2022年6月1日水曜日

【書評番号3】エリナー・ドーリィ『キュリー夫人』光吉夏弥訳、岩波少年文庫、1974年

 

 原題はThe Radium Womanとあって少々ぎょっとさせられるが、アメリカのラジウム・ガールズは本書には登場しない(とはいえ、マリー・キュリーも彼女たちと同じように放射線によって健康を脅かされていた)。作者のドーリィは1939年にこの伝記を書き、同年のカーネギー賞を受賞している。本書は1962年に岩波少年少女文庫のために翻訳したものを全面的に改めた新訳版である。

 内容に関しては、私たちがよく知っている「キュリー夫人」の伝記そのものと言っていいかもしれない——帝政ロシアの支配下にあったポーランドでの少女時代、フランスで苦学した青年期、結婚し、夫ピエールとともに研究に打ち込みラジウムを発見、夫婦でノーベル物理学賞を受賞。不慮の事故でピエールを失った後もマリーは研究を続けノーベル化学賞を受賞。マリーとピエールの研究は放射線医療に大きく貢献した。そうした功績を、マリーの人柄とともに知ることができる本だ。

キュリー夫妻の発見を当時の人々がどのように受け止めていたかをうかがわせる、次のような記述がある。

 

そのころ、パリにロイ・フラーというアメリカ人の踊り手がいて、その踊りをいっそう美しく見せるために、ふしぎな照明を使っていた。その舞姫が、マリーに手紙をよこして、チョウの衣装のはねを光らせるのには、ラジウムをどう使えばいいか、聞いてきた。(189

 

マリーとピエールはこの申し出を面白がり、ラジウムについて親切に説明したそうだ。

20世紀の前半は、科学の発達やそれがもたらす新しい可能性をまだ素直に喜ぶことができ、科学の進歩を信じることもできたのだろう。そんな無邪気な眼差しに、ラジウムの光はとても美しく映ったのではないか。まっすぐに研究へと突き進むマリーもまた、人間としての、あるいは科学者としての思慮深さとは別に、そうした無邪気さを秘めた人だったのではないだろうか。そんなことをふと考えさせられた、1冊だった。



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