもぜひ!
これらの展示本に加え、ファイル資料として、沼辺信一氏の「光吉夏弥旧蔵のロシア絵本について 【附録】白百合女子大学児童文化研究センター所蔵 光吉文庫 光吉夏弥旧蔵ロシア絵本リスト」を展示しています。
本センター主催講演会の内容をもとにした、この特別寄稿は『白百合女子大学児童文化研究センター 研究論文集26』(2023年3月)に収録されており、大学図書館の学術機関リポジトリでも読むことができます。沼辺氏の論考は、今年の6月には絵本学会の第5回「日本絵本研究賞」を受賞しています。講演会の方も非常に充実しており、センタースタッフとしても、忘れられない講演会となりました。
センター入り口で、センター蔵書のミニ展示を行っております。
『読者としての子ども』
松岡享子 著
東京子ども図書館 2024年
展示期間中も借りられます。お手に取ってご覧ください。
普段はセンターに入って右奥、「小さな資料はこちら」のコーナーにあります。
この本に収録された3つの講演録のうち、2つが『こどもとしょかん』からの再録、1つは音声記録をもとに編集部でまとめたものだそうです。『こどもとしょかん』バックナンバーは、センターに入って左側のキャビネットにあります。ぜひご覧ください。
2冊目の絵本『ひとあしひとあし』を出版(1961年コルデコット賞次点)。(p.218)
本日、10月24日はブルーノ・ムナーリの117回目の誕生日である。エスプレッソとティラミスでお祝いしたいところだが、まずは年譜を読もう。今回は1960年、ムナーリが53歳になる年である。
1960年のムナーリも、相変わらずイタリアをはじめヨーロッパを中心に精力的に作品展示をしているのだが、ムナーリはこの年に開催された世界デザイン会議(於・産業会館、東京、5月11-16日)に招聘され(※)、《偏光の映写》を上映する。ムナーリ、初めての日本訪問である。同時期(5月10-15日)に開催された「60/ワールド・グラフィック・デザイン展」にも出品している。展示会場は日本橋三越。う~む、やはり日本で展示となると場所は百貨店なのかと、感慨深い。
ところで、1958年にムナーリは瀧口修造の訪問を受けていたが、二人の交流はまず日本での作品上映という形で実を結ぶ。世界デザイン会議に先立ち、東京国立近代美術館の映写室で《偏光の映写》による「ダイレクト・プロジェクション」上映会が開催される(上映期間:1月5-24日)。翌月18日には草月アートセンターでも上映が行なわれる。国立近代美術館での上映会の折には、武満徹のテープ音楽「クワイエット・デザイン」が流されたそうだ。
〈直接の映写〉と〈偏光の映写〉、それぞれのシリーズを、図録で確かめることができる。図版がまとめてプリントされたページには、いくつものスライドに、それぞれ質感の異なる素材をマウントしたものが並んでいる。それらのスライドをプロジェクターで壁に直接映写する。図録では上映風景は分からないが、素材が持つ質感や色彩の断片が輝いている。そういえば、この輝き、日本の写真家の写真集で見たことがある。
今井壽恵(1931-2009)という写真家が手がけた企業広報誌『エナジー』の表紙写真には、ムナーリの《偏光の映写》シリーズとよく似た断片の輝きがある。『Hisae Imai』(戸田昌子監修、赤々舎、2022年)でまとめて〈ENERGY〉シリーズを見ることができる。この写真集を見ていたときに感じた輝きである。あくまでも、私がそういう印象を受けたというだけのことであって、影響関係が云々ということを言うつもりは全くない、というより、残念ながら知らないのである。ムナーリと違って今井の再評価はまだ始まったばかりで、写真の専門家でもない私にとって、今井は魅力的だがなかなか手が出せない写真家なのである。だが、何も知らないなりに、詩心に満ちた初期の作品は特に、文学との親和性が高くて興味深い。
ちなみに、何となく思いつきで「今井壽恵」「草月アートセンター」というキーワードを入れてGoogle検索してみたところ、「ジャズ」という言葉がパソコンの画面上に散見される。「えっ、ジャズ?」と意外さに打たれつつも、今度は「今井壽恵」「ジャズ」で検索しなおしたところ、渡邊未帆「日本のモダンジャズ、現代音楽、フリージャズの接点 ——草月アートセンターと新世紀音楽研究所の活動を例に——」(『東京芸術大学音楽部 紀要 第34号』2009年3月、pp.189-202)と出会った。ムナーリの活動の幅はとても広いけれど、この幅広さはこの時代、表現の最先端で活躍していた人たちみんなに共通するものであるらしい。ジャズか…私、ジャズのこともよく分からないなあ…ムナーリのお誕生日だからって、ティラミス食べてる場合じゃないかもしれない…と、胃袋がキュッと引き締まるのを感じるのだった(でも、やはりティラミスは食べたい)。
※ムナーリの日本での動向については、有福一昭「日本におけるブルーノ・ムナーリ」(『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.316-323)を参照した。
【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
10月18日(金)から21日(月)まで、白百合祭期間(準備日と片付け日を含む)のため、児童文化研究センターは閉室とさせていただきます。ご不便をおかけしますが、なにとぞよろしくお願いいたします。
なお、白百合祭の2日間は、1号館2階の院生室のあるエリア(センター含む)は「立入禁止」となります。
センター入り口で、センター蔵書のミニ展示を行っております。
『シルヴィーとブルーノ・完結編』
ルイス・キャロル 著 平倫子 訳
日本ルイス・キャロル協会 2016年
『ミッシュマッシュ』特別号 第1巻です。普段は閉架資料ですので、この機会にお手に取ってご覧ください。
夏休みも何だかんだ忙しかったが、トークイベント「武井武雄のネットワーク」(目黒区美術館ワークショップ室、2024年8月24日)には、頑張って行ってきた。
民藝運動の周辺(アウト・オブ・民藝)から見た人々の繋がりを、童画家、武井武雄を中心にひもとく対談。講師はデザイナーの軸原ヨウスケさんと美術家の中村裕太さんのお二人である。
児童文化研究をしている以上、外せない展覧会である上に、『アウト・オブ・民藝』(誠光社、2019年 ※)の著者が武井武雄について語るとは…! これは、聴きにいかねばなるまい。他の予定(これも私にとっては重要なものだったが)をキャンセルして目黒川を渡り、美術館へ向かった。このトークイベントは、目黒区美術館で開催された企画展「生誕130年 武井武雄展 ~幻想の世界へようこそ~」(会期:7月6日~8月25日)の関連イベントである。アウト・オブ・民藝と言えばやはり人物同士の相関図だが、壁に掲げられた人物相関図パネルは、武井武雄を中心に人々の繋がりの糸が張られた巨大な蜘蛛の巣のようだった。意外な関係や納得の繋がりを見つけることができて、かなりの長時間、楽しく眺めることができる、非常に興味深い蜘蛛の巣なのである。縮小版の相関図はハンドアウトになっており、観覧者は自由に手に取り、持ち帰ることができた。美術館の外(アウト・オブ・美術館…!)でも気軽に復習することができるし、小さくたたんでポシェットにしまっておけば、気になったときにちょっと広げて確かめることができる。
トークイベントは面白く、刺激的であるだけでなく、人物同士の「仲良し」が根底にあって、それらの人間関係をもとに数珠つなぎに話が進んでいくため、聴いていて何となく心が温まる(友達って、いいな…)。
