2026年7月10日金曜日

ミニ展示 7月10日~7月22日

モダンホラーの傑作

 17世紀ハンガリーの「血の侯爵夫人」ことエリザベート・バートリは、『ベルサイユのばら 外伝 黒衣の侯爵夫人の巻』にも登場する実在の人物。

恐怖に満ちた彼女の伝説が、英国モダンホラーの先駆者ジョン・ブラックバーンによって、20世紀のロンドンに蘇ります。


【展示本】
『痛苦の聖母』《怪奇の本棚》シリーズ第2回配本作品
ジョン・ブラックバーン 作
永島憲江 訳
国書刊行会、2026

展示期間中も借りられます。お手に取ってご覧ください。

『痛苦の聖母』表紙は、
エリザベート・バートリの肖像画
(作者不明、17世紀)に基づく
アートワークです。

画像の典拠:国書刊行会ウェブサイト(2026/07/10閲覧)
https://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336078360/?srsltid=AfmBOoqTub0fYlNmtEbSqE5z7JHm5iQROy4z-lEiC6aJBeRJvudNpOi7
画像情報の典拠:本書カバー袖

2026年6月25日木曜日

ミニ展示 6月25日~7月8日

岩岡とも枝生誕130

 

【展示本】

『ビランジ』第33

20143

 

 岩岡とも枝(1896-1933)は、大正後期から昭和初期にかけて、子ども向けの出版物や絵雑誌に挿絵を描きました。岩岡は、上質なグラフィズムによって現在も高い評価を得ている絵雑誌『コドモノクニ』にも彩管をふるった画家です。

 展示中の資料、『ビランジ』には、上笙一郎氏による記事「岩岡とも枝=女性童画家三番目の人」が掲載されています。

2026年6月12日金曜日

ミニ展示 6月12日~6月18日

茨木のり子生誕100

詩人、茨木のり子は1926612日生まれ。ご存命でしたら、本日、2026612日は100回目のお誕生日です。茨木のり子というと、『自分の感受性くらい』(1977年)や『倚りかからず』(1999年)といった茨木の後半生における代表的な詩集とともに、谷川俊太郎が撮影した肖像写真を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

【展示本】

『韓国子守唄 チェジャン歌』

ペク・チャンウ 詩、ハン・ジヒ 絵、大竹聖美 訳

古今社、2003

 

『論文集 韓国キリスト教児童文学資料集』

大竹聖美 責任編集

東京純心大学こども文化研究センター、20162

 

茨木のり子は韓国語の詩の翻訳でも知られています。このことにちなんで、今回の展示本は『韓国子守唄 チェジャン歌』(ペク・チャンウ詩、ハン・ジヒ絵、大竹聖美訳、古今社、2003年)と『論文集 韓国キリスト教児童文学資料集』(大竹聖美責任編集、東京純心大学こども文化研究センター、20162月)の2冊です。翻訳や責任編集を務めた大竹聖美先生は、本学大学院児童文化専攻のOGで東京純心大学教授、本学でも韓国児童文学の授業を担当されています。

『韓国子守唄 チェジャン歌』は韓国に伝承されてきた子守歌をそのまま、あるいは現代語に直して紹介する絵本です。『論文集 韓国キリスト教児童文学資料集』には、茨木のり子が好きだった尹東柱(ユン・ドンジュ)の詩のうち、「おねしょの地図」「えんとつ」「こおろぎと ぼくと」が対訳で紹介されています。

茨木がハングルの勉強を始めたのは50歳の頃です。49歳になる年、夫の三浦安信と死別し、翌年からハングルを学び始めました。彼女の韓国語学習の直接の理由は、夫を失った悲しみから立ち直るため勉強にのめり込む必要があったことだと言えそうですが、それよりずっと前、少女の頃に『朝鮮民謡選』(金素雲訳編、岩波文庫、1933年)を愛読していたと、茨木はエッセイ集『ハングルへの旅』(朝日文庫、1989年。1986年朝日新聞社刊)に書いています。同書によると、1945年の敗戦直後からいつかハングルを学びたいと思っていたそうです。また、戦後、古代史研究が解放されると茨木はむさぼるように古代史を読み、韓国語を学んで『古事記』を読み直してみたくなります。日本の多くの詩人たちがヨーロッパ語圏の詩を訳しているように、自分も隣国の詩を原詩で読み、訳してみたいという意欲もありました。韓国の詩人、洪允淑(ホン・ユンスク)の一言で、韓国併合から降伏文書調印まで、日本が隣国の方々に日本語教育を強いてきたことにハッと気づかされ、今度は自分が韓国語を学ぶ番だと感じたことも、動機の一つ。他にも、李朝民画が好きだったことも、陶器の好きな目利きの祖母への憧憬も、ともかく本当にたくさんの動機があって、それらを全てひっくるめて「隣の国のことばですもの」(p.24)とまとめて、茨木のり子はハングルを学びます。

茨木の韓国語学習は、韓国童話集『うかれがらす』(金善慶文、丸木俊絵、筑摩書房、1986年)の翻訳や、翻訳詩集『韓国現代詩選』(花神社、1990年)などに実を結びました。

 

【書誌情報】

茨木のり子『ハングルへの旅』朝日文庫、1989年(1986年朝日新聞社刊の文庫版)

