2023年6月2日金曜日

熊沢健児の気になる収蔵品展

 宮城県仙台市にある宮城県美術館が、改修工事のためしばらく休館となることを知り、新幹線のチケットを予約して朝いちで行った。本館1階で今月18日まで開催される、「リニューアル直前!宮城県美術館の名品勢ぞろい!」展である。

どうしても見ておきたかったのは、昨年亡くなられた山脇百合子さんの原画作品の展示「ありがとう山脇百合子さん」である。展示室に入ってすぐ、『いやいやえん』や『ぐりとぐらとすみれちゃん』、『やまのこぐちゃん』、『ブラウニーものがたり』など、絵本や紙芝居、挿絵の原画をいくつも見ることができた。「ぐりとぐら かるた」の原画も堪能した。

原画の展示なので、言葉はもともと絵にかき込まれているものと、展示室の壁にキャプションとして添えられた必要最小限の説明のみ。でもこれが良かった。なまじ文字が読めてしまうと、言葉に気を取られて充分に絵を注視するということが難しくなる。ほとんど文字無しの状態で原画と向き合っていると「あれ? こんなところにこんなものが…」という発見がある。もちろん、原画に書き込まれた指示や、絵を構成する要素の異同(切り取って少しずらして貼りつけた雲など)といった、作品制作のプロセスを知る手がかりも満載である。

あああぁぁぁ…いつまでも見ていたい、いっそこの部屋に住みたい! そんなことを思いながら、一点一点、惜しみつつ見て歩き、結局2往復した(昼近くなってだんだんお客さんが増えてきたので、3往復目は断念した)。この美術館は絵本原画を収集対象としていて、『こどものとも』の初期の原画を中心におよそ550タイトルを収蔵している。

また、宮城県美術館といえばクレーとカンディンスキー。日本国内の美術館では最大のクレー・コレクションを有しており、収蔵作品数は35点。カンディンスキーの初期の作品〈商人たちの到着〉(1905年)はぱっと見た感じ後年のコンポジションシリーズとはだいぶ印象が異なるが、黒い下地の上に置かれた色彩が目に心地よく響く。バウハウスでは同僚だった彼らの作品が、一つの展示室に仲良く並んでいるのを見るにつけ、「友達っていいな…」などと思うのだった。

宮城県にゆかりの作家や東北出身の画家の作品、佐藤忠良(言わずと知れた絵本『おおきなかぶ』の原画作者である)の彫刻やドローイング、それに具体美術協会の人たちの作品など、個性的なコレクションを有する宮城県美術館だが、その中でも特にユニークなのは、「洲之内コレクション」ではないだろうか。「買えなければ盗んででも自分のものにしたい絵なら、まちがいなくいい絵である」という物騒な名言を残した画廊経営者、洲之内徹が収集した絵画を、この宮城県美術館が収蔵している。

洲之内コレクションが展示されている展示室の一角は、なんだか美術館ではないような不思議な空間である。いつまでも眺めていたいし、なんならこの部屋のこの場所に棲みついてしまいたい。絵本原画の部屋では興奮度MAXのアドレナリンに浸りきった脳で「この部屋に住みたい」と思ったのだが、洲之内コレクションを前にしたときは、静まり返った気持ちで同じことを思った。最初に絵を見たときの「あぁ、いいなぁ」という呟きが、絵から離れた後もいつまでも頭の中に響き続けるような、忘れがたい魅力を湛えた絵が並ぶ。

 

さて、いつまでも絵を見ていたいけれど、ここは東北。定刻通りに新幹線に乗らないと、明日の仕事に間に合わない。また会おう、宮城県美術館!


熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

久々の遠出を終えて、センターに
帰って来たところ。ポシェットの
羊羹を補充している。


武井武雄展、神奈川近代文学館で開催!