イベント終了後は、話題になった資料を見せていただける時間(なんと太っ腹な!)。資料を見ながらお二人に話しかけることのできるタイミングをうかがい、そして——
「あ、あの…サインください!」
差し出したのは、2022年発行の『アウト・オブ・民藝 ロマンチックなまなざし』(軸原氏・中村氏の共著、誠光社)。予習のために買って読んでおいた小さな冊子である。この冊子では、蜘蛛の巣状の相関図ではなく、ある日・ある所で出会ったふたりという、個人と個人の関係性に注目し、想像力によって史実をドラマへと復元しようとする。このように「ロマンチックな想像力を膨らませること」(p.5 中村氏「はじめに」より)は、我々学問の徒には許されていないことだが、というより、許されていないからこそ大事にしたい。
ところで、軸原氏・中村氏は快くこの本にサインをくださった。表題紙に並ぶふたつのこけしのサインである。こけしの枠をえがいてくださったのは軸原氏。眼鏡をかけた中村氏のこけしは、ちょっとよそ見をしている。
どちらのこけしも、ご本人に似ているようで似ていないところが可愛らしい。ありがとうございます。大事にします。
註
※よろしければ、過去の記事「熊沢健児のお気に入り本」(2019.12.5)をご参照ください。熊沢は軸原氏・中村氏の隠れファンです。
※※熊沢が持っているのは、サイン入りの『アウト・オブ・民藝 ロマンチックなまなざし』です。素敵な表紙図案を手がけられたのは、安藤隆一郎氏。造本は軸原氏が担当しています。
センター入り口で、センター蔵書のミニ展示を行っております。
『おばけのジョージー』
ロバート・ブライト さく・え 光吉夏弥 やく
福音館書店 1978年
光吉夏弥先生が翻訳された本は、修士論文の並びの本棚にあります。
お近くの助手にお声がけの上、どうぞご自由にお手に取ってご覧ください。
1959年、ムナーリは52歳。この年の年譜には、個展とグループ展が3つずつ記されている。全部で6回の展示を行なっているが、そのうちの4回(個展3回とグループ展1回)はダネーゼ・ショールームが会場になっている。
図録の解説(p.209 執筆担当:髙嶋雄一郎)によれば、ダネーゼ社は1957年、ブルーノ・ダネーゼとジャックリーン・ヴォドツ夫妻によってミラノで設立されたとのこと。1960年代イタリアのインダストリアル・デザインを語る上で、また、この時期のムナーリの仕事を語る上で、非常に大きな存在であるらしい。この解説のなかに、ムナーリの主張が次のように記されている。
「芸術は、一点もの、であるべきではない。そうでなくて、シリーズ化を目指す必要がある。そうすればより多くの人々に、たとえそれが複製品であっても、芸術を所有する可能性を与えるものだから」
これを読んで、ムナーリの心意気にうっかり感動してしまいそうになったのだが、検索して見つけたムナーリによるデザインのダストボックス(なんと、現在も販売中である)は、税込価格で9万円を超える値段だった。
9万円のゴミ箱を買える人って、どんな人だろう? シリーズ化され、複製されることによって、確かに「芸術を所有する可能性」は与えられるけれど、可能性を与えられたからといって、実際に手に入るかどうかはまた別の話。つましく暮らす庶民からしてみれば、複製芸術ですら絵に描いた餅なんだ…などと考えてしまったら、もう元気が出ないのだけれど(あぁ、検索なんかするんじゃなかった!)、気を取り直していこう。
解説によると、1959年からムナーリが企画していた11点の遊具がダネーゼ社から発表された。「うち7点は教育学者ジョヴァンニ・ベルグラーノとの共作で、各々に対象年齢が設定され、子どもの発育に合わせつつ遊びを通じてその創造性を刺激する巧みな仕掛けが込められ」たものとのことで、1985年に来日してこどもの城でワークショップを開いた、78歳のムナーリの姿と重なる。
ムナーリが遠い日本の地で子どものためのワークショップを試み始めるのはもっとずっと先のことだけれど、長い年月をかけて、新たな活動に向けた種蒔きをしているように見える。
【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
遠藤知恵子(センター助手)
夏休みが終わったので、ブルーノ・ムナーリとレオ・レオーニの年譜を読むこの不定期連載も再開しよう。
1959年、レオーニは初めての絵本Little Blue and Little
Yellow(日本語タイトル:あおくんときいろちゃん)を出版する。この本ができるきっかけをつくったのは、レオーニの孫たちだった。
家族でデパートに行ったレオーニは、孫のピッポとアニーを連れて一足先に帰ることになった。列車に乗っているうちにじっとしていられなくなった2人を静かにさせるために、そのとき偶然持っていた『LIFE』の校正紙を取り出したのが始まりだった。青色、黄色、緑色のページをちぎって丸い形を作り、「膝の上のブリーフケースを舞台に低い声で語りはじめた」(p.168)のが、リトル・ブルーとリトル・イエローのお話。『あおくんときいろちゃん』の誕生である。
家族との買い物だったにもかかわらず『LIFE』誌の校正紙を「偶然」持っていた、とか、「膝の上のブリーフケース」、すなわち仕事用の書類鞄がお話の舞台になった、とか、当時のレオーニは本当に、ビジネスの世界に生きるアートディレクターだったのである。
『だれも知らないレオ・レオーニ』に収録された松岡希代子の論考「絵本作家レオ・レオーニの誕生と『あおくんときいろちゃん』」では、Little Blue and Little
Yellowの誕生に立ち会った孫の1人、アニーの、アメリカの週刊誌Publishers Weeklyに発表されたエッセイに言及している。1958年のブリュッセル万国博覧会で、レオーニが企画・デザインを担当したパヴィリオンが政治的圧力によって閉鎖に追い込まれるという出来事があった。アニーのエッセイは、このとき“問題視”された写真の構図が、完成した絵本の一場面によく似ていることに着目したもので、パヴィリオン閉鎖と絵本Little Blue and Little
Yellow誕生との関係を考察するというものだそうだ。
ところで、同じく『だれも知らないレオ・レオーニ』に収録された森泉文美の論考「だれも知らなかったレオ・レオーニ」では、1955年にレオーニがデザインを担当したThe Family of Man展図録を取り上げている。この論考で「左右非対称性、不規則性、大小のコントラスト、大胆な裁ち落とし」などを用いた「レオらしいレイアウト」を紹介するための例として、The Family of Man展図録のなかから、人々が輪になって遊ぶ(踊る?)写真を、見開きいっぱい大きな輪のかたちに並べたページを紹介している。
アニーの説とこの図録のレイアウトを併せて考えてみると、もしかしたら、第二次世界大戦終結後のレオーニにとって、平和な未来のイメージは、人間らしい不完全さを含んだ輪のかたちに象徴されるものだったのかな…などということを思いつく。
『だれも知らないレオ・レオーニ』でMoMAとの仕事でレオーニが最も気に入っていたと紹介されるThe Family of
Man展図録の表紙も、いびつな四角形に切られた大小さまざまの色紙のモザイクが、楽しげに笛を吹く人の写真を取り囲んでいるというものである。さまざまな出自をもつ人々が、笛の音(=音楽=芸術)のある所に集まり、仲良く輪になって踊ったり遊んだりするイメージである。かたちは整っていないけれど、おおらかで楽しい。
図録を捲りながら、(そうか、平和ってやつは、輪っかなのだな…)などと考えていたら、なんだかドーナツを食べたくなってしまった。あの甘くておいしい輪を食べるときも、やはり平和な気持ちになる。