大竹聖美責任編集『論文集 韓国キリスト教児童文学資料集』東京純心大学こども文化研究センター、20162

ペク・チャンウ詩、ハン・ジヒ絵『韓国子守唄 チェジャン歌』大竹聖美訳、古今社、2003

2026年5月28日木曜日

ミニ展示 5月28日~6月10日

シンポジウム直前! ミニ展示

 530日(土)に、白百合女子大学キャンパスにて「コバルト文庫創刊50周年記念シンポジウム コバルト文庫50年と少女カルチャー」が開催されます。

 児童文化研究センター入り口のミニ展示でも、少女小説や少女マンガなどの「少女カルチャー」に関連するセンター所蔵資料をピックアップしてご紹介いたします。

 

岩淵宏子ほか編『少女小説事典』東京堂出版、2015


 1冊目の『少女小説事典』は、明治から平成までの約110年にわたる少女小説の歴史や、主要な作家と作品、そして少女小説を理解するのに役立つ関連事項・関連領域を紹介する事典です。久米依子・岩淵宏子・長谷川啓による歴史解説、作家紹介に続く、主要作品やシリーズについて解説するパートでは、作品が発表年・刊行年の順に並んでおり、通しで読むことで少女小説の変遷が掴めるように構成されています。調べものに便利な参考図書(レファレンス・ブック)であると同時に、通読にも適した「読む事典」です。

History 「少女小説」の歴史を考える上でまず挙げておきたい重要な出来事は、雑誌『少年世界』(1895年創刊)に「少女」欄が設けられたこと。それまでの少年雑誌は少女も読者に想定しており、この場合の「少年」は「年少者」というほどの意味をもつ言葉でした。時代ごとのジェンダー観を色濃く反映しながら変遷していく「少女」のための小説、「少女小説」は、日本の近代化とともに性別役割分担が進行したことを背景に、「少年」から「少女」が分離、独立しだしたこの頃から書かれ、読まれるようになっていきます。そして、1899年の高等女学校令により少女向けの読み物へのニーズが高まると、少女小説が続々と創刊します。

明治期の少女小説では、良妻賢母教育の流れを汲む教訓物語が中心的な位置を占めていました。しかし、少女雑誌の読者投稿欄は、少女たち自身により、特色ある文体を形成する独自のコミュニティへと成長し、大正後期~昭和前期になって豊かに花開きます。コバルト文庫の数々の作品は、その流れを受け継ぐものであると、歴史的に位置づけられています。

 

図書の家編『少女マンガの宇宙:SF&ファンタジー1970-80年代』立東舎、2017

 

「今回は少女小説のミニ展示でしょ? どうしてマンガの本?」と思われた皆様、大変良い疑問をもっていただき、ありがとうございます。現在、児童文化研究センターでは、故・星敬氏旧蔵「コバルト文庫」少女小説コレクション受け入れに伴う整備作業をしています。コバルト文庫の表紙絵を刊行年順に並べながら作業をしていると、それぞれの出版時期の少女マンガの表紙絵と絵柄が似通っていることに気がつき、少女小説と少女マンガの近さを改めて実感させられます。それが、とても楽しいのです。『少女マンガの宇宙:SF&ファンタジー1970-80年代』は、ジャンルはSFとファンタジー、時代は1970年代から80年代を対象としており、90年代初頭までのこれらのジャンルの少女マンガの表紙絵を見ることができます。この時期のコバルト文庫の表紙絵と比べながら、当時の雰囲気を味わうのにとても良い一冊です。

History 明治後期から大正期にかけて続々と創刊された少女雑誌は、人気挿絵画家によるイラストレーションに彩られていました。『少女小説事典』の大串尚代「少女マンガと少女小説」(pp.349-352)によると、少女小説のストーリーと、挿絵の抒情的な視覚的表現は、戦後、黎明期にあった少女向けのストーリーマンガへと引き継がれていきます。1970年代、少女小説はいったん退潮しますが、一方の少女マンガは黄金期を迎えます(『少女マンガの宇宙:SF&ファンタジー1970-80年代』は、まさにその黄金期の作品の中から、SFとファンタジー作品を紹介する本です。なお、コバルト文庫は1976年に刊行を開始)。80年代、コバルト文庫は、少女マンガ家による表紙と挿絵に彩られ、10代の読者の等身大に近い、口語的な文章表現によって人気を博します。

少女マンガと少女小説はお互いに影響し合いながら成長を続ける親友同士。現在は、どちらもメディアミックスの時代を突き進んでいます。

 

本田和子『異文化としての子ども』紀伊国屋書店、1982

 

 児童学を専門とする本田和子が「子ども」を考察対象として書いた『異文化としての子ども』ですが、第3章の「変貌するまなざし」の第3節「「ひらひら」の系譜——少女、この境界的なるもの」と第4節「「少女」の誕生——一九二〇年、花開く少女」は少女論です。

単行本として刊行されてすぐ、この少女論に当たるパートは注目を集めていたようです。『子どもの館』第10巻第11号(198211月)の「座談会〈“少女的なもの”をめぐって〉」では、座談会の始めに、司会者は本田に「少女」に関心を抱いた理由を尋ねています。それによると、本田が「少女」について考えようとした理由は、児童文学・児童文化を論じる専門家が少女文化をあまりに無視しているということ、そして、1960年頃から本田自身が少女マンガを面白いと感じ、「これは知っている世界だ」(p.12)と、そこに描き出される「世界」を再発見したことにあります。このとき本田が再発見した世界こそ、大正期から昭和前期の少女雑誌、少女小説の世界でした。戦前期の少女小説と戦後の少女マンガに共通する「少女的なもの」を「ひらひら」のような特徴的なキーワードを提示し、柔らかに輪郭づけていきます。