 今月3日より、横浜・山手の「港の見える丘公園」で武井武雄(1894-1983)の刊本作品が展示されることとなりました。展示会のタイトルは「本の芸術家 武井武雄展」です。

 12年前に武井武雄刊本作品全139点が寄贈された神奈川近代文学館では、それら全てを閲覧室で手に取って見ることができます。武井の一連の刊本作品は、毎回、武井が一から企画し、デザインと本文を手がけたうえで、必要に応じてその道の達人である人たち(たとえば、伝統工芸の職人さんなど)と連携して制作していました。

 私の研究対象とする武井武雄の作品が、それも、地元神奈川で展示されるのですから、これはもう、いてもたってもいられません。この展示に関しては全くの部外者ではありますが、いつかどこかで叫びたいと思っていた武井の面白さについて、「ぜひチェックしていただきたいポイント」として、とりあえず三つだけ紹介させてください。

 

ポイント1 武井武雄はMr.几帳面

 

 武井武雄は児童書の挿絵や絵本の絵を手がけ、自らも物語を書いた作家です。郷土玩具蒐集が嵩じて分厚い本を書いていますし、さまざまな技法を用いて版画での表現を楽しんでもいます。そんな多才な人物でしたが、強いてただ一言で創作者としての武井を形容するならば、「几帳面」。

刊本作品をつくるときには、創作ノートに本のデザインや下図を記すだけでなく、制作費もきっちり計算し、1冊当たりの制作費を割り出していました(Mr.明朗会計)。亡くなる直前まで、几帳面にコツコツと作り続けた成果がこの一連の刊本作品です。ぜひ、創作ノートとともにじっくり楽しんでください。

 

ポイント2 実験的な試み

 

 刊本作品は様々な素材と技法を組み合わせて制作、部数限定で会員向けに頒布された、一連の造本美術作品です。異素材の組み合わせや、当時としては斬新な印刷方法(静電気を使った特殊な印刷など)、さまざまな創意工夫を凝らした版画の技法などを用いて制作しているところも、ぜひチェックしてください。ただし、制作過程が面白いのに、見た目が地味な作品も実はあります。

 見た瞬間に「うわー、綺麗!」と感嘆してしまうような作品もある一方で、ちょっと見ただけではその新しさや凄さが伝わらない作品もありますから、展示をみて、もしご興味をもっていただけたら、武井の『本とその周辺』(1960年/文庫版1975年)で確認してみてください。この本に、技法の一部が紹介されています。

 

ポイント3 表現者と鑑賞者の交流

 

武井は刊本作品友の会会員のことを「親類」と呼び、「親類通信」で刊本作品の頒布や制作プロセスなどについての情報発信をしていました。また、刊本作品のコレクションをきっかけに、一部の会員の間では親しい交流が生まれました。

1955年発行の『ARIA』は抽象的な版画の連作で構成されている本ですが、武井は「親類」たちにこの本に寄せて詞文を書いてもらい、『ARIAに寄せる』というもう1冊の本を制作しています。作者の意図は鑑賞者にどこまで伝わるだろうかという実験です。ただつくって満足するのではなく、その表現を他人にどこまで受け取られるものかということを気にかけていました。

 

以上、「ぜひチェックしていただきたいポイント」を、「本の芸術家 武井武雄展」開催直前にお伝えいたしました。

 

遠藤知恵子(センター助手)

2023年6月1日木曜日

リレー展示「本について話そう」① 6月1~7日

 センター入り口で、センター蔵書のミニ展示を行なっています。展示期間中も貸し出しをすることができます。どうぞお気軽にご利用ください。

国岡晶子「ブックトーク『原発と放射能』

——確かな本を選びとるために」


 今回から、全8回の連続展示(リレー展示)を始めます。毎回、1冊ずつ展示します。書誌情報をクリックするとテキストのリンクが開きます。テキストでは、その本を展示することについての説明をしています。

2023年5月31日水曜日

ミニ展示予告「本について話そう」―「戦争と平和について考える」をテーマに―

 6月から7月にかけて、「本について話そう」というタイトルのもと、センター蔵書(通称Z本)のリレー展示を行います。児童文化研究センター設立から31年が経ち、内外からのご寄贈によって構成されるセンター蔵書は、かなりの冊数になります。そろそろ、テーマごとの連続展示も可能なのではないかと考え、この展示を企画しました。場所はセンター入り口です。
 リレー展示「本について話そう」第Ⅰ期のテーマは、「戦争と平和について考える」です。深刻なテーマを扱った展示にはなりますが、1冊1冊の本がもつ魅力を大切にして、全8回のリレー展示を行おうと考えています。皆様、どうぞお付き合いください。