【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
「レオ・レオーニ 年譜」『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp.216-219 ※執筆担当者の表示なし
今回は、1958年のレオーニ。この年、レオーニは48歳になる。年譜を読もう。
1958年のレオーニは、前年に3か月間滞在していたインドを再び訪れ、さらにアジア各地をまわる。また、アメリカ国内の5都市の美術館で個展を開催し、その個展では実在する人物と想像上の人物が入り混じったシリーズ「想像肖像」の作品や、グラフィックデザインの仕事が紹介されたそうだ。
インドといえば、タラブックス(憧れの出版社です)を生んだ国ではありませんか!私も行ってみたい!などと、レオーニを羨ましく思いながら年譜を読むのだが、この年、後味の悪い出来事が起きている。
レオーニはブリュッセル万国博覧会のアメリカ館特設パヴィリオン「未完成の仕事」の企画・デザインを担当したのだが、会期の途中で閉鎖されてしまった。ことの経緯については、図録に収録された松岡希代子「絵本作家レオ・レオーニの誕生と『あおくんときいろちゃん』」に記されている。
松岡によると、レオーニが担当したパヴィリオンはメインパヴィリオンとは別に、タイム・ライフがスポンサーとなった小規模な特設パヴィリオンだった。そこでは、ソ連によるネガティヴ・プロパガンダに対抗するために、アメリカの国内問題を率直に取り上げる展示がなされた。展示は三部構成で、アメリカの抱える問題を伝える第1部「混沌」、どのような手段により問題解決に向かっているのかを展示する第2部「進捗状況」、そして、第3部の「望まれる未来」。
第3部の最後に展示された1枚の写真が、アメリカ南部の一部議員の間で問題視されることとなり、一般公開から3週間後にパヴィリオンそのものが閉鎖に追い込まれたそうだ。その写真とは、次のようなもの。
それは、肌の色もさまざまな7人の子どもたちが手を繋いで輪になり、マザーグースの1つ「Ring-a-Ring-o’ Roses(薔薇の花輪を作ろう)」を歌う様子を捉えた、活き活きとした写真作品でした(p.172)
人種など関係なく、一緒に元気に遊ぶ子どもたちの姿。これこそ、まさに「望まれる未来」そのものなのでは?と言いたくなるが、当時はこうした写真を「問題視」することがまかり通っていたのだ。州によっては、有色人種の人々から人権を剥奪したり、差別を正当化したりするような内容の法律がまだ生きていた。当時のアメリカが公民権運動のただなかにあったことを思うと、この写真を問題視することの背景には、平等が怖くて仕方ない人たちが数多くいたということなのだろう。哀れなものだ。が、そんな人たちによる政治的圧力のせいで、精魂込めた展示が台無しにされてはたまったものではない。
ところで、マザーグース「Ring-a-Ring-o’ Roses(薔薇の花輪を作ろう)」は、次のようなもの。
Ring-a-ring o’
roses,(バラの花輪を作ろう)
A pocket full
of posies,(ポケットにいっぱいの花)
A-tishoo! A-tishoo!(ハックション! ハックション!)
We all fall
down.(さあみんな たおれちゃおう)
※
原文は『マザー・グースのうた 第二集 ばらのはなわを つくろうよ』より。( )内は遠藤拙訳。日本語訳のお手本は谷川俊太郎。
『マザー・グースのうた 第二集 ばらのはなわを つくろうよ』谷川俊太郎訳、堀内誠一イラストレイション、草思社、1975年、後付4ページ ※Ring-a-ring
o’ rosesの、oの前に“-”がないのは、原文ママです。
途中の、くしゃみをするところで笑ってしまう。マザーグース、面白いな。
せっかくだから、日本語訳は谷川俊太郎訳を参考にして自分でつけてみた。かっこでくくったのがそれ。当たり前だけど、難しかった。でも面白い。
【書誌情報】
松岡希代子「絵本作家レオ・レオーニの誕生と『あおくんときいろちゃん』」『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp.170-177
「レオ・レオーニ 年譜」『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp.216-219 ※執筆担当者の表示なし
ブルーノ・ムナーリとレオ・レオーニの年表を読むこの不定期連載、1か月ぶりに再開しよう。
久しぶりなので、今回と次回はひとりずつ、ゆっくりと読み進めていこう。まずはムナーリの年譜から。
1958年、ムナーリは51歳になる。グループ展を4回と個展を2回開催し、ムナーリが関わった書籍も3冊出版されている。3冊の本のうちの1冊、『今日の芸術の記録 1958』には、《旅行のための彫刻》のテキストと三次元のオブジェが挿入されていたという。本に立体的なオブジェを挿入?此は如何に?と、図録のページをパラパラと繰って図版を探したが、見当たらなかった。だが、《旅行のための彫刻》ならいくつか載っている。厚紙を折ったり切ったりして立ち上がらせた立体作品である。折りたたんで持ち運ぶことができる。図版で見るムナーリの作品は、持ち運びできるサイズであるにもかかわらず、元気いっぱい、飛び出してくるように見えた。
面白そう、私もやってみたい!旅行のお供に、連れて行きたい!!と、ちょうど、お菓子の空き箱から切り出した厚紙がたくさんあったので、図版を見ながらカッターでキコキコと切れ目を入れ、見よう見まねで折り曲げてみた・・・が、どうにもこうにも、ちまちまとした、真面目くさった感じになってしまい、さまにならない。
(ブルーノ、難しい・・・難しいよ・・・。)心の中で《旅行のための彫刻》の作者に呼びかけながら、いじり過ぎてぐちゃぐちゃになってしまう前に手を止めた。
この年の7月、ムナーリはミラノの自宅で美術評論家の瀧口修造(1903-1979)の訪問を受ける。図録に収録された有福一郎「日本におけるブルーノ・ムナーリ」によると、この訪問で瀧口は《偏光の映写》や《折りたたみのできる彫刻》などの作品と出会ったそうだ(p.317)。それから2年後、先の有福によると、滝口が運営委員を務めていた東京の国立近代美術館、草月アートセンター、そして産経会館国際ホールでムナーリの《偏光の映写》の上映会が開催されることとなる。日本における本格的なブルーノ・ムナーリ受容は、このくらいの時期に始まったようだ。
【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
有福一郎「日本におけるブルーノ・ムナーリ」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.316-323 ※執筆担当者の表示なし
遠藤知恵子(センター助手)
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ムナーリの《旅行のための彫刻》を 真似して作ったオブジェはこちらです。 |
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猫村たたみ (三文庫の守り猫) |
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熊沢健児 (ぬいぐるみ・名誉研究員) |
熊沢:どうも、熊沢健児です。第7回も、どうにか開催することができたね。
猫村:にゃ! 開催できて、本当に良かったのにゃ!