本田和子の『異文化としての子ども』に収められた少女論は、いまでも重要な基本文献の一つ。菅聡子編『〈少女小説〉ワンダーランド:明治から平成まで』(2008年)で本田が菅のインタビューを受けた「いま、少女を語るということ」では本田の子ども研究の中の少女論がまず話題になっていますし、今年2月に刊行された山田萌果『おぞましさと戯れる少女たち:フェミニズム美学から読む日本現代美術の少女表象』(青弓社)でも、本田の少女論が取り上げられ、その内容が現在のフェミニズム的視点から精査されています。

History 『異文化としての子ども』が単行本化された1982年は、雑誌『Cobalt』創刊の年です。この雑誌と姉妹関係にある少女小説レーベル「コバルト文庫」は1976年、「集英社文庫コバルト・シリーズ」をその前身として開始されました。「集英社文庫コバルト・シリーズ」から数えて、2026年は50周年に当たります。「コバルト文庫」では、読者とあまり年齢の変わらない作家が、口語的表現を用いて、読者の等身大に近い主人公を登場させるなど、本田和子が論じた「少女」たちの「ひらひらの系譜」とは異なる、率直な文体による溌溂とした作品が次々に発表されます。

 雑誌『Cobalt』も、少女小説レーベル「コバルト文庫」も、ただ作品を提供して読者を楽しませるだけのものではありませんでした。『Cobalt』は継続前誌『小説ジュニア』の頃から新人賞を設けることで、積極的に新しい才能を見つけていきます。新人賞には、読者の少女たちに「あなたは主体的に書くことのできる存在なのです」と、伝える役割もあります。

自分たち自身の文体で、自分たち自身の物語を——この点に関しては、大正後期~昭和前期の少女雑誌と変わっていないのかもしれません。

 

【書誌情報】

  • 岩淵宏子ほか編『少女小説事典』東京堂出版、2015
  • 図書の家編『少女マンガの宇宙:SF&ファンタジー1970-80年代』立東舎、2017
  • 本田和子『異文化としての子ども』紀伊国屋書店、1982

児童文化研究センターの蔵書です。

借りられる資料です(利用できる人:児童文化研究センターの構成員と児童文学専攻の大学院生・研究生、本学教員の方々など)。展示期間中も貸し出しに制限はありません。ぜひ、お手に取ってご覧ください。

 

【この記事の参考文献】

  • 菅聡子編『〈少女小説〉ワンダーランド:明治から平成まで』明治書院、2008

特に、第1章「〈少女小説〉の歴史をふりかえる」(執筆担当:菅聡子・藤本恵、pp.5-23)とキーワード解説「少女小説レーベル」(執筆担当:川原塚瑞穂、pp.163-164)を参照しながら本記事を作成いたしました。

白百合女子大学図書館の本です。

本学教授(児童文化学科)の藤本恵先生も執筆者の一人です。

2026年5月15日金曜日

ミニ展示 5月15日~5月27日

展示中の資料

『こどもとしょかん』第175号、2022年秋
 
 『こどもとしょかん』のバックナンバーより。今回展示する第175号(2022年秋)は、ちょうど、「児童図書館基本蔵書目録」全3巻の編纂プロジェクトが終わった頃に発行されたものです。ノンフィクション分野の目録である第3巻『知識の海へ』の、選書にまつわる裏話を読むことができます。
 児童書のノンフィクション分野の本は「知識の本」とも呼ばれます。科学技術は日々刷新されていますし、社会も刻々と変化しているため、知識の本も、基本的には新しいもののほうが、子どもたちにとって「役に立つ本」ということになります。しかし、杉山きく子「『知識の海へ』航海記」には、こんなことが書かれています。 
『知識の海へ』の中には、その知識や情報は古いという本も収録しています。内容が最新でなくても、主題へのアプローチ方法、子どもの興味を惹きつける書き方、アイデアの独創性、著者の真実への探求心や自然への豊かな感性など、独自性や長所をもった本こそ、子どもと本にかかわる大人の方が手に取ってほしいし、そこから学べることもあると思います。(p.9
 知識や情報は古びるけれど、その本がもつ独自性や長所はもっと長い時間を生き延びるのですね。本はときに、100年前に生きた遠い国の人とも私たちを出会わせてくれます。
 ところで、『こどもとしょかん』には毎号、書評が掲載されています。175号では、2022年夏に刊行された2冊、『クリシュナのつるぎ:インドのむかしばなし』と『両手にトカレフ』の書評を読むことができます。『クリシュナのつるぎ:インドのむかしばなし』の書評執筆者、清水千秋が「日本人には、あまり馴染みのないヒンドゥー神話の絵本」(p.23)と述べており、確かに、清水が紹介するあらすじを読むだけでも、既にとても新鮮です。清水の書評にはこの本が再刊された経緯(本書は1969年岩崎書店刊『クリシュナのつるぎ——インドの説話』の改訂版)も記されていて、この本への興味をさらにそそられます。
 一方、『両手にトカレフ』は、現代イギリスが舞台のリアリズム作品です。薬物依存の母に悩まされながら小学生の弟チャーリーの面倒を見て暮らす、中学生のミアの物語です。ミアが直面する貧困や空腹、ミドルクラスの同級生たちとの間に感じる目に見えない壁や疎外感など、読んでいると胸が重くなるような場面が多いのですが、読書家のミアは、本の中の、いま自分がいるのとは「違う世界」(p.24)に逃げ込み、毎日を乗り切ろうとします。ミアがのめり込む本は、日本のアナキスト、金子文子(1903-1926)の自伝です。
 書評執筆者の林直子は、ミアがフミコにのめり込んでいく様子を、「読み進むほどにフミコと自分が重なっていく。フミコと一体となって毎日への憤りをつのらせ、思いはやがて詩[ルビ:リリック]となってほとばしる」(p.24)と描写します。林が書いているように、ミアは文子と自分を重ね、(そして、林の書評にもう一つ付け加えるならば、ケイ・テンペストのラップのリリックを知ったことをきっかけに)自分自身の詩の言葉を結晶させ始めます。
 今年は文子の没後100年に当たる年。これまで文子についての調査研究や、地道な執筆活動を続けてきた人たちの作品が注目される年です。文子に惹かれ、のめり込む人が、実はかなり多かったということに不意に気づかされて驚くのが、この2026年という年かもしれません。文子の魅力とは? ミアに寄り添うように『両手にトカレフ』を読んだら、何か分るでしょうか。
 
