2022年4月21日木曜日

イメージを散歩する

木村和平写真展 「石と桃」 

 「不思議の国のアリス」をテーマにした個展が都内のギャラリーで開催されるという噂を聞き、是非とも観てこなければと出かけた。だがこれはとんだ勘違いで、この「石と桃」展は、「不思議の国のアリス」ではなく「不思議の国のアリス症候群」を主題とした写真展だった。想像していたのとは違う写真やオブジェに囲まれ、自分の早とちりに苦笑いしたのだったが、不思議な浮遊感のある作品が展示された穏やかな空間に心地良く身を委ねたひとときだった。

 遮蔽物のないシンプルな部屋に、開け放たれた小さな窓が一つ。そして、四方の壁には、写真作品が、対辺に位置するものどうし互いに対応するように配置されている(…と、展示を見て思った。実際のところ、どんなことを意識して作品を配置しているかはよく分からない。以下、私の観察と個人的な印象にもとづいて書いていきたい)。大小取り混ぜた展示作品が、それぞれのイメージに応じた高さで壁に掛けられており、余白の使い方が巧みだった。一般的に作品鑑賞というと、作品と人間とが見つめ合うような、そうした一対一の関係のなかで行われるものだと思うけれど、この場所では、そういう見方だけではちょっともったいないかもしれないな、と思った。なんと言えば良いのだろう、風通しの良い小さな室内に身を置き、写真やオブジェから発せられるイメージを体験した。

不思議の国のアリス症候群は、物の大きさが実際のスケールとは異なって見えたり、時間が極端に伸び縮みするように感じられたり、色覚が一般的な見え方とは異なっていたりと、独特の感覚があるそうなのだが、この展示では、そうした見え方・感じ方を視覚的・空間的に再構成している。人物を写した写真で被写体となっていたのが少女(少女の表象を纏った人物)であるという点に、「アリス」の面影を見て取ることもできなくはないのだけれど、あくまでも主題となっているのは「不思議の国のアリス」ではなく「不思議の国のアリス症候群」だった。だから…と言って良いかどうかは分からないけれど、たとえばヤン・シュヴァンクマイエルのアニメーション作品「アリス」から感じ取られるような暴力性や性的なイメージはなかった。

先に述べた通り、私がこの個展を訪れたきっかけは勘違いで、もともとは「不思議の国のアリス」から派生した作品を観る心づもりでいた。ギャラリーに足を踏み入れるまでは、目の前にどんなイメージが出現してもショックを受けないよう肩に力を入れて構えていたのだけれど、身体的に侵犯するような印象を与える作品はひとつもなかった。落ち着いたグレーの諧調と、日常をあまり遠く離れない穏やかさが印象に残った。

作品を一通り見て、ギャラリーの白い壁をぼんやりと眺めながら、その場を立ち去るのが少し名残惜しかった。また観たいな、と思った。

 

遠藤知恵子(センター助手)

 

【展示情報】

木村和平写真展「石と桃」 202241日(金)〜417日(日) 於 Roll