熊沢:コンクールにご参加くださった方々、本当にありがとうございました。
猫村:心よりお礼申し上げますにゃ!
熊沢:さあ、第7回コンクールの振り返りを始めよう。
猫村:トークセッション、始まり始まりにゃ~!
熊沢:最初の書評は、しあわせもりあわせさんの作品。『チャーリー・ブラウンなぜなんだい?——ともだちがおもい病気になったとき』の書評だね。登場人物やストーリーを、情報過多にならない範囲で丁寧に説明し、登場人物の言った大切な言葉、これは、ライナスの言葉だと思うけれど、しっかり印象に残る形で引用している。
猫村:にゃ! 書評なのにゃけど、私、この引用部分で心を掴まれてしまったのにゃ。ぐっとくる台詞にゃね~。そうして読む人の心をつかんだ上で、この絵本のもとににゃったアニメーション作品が生まれた経緯や、日本語訳をした人たちが医療従事者にゃったことが説明されるのにゃ。にゃから、私、思わず「にゃ~む」と唸りながら読んでしまったのにゃよ。日本語版と原書の違いを説明するところまで読んだとき、「原題を調べて両方とも読まにゃくっちゃ!」とググったのにゃ!
熊沢:うん。Why, Charlie Brown, why? だね。書評の構成が巧みなのは確かだけど、この絵本を本当に大事だと思っているからこそ、読んでいる人の気持ちを作品へと向かわせることができるんだよね。
猫村:そうなのにゃよ~。
熊沢:私も、もっと絵本への愛情を率直に表現するよう、しあわせもりあわせさんを見習わないと。
猫村:熊沢君が書く書評の持ち味は、紹介する書物への愛がちょっと屈折しているところなのにゃよ。「魅力を潰す」にゃなんていうような、一周まわってポジティブな言い回しで作品の良さを伝えるのにゃからね。今回の『蛇の棲む水たまり』も、とっても熊沢君らしい文章にゃと、私は思ったのにゃ!
熊沢:(ええと…これは、褒められているのだろうか?)あ、ありがとう…?
猫村:どういたしましてにゃ!
熊沢:(あ、褒めてくれてたんだ…。)君の書いた『ねずみじょうど』の書評も、君らしさ全開だったよ。君が、絵本をとても素直に楽しんでいることがよく分かった。
猫村:ありがとうにゃ!
熊沢:どういたしまして。
猫村:にゃにゃ! 今回は絶滅危惧ⅠB類(環境省レッドリスト)のゲンゴロウブナさんが参加しているのにゃ。大変にゃ!
熊沢:いやいや、魚の名前はペンネームだから。書いたのは人間だよ。
猫村:にゃにゃ、そうにゃの? 人間がかぼちゃ人の皆さんのように賢く暮らせるようになったら、本物のゲンゴロウブナさんたちも安心して暮らせるのかにゃ~。
熊沢:そうだね。環境問題は待ったなしだからね。私は、ゲンゴロウブナさんが絵本と一緒に紹介していたジェイン・ジェイコブズ関連資料2点のうち、映画の方は見たことがあったけれど、『アメリカ大都市の死と生』はまだ読んだことがなかった。日本語訳は出ていないものと、勝手に思い込んでいたよ。
猫村:熊沢君らしくにゃい勘違いにゃね~。
熊沢:そうかな? 私はけっこう、そそっかしい方だという自覚があるよ。でも、ともかく、こうして日本語訳の存在を知ることができて本当に良かったよ。
猫村:前から知っている作品とも、新たに出会い直すことができるのにゃ。熊沢君は、ジェイコブズと出会い直せたのにゃね。
熊沢:そうだね。今回、それがとても嬉しかった。
猫村:めでたしめでたしにゃ!
熊沢:いや、あともう一作品あるよ。ブックレットを紹介する、ほうじ茶の親友さんの書評が残っている。「めでたしめでたし」はその後でね。君はライブラリアンでもあるから、ほうじ茶の親友さんに共感する部分がたくさんあったのでは?
猫村:そうなのにゃ。私、ヒューインズさんとムーアさんには、一度、サインをもらいに行ったことがあるのにゃよ。
熊沢:え…? それは、あの…例の、妖怪トンネル(※)を通っていくという、あの時間旅行?
猫村:そうなのにゃ。むかし勤務していた妖怪図書館の同僚の皆さんと、研修旅行に行ったのにゃ。にゃけど、お二人とも神々しすぎて、とてもにゃないけれど、サインが欲しいにゃなんて言い出せにゃくて…私、英語は苦手にゃし…。
熊沢:いつも好奇心のまま目標に突入していく君が、珍しいね。
猫村:自分でも、私らしくにゃかったと思うのにゃ…。
熊沢:たまにはそういうこともあるよ。
猫村:にゃけどね、それくらい憧れるロールモデルがいるってこと、私、とても幸せなのにゃ。
熊沢:うん。自分がこうなりたいと思えるようなロールモデルがいるって、幸せなことだね。
猫村:ほうじ茶の親友さんは、学校司書や図書館の児童サービス担当として働いている方々を応援したかったのにゃね。女性の多い職場にゃし。
熊沢:そうだね。彼女たちは本が大好きな子どもたちにとって、かけがえのないロールモデルだよ。子どもは社会の宝なんてよく言われることだけれど、彼女たちだって宝だよ。
猫村:そうなのにゃ! 司書さんたちだけにゃなくて、生まれたときからみんな宝なのにゃ。宝物を探しに旅に出る必要なんてないのにゃ!
熊沢:うん。現代の宝を見つけたところで、そろそろ……
猫村:めでたしめでたし!
熊沢:最後までお読みくださって、ありがとうございました。
猫村:ありがとうございましたにゃ!
熊沢:第7回書評コンクールの振り返り、これにてお開きにいたします。
猫村:これからも書評コンクールが続いていくよう、がんばりますにゃ!