【書誌情報】
『こどもとしょかん』第175号、2022年秋
展示期間中も借りられます。お手に取ってご覧ください。

2026年5月1日金曜日

汐崎順子編『子どもの読書を考える事典』朝倉書店、2023年

 児童文学の歴史をつくった重要な人物や出来事、記念碑的な作品やシリーズ、出版史において重要な役割を果たした出版社など、児童文学についての事典は、子どもの本にまつわるさまざまなことに解説を加え、私たちに理解を促してくれます。ちょっと調べものをするだけのつもりが、いつの間にか時間を忘れて読み浸っていた……などという人も多いのではないでしょうか? 『子どもの読書を考える事典』も、そうした事典のひとつです。

考える人たちの輪の中に

 この事典の執筆者は、研究者や翻訳家、図書館員、教員、編集者、作家といった、さまざまな立場から子どもの読書に関わりをもつ人たちです。そんな、子どもの読書について長年考えてきた人たちが、〈つくる〉、〈読む〉、〈つなぐ〉の3つのチームに分かれ、それぞれのテーマについて書いています。この小さなブログ記事では紹介しきれないくらいの、盛りだくさんの内容は、索引なども含めると全部で495ページあります。

 子どもと読書に関するさまざまな事柄を整理し、読者に伝えることに加え、子どもと読書について一緒に考えようよと誘う、『子どもの読書を考える事典』。まだ読んだことがないという方も、この事典を手に取って、考える人たちの輪の中に、入ってみませんか?

本を〈つくる〉、子どもの〈読む〉を見つめる、本と子どもを〈つなぐ〉

 先ほど「3つのチーム」と呼びましたが、『子どもの読書を考える事典』では、「子どもの本作りに関わってきた人たち」、「子どもの姿を知る人たち」、「子どもに本をつないできた人たち」(汐崎順子「はじめに」p.2)が執筆者となり、子どもの読書に関連するさまざまなトピックを〈つくる〉〈読む〉〈つなぐ〉の3つの観点に整理し、解説します。

 総論も〈つくる〉〈読む〉〈つなぐ〉に分かれていますので、順に見ていきましょう。

 まず、〈つくる〉では、奥山恵(児童文学評論家)と水間千恵(白百合女子大学教授)が「『子ども』と『子どもの本』」と題して、「子ども」という概念の変遷と子どもの本の歴史について概説、21世紀の大人と子どもの関係性を人権の観点から素描します。「子ども」観と子どもの本の歴史は、時代や社会に左右されながら互いに関わり合って変化しており、子どもの本を〈つくる〉大人たちは、このような複雑さの中で仕事をしているのだということが分かります。

 次の〈読む〉は井元有里(元公共図書館員)・汐崎順子(慶應義塾大学・早稲田大学非常勤講師)の「『読書』と子ども」。読書とは何かという問いを、読書様式の変遷、言語や文字の習得、そして他者から言葉や物語を受け取る経験へと広げ、論じていきます。幼い頃は身近な大人から絵本を読み聞かせてもらっていたが、成長するに従い、徐々に一人読みへと移行したという人が多いと思いますが、子どもと読書を考えるにあたり、本を読むという行為の表層に囚われない、より本質的なものの見方が求められているようです。この章で、私たちは読書を根源的に捉え直すことを促されます。

 最後の〈つなぐ〉は村上恭子(学校司書)と渡邊春菜(学校法人桐朋学園桐朋小学校司書教諭)の「子どもと読書を『つなぐ』」という章題のもと、子どもと読書をつなぐ場としての図書館や、図書館行政に関わった人々、そして、関連する政策といったものの歴史を中心に概説します。公共図書館や学校図書館といった場は、貧富の差に関係なくその場所で生活をする人々に開かれています。図書館は〈つなぐ〉ことの意義を問い、考えるにはうってつけの場であることが分かります。

 〈つくる〉〈読む〉〈つなぐ〉の3つの側面からこの本の総論にあたる事柄を掴んだら、各論へ。大勢の人がそれぞれの立場から見て文章に綴った、子どもと読書のある風景が広がります。

大人たちのネットワーク

 子どもと読書をつなごうとする人たちの存在や、そんな人たちの取り組みについて教え、考えさせてくれるこの事典。でも、個人的には、この本を読んでいるうちに、子どもと読書をめぐる大人たちのネットワークが気になり始めてきました。

 子どもと読書をつなぐ様々な取り組みを続ける中で、大人もまた、自分と同じ志を持って取り組む別の大人たちとのつながりを手に入れることがあります。また、日々の取り組みの中で、そのようなつながりを切実に必要としています。

 子どもにとって読書が貴重な経験であるのと同じように、大人にとっても、自分とよく似た仲間の存在を知るということは貴重な経験です(だって、ほら、大人になってしまうと、友達や仲間を作るのって、難しいじゃないですか)。子どもたちのためにと頑張っているように見えて、実は私たち大人の方が、子どもたちからかけがえのない経験をもらっているのかもしれません。


