2022年10月6日木曜日

熊沢健児の気になる展覧会

黒いテーブル

会期終了直前にどうにか間に合い、「原弘と造形:1920年代の新興美術運動から」展を観てくることができた。展示物を置くテーブルの、黒い天板が印象的な展示だった。印刷物など紙のものが多かったので、テーブルが黒いと展示物がよく映える。そのほかにも、本を見やすく展示する工夫がたくさんあって、ただただ感嘆しながら順路を辿ったのだった。

原弘(はら ひろむ 1903-1986)は一時期、光吉文庫のもとの持ち主である光吉夏弥(1904-1989)と一緒に仕事をしていた。今年3月の沼辺信一氏講演会でロシア絵本コレクターとして言及された原は、20世紀の日本を代表するデザイナーの一人として知られている。

この展覧会では習作期の図案作品(「習作期」と言っても、そつのない図案ばかりが並んでいて溜息が出る)から戦時中の対外文化宣伝・対外軍事宣伝の仕事までを中心としており、戦後の作品については装丁の仕事を少しだけ見ることができた。

原は1918年に東京府立工芸学校に入学し、平版科で印刷技術を学ぶなかで(※1)、海外の最新のグラフィック・デザイン(※2)を摂取していく。1919年にはドイツでバウハウスが創設されていたし、この時代に印刷技術の研究を通じて海外のデザインを学ぶことは、刺激的で面白かったに違いない。また、未来派、ダダ、構成主義といった海外の最新の動向を受けて日本で展開された新興美術運動に、原も一時期加わっていたことを、この展示を通じて知ることができた。

展示物で特に印象に残ったのは、『ひろ・はら石版図案集』(1926年)と『原弘石版図案集 Nr.Ⅱ』(1927年)という2冊の図案集。『ひろ・はら石版図案集』には、ワルワーラ・ブブノワから称賛されたという《石版術の始祖アロイス・ゼネフエルダー氏への感謝》(1925年、リトグラフ、26×19cm)が収録されている。原は卒業すると同時に助手として母校の教育に携わるようになり、この2冊の図案集も石版実習のためにまとめられたそうだ。先鋭的な美術運動に参加しながらも教育者として必要なバランス感覚は常に持っていたことがうかがわれ、興味深かった。

 原弘は名取洋之助(1910-1962)らの日本工房(第一次)に参加し、日本工房を離れた後も海外に向けて日本の文化などを紹介する雑誌のアートディレクションを担った。インパクトのある表紙や誌面が目を引く。だが、原の前半生において最も充実していると言っても良さそうな素晴らしい仕事が、戦争に直結するものだったということを、どう受け止めればよいのだろうか? さまざまな試みを重ねて表現がこなれていくのと全く軌を一にして、太平洋戦争の勃発と戦況の悪化が続いているのが、展示物から読み取れる。そして、その先には、戦後の活躍と名声がある。うーん、これは一筋縄ではいかないぞ。そんなことを思いながら、黒いテーブルに美しく並ぶ雑誌を眺めていたのであった。

 

1 当時はリトグラフの方法を応用したオフセット印刷が最新の印刷技術だったとのこと。

2 まだこの呼び方は日本では一般的ではなかったけれど、ともかく今で言うところの「グラフィック・デザイン」に相当するもの。

 

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

本を立てて展示する、あの三角の板に棒を付けたやつ…ボール紙でなんとか手作りできないものだろうか…と思案する熊沢健児氏











【作品情報等の出典について】

このテキストを作成するにあたり、同展覧会の図録を参照しました。

西村碧・大野智世『原弘と造形:1920年代の新興美術運動から』武蔵野美術大学 美術館・図書館、2022

 

【展覧会情報】

「原弘と造形:1920年代の新興美術運動から」展

会場:武蔵野美術大学 美術展示室3

主催:武蔵野美術大学 美術館・図書館

会期:2022711日(月)-814日(日)、95日(月)-102日(日)

2022年9月30日金曜日

光吉文庫の資料から ②世界を巡回した写真展

 The Family of Man. Museum of Modern Art, 1955


 光吉夏弥が 『子供の世界』に寄せた前書きは、こんな一文で締めくくられる。


子供の窓を通して見た、これは今日の世界の人間像だが、子供版“ザ・ファミリー・オブ・マン”というのが、一ばんふさわしいかもしれない。

(クライン・タコニスほか『子供の世界』光吉夏弥訳、平凡社、1957年)

 

 もしかして…と思い、検索してみたら、あった。

英語版の展覧会図録The Family of Manである。展覧会の企画者はエドワード・スタイケン(1879-1973)、図録のアート・ディレクターはレオ・レオーニ(1910-1999)。レオーニが初めての絵本『あおくんときいろちゃん』を出版したのが1959年だから、この図録は、まだ絵本作家になる前のレオーニの仕事である。恐ろしくメジャーな展覧会の図録だけれども、まさかここ白百合で手に取って見られるとは予想していなかった。