熊沢:皆さま、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
猫村:よろしくお願いいたしますにゃ~。
皆さま、ありがとうございました。
2024年度のリレー展示、テーマは「児童文学・児童文化を初めて学ぶ人が読んでおきたい基本図書」です。最終回となる第8回は、現代絵本の研究書です。
谷本誠剛・灰島かり 編
人文書院 2006年
本のタイトルをクリックすると、リンク先のキャプションを読むことができます。
夏の訪れとともに始まるオープンキャンパスの季節を意識して、本を選びました。
児童文化研究センター入り口の、メールボックスの上に展示しています。貸し出しをすることもできますので、どうぞお手に取ってご覧ください。
2024年度のリレー展示、テーマは「児童文学・児童文化を初めて学ぶ人が読んでおきたい基本図書」です。第7回は、日本の絵本史です。
鳥越信 編 『はじめて学ぶ 日本の絵本史』全3巻
ミネルヴァ書房、2001年(第1巻)/2002年(第2巻・第3巻)
本のタイトルをクリックすると、リンク先のキャプションを読むことができます。
夏の訪れとともに始まるオープンキャンパスの季節を意識して、本を選びました。
児童文化研究センター入り口の、メールボックスの上に展示しています。貸し出しをすることもできますので、どうぞお手に取ってご覧ください。
第7回書評コンクールの応募作品を公開いたします。今回は5本のご応募がありました。ご応募、ありがとうございます。
【書評番号1】
『チャーリー・ブラウンなぜなんだい?——ともだちがおもい病気になったとき』チャールズ・M・シュルツ作、細谷亮太訳、岩崎書店、1991年
【書評番号2】
『蛇の棲む水たまり』梨木香歩 文 鹿児島睦 絵 ブルーシープ 2023年
【書評番号3】
『ねずみじょうど』瀬田貞二 再話 丸木位里 画 福音館書店 1967年
【書評番号4】
『かぼちゃ人類学入門』河原田徹 さく 福音館書店 1994年
【書評番号5】
『児童図書館の先駆者たち アメリカ・日本』東京子ども図書館、2021年
優秀作品は投票で決定いたします。
投票方法:GoogleForms (クリックすると投票フォームが開きます)
投票できる人:児童文化研究センター構成員と本学学生
投票締め切り:2024年7月18日(木)
結果発表:7月19日(金)
投票は書評の執筆者名を伏せた状態で行い、結果発表のときに各書評の執筆者を発表いたします。
ぜひご参加ください!
いつも一緒に遊んでいた大切な友達が重い病気になったら、子どもの受けるショックはいかばかりだろう。ライナス——お気に入りの毛布がないと安心できない、「ライナスの毛布」のあのライナス——は、友達のジャニスが白血病で入院してしまい、味わったことのない心の痛みを感じる。
ライナスの周りには、その痛みに寄り添ってくれる親友のチャーリー・ブラウンだけでなく、痛みをさらに強めるような子どもたちもいる。さわったら病気がうつると言ってくる姉のルーシーや、化学療法で髪が抜けたジャニスをからかういじめっ子、退院したジャニスが先生にえこひいきされていると陰口を叩くクラスメイトたち。そして、ジャニスが病気になってから、自分たちはいつもなにか放っておかれている感じがすると言う、ジャニスのきょうだいたち。
無理解による敵意にさらされるジャニスを、ライナスはいつもかばい、守る。
「ジャニスは、なにかわるいことをしたから、がんになったんじゃないよ。この作品は、スヌーピーが登場する漫画『ピーナッツ』の作者シュルツ氏の元に届いた、小児病院の看護師からの手紙がきっかけで生まれた。「がんとたたかっている幼い子どもたちのために、スヌーピーと仲間たちの力をかしてほしいのです」——その願いに応えてテレビアニメが作られ、次に作られたのが本作、絵本である。
アメリカでテレビアニメ版を観た日本人看護師たちが感激し、日本にいる小児がんの専門医に手紙で教え、絵本版を送ったことで、本作の日本語版が出版された。日本語への翻訳は、その小児科医が行っている。原書も日本語版も、小児がんとたたかう子どもたちを支えてきた医療従事者たちの働きかけで誕生したのだ。
日本語版ではわかりづらいが、原書では、原画の紙の凹凸による水彩の微妙な濃淡が、そのままくっきりと印刷されている。アニメのフィルムを使ってフィルムコミックにするのではなく、自ら描き下ろした絵で絵本に仕上げたところに、シュルツ氏の熱い思いが感じられる。漫画ではなく絵本の形で、彼は健康な子にも病気の子にも、広く届け、伝えたかったのだ。つらい思いをしている子の気持ちを想像し、わかろうとすることの大切さを。そして、重い病気であることにうしろめたさを感じる必要など、まるでないのだということを。
重いテーマの作品だが、どんなときも自由気ままにふるまうスヌーピーが、明るさと笑いをもたらしてくれている。
モスグリーンの分厚い表紙をまるくくり抜いたなかに、黒い地に描かれた植物の輪が見える。凝ったデザインに惹きつけられて手に取ると、手のひらよりやや大きいくらいのサイズに親しみ深さを覚える。
黒い見返しと表題紙の淡い青磁色のコントラストにくらくらしながらページを捲れば、物語の始まりの2行を印字するページはオフホワイト。文章が始まる前に余白をたっぷり取って、「さあ、次のページをどうぞ」と促すかのようである。促されるままにさらにページを捲ると、蛇の棲む水たまりと出会う。物語はこうだ:群れから離れた馬が見つけた、蛇の棲む水たまりのなかには、もう一つの世界がある。この水たまりにやってきた動物が水たまりに飛び込むと、別の生き物に変身する。馬はこの変身の様子を見、やがて、自分も水たまりに飛び込んでみる。そして、変身する。
文章と絵とは截然とわかたれており、物語の冒頭と終わりを除き、言葉のページは黒地に淡い青色の文字が浮き上がり、絵のページは白地に植物や生き物を組み合わせた、図案化された絵がプリントされている。
出版社のホームページによると、2023年6月から2024年6月にかけて各地で開催されている展覧会「鹿児島睦 まいにち」展に向けてこの絵本は作られた。陶芸家の鹿児島睦(かごしま まこと)氏が制作した新作の器を見て物語を作ることを依頼された梨木香歩氏が、200点の器を見てテキストを作り、そのテキストに合わせて鹿児島氏が新たに1枚の器を制作したという。
この絵本が焼き物の器の写真を“絵”としていることを確認した上で、もう一度眺めてみると、真上からのアングルで撮影し、敢えて立体感のない画像にしているためなのだろうが、ぼーっと眺めているだけだとやはり“絵”にしか見えない。その平面的な見た目は、実は、器にとって不自然なものである。
器の魅力はその立体的かつ触覚的な造形美、つまり、使っているときに掌に感じる心地よさに負うているところが大きいはずなのだが、この絵本ではその三次元の魅力を敢えて潰し、二次元のものとして扱う。本来の魅力を犠牲にする代わりに平面性を獲得した器は、一つ一つに施された絵付けの魅力はそのままに、あくまでも絵本の一要素として働き、他の要素、たとえばテキストやページを順に繰っていったときの絵本全体の構成といったものと調和している。
奇妙にストイックな、しかし心惹かれる一冊である。
参考URL
「絵本「蛇の棲む水たまり」」BlueSheepホームページ
https://bluesheep.jp/projects/mizutamari/ (閲覧日2024/6/4)
「ねずみのじょうど ねこさえ いなけりゃ このよは ごくらく とんとん」(p.13)
あねさんねずみたちが歌う、この歌をきいたときほどショックだったことはないのにゃよ! 私、この絵本に出てくるねずみさんたちが可愛くてとっても好きなのにゃ。そもそもねずみさんたちは私のお友達にゃ。食べたりなんか、しないのにゃよ~!