【書誌情報】

汐崎順子編『子どもの読書を考える事典』朝倉書店、2023年

※本文中に記載した、執筆者のプロフィールは本書の「執筆者プロフィール」によるものです。

遠藤知恵子(センター助手)

GW期間 閉室のお知らせ

 児童文化研究センターは、5月2日(土)から6日(水)まで閉室とさせていただきます。
 ご不便をおかけいたしますが、なにとぞご了承くださいませ。

2026年4月23日木曜日

ミニ展示 4月23日~5月13日

 新着資料

『図書』第926号、2026年2月


 本学非常勤講師の伊藤明美先生からのご寄贈です。

 伊藤先生の「草の根からの昔ばなしの復権」を収録しています。伊藤先生のご寄稿を読んでいると、「ストーリーテリング、やってみたいなあ」という気持ちがむくむくと湧いてきます。

 『図書』第926号の表紙は『風の谷のナウシカ』の「オープニングタイトル」(©宮崎駿)。この表紙を捲ると、目次の上部に、小澤俊夫先生の短いエッセイ「昔ばなしを聞かせてやってください」が。小澤先生は、4月18日に亡くなられました。

 小澤先生の声と笑顔の思い出は、私たちの宝物です。

 心よりご冥福をお祈りいたします。


2026年4月16日木曜日

5の倍数と「児童憲章」

過去のブログ記事から


 今年の1月、こちらのブログで、ケストナーとトリヤー(トリアー)の『どうぶつ会議』(原著出版1949年)について、ミニ展示の報告記事を作成しました。そのとき、
 
1924年 「児童の権利に関する宣言(ジュネーブ宣言)」、国際連盟総会にて採択
 ↓25
1949年 『どうぶつ会議』原著出版
 ↓10
1959年 「児童の権利宣言」、国際連合総会にて採択
 ↓20
1979年 「国際児童年」
 ↓10
1989年 「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」、国際連合総会にて採択
 
といったように、5または10の倍数で年を刻みながら、児童に関する国際的な取り決めがなされている、ということに気がつきました(そして、『どうぶつ会議』の原著出版が、ちょうど良い具合に10または5の倍数の列の中に入ってくるということにも気がつきました)。
 1989年に国連総会で採択された「子どもの権利条約」に、日本が批准したのは5年後の1994年。ここでも5の倍数が登場します(月数も計算に入れると約4年半後ですが、批准年を覚えるには5の倍数が便利)。
 国際条約である「子どもの権利条約」は、国内の法律より優先されるほど強い効力をもつものですが、1959年の「児童の権利宣言」には法的拘束力がありません。とはいえ、「児童の権利に関する宣言(ジュネーブ宣言)」の内容を引き継ぎ、1989年に採択される「子どもの権利条約」の基礎にもなっています。1959年の「児童の権利宣言」もやはり、私たちの現在に繋がる、重要な宣言であることは間違いありません。

「児童憲章」


 「児童の権利宣言」が国連総会で採択されるより遡ること8年、日本では1951年に「児童憲章」が制定されます。文部科学省のウェブサイトで全文を確認することができます。
 
われらは、日本国憲法の精神にしたがい、児童に対する正しい観念を確立し、すべての児童の幸福をはかるために、この憲章を定める。
 
児童は、人として尊ばれる。
 
児童は、社会の一員として重んぜられる。
 
児童は、よい環境の中で育てられる。
 
一 すべての児童は、心身ともに健やかにうまれ、育てられ、その生活を保障される。
二 すべての児童は、家庭で、正しい愛情と知識と技術をもつて育てられ、家庭に恵まれない児童には、これにかわる環境が与えられる。
三 すべての児童は、適当な栄養と住居と被服が与えられ、また、疾病と災害からまもられる。
四 すべての児童は、個性と能力に応じて教育され、社会の一員としての責任を自主的に果たすように、みちびかれる。
五 すべての児童は、自然を愛し、科学と芸術を尊ぶように、みちびかれ、また、道徳的心情がつちかわれる。
六 すべての児童は、就学のみちを確保され、また、十分に整つた教育の施設を用意される。
七 すべての児童は、職業指導を受ける機会が与えられる。
八 すべての児童は、その労働において、心身の発育が阻害されず、教育を受ける機会が失われず、また、児童としての生活がさまたげられないように、十分に保護される。
九 すべての児童は、よい遊び場と文化財を用意され、悪い環境からまもられる。
十 すべての児童は、虐待・酷使・放任その他不当な取扱からまもられる。あやまちをおかした児童は、適切に保護指導される。
十一 すべての児童は、身体が不自由な場合、または精神の機能が不充分な場合に、適切な治療と教育と保護が与えられる。
十二 すべての児童は、愛とまことによつて結ばれ、よい国民として人類の平和と文化に貢献するように、みちびかれる。

 
「児童憲章」文部科学省ウェブサイト
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/siryo/attach/1298450.htm
※仮名遣いについて、促音の「っ」のみ歴史的仮名遣い(大きい「つ」)となっていますが、本記事ではそのまま引用しています。
 
 1946年の憲法公布から5年後(5の倍数!)に制定されたこの「児童憲章」は、児童は「人」そして「社会の一員」として尊重され、「よい環境」で育てられるという理念を前文で示し、続く12個の条項でどのように児童が守られ、導かれる存在であるのかということを述べています。
 「児童憲章」もやはり法的拘束力のない宣言文のようなものですが、この時代の児童文学関係者はどう受け止めていたのでしょうか。センター蔵書を通じて、1951年をちょっと覗き見してみましょう。
 