 図録のはじめの方に展示風景を写した写真が掲載されている。会場いっぱいにさまざまな大きさの写真パネルを配置したインスタレーションである。人の入っていない展示空間の画像を、精一杯、想像をたくましくして見てみよう。まず、高価な美術品の展示とは違い、展示物と観客の距離感が近そうだ。写真を立体的に組み合わせて構成された空間の中に、観客が入り込んで動き回る。一枚一枚の写真が発するメッセージだけではなく、展示の構成によってもThe Family of Man(人間家族)の世界観を示し、同じ展示を見る人たちに一体感を与えようとしているのだろうか。

展示は68か国から集められた273人の撮影者による503枚の写真から成り、1955年から1962年までに38か国を巡回して9000000人の人々が訪れたという。日本にも来ていた。大変な規模だ。

 図録の写真でその中身を確かめると、新しい生命の誕生を起点として、さまざまな国や地域での子どもの成長や家族のあり方、日々の暮らし方、食、労働、音楽、舞踊、遊び、学び、人の死、戦争、等々が提示されている。中でも興味深いのは、ヨーロッパ、南北アメリカ、中国、日本など各地で撮影された、手をつないで輪になる遊びの写真が並ぶ見開きのページ。人間って、住む場所が違っていても、こんなにも似ているものなのかと驚かされる。

もちろん、人類の普遍性を強調しすぎるこの展示のメッセージには、危うさがある。みんなと同じであることを押し付けられるのは誰にとってもつらいことだし、この展示によってかえってあらわになる貧富の差もある。でも、この遊びのような、意外な一致に興味をそそられてしまうのも事実だ。この驚きはちょうど、シンデレラの類話が世界各地にあるということを知ったときの驚きに似ている。

図録にはプロローグの言葉、写真、キャプションに加えて、古今東西の様々な有名人の言葉が華を添える。その中に岡倉覚三の『茶の本』からの引用を見つけたときは、思わず「おうっ」と声が出そうになってしまった。意外なところで、意外な人に出会う。

 

 しかし、それにしても…と、思う。現役のデザイナーだった頃のレオ・レオーニの、グラフィックの仕事をリアルタイムで見ていた光吉夏弥。羨ましすぎる。

遠藤知恵子(センター助手)


展覧会が巡回した国の数や観客動員数は、DNP Museum Information Japan artscape(URL: https://artscape.jp/index.html)が提供している現代美術用語辞典「アートワード」の「『ザ・ファミリー・オブ・マン(人間家族)』展」の項目(執筆者:小原真史)を参照しました。


2022年9月28日水曜日

光吉文庫の資料から ①フォトエッセイ

 クライン・タコニスほか『子供の世界』光吉夏弥訳、平凡社、1957

 

その判型から、はじめは子どものための写真絵本かと思ったけれど(およそ25×18.5cm48p+後付8p、ハードカバー)、ページを開いてみると、世界中の子どもたちの生活ぶりを写真に収め、聞き取り調査に基づいてテキストをつけられたフォトエッセイだった。振り仮名などもなく、特に子ども向けに出版された本ではないようだ。光吉夏弥の前書き(解説)があって、写真と本文のあとに、撮影者であるマグナムの写真家たちがまとめたデータの抜粋(後付8pの部分)が収録されている。

 被写体となり、取材を受けた子どもたちの名前と出身地、そして写真家の名前と、巻末に付された文章のタイトルは次の通り。

 

 ラップランドのイーサク(クライン・タコニス「トナカイを追う子」)

 イタリアのロベルティーノ(デーヴィッド・シーモア「少年ガイド」)

 アフリカのエマニュエル(ジョージ・ロジャー「近侍の少年」)

 フランスのアルレット(アンリ・カルティエ・ブレッソン「オペラ座の豆バレリーナ」)

 キューバのフアナ(イヴ・アーノルド「キューバの島の娘」)

 イギリスのイアン(インゲ・モラート「小さな紳士」)

 ペルーのマリオ(コーネル・キャパ「アンデスのマリオ」)

 アメリカのゲイリー(エリオット・アーウィット「未来の牧場主」)

 

 近代化された都市空間で生活する子どもと、伝統的な暮らしを守り大自然に囲まれて生活する子ども。金持ちの家の子どもと、大人顔負けの観光ガイドをして家計を支える子ども。上流階級の子どもと、上流も下流もなくただただ元気に走り回る子ども。さまざまなコントラストがあり、思わずじっと写真に見入ってしまう。ちょっと得意がった、いかにもやんちゃな笑顔や、疲れてぼうっと座っている姿も、むつかしい顔をして何やら考えているらしい横顔も、子どもたちの姿はみんな魅力的だ。

取材対象となり、被写体となったこれらの子どもたちのそれぞれの境遇について、光吉は前書きで次のように記している。

 