貧乏なおじいさんが、おばあさんにこしらえてもらったそばもち(そば粉を練って作ったお餅にゃ)を、地面の穴に落としてしまうことから事件は始まるのにゃけど、その穴はねずみさんたちの巣穴だったのにゃ! おじいさんが落としてくれた、おばあさんの美味しいそばもちのお礼に、ねずみさんがおじいさんを巣穴にご招待するのにゃよ。めくるめくアンダーグラウンド(土の下の巣穴にゃからね)の世界へようこそ!なのにゃ。
お土産までもらって、おじいさんは嬉しい気持ちでおばあさんのところへ帰るのにゃよ。すると、隣に住んでいるめくされじいさんがやってきて…にゃっ、にゃにゃっ! いけないいけない。これ以上言うとネタバレになっちゃうのにゃ。昔話にゃから、大人の皆さまはなんとな~く想像がつくと思うのにゃけど、最後のオチは言わずに、お楽しみに取っておくのにゃ!
再話は安定の瀬田貞二さんにゃ。絵を描いたのは丸木位里さんにゃよ。この絵本が出版された頃は、丸木さんは俊さん(赤松俊子さん)と共同制作で〈原爆の図〉のシリーズを描き続けていたのにゃ。日本画の手法をマスターしていた丸木さん。若い頃は、ヨーロッパ(アンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」にゃ!)で起こった前衛芸術運動、シュルレアリスムに学んで実験的な方法をたくさん試していたのにゃって。『ねずみじょうど』では、大胆な滲みにゃとか、かすれにゃとかいったものを巧みに使って、ちょっと不気味な暗がりの中に息づいているねずみさんたちのおうちを表現しているのにゃ。ねずみさんたちの浄土(極楽)って、薄暗いのにゃね~。
珍しい島もあったものである。でっかいかぼちゃなのである。いったいどのようにしてか分からないが、植物であるかぼちゃのなかに、虫や魚やカエルや鳥やけものや人のいのちが芽生えたのだという。
このかぼちゃ島に起源をもつかぼちゃ人は、かぼちゃ島で一生を過ごす。何しろ、かぼちゃ島はそれ自体で豊かな資源なのである。かぼちゃ島は生きており、かぼちゃ島のかぼちゃ肉は食べられる。パンやケーキも作れるし、かぼちゃ酒も醸造することができる。
この豊富な資源に甘え切っていた、かつてのかぼちゃ人は、かぼちゃ肉やその加工品の輸出によって金儲けをし、かぼちゃ島をほりつくし、枯死寸前にまで追い込んだことがある。だが、かぼちゃ島の限界を知ったかぼちゃ人たちは、かぼちゃ島のめぐみを大切に使うことに決め、かぼちゃ島をよみがえらせることに成功した。そして、現在のかぼちゃ島がある。
本書によれば、かぼちゃ島のかぼちゃ人は、のろまで、とんまなのだという。しかし、とんまは、あほうと似て非なるものである。たとえば、かぼちゃ島の都市計画は見事なのである。本書の20~21ページに記された、かぼちゃ人の町を見ていただきたい。テキストには、「せまい路地がまがりくねって、迷路みたいである」(20ページ)とある。共同の井戸やトイレもあり、水汲みのついでにおしゃべり(テキストの言葉を借りれば「井戸端会議」)、お年寄りが外でひなたぼっこを楽しめる。みんなてんでに好きなことをしているように見えて、人と人との距離感がものすごく近いからコミュニケーションが密なのである。
かぼちゃ人の町は、ジェイン・ジェイコブズ(1916-2006)の『アメリカ大都市の死と生』(1961年)に記された、都市の多様性を作る四つの条件を見事に満たしている。嘘だと思ったら、鹿島出版会から出ている邦訳(1977年)を読むか、あるいは、映画『ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命』(2016年、アメリカ)を観るかして、ぜひ確認していただきたい。雑駁で、わいわいしているからこそ、多様性を保ちつつ何となくそれらしくまとまることができるのである。
のろまで、とんまなかぼちゃ人の、それは見事な知恵なのである。そう、本書は知恵の詰まった書物なのである。
正味100ページに満たないブックレットです。Sybille A. Jaguschの論文“First Among Equals: Caroline M. Hewins and Anne C. Moore. Foundations of Library Work with Children”(1990)を紹介する張替惠子「アメリカ児童図書館の先達 ヤグッシュさんの論文から」と日本の図書館界に目を向けた内藤直子・加藤節子「日本児童図書館の黎明期」を収録しています。それぞれ、『こどもとしょかん』77号(1998年春)と78号(1998年夏)からの再録です。
「アメリカ児童図書館の先達 ヤグッシュさんの論文から」では、二人の図書館員、キャロライン・ヒューインズ(1846-1926)とアン・キャロル・ムーア(1871-1961)が顔写真入りで紹介され、彼女たちの経歴や業績についてかいつまんで説明しています。
ヒューインズもムーアも19世紀から20世紀初頭に活躍した人たちなのですが、ブックリスト作成や学校との連携といった、現代の図書館員の仕事内容とあまり変わらないことがこの時代に既に行われていたことに、驚きました。当時の取り組みが先駆的かつ実践的だったことが分かります。
でも、次のくだりには、思わず苦笑してしまいました。
さらに、児童サービス部門に入る若い女性には、成人部門の同僚より活躍が許されました。男性図書館員が自ら子ども相手の仕事を手がけることはなく“かよわき”女性たちが児童室にこもっていることを歓迎したために、児童図書館員は争いのない領地に陣取り、才能を開花させることができたのです。(p.11)
彼女たちが先駆的な取り組みをすることができたのは、男性図書館員が児童サービスを自分たちの仕事と思っていなかったから…? それでも、「日本児童図書館の黎明期」のなかで顔写真とともに紹介されている重要人物が全員男性であることを思えば、自分の名前と顔を残すことができた女性図書館員が「いた」ということが、どれだけすごいことか思い知ることができます。
ヒューインズやムーアが現代の児童サービス担当者・学校司書のロールモデルとなる存在であるのと同じように、現在、さまざまな図書館で子どもたちを相手に日々働いている女性たちは、子どもたちにとってのロールモデルになっています。このブックレットを読みながら、現代日本におけるヒューインズたち、あるいはムーアたちが幸せに活躍できる環境が整うように、祈らずにはいられなくなりました。
2024/7/24 人名の誤記を訂正いたしました。
(誤)アン・キャロライン・ムーア → (正)アン・キャロル・ムーア
2024年度のリレー展示、テーマは「児童文学・児童文化を初めて学ぶ人が読んでおきたい基本図書」です。6冊目の本はこちらです。