1951年の評論より


 児童文化研究センターには、1946年から1989年までの日本の児童文学評論の中から選りすぐりのものを収録した『現代児童文学論集』という資料があります。全部で5巻あって、11冊がしっかりした厚みのある資料ですが、意外と日常使いもできるのが魅力。「この年の日本児童文学では、何が話題になっていたのかな」と、ふと気になったときなどにパラパラとめくって、キーワードを拾いながら読むのに便利です(「今日は何の日カレンダー」みたいに、楽しく使いたいですね)。
 『現代児童文学論集 1  児童文学の戦後 1946-1954』(日本児童文学者協会編、日本図書センター、2007年)に収録された、1951年の評論をパラパラめくると、そこには、
形ばかりの「児童憲章」(p.112
と、シビアな言葉が。これは、同書に収録された関英雄の評論「児童文学の現代——ペシミズムからの転換——」(『文学』第19巻第8号、19518月)にあったものです。しかし、関は次のようにも書いています。
「児童憲章」が条文の上だけでも、すべての児童に「よい遊び場と文化財」を保証し、それの裏づけででもあるように、児童文学の作品に芸術院賞と文部大臣賞があたえられたということは、それがどういう意味合のものにせよ、児童文学への社会的関心を呼び起さずにはいない。(pp.115-116
 「良い遊び場と文化財」とは、「児童憲章」の9番目、「すべての児童は、よい遊び場と文化財を用意され、悪い環境からまもられる」という条項に見られる言葉です。そして、「芸術院賞」とは、小川未明がもらった第7回日本芸術院賞のようです。「文部大臣賞」については、現在の文化庁による「芸術選奨」のことを指しているようで、1950年度の第1回で、石井桃子(『ノンちゃん雲に乗る』)と竹山道雄(『ビルマの竪琴』)が文学の部門で受賞。(「芸術選奨」文化庁ウェブサイト https://www.sensho.go.jp/list.html 児童文化についても確認しておくと、幻燈や紙芝居も授賞対象に含まれていた映画部門では、二つの紙芝居、いわさきちひろと稲庭桂子の『お母さんの話』、高橋五山の『こねこのちろちゃん』が受賞しています)。敗戦の痛手から回復しようとしていた復興期、最初の受賞者に子どものための文学・文化の担い手がいたことは確かで、「児童憲章」によって示された理念とそれを反映した文化政策、そして、この動きが社会に与えるインパクトの強さは、関も認めているようです。
 「児童憲章」の条文は現時点で実質を伴わない虚ろな言葉の羅列だが、文化政策と合わさって社会に及ぼす影響力は認める、このような姿勢が、当時の児童文学者たちによって共有されていたようです。
 同じく『現代児童文学論集 1  児童文学の戦後 1946-1954』に収録された、児童文学者協会・年刊第四集編集委員会による「大人の読者へのあとがき(一九五〇-五一・児童文学の展望)」(『日本児童文学選 年刊第四週』桜井書店、195111月)には、
五一年五月五日の「子どもの日」に、「児童憲章」が制定され、すべての児童に適切な文化財を保証したことは、それが今のところ空文であるとしても、これを現実のものとして行くために、児童文学者の奮起が要望されているものでありましょう。(太字は原文ママ。pp.138-139
とあり、やはりここでも「空文」と手厳しい言葉を挟み込む一方で、「児童憲章」に書かれた理念はぜひとも実現していきたいという意志を読み取ることができます。現状では「空文」でも、作品制作や批評の積み重ねによって中身を充填していけば、いずれ「形ばかり」でも「空文」でもなくなる日がきます。現在、私たちの身の回りにある児童書や、その他様々な児童文化財は「空文」を実のあるものにするための努力の結果、あるのですね。
 202655日、「児童憲章」制定から75年を迎えます(5の倍数!)。先人たちの足取りを、センター蔵書をひもときながら辿ってみませんか?
 
【書誌情報】
『現代児童文学論集 1 児童文学の戦後 1946-1954』日本児童文学者協会編、日本図書センター、2007

2026年4月1日水曜日

ミニ展示 4月1日~22日

展示中の本


『金の船』第1巻第1号・第2号
1919年11月号・12月号
復刻版、2019年7月金の星社刊


 先月ご寄贈いただいたばかりの、ぴかぴかの新着図書です。
 ご来室の折には、ぜひお手に取ってご覧ください。
 借りることもできます。

2026年3月26日木曜日

ミニ展示 3月26日~31日

かこさとしさん 生誕100年


 「からすのパンやさん」や「だるまちゃん」などのシリーズでおなじみ、かこさとしさんは、1926年3月31日に生まれました。今年は生誕100年の年に当たります。かこさんのお誕生日に合わせ、センター蔵書から1冊紹介するとしたらこれかな?とピックアップしたのが、こちらの本です。

