2023年5月26日金曜日

【書評番号1】 アフィニティ・コナー著、野口百合子訳『パールとスターシャ』東京創元社、2018年


 家畜運搬車の扉が開く。中にはやせ細った老人と女性、そして背丈も顔立ちもそっくりな二人の少女。警備兵が居丈高に祖父に質問し、母と娘たちは震えている。

 一家のすぐそばで、三つ子の少年たちが白衣の男に安全を請け合われ、他の人々とは別の場所へ進まされる。怯えていた母親の目に光が戻り、兵士に詰め寄るように尋ねる。

「ここでは−−双子なのはいいことなんですか?」


 家族が連れて来られたのはアウシュビッツ絶滅収容所。双子や三つ子を選別していた白衣の男はヨーゼフ・メンゲレ。ナチスで非道な人体実験を繰り返し、戦後も逃亡して罪を償うことのなかった人物である。

 主人公の双子の姉妹、12歳のパールとスターシャはメンゲレの手に引き渡され、「動物園」と呼ばれる施設へ入れられる。実験材料として保護されるとはいえ、その環境は悲惨だ。衛生面は酷く、食事も十分ではない。息を引き取る者がいれば、周囲は悲しむのではなく我先にと身ぐるみをはがしにかかる。

 物語は姉妹のそれぞれの視点から交互に語られる。過酷な状況だが、二人の語りは決して暗いものではない。互いへの愛情。収容者との間に芽生える絆。人が人として扱われない環境でも、人間性までは奪えない。

 特に妹のスターシャは想像力が豊かで、現実に空想を重ねることで自分を保つすべを知っている。人体の標本を見たショックを蝶の標本を連想することで和らげたり、ジャッカルになりきって苦境を凌いだり、スターシャの想像はしばしば動物と結びつく。これらの発想の源になっているのは全て、生物学者だった祖父から教わった知識だ。スターシャにとって空想は離れ離れになった家族との繋がりを確認する手段でもある。

 一方で、現実主義のパールは空想に逃げることができず、残酷な状況を直視し、疲弊していく。姉を自分の「最良の部分」と考え、全く同じ存在でありたいと願うスターシャの思いとは裏腹に、パールは収容所を生き延びられる可能性が高いのは妹だと判断し、彼女を生かそうと画策するようになる。

 そしてついに、姉妹が離れ離れになる日が来る。引き離された二人はどんな運命を辿るのか。つらく長い道のりになるが、希望ある結末が待っているので、ぜひ実際に読んでみてほしい。

 なお、パールとスターシャは架空の人物だが、物語には実在の人物がモデルとなったキャラクターも多数登場する。特に、多くの妊婦を苦渋の選択によって助けたユダヤ人女医のジゼラ・パールがモデルとおぼしきミリ医師の悲嘆は、我が子を奪われた全てのユダヤ人女性の嘆きが凝縮されているかのようで胸が引き裂かれる。

 この本を読み終えたときに覚えたのは、なんて美しい物語だろうという感動だ。被害者を美化しているわけではなく、描かれているのはおぞましい所業ばかり。それでも、パールとスターシャの目を通して見える世界は光に満ちている。人間の「最良の部分」を信じようと思わせてくれる力強い作品である。



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