1955年
1955年のムナーリは、3つのグループ展に参加し、個展も3回開催している。また、前年にアメリカ(ニューヨーク近代美術館とレオ・レオーニの写真スタジオ)で上映した〈直接の映写〉を5月にローマ国立近代美術館で開催しており、この年に開いた3つの個展のうちの一つは、フィレンツェ、ヌーメロ画廊で行われた〈直接の映写〉の展示である。MACでの活動ももちろん続いているし、ニューヨーク近代美術館ではアルヴィン・ラスティグ(1915-1955)との二人展を開催している。コンパッソ・ドーロ賞も2年連続で受賞した。ものすごく活躍していて、評価もされている。しかし、個人的には、そうした業界からの評価よりもずっと、ミラノのモンテナポレオーネ6A画廊で開催された「闇の夜に」展が気になる。この個展は、同年に出版された絵本『闇の夜に』の展覧会だという。年譜では「本を素材にした、子供部屋に飾るコラージュも展示する」(p.346)と説明されているのだが、本が素材になるとは、一体、どういうことだろうか。どんな展示だったのだろう。年譜に書かれるくらいだから、ネット上のどこかに写真画像くらいあってもおかしくないのだが、見つからない。…仕方ない、今回はペンディングということにしておこう(展示風景の画像よ、いつかきっと、この手で見つけ出してやるからな!)。
ムナーリが1945年から子どものための絵本を制作していたのに対し、レオーニが子どもに向けた絵本を作るのはもう少し後になってからである。
1955年のレオーニは、MoMAで開催された「The Family of Man(人間家族)」展のポスターと図録をデザインした。当時の写真部門のディレクターだったエドワード・スタイケン(1879-1973)が企画したこの展示は、MoMAのウェブサイトで検索すると、“the exhibition took the form of a photo essay” (*)、すなわち、この企画展はフォト・エッセイの形式を取ったとのことである。会場での展示は、人の誕生から死までの普遍的な営み(衣・食・住、遊び、労働、戦争と平和など)を表す写真を通じて、人類の連帯をストレートに呼びかける内容だった。MoMAのサイトで展示風景を見ることができるが、いかんせんキャプションの文字が小さすぎて読めない。こんなふうに過去の展示について知りたくてもどかしい思いをするとき、図録というものがいかに貴重な資料であるかを身にしみて感じるのである。
レオーニがデザインした「The
Family of Man(人間家族)」展図録について、森泉文美は「だれも知らなかったレオ・レオーニ」で「左右非対称性、不規則性、大小のコントラスト、大胆な裁ち落としなどが用いられ、レオらしいレイアウト」(p.207)と評する(おっしゃる通り!)。そして、文字の配置も絶妙なバランスである。ページをめくるごとに動きがあって楽しい。上述のMoMAのサイトによると、写真の撮影者は273人、国にすると68か国。写真とともに組まれている言葉もまた、さまざまな国や地域の著述家の言葉から選ばれている(旧約聖書、ジェイムズ・ジョイス、プエブロ・インディアンの知恵の言葉、エウリピデス…)。日本からの選出は、岡倉覚三の『茶の本』と空海の『秘蔵宝鑰』(ひぞうほうやく。密教の奥義を記した書物)。『茶の本』はもともと英語で書かれた本だが、岡倉の『茶の本』に見られる『秘蔵宝鑰』からの引用と「The Family of Man(人間家族)」展図録での引用が、まるきり同じ“Flow,
flow, flow, the current of life is ever onward”なので少々驚いた。ちなみに、現代語訳を『茶の本』で確認すると、「往く、往く、往く、往く、生命の潮流は停ることがない」で、原文は「生生生生暗生始」(**)。MoMAのキャプションは『茶の本』からの孫引きなのだろうか? それとも、フェノロサのような仏教徒となった人たちか、欧米の研究者のうちの誰かが先に英訳していて、岡倉もその訳に倣ったのだろうか?
今回は、時間をかけて調べたくなるような疑問が二つも出てきた。1955年は、面白い年である。
【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
「レオ・レオーニ 年譜」『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp.216-219 ※執筆担当者の表示なし
The
Family of Man. Museum of Modern Art, New York, 1983(30th
anniversary ed).
*“The Family of Man.” MoMA.
https://www.moma.org/calendar/exhibitions/2429
(参照2024年5月16日)。
**岡倉天心『英文収録 茶の本』桶谷秀昭訳、講談社学術文庫、1994年。英文・現代語訳・原文の引用はそれぞれ、p.149、p.84、p.104。
遠藤知恵子(センター助手)