2023年1月13日金曜日

エメラルド

 とても悲しく目が覚めたのに、どんな夢を見ていたのかは忘れてしまった。

横になったまま、ベッドの上で目の端に溜った涙を乾かしていた。目を瞑るとじんわり滲んで冷たい。溜息が出た。

 そのときだった。ふわりと、シーツから何か小さなものが舞い上がった。しばらく浮いて、シーツの上に舞い戻る。埃とは違う。淡いグレーの、柔らかなもの。

 それは、蜘蛛のかたちをしていた。

死んで、乾ききってしまったのだろうか。軽くて頼りなく、ふわふわとしていて、息を吹きかけるとシーツの上を浮き上がり、床へと舞い降りた。ともかく、命あるものではないらしかった。

 私はベッドから這い出て、それをつまみ上げ、ベランダに行った。ベランダには小さな植木鉢があり、朝顔が芽を出している。双葉の間から本葉が伸び始めた朝顔の脇に、そのふわふわしたものを置き、上に薄く土をかける。

膝をつき、短く手を合わせたあと、部屋に戻って窓を開けた。

カーテンが風にそよぐ。とても悲しかったはずの夢のことは、結局思い出せなかった。

 寝巻を脱ぎ、ベッドの上に放った。

 すると寝巻の下から、小さなものが跳び出した。窓の横の壁を駆けのぼって止まり、私が近づくと、跳ね上がってカーテンにしがみついた。

 蜘蛛だった。私の目の高さよりももう少し高いところまで走って、そこで止まった。

たっぷりと水を含んだような、陽に透ける緑色の蜘蛛だった。それで、やっと分かった。

「あんた脱いだの。」

 私は言った。

 蜘蛛に息を吹きかけると、それはもう逃げずに、ひゅっと足をちぢこめた。体の中心に光が集まり、緑が深くなった。

 静かに息づくこの生き物を、私は、いつまでも見つめていたかった。

 

遠藤知恵子(児童文化研究センター助手)