横浜人形の家で6月30日(日)まで開催される「ひとはなぜ“ひとがた”をつくるのか」展、皆様はもう観に行かれただろうか。人形文化を専門とする菊地浩平先生(児童文化学科・准教授)がこの企画展に参加し、アクリルスタンドの展示(!)で参加しているので、興味を持たれた方は多いと思う。私も先日、行ってきた。
人のフォルム(かたち、形状)の多様性に注目したというこの企画展は、展示物の多様さだけでなく、キャプションを担当する専門家の顔ぶれの多様さも印象的だった。
この企画展は大きく分けて4つのパートで構成されており、第1のパートでは海外も含めた先史時代のごく古い時代の女性小像から、縄文時代、古墳時代、平安・江戸・昭和、そして現代につながる創作人形へ、というふうに、時代ごとの人形(ひとがた/にんぎょう)の移り変わりを見て学ぶことができる。
また、この第1のパートの、アフリカやニューギニアなどの人形(こちらは、現代の人形)が展示されたコーナーでは、横浜人形の家の収蔵品の成り立ちにも触れられており、この美術館そのものについても、少しだが知ることができた。
菊地先生の担当は現代。「いま・ここのひとがた」というコーナーに、顔写真入りで解説文を寄せられている。
場所を取らないことを身上とするアクスタならではの演出というべきか、まさにアクリルスタンドの如きコンパクトな展示コーナーだった。展示されていたのは、サイコスリラー映画に登場する恐怖のAI人形「ミーガン」のアクスタほか計4点…。ちょっと癖の強い展示物は、狭い場所に置かれていても、なんとも言えない凄みがあった(それにしても、面白いものばかり選んだなぁ)。
第2から第4のパートは現代の作家(物故作家も含む)による作品が並ぶ。メインビジュアルとなっている土井典(どい のり)さんの人形も、もちろんここ。肉付きの見事な女性人形に圧倒された。
そして、たぶんこの企画展で最も多くの空間と言葉を使って紹介されていたのではないかと思われるのが、やまなみ工房と嬉々!!CREATIVEの作家さんたちの作品である。
アクリルスタンドを堂々と展示している点からもお察しいただけるかと思うが、この企画展における「ひとがた」には、紙の上に描いた平面の「ひとがた」も含まれている。いや、それどころか、人のかたちをしていない「ひとがた」もある。たとえば、やまなみ工房に暮す酒井美穂子さんの展示物は、展示室の一角の壁にびっしりと並べ置かれた「サッポロ一番しょうゆ味」(袋入り)。食べるのではなく、パッケージの上から親指で擦り、音を立て、見つめるのだそうだ。
彼女の展示コーナーでは、映像も一緒に流されており、親指でサッポロ一番しょうゆ味を擦っている音も聴くことができる。しばらくの間、私も一緒にサッポロ一番しょうゆ味を見つめてみた。なぜ、サッポロ一番しょうゆ味なのかは分からない。分からないということも含め、美穂子さんという「人」の存在を意識し、感じることのできる、豊かな時間だった。
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熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員) |
東京都写真美術館のカフェ「フロムトップ」の苺パフェ、ずっと気になっていたのだ…。
夏に食べた無花果と葡萄のパフェもとても美味しかったが、春頃から提供される苺パフェのことは、2年前から気になっていた。
エディブルフラワー(食用花)をあしらった愛らしいパフェ本体に、お好みで温かなチャイや黒胡椒をかけて食べる。甘さを控え、お茶の苦みやスパイスの香りを活かしたパフェなのである。頑張って早起きして来た甲斐があった。
この日の目的は映画鑑賞だったのだが、児童文学に携わる者としてはちょっと気になる展覧会も開催中である。コレクション展「TOPコレクション〈時間旅行 千二百箇月の過去とかんずる方角から〉」である。会期は7月7日まで。
自慢するわけではないが、私はもうずっと前に観た。
今からちょうど100年前の1924年に刊行された宮澤賢治の詩集『春と修羅』に触発された展示である。第一室から第五室まで、たっぷりと時間旅行をしてきたが、特に印象的だったのは、『LIFE』や『アサヒカメラ』といった雑誌のバックナンバーも一緒に展示されていたこと。それぞれが出版された時期の世相を、場合によっては写真以上に反映しているのである。写真と雑誌が一緒に展示されることで、より時間旅行っぽい鑑賞ができて面白かった。
このコレクション展が行なわれているのは3階展示室で、4階には図書室がある。この図書室も面白い。開催中の展覧会と連動した関連図書コーナーを用意してくれているのである。東京都写真美術館のwebサイトでブックリストを入手することもできるが、現物を一気見できる喜びは、何ものにも代えがたいものである。
そうそう、帰り際に、開催予定の企画展のチラシを手に入れた。
いわいとしお×東京都写真美術館
光と動きの100かいだてのいえ
―19世紀の映像装置とメディアアートをつなぐ
夏休みの子どもたちをターゲットにした展示らしく、親子向けや子ども向けのワークショップも予定されている。会期は7月30日(火)~11月3日(日)。
チラシに印刷された過去の展示風景の数々を見た感じでは、メディアアート縁日とでも言いたくなるような、楽しそうな雰囲気である。…梅雨入りもまだなのに、夏休みが待ち遠しくなってしまった。
熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)
センター入り口で、皆様をお出迎えするテディベア。
児童文化研究センターに住み込みで働いており、空き時間を利用して、ブログへの執筆協力をしている。ブログの記事は主に、展覧会・書籍・映画の感想。猫村たたみ(三文庫の守り猫)とタッグを組み、書評コンクールのコメンテーターなども務めている。
2024年度のリレー展示、テーマは「児童文学・児童文化を初めて学ぶ人が読んでおきたい基本図書」です。3冊目の本は、こちら。
桂宥子/牟田おりえ編著『はじめて学ぶ英米児童文学史』
本のタイトルをクリックすると、リンク先のキャプションを読むことができます。
今回も、オープンキャンパスの時期に合わせて基本図書を選びました。
イギリス・アメリカを中心に、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった英語圏の児童文学史を学ぶことができる本です。時代ごと・国や地域ごとの要点がコンパクトにまとめられているので、忙しい人にも嬉しい1冊です。
皆さまは、朝ドラ(NHKの連続テレビ小説)はお好きかにゃ? 私は大好きなのにゃ!