『はじめて学ぶ日本の絵本史 Ⅲ 戦後絵本の歩みと展望』
鳥越信編、ミネルヴァ書房、2002年

 この本の第12章「科学絵本の五〇年の歴史」(執筆担当:瀧川光治)で、戦後日本の主な科学絵本の流れを概観することができます。自然科学の基本を、身近なところから題材を取り、分かりやすく教えてくれるかこさとし作品も、この章に登場します。
 現在、上野の国立科学博物館では、企画展「生誕100年記念『かこさとしの科学絵本』」展が開催されています(6月14日まで)。同館ウェブサイトで、この企画展のチラシをダウンロードして、概要を見ることができます(※)。絵本原画や下絵に加え、「宇宙進化地球生物放散変遷総合図譜(生命図譜)」(全長約5メートル)や、この大きな図譜につながるものとして描かれた「生命の発生と進化」も展示されるそうです。
 このチラシで展示構成を確認すると、全6章で成り立っていることがわかります。第2章「科学絵本の歴史とかこさとしの年譜」の内容は「福沢諭吉から始まる科学絵本の黎明期とかこ先生の生涯」というものです。この企画展第2章の章題と内容説明を読んで、鳥越信編著『はじめて学ぶ 日本児童文学史』(ミネルヴァ書房、2001年)の序章を思い出す方もいらっしゃるのではないでしょうか? この本の序章で鳥越氏は、福沢諭吉『訓蒙 窮理図解』(上・中・下、慶應義塾、1868年)を日本近代児童文学の起点と位置付けています。
 日本近代児童文学の起点を、科学の本である『訓蒙 窮理図解』と考えることそれ自体は1つの史観に基づくものではあるのですが、科学絵本と児童文学という、互いに関連を持ちながらもそれぞれの道をたどり、現在に至る2つのジャンルについて、考えを深める機会を持てたら嬉しいですね。

※国立科学博物館ウェブサイト「生誕100年記念『かこさとしの科学絵本』」https://www.kahaku.go.jp/tenji-event/nid00001839.html (2026/3/19確認)

2026年3月13日金曜日

春期閉室のお知らせ

 児童文化研究センターは3月16日(日)から22日(日)まで閉室とさせていただきます。ご不便をおかけいたしますが、なにとぞご了承くださいませ。

ご卒業される皆様、おめでとうございます!

2026年3月12日木曜日

ミニ展示 3月12日~14日

安野光雅さん 生誕100年

 数多くの絵本を手がけた画家、安野光雅。生誕100年の今年は美術館の展示などで絵本原画を観る機会も増えることと思います。320日のお誕生日に合わせて、児童文化研究センターではこちらの本を展示いたします。

安野光雅『会えてよかった』

朝日新聞出版、2013 

安野光雅さんによる50の「会えてよかった」。安野さんが出会った様々な人との交流について書かれた、雑誌連載のエッセイを集めた1冊です。俳優、作家、彫刻家、数学者など、様々な分野で活動した方々との交遊録は、「興味深い」という形容がしっくりきます。どんな人が登場するかは、ぜひ、実際に目次を見てご確認いただきたいのですが、敢えて言うなら、一本筋の通った方が多いのが特徴的かもしれません。気軽に読めて面白いけれど、読んでいるうちに(これは、ちゃんと読みたいな…)と、背筋が自然と伸びてくるような感じがしました。

また、人だけでなく、テレビ草創期(時代)、「日曜喫茶室」(ラジオ番組)や「風景画を描く」(テレビ番組)、「少年倶楽部」(雑誌)、絵本の世界(表現領域)といったように、安野さんが関わったさまざまな物事との「会えてよかった」が収められています。安野さんが装丁を担当した本への言及もありますので、「あの本の装丁、安野さんだったのか!」と、前に読んだ本をまた本棚から引っ張り出して確かめてみたくなるかもしれませんね。

 別れと出会いの3月・4月。たくさんの「会えてよかった」を、お手に取ってご覧ください。

2026年3月5日木曜日

ミニ展示 3月5日~7日

 3月7日は佐藤宗子先生の講演会。「佐藤宗子先生講演会 ミステリからみる〈子ども〉―人物造型・語り・「子ども」観―」という講演会テーマに因み、今回はセンター蔵書の中から推理小説(もちろん児童書です!)を1冊、ご紹介します。

『名探偵金田一耕助 1 仮面城
横溝正史 作 D.K 絵
ポプラポケット文庫 2005年

 1951年4月から「仮面城の秘密」というタイトルで雑誌連載され、翌年に改題して単行本化された作品です。主人公は、小学6年生の竹田文彦君(12歳)。敗戦の記憶がまだ色濃く残っている時期の作品らしく、満州の奉天から引き揚げていまは東京で家族とつつましく暮らしているという時代設定です。
 満州国というと、1932年から1945年まで現在の中華人民共和国の東北部に存在した、当時の日本の傀儡国。本文中には「戦争後、満州からひきあげてくるまでは、文彦君の一家も、奉天ではなやかなくらしをして、自動車の三台も持っていたくらいですが」(p.2)とあって、奉天とはどのようなところだろうかと、読み始めてまだ2ページ目というところで、すでに調べものをする手が止まらなくなりそうになります(※)。
 そして、パラパラとページを繰ると、世田谷区(白百合女子大学がある調布市の、お隣の区)とか、井の頭公園(京王線井の頭線沿線)とか、見慣れた地名や単語が出てきます(近い…)。大学のご近所から物語がどのように広がりを見せていくのかも、気になるところです。

 佐藤宗子先生のご講演は「子ども」を中心に据えたもの。講演会の後、推理小説をより面白く読めるようになるのではないかと、とても楽しみです。
 おかげさまで、講演会は大盛況のうちに終了いたしました。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました(2026/3/11 追記)

※「奉天」という地名の記された写真を、児童文化研究センターの蔵書から探してみたところ、『いわさきちひろ写真資料目録』(公益財団法人いわさきちひろ記念事業団、2024年)の中に2枚、1939年に撮影されたものをみつけることができました。この目録では、国名は「満州」ではなく「中国」と記されています。傀儡国家の建設という暗い歴史とは裏腹に、写真で見る建物や女性たちの服装はモダンでハイカラ。複雑すぎて震えます。気になる方はぜひ、お手に取ってご覧ください。

2026年2月26日木曜日

ミニ展示 2月20日~3月4日

児童文化学科より、オリジナルクリアファイルが届きました!


