2022年6月1日水曜日

【書評番号1】東君平『おはようどうわ』全10巻、サンリオ、1992-2000年

 

短編童話集で、見開き一ページで一つの作品となっている。漢字を使われずに書かれたこの童話は、作品ごとにユーモラスな白黒の切り絵が一枚ついていて、絵と物語とがあいまって温かみのある作品になっている。柔らかい言葉の響きが連なる様子は童謡や詩の雰囲気を醸し出しつつ、童話の物語性も併せ持つ、童話というものの定義を問い直させる一作。そしてそうした定義にとらわれないそのままの、一つの作品として受け止めることの大事さを考えさせる作品でもある。

この童話集の作品は、日常の出来事や季節の一場面が人間や動物、時に雨などの無生物を視点として描かれており、どれも劇的な出来事が起きることはない。それにもかかわらず、読み終えてしまうことを惜しみながらページをめくる手が止まらないのは、クスッと笑ってしまうおかしみがありつつ、普段見落としている何気ない日常が、とてつもなく愛おしいものに感じられるような温かみのある作品になっているためでもある。

平易な言葉で語られながら、人の心の真髄を示す一文、消えゆくものへの優しい視点で語られる、温かみがありながら寂しい場面。思い出がふと蘇る瞬間の懐かしさとともに感じる一抹の寂しさ、そしてそのままの世界を受け止める温かな視点。そうしたもの全てがギュッと詰まっている。

おすすめは、7巻の「アサリ」という話。猫がアサリをつつく様子や、スズメにアサリが似ているとする描写は、猫好きな人なら場面を思い浮かべて思わずクスッと笑ってしまう。私は、この話を読んで以来、アサリを見るたびに猫とスズメとが思い浮かぶようになってしまった。

息をつかせぬ展開の物語ももちろん面白いが、一方でこういった日常の中の小休止となるような作品は、言葉で紡がれた物語だからこそ表現し得たと思う。音楽や絵といった他の芸術と比べ、自ら読み、考えることでしか意味すら持たない文学という形を持つからこそ筋の面白さだけでなく、作品全体に漂う柔らかい空気や温かみがゆっくりと伝わってくる。

元々新聞に連載されていたこともあり、季節の移ろいがよく主題となっていて、その描写もとても興味深い。しかし、それだけではなく、普段私たちが見落としてしまうもの、目を背けているものに気づかせる視点は、金子みすゞの詩を彷彿とさせる様な、ハッとさせられるものがある。

魅力を説明しようとすると、光がこぼれ落ちてしまうような一作。何が特別というのではないが、落ち込んでいる時でも、ふとした拍子に何度でも読みたくなり、読むと心にストンと落ちてくる。しかも読み進めるうち、心を前向きにしてくれる、いつも手元に大切に置いておきたくなる宝物のような作品となっている。

 作者が若くして亡くなったこともあり、あまり知られていないが童話を愛する人にぜひ読んでほしい作品。



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