このプログラム(半期)を受講できるのは、17〜25歳の400名近い受刑者が収監されているなかで10名ほど。「刑務所のなかでも、みんなと歩調を合わせるのがむずかしく、ともすればいじめの対象にもなりかねない」コミュニケーションが困難な青少年たちだという。寮が担当した「物語の教室」では、まず絵本の朗読劇で心をほぐす準備体操をする(教材の絵本は、アイヌ民話を題材にした『おおかみのこがはしってきて』、宮沢賢治「どんぐりと山猫」を題材にした『どんぐりたいかい』)。そうすることによって、この教室では、「すぐに答えられなくても、ちゃんと待ってもらえる」「評価されない」「叱られない」「安心・安全な場」であることを、彼らに身をもって知ってもらうのだ(わたしたちの日常においても、自然体でいられることは意外とむずかしい)。そのあとではじめて詩を書いてきてもらい、発表し合う授業形式が可能となる。
詩を書くことによって、しんどい「自分の心に気づくこと、吐きだすこと」ができるようになる。それを仲間が受けとめてくれる「場」がある。その「自己表現」+「受けとめ」(共感にかぎらない)のセットで、みるみる彼らの表情や態度が変わってゆくのだという。またこのプログラムの実践を通じて、講師である寮もまた、詩に対する認識を新たにしていく。
だれかが「これは詩だ」と思って書いた言葉があり、それを「これは詩だな」と受けとめる人がいたら、その瞬間、どんな言葉でも「詩になる」ということだ。そして、それは書いた人の人生を変えるほどの力を持つことがあるのだ。/すぐれた詩作品があり、そんな詩にこそ価値があると思っていたわたしは、愚かな「詩のエリート主義者」だった。(122-123)
わたし自身は、詩の言葉が「日常の言葉とは違う」(寮)ということにすら、どこか違和感を覚える。日常の言葉だって、詩でありうるのではないだろうか。「裸の心でつながりあうことのできる教室」の記録は、詩と日常を分けて暮らしているわたしたちにも、楽に呼吸ができる社会をつくるヒントを教えてくれる。
本書では、いくつかの詩が紹介されており、寮が彼らの背景を含めて解説してくれているが、詩をていねいに読みたい方には「奈良少年刑務所詩集」も2冊出版されているので、そちらをどうぞ。
【関連書】
寮美千子編『空が青いから白をえらんだのです—奈良少年刑務所詩集—』新潮文庫、2011年
寮美千子編『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』ロクリン社、2016年
この書評は、2020年夏に開催された書評コンクールの応募作品です(書評番号5)