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猫村たたみ: センター三文庫の守り猫(ねこまた)。 書物をこよなく愛する図書館司書であり、 昭和初期にはタイピストとして働いていた 経歴をもつ。趣味は写真と旅行とダンス。 |
いま放映中の『虎に翼』は女性として日本で初めて弁護士、そして裁判所所長ににゃった三淵嘉子さんをモデルにしたお話なのにゃけど、法律って社会に必要なだけにゃなくて、人々の人生を左右するのにゃね〜。とっても興味深くて、どんなに悲しい展開が続いても観ないではいられないのにゃよ。
敗戦後、ドラマのヒロイン、寅子ちゃんが日々の生活に追われる姿を見るのはつらかったのにゃ〜。愛する夫の戦病死を知ってもきちんと悲しむこともできないほど疲弊してしまうのにゃよ。戦争って残酷なのにゃ。にゃけど、亡くなった夫君との思い出の焼き鳥を包む新聞紙に新しい憲法が印刷されていて、その新憲法に力を与えられて寅子ちゃんは法曹界に舞い戻るのにゃ。私、それを見て感激したのにゃ!
あの神回のあと、無性に日本国憲法を読みたくにゃって、うちの本棚にあった『井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法』を、引っ張り出したのにゃ。
何故にゃらば、この本の末尾には、付録として日本国憲法の全文が収録されているのにゃよ。寅子ちゃんを勇気づけた第一四条【法の下の平等、貴族の禁止、栄典】(58ページを参照にゃ)をじっくり読んで、噛みしめたのにゃ。
今日は、付録だけにゃなくて、本文を読むのにゃ! もしよろしければ、皆さまもご一緒にいかがかにゃ?
この本の前半部分は、作家の井上ひさしさんが憲法の前文と第九条を、それぞれ詩的で易しい言葉に置き換えて表現したものを、いわさきちひろさんの描いたお花や子どもたちや小鳥たちの絵と組み合わせたページにゃ。誰もが戦争に苦しまずに天寿をまっとうできる世の中になるようにという願いを込めて、憲法を日常語に翻訳しているのにゃよ。
後半は「憲法って、つまりこういうこと」という、日本国憲法そのものの説明にゃ。この後半部分では、戦後、新憲法の施行にあたって当時の文部省が子どもたちに配布した「新しい憲法のはなし」のことも紹介されているのにゃ。『虎に翼』の寅子ちゃんは日本国憲法を手で書き写していたのにゃけど、当時は大人も子どもも同じスタートラインに立って、新しい憲法について学んだのにゃね〜。
もちろん、1947年に新憲法が施行されたからって、その年を境にみんなの暮らしが変わるわけではないのにゃ。その後の復興の過程でだんだん社会が変わって、生活も変わっていくのにゃね。復興までにはたくさんの犠牲が払われるのにゃけど、寅子ちゃん、どうかめげずにお仕事がんばってにゃ~!
猫村たたみ
2024年度テーマ「児童文学・児童文化を初めて学ぶ人が読んでおきたい基本図書」に沿って選んだ2冊目の本は、こちら。
前回の補足になるが、「ブルーノ・ムナーリ年譜」によると、『闇の夜に』は1955年に出版されているが、図録に図版が収録された初版本の出版年は1956年と表示されている。また、同じ『闇の夜に』がもとになっているらしい、白い正方形のフレームに収められたコラージュ作品の図版も、4点収録されている。
これら4点のコラージュ作品は、1967年のものである。個展から12年も経ってから作られたものだから、当時のものとは別の作品なのだろうなと思うけれど、真っ白な背景に、貼り込まれた黒や茶色の紙がよく映える。黒い紙の部分には梯子を担ぐ人や猫の姿が青いシルエットで描かれていて、暗闇のなかをとことこ歩いたり、猫どうしベンチに座って頬を寄せ合ったり。図版4点のうち2点は、吹き出しに台詞が一言入っているけれど、真黒な背景に青い文字で書かれた言葉が何やら秘密めいているように見えてしまう。絵柄の興味深さはもちろんのこと、鋏かカッターで切った直線と手でちぎった曲線、くしゃくしゃっと丸めてできたしわなど、紙の質感が存分に活かされているのもこれらのコラージュ作品の魅力である。この『闇の夜に』は雑誌『アイデア』17号に取り上げられた。『アイデア』は、1954年に《凹凸》などの作品を紹介していた日本の雑誌である。
1956年の年譜を読んでいくと、まず、2月2日、動画作家のマルチェッロ・ピッカルドと共に企画した「工作は簡単」というテレビ番組の初回が放送される。作品展示は個展を一回開催。展覧会名は「空想のオブジェの理論的再構成」、場所はミラノのサレッタ・デッラルテ・サン・バビラである。また、エンツォ・マーリとともにデザインしたエスプレッソ・マシン《ディアマンテ》がデザイン・コンペで優勝する。テレビ番組の企画とか、コンペで優勝とか、ムナーリの活躍ぶりがすごすぎて、このあたりの事項については、読んで意味を理解することはできても、想像することができない…。
同じ年、レオーニも賞をもらっている。オリヴェッティ・サンフランシスコ店のデザインを建築家のジョルジョ・カヴァリエーリと一緒に前年の1955年におこなっていたのだが、それがArchitectural Leagueの金賞を受賞したそうだ。オリヴェッティはタイプライターの製造・販売会社であるが、レオーニはサンフランシスコ店のほかにシカゴ店のデザインも担当した。森泉文美「オリヴェッティ・アメリカ支店との仕事」(p.76)によると、「当時オリヴェッティのショールームは現在のアップルストアのように製品と展示空間の両方を体験できる場として捉えられて」いたそうだ。森泉によると、サンフランシスコ店が評価されたポイントは「展示の組み換えが可能な流動性」と「愉快さをともなった秩序」。「愉快さをともなった秩序」には、森泉のテキストに鍵括弧がついていてArchitectural Forum1954年7月号や1956年3月1日付のNew York Timesといった参照文献を、註で示している。
レオーニの図録を読んでいて、オリヴェッティのショールームはアップルストアのような場所、という森泉さんの形容があまりにも分かりやすくて思わず笑ってしまった。もちろん、1956年当時、アップルストアはまだ登場していない。初代Macintoshが発売されたのは1984年、Windows OSの登場は1985年と、ずっと後のことである。レオーニとムナーリの壮年期はコンピュータがまだ遠い存在だった時代で、タイプライターが当たり前に使われていた。そういえば、1960年代のミシシッピを舞台とした映画『ヘルプ 心がつなぐストーリー』(2011年、アメリカ)でも、主役のゲイリー・オールドマンがチャーチル元首相そっくりでびっくりした『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』(2017年、イギリス)でも、原稿を作るときにはタイプライターを使っていた(映画で観るタイプライター、格好良かったな…)。
触れたことすらないタイプライターだが、映画であの、ちょっとうるさいガチャガチャという音を聴くと、郷愁を感じてしまう。
【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
「レオ・レオーニ 年譜」『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp.216-219 ※執筆担当者の表示なし
遠藤知恵子(センター助手)