ある社会では、子供はおとなの世界の現実からできるだけ長く護られている。そして、ある社会では、子供もできるだけ早くおとなの中に繰り入れられる。これも、どっちがいいか簡単にはきめられないことだ。ただ、わたしたちにわかっていいのは、子供には子供の考えがあるということだ。幸せも不幸も、子供は自分で持っているのである。

 

 いまこうして引用のために光吉の文章を打ち込みながら、「ただ、わたしたちにわかっていいのは、」のフレーズが、つん、と胸に刺さった。一瞬、誤植を疑ったけれど、「わたしたちにわかっていい」という言い回しも、なんだかいいと思った。

子どもには子どもの考えがあるということ。わかっているべきだけれど、それを本当にわかるのは、なかなか難しいことでもある。あまり上手に言葉に表してくれない子どもたちは、それでも自分の考えを持って生きているし、幸せや不幸を自分自身で感じることができるひとつの独立した人格を持っている。

 そんなわけで、写真ばかり見ていないで、巻末の文章もきちんと読んで、その上でもう一度、じっくりと写真を見ようと思うのだった。

遠藤知恵子(センター助手)

2022年9月23日金曜日

ミニ展示 9月23日~10月13日

 センター入り口で、センター蔵書のミニ展示を行っております。こちらの本は、展示期間中も貸し出しをすることができます。どうぞお気軽にご利用ください。

 

展示中の本

『昔話の扉をひらこう』

小澤俊夫 暮しの手帖社 2022

 

一緒に展示されている『暮しの手帖』(20222-3月号・8-9月号)には

小澤先生の対談記事やインタビュー記事が掲載されています。

併せてご覧ください。

(三冊とも、暮しの手帖 佐藤礼子様からのご寄贈です)

2022年8月4日木曜日

夏期閉室のお知らせ

 児童文化研究センターは、8月5日(金)から9月22日(木)まで閉室とさせていただきます。

 ご不便をおかけいたしますが、なにとぞご了承くださいませ。

暑い日々が続きますので、どうぞご自愛ください



2022年7月29日金曜日

猫村たたみの三文庫(非)公式ガイド

15)外部機関のデジタル資料と(勝手に)コラボにゃ!

 

 センター構成員の皆様、ご機嫌いかがかにゃ?

 三文庫の守り猫、猫村たたみですにゃ。


 

 夏らしい、暑い季節になったのにゃね~。

 大学の敷地は緑が豊かにゃから、ミンミン、ジワジワ、蝉がにぎやかですにゃ(今朝も蝉の抜け殻を見つけたのにゃ!)。

 

 センターは85日(金)から922日(木)まで休室期間に入りますにゃ。

 夏休みの間は三文庫が利用できなくて寂しいにゃね。コロナの感染状況も気になるのにゃ…にゃ~む、そんなときこそ、オンライン資料の出番にゃね。

 

 今年の5月、国立国会図書館の「個人向けデジタル化資料送信サービス」が始まったのにゃけど、構成員の皆様におかれましては、既に利用されているかもしれないのにゃね~。

 このサービスが始まったことで、国立国会図書館所蔵のデジタル化資料のうち、絶版などの理由で入手困難になっている資料を、自宅からオンラインで閲覧できるようになったのにゃ。

 

 貴重書庫は言うにゃれば絶版の宝庫ですにゃ!

 にゃから、センター三文庫の蔵書と同じ資料を、このサービスで閲覧できる場合もあるのにゃよ。まあ、もちろん、全部の資料が閲覧できるわけではないのにゃけど、手の届く範囲で調査研究を進めることができるのは嬉しいですにゃ。いろいろ大変な時代にゃけど、以前に比べて良くなったこともあるのにゃね~。

 

 そして、「個人向けデジタル化資料送信サービス」で出会った資料がもし三文庫の資料に含まれていたら、お休み明けにぜひ直接見て確認していただきたいですにゃ。紙の質感や装丁の様子は実物を手に取ってみないと分からないですからにゃ~。デジタルの時代だからこそ、実物に触れる経験は大事にゃね。

 院生の皆さんは特に、歴史的な価値があって実物が閲覧可能な資料は、必ず一度は実物を確認してくださいにゃ。猫村たたみのお願いにゃよ!

 

  • 国立国会図書館の「個人向けデジタル化資料送信サービス」の詳細につきましては、国立国会図書館ホームページをご覧くださいませにゃ。大学図書館ホームページのリンクからもたどり着くことができるのにゃ。
  • ちなみに私の最近のマイブームは、金の星社ホームページで公開されている「金の船・金の星デジタルライブラリー」(昭和34月号までの計101冊を収録)にゃ。夜な夜なダウンロードして読んでは、幸せに浸っているのにゃよ。

2022年7月22日金曜日

ミニ展示 7月22日~8月4日

 センター入り口で、センター蔵書のミニ展示を行っております。こちらの本は、展示期間中も貸し出しをすることができます。どうぞお気軽にご利用ください。

 

展示中の本

『星空から来た犬

ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

 原島文世 訳 佐竹美保 絵 早川書房 2004