リレー展示概要 PDFファイルはこちら

2023年5月26日金曜日

第6回書評コンクール 応募作品を公開します


 第6回書評コンクールの応募作品を公開いたします。
 今回は6本のご応募がありました。ご応募、ありがとうございます。

【書評番号1】
アフィニティ・コナー著、野口百合子訳『パールとスターシャ』東京創元社、2018

【書評番号2
丸山宗利総監修『学研の図鑑LIVE 昆虫 新版』、学研プラス、2022

【書評番号3】
『クマのプーさん展公式図録 百町森のうた』E. H. シェパード [画] 、安達まみ監修、ブルーシープ、2022年 

【書評番号4】
しおたにまみこ『いちじくのはなし』ブロンズ新社、2023年

【書評番号5】
小林エリカ『光の子ども』第1部、全3巻、リトルモア、2013年/2016年/2019年

【書評番号6
フリードマン、ラッセル『ちいさな労働者 写真家ルイス・ハインの目がとらえた子どもたち』千葉茂樹訳、あすなろ書房、1996


 優秀作品は投票で決定いたします。

 投票方法:GoogleForms 

 投票できる人:児童文化研究センター構成員と本学学生

 投票締め切り:2023年6月15日(木)

 結果発表:6月16日(金)

 投票は書評の執筆者名を伏せた状態で行い、結果発表のときに各書評の執筆者を発表いたします。

 ぜひご参加ください!

【書評番号1】 アフィニティ・コナー著、野口百合子訳『パールとスターシャ』東京創元社、2018年


 家畜運搬車の扉が開く。中にはやせ細った老人と女性、そして背丈も顔立ちもそっくりな二人の少女。警備兵が居丈高に祖父に質問し、母と娘たちは震えている。

 一家のすぐそばで、三つ子の少年たちが白衣の男に安全を請け合われ、他の人々とは別の場所へ進まされる。怯えていた母親の目に光が戻り、兵士に詰め寄るように尋ねる。

「ここでは−−双子なのはいいことなんですか?」


 家族が連れて来られたのはアウシュビッツ絶滅収容所。双子や三つ子を選別していた白衣の男はヨーゼフ・メンゲレ。ナチスで非道な人体実験を繰り返し、戦後も逃亡して罪を償うことのなかった人物である。

 主人公の双子の姉妹、12歳のパールとスターシャはメンゲレの手に引き渡され、「動物園」と呼ばれる施設へ入れられる。実験材料として保護されるとはいえ、その環境は悲惨だ。衛生面は酷く、食事も十分ではない。息を引き取る者がいれば、周囲は悲しむのではなく我先にと身ぐるみをはがしにかかる。

 物語は姉妹のそれぞれの視点から交互に語られる。過酷な状況だが、二人の語りは決して暗いものではない。互いへの愛情。収容者との間に芽生える絆。人が人として扱われない環境でも、人間性までは奪えない。

 特に妹のスターシャは想像力が豊かで、現実に空想を重ねることで自分を保つすべを知っている。人体の標本を見たショックを蝶の標本を連想することで和らげたり、ジャッカルになりきって苦境を凌いだり、スターシャの想像はしばしば動物と結びつく。これらの発想の源になっているのは全て、生物学者だった祖父から教わった知識だ。スターシャにとって空想は離れ離れになった家族との繋がりを確認する手段でもある。

 一方で、現実主義のパールは空想に逃げることができず、残酷な状況を直視し、疲弊していく。姉を自分の「最良の部分」と考え、全く同じ存在でありたいと願うスターシャの思いとは裏腹に、パールは収容所を生き延びられる可能性が高いのは妹だと判断し、彼女を生かそうと画策するようになる。

 そしてついに、姉妹が離れ離れになる日が来る。引き離された二人はどんな運命を辿るのか。つらく長い道のりになるが、希望ある結末が待っているので、ぜひ実際に読んでみてほしい。

