2025年5月29日木曜日

ムナーリとレオーニ(51)

1962年


 毎日の慌ただしさに負けて、ムナーリとレオーニの年譜をひたすら読み続け、書く、というこの連載も、しばらくお休みしてしまっていた。前回は昨年11月末頃に投稿した第50回。半年ぶりに再開したい。

 1962年5月、ムナーリはモスクワへ旅行している。5月から6月にかけて、モスクワのソコーリニキ公園で開催された「イタリア工業の実現物展」の展示プランを監修したとのこと。国際的な活躍をみると気になってしまうのが国際情勢だが、この旅行から約5か月後の10月にキューバ危機が起きている。2024年にアメリカで製作されたA Complete Unknown(ジェームズ・マンゴールド監督、邦題:名もなき者)にも、当時のアメリカ国内に広がる核戦争への恐怖が生々しく映し出されていた。ムナーリはどんな気持ちでキューバ危機のニュースに接していたのだろう。あるいは、もしかして、芸術運動に忙しくて、ニュースなど気にする暇もなかったのだろうか。年譜だけでは分からないことが、たくさんある。
 まあ、それはとにかくとして、この年もムナーリは忙しい。1回の個展と4回のグループ展を行なっているのだが、グループ展のうちの1つ、「アルテ・プログランマータ、キネティック・アート、マルチプル、開かれた作品」展は、アルテ・プログランマータ運動のきっかけと位置づけられるものだ。ジョルジョ・ソアーヴィとともに企画した作品展示で、5月15日からミラノのオリヴェッティ店舗で開始し、7月から8月にかけてはヴェネツィアで、10月にはローマ、翌年6月15日から7月14日にはドイツのデュッセルドルフでも開催している。
この展示に関して、ムナーリはマルチェッロ・ピッカルドとともに記録映像『アルテ・プログランマータ』を製作している。ピッカルドとはその後、1969年の『余波』まで、様々な短編フィルムを共同制作したとのこと。ピッカルドとの製作物は実験映像や広告映像など。年譜に「各地の映画祭などにも参加する」(p.348)とあるので、その後の出来事を少し読んでみたのだけれど、「各地の映画祭」って、どれのことだろう?(わからない。)
 個人的には、オリヴェッティで開催されたグループ展のタイトルにある「開かれた作品」という言葉が気になる。『開かれた作品』と言えば、同年刊行されたウンベルト・エーコの著書である。この辺のことは熊沢健児氏の関心領域なので、彼にこの本についてのリポートを頼もう。最近、体調が思わしくないそうだが、読書や執筆活動が大好きな彼にとって、研究生活を充実させることが一番の薬である。頼めば3~4週間で書いてくれるはずだ。
 なお、この年のレオーニは、タイム・ライフとモンダドーリが共同出版する月刊誌『Panorama』の編集コンサルタントとなっている。役職については、1962年から1963年は編集コンサルタント、1964年から1965年は編集長とある。モンダドーリはミラノの出版社で、1945年にムナーリが子どものための絵本を7冊刊行していた。

【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
「レオ・レオーニ 年譜」『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp.216-219 ※執筆担当者の表示なし

遠藤知恵子(センター助手)

2025年5月8日木曜日

センター入り口の展示替え

 春から初夏へと移ろいつつあるこの頃、センター入り口のミニ展示も本を入れ替えました。

展示テーマ 少女をめぐる本6選

森下みさ子『娘たちの江戸』筑摩書房、1996年

シャーリー・フォスター+ジュディ・シモンズ『本を読む少女たち ―ジョー、アン、メアリーの世界』川端有子訳、柏書房、2002年

遠藤寛子『『少女の友』とその時代 ―編集者の勇気 内山 基』本の泉社、2004年

中川裕美『少女雑誌に見る「少女」像の変遷 ―マンガは「少女」をどのように描いたか―』出版メディアパル、2013年

岩淵宏子+菅聡子+久米依子+長谷川啓 編『少女小説事典』東京堂出版、2015年

図書の家 編、石堂藍 編集協力『少女マンガの宇宙 SF&ファンタジー1970-80年代』立東社、2017年


 展示中も貸し出すことができます。お気軽にお手に取ってご覧ください。
 帯をつけたままにしている資料もあります。貸し出し時、帯を破いてしまいそうで怖い人は、センタースタッフにお声がけください。返却まで、センターにてお預かりいたします。

2025年5月2日金曜日

連休中の閉室日

 児童文化研究センターの、ゴールデンウィーク中の閉室日は、5月5日(月)と6日(火)です。ご不便をおかけいたしますが、ご了承くださいませ。
竹とんぼのような、モミジの種子です