2024年7月5日金曜日

【書評番号2】『蛇の棲む水たまり』 梨木香歩 文 鹿児島睦 絵 ブルーシープ 2023年

 モスグリーンの分厚い表紙をまるくくり抜いたなかに、黒い地に描かれた植物の輪が見える。凝ったデザインに惹きつけられて手に取ると、手のひらよりやや大きいくらいのサイズに親しみ深さを覚える。

 黒い見返しと表題紙の淡い青磁色のコントラストにくらくらしながらページを捲れば、物語の始まりの2行を印字するページはオフホワイト。文章が始まる前に余白をたっぷり取って、「さあ、次のページをどうぞ」と促すかのようである。促されるままにさらにページを捲ると、蛇の棲む水たまりと出会う。物語はこうだ:群れから離れた馬が見つけた、蛇の棲む水たまりのなかには、もう一つの世界がある。この水たまりにやってきた動物が水たまりに飛び込むと、別の生き物に変身する。馬はこの変身の様子を見、やがて、自分も水たまりに飛び込んでみる。そして、変身する。

 文章と絵とは截然とわかたれており、物語の冒頭と終わりを除き、言葉のページは黒地に淡い青色の文字が浮き上がり、絵のページは白地に植物や生き物を組み合わせた、図案化された絵がプリントされている。

 出版社のホームページによると、2023年6月から2024年6月にかけて各地で開催されている展覧会「鹿児島睦 まいにち」展に向けてこの絵本は作られた。陶芸家の鹿児島睦(かごしま まこと)氏が制作した新作の器を見て物語を作ることを依頼された梨木香歩氏が、200点の器を見てテキストを作り、そのテキストに合わせて鹿児島氏が新たに1枚の器を制作したという。

 この絵本が焼き物の器の写真を“絵”としていることを確認した上で、もう一度眺めてみると、真上からのアングルで撮影し、敢えて立体感のない画像にしているためなのだろうが、ぼーっと眺めているだけだとやはり“絵”にしか見えない。その平面的な見た目は、実は、器にとって不自然なものである。

 器の魅力はその立体的かつ触覚的な造形美、つまり、使っているときに掌に感じる心地よさに負うているところが大きいはずなのだが、この絵本ではその三次元の魅力を敢えて潰し、二次元のものとして扱う。本来の魅力を犠牲にする代わりに平面性を獲得した器は、一つ一つに施された絵付けの魅力はそのままに、あくまでも絵本の一要素として働き、他の要素、たとえばテキストやページを順に繰っていったときの絵本全体の構成といったものと調和している。

 奇妙にストイックな、しかし心惹かれる一冊である。


参考URL

「絵本「蛇の棲む水たまり」」BlueSheepホームページ

https://bluesheep.jp/projects/mizutamari/ (閲覧日2024/6/4)