 なお、パールとスターシャは架空の人物だが、物語には実在の人物がモデルとなったキャラクターも多数登場する。特に、多くの妊婦を苦渋の選択によって助けたユダヤ人女医のジゼラ・パールがモデルとおぼしきミリ医師の悲嘆は、我が子を奪われた全てのユダヤ人女性の嘆きが凝縮されているかのようで胸が引き裂かれる。

 この本を読み終えたときに覚えたのは、なんて美しい物語だろうという感動だ。被害者を美化しているわけではなく、描かれているのはおぞましい所業ばかり。それでも、パールとスターシャの目を通して見える世界は光に満ちている。人間の「最良の部分」を信じようと思わせてくれる力強い作品である。



***第6回書評コンクール 投票方法***

センター構成員の方と本学学生の方は、投票にご参加いただけます。

投票は、Google Formsでお願いいたします。

皆様のご参加を、心よりお待ちしております。


【書評番号2】丸山宗利総監修『学研の図鑑LIVE 昆虫 新版』、学研プラス、2022年


 読んでいてこれほど胸の熱くなる、図鑑の監修者前書きもそうそうあるまい。昆虫への思いはもちろん、図鑑というものに対する思いがひしひしと伝わってくる。優れた図鑑は子どもたちを夢中にさせ、ボロボロになるまで毎日くり返し読まれるものなのだ。本書は明確にそれを目指している。


 出版界において、学習図鑑は長らく小学館と学研の二強体制が続いていた。だが、2000年から小・中学校と高等学校で「総合的な学習の時間」がはじまると、新しい様相を見せるようになる。最新情報や写真図版の収録に力を入れた「小学館の図鑑NEO」や「ポプラディア大図鑑WONDA」、家庭の本棚に収まりやすいサイズで動画のDVDを付録とした「講談社の動く図鑑MOVE」など、出版各社が工夫を凝らした新シリーズを展開する中、学研はどうにも出遅れている感じが否めなかった。


 しかし、本書はあまたある昆虫図鑑の中で群を抜いてすばらしい。収録されている昆虫などの種類が他社の学習図鑑よりも圧倒的に多いだけでなく、生きたものの写真だけを使っているところが、これまでの昆虫図鑑と異なっている。


「昆虫がいちばんきれいに見え、みなさんが手にとってみたときの印象で調べられるよう、生きたものだけをのせることにしました」


 さらっと書いてあるが、2,800種以上を収録している昆虫図鑑でそれを実現するには、どれほどの時間と労力がかかったことだろうか。死後の標本の写真で済ませれば、もっと楽であったろうに。約50名もの研究者たち(助手や学生を含めると、何百人にもなるだろう)が手分けして虫を探し、写真を撮影する日々。さらに友人・知人に広く声をかけ、情報や生体などを提供してもらって、この図鑑はできあがっているのだ。


 例えば、「カマキリのなかま」のページを見てみる。どのページのカマキリも、同じ角度で、同じポーズをとっている。きっと、カマキリの生態が一番よくわかり、一番美しく見える角度とポーズなのだろう。その瞬間になるまで、撮影チームはカメラを構え、固唾をのんで見守っていたのだ。逃げられない工夫も必要だっただろう。相手は生きているのだから。


 自分は昆虫にはさほど興味のない人間だが、この図鑑は面白い。何気なく開いたページを眺めているだけで、「オオセンチコガネは生息する地域によって色がこんなに違うのか。嘘みたいに違うな」など、思いもよらなかった知識が入ってきて、「昆虫ってすごいな」「生き物ってすごいな」「もっと知りたいな」という気持ちにさせられるのだ。昆虫好きな子どもなら、貪るように読むだろう。できれば本書を子どもの頃の自分に見せてやりたいという総監修者の言葉には、納得と尊敬と感動しかない。



***第6回書評コンクール 投票方法***

センター構成員の方と本学学生の方は、投票にご参加いただけます。

投票は、Google Formsでお願いいたします。

皆様のご参加を、心よりお待ちしております。