 いつも児童文化研究センターの蔵書を展示する「ミニ展示」ですが、今回は番外編。
 児童文化学科から届いたオリジナルデザインのクリアファイルをぜひ皆様にご覧いただきたく、今回の展示は児童文化学科関連資料を展示することにしました。

児童文化学科オリジナルクリアファイルと『開花宣言』


 一緒に展示している『開花宣言』は、児童文化学科の授業「出版演習Ⅰ・Ⅱ」を受講する学生が企画・編集を行い、発行する雑誌です。バックナンバーには先生方の論考も掲載されています。
 今回の展示資料は第17号(2025年3月)。第17号のテーマは「コンパクト」です。
 『開花宣言』はその誌名の通り、毎年春に発行されます。今年の『開花宣言』ももうすぐ。楽しみです。

2026年2月19日木曜日

センター主催講演会(3月7日)【続報】※終了いたしました

3月7日(土)開催のセンター主催講演会「佐藤宗子氏講演会 ミステリからみる〈子ども〉―人物造型・語り・「子ども」観―」の概要を、講師の佐藤宗子先生よりいただきました。

ミステリの面白さは、読者自身の無意識にある「常識」を揺さぶられる/覆される点にあると考えることができるだろう。ミステリと〈子ども〉を交差させる中から、「語り」や「子ども」観を中心に、さまざまな考察をしていきたい。

すごいですよね。わくわくしますよね。
これは、是非とも参加しなくてはなりますまい。

まだお申込みでない方は、下記のフォームよりお申し込みください。

〈お申込みフォーム〉
https://forms.gle/Te9p3wHaKdM5tk9B9
大盛況のうちに終了いたしました

日時:2026年3月7日(土)13~15時 ※開場は12時半くらい
場所:白百合女子大学クララホール(11号館3階)

どなたでもご参加いただけます。
学外の方も参加可能ですので、児童文学やミステリにご興味のあるご家族やお友達がいらしたら、ぜひお声がけいただき、皆さまお誘いあわせの上、お申し込みください。


2026年2月13日金曜日

センター主催講演会のお知らせ ※終了いたしました

 児童文化研究会では、きたる3月7日に佐藤宗子先生を講師にお招きして〈第76回児童文化研究センター研究会 佐藤宗子氏講演会〉を開催いたします。 どなたでもご参加いただけます。

【講演会詳細】大盛況のうちに終了いたしました。

タイトル:ミステリからみる〈子ども〉―人物造型・語り・「子ども」観―

日時:2026年3月7日(土)13時~15時(予定)
場所:クララホール(11号館3階)

  • 参加ご希望の方は、下記のフォームからお申込みください。
  • お申込みの締め切りは3月6日(金)12時までです(定員になり次第締め切らせていただきます)。
  • 警備の都合上、お車でのご来場はご遠慮ください。

〈お申込みフォーム〉お申し込みはこちら
https://forms.gle/Te9p3wHaKdM5tk9B9
大盛況のうちに終了いたしました。

 皆様のご来場を、心よりお待ちしております。

2026年2月6日金曜日

ミニ展示 2月6日~20日

 センター入り口で、所蔵資料のミニ展示をしています。

展示中の本

『「母の友」特選童話集

こどもに聞かせる一日一話2』

福音館書店「母の友」編集部 編著

福音館書店 2024年

 展示期間中も借りることができます。お手に取ってご覧ください。

2026年1月23日金曜日

ミニ展示 1月23日~2月6日

 センター入り口で、所蔵資料のミニ展示をしています。

展示中の本
『どうぶつ会議』
エーリヒ・ケストナー 文 ワルター・トリヤー え
光吉夏弥 訳 岩波書店 1954年

 ケストナーとトリヤー(トリアー)の『どうぶつ会議』の原著が出版されたのは第二次世界大戦終結後の1949年のこと。「1949年」という年号に注目すると、5年刻みまたは10年刻みで児童に関する国際的な取り決めがなされていることに気づきます。
 まず、『どうぶつ会議』原著出版から遡ること25年、第一次世界大戦で多くの子どもの命が失われたことへの反省から、国際連盟が「児童の権利に関する宣言(ジュネーブ宣言)」を1924年に採択していました。残念ながら第二次世界大戦でも多くの子どもたちが命を落とし、肉親や平和な日常生活を失いました。その反省をもとに1959年(『どうぶつ会議』原著出版から10年後)、国際連合が「児童の権利宣言」を採択しました。
 そして、『どうぶつ会議』原著出版から30年後の1979年は「国際児童年」。さらにその10年後の1989年には、国連総会で「子どもの権利条約」が満場一致で採択されました。

1924年 「児童の権利に関する宣言(ジュネーブ宣言)」
 ↓25年
1949年 『どうぶつ会議』原著出版
 ↓10年
1959年 「児童の権利宣言」
 ↓20年
1979年 「国際児童年」
 ↓10年
1989年 「子どもの権利条約」

 『どうぶつ会議』は戦争を背景につくられた絵本ですが、諷刺や批判にとどまらない、ユーモアや温かみを湛えた作品です。ぜひ、お手に取ってご覧ください。展示期間中も借りることができます。

ミニ展示のあるセンター入り口には、
動物たちが集合しています。

2026年1月8日木曜日

ミニ展示 1月8~23日

 センター入り口で、所蔵資料のミニ展示をしています。

展示中の本

『どうぶつたちはしっている』
イーラ 写真 マーガレット・ワイズ・ブラウン 文
寺村摩耶子 訳 文遊社 2014年

展示期間中も借りることができます。
お手に取ってご覧ください。