2026年4月3日金曜日

『児童文学の教科書』旧版・新版読み比べ

 川端有子著『児童文学の教科書』は、子どものための本について、まずはまんべんなく基礎から学びたいと願う大人の人たちにぴったりの入門書です。2013年に玉川大学出版部から初版が刊行され、2025年に同じ版元から改訂新版が刊行されました。
旧版と新版で、どんなところが変わったのでしょうか? 読み比べをしてみましょう!
 

○×クイズは健在


新版は旧版と比べ、文章が整理されて表現がより簡潔になっています。部分的に構成を組み替え、前より読みやすくなっています。元図書館司書の方によるコラムも追加され、図書館員のお仕事や本と子どもたちとの出会いなどが、より活き活きと伝わる内容に。
 とはいえ、基本的な内容に大きな変更はないと言って良さそうです。たとえば、本書の特長となっている○×クイズ(全16問)。このクイズは、著者の川端先生が長年、大学で教鞭を取られてきたなかで見てきた「誤解の集大成」(新旧ともにp.7)なのだそうです。その誤解というのが、新版でも変わっていませんでした。
 子どもの頃に読んだ児童書だけを基準に考え、何となく知ったつもりになってしまいがちな児童文学。○×クイズ自体はとても面白いのですが、今回の読み比べでは改めて、複雑な気持ちで眺めたのでありました。
 

取り上げる作品の更新、世界情勢の変化への対応、そして……

 
児童文学史的に見て重要な作品についてもやはり、新版で引き続き紹介されています。逆に、私たちの時代(現代)の作品には差し替えが見られます。
 特に、時代によって傾向が変わっていくリアリズム作品と歴史小説、そしてYA(ヤングアダルト)文学について説明するページでは、本文やブックリストで紹介される作品がだいぶ変わっています。
 まず、リアリズム作品やYA文学について説明する第6章と第15章第2節について。
 現代的なテーマを扱った児童文学作品が次々と出版されている現状を反映し、取り上げられる作品も、現代社会をより反映したものに変更されています。たとえば、新版ではLGBTQを様々な角度から取り上げた作品が紹介されており、既に定番となった絵本『タンタンタンゴはパパふたり』(原著2005年)などの作品が、本文中で言及されるようになりました(新版p.91)。
 そして、歴史小説の第8章。現代的なテーマだけでなく、古い時代のことを扱う歴史小説も差し替えが多いというのは、なんだか不思議な気もします。ですが、現代を生きる私たちが何を求めているかにより、必要とされる歴史の記述も変わってくるようなのです。たとえば、新版では、次のような本が紹介されています。
アン・クレア・レゾット『目で見ることばで話をさせて』(原著二〇二〇)は、住民の多くが聴覚障碍者であったためすべての島民が手話を話せた、アメリカのマーサズ・ヴィンヤード島の史実をもとにしている。この物語の舞台は、過去に存在したインクルーシブな社会であり、現代社会のこれからの問題にも光を投げかけるだろう。(新版p.118 
 手話ができることが当たり前のコミュニティが、過去に実在したということ。この本を通じて私も初めて知りました。教育現場で「合理的配慮」が一般化し、当たり前のこととなっていく今、このような知見を与えてくれる児童書の重要性はますます大きくなっています。
『児童文学の教科書』では、旧版・新版ともに様々な国や地域の児童書(の翻訳本)が取り上げられており、それぞれの作品の原著が出版された国について見ていくと、アフリカやアジアの他の国々の作品も取り上げられています。児童文学の「世界」が前より広く、カラフルになったように感じます。でも、まだまだ圧倒的な量の英米児童文学に比べると、充分とは言えないかもしれません。そもそもの出版点数が少ないのか、それとも、日本での翻訳や紹介が進んでいないのか……。次の改訂新版が出るときには、さらに広く、もっともっとカラフルになっているよう、ひとりの読者である私自身も、日本と欧米以外の様々な国や地域に関心を持っていきたいな、などと思うのでした。
 
 さて、ここまでは、物語(フィクション)について書かれた部分を旧版・新版で比較してきました。ノンフィクション(知識の本)について書かれた章で比較してみると、さらに大きな変更が見られます。
 

ノンフィクションの充実。ただし、1(哲学・心理学・宗教)と8(言語)類がない


 全15章から成るこの本で、ノンフィクションを中心に取り上げているのは第9章のみ。この本全体から見ると、それほど大きなウェイトを占めているわけではありません。しかし、この第9章の冒頭2番目の小見出しを見て、驚きました。「児童書出版の三割を占めるノンフィクション」(旧版p.135)が、「児童書出版の半分を占めるノンフィクション」(新版p.133)に書き換えられています(「三割」が「半分」に増えました!)。ノンフィクションの存在感が、以前より大きくなっています。
 このような状況の変化を反映するように、新版第9章では、ノンフィクションについての記述の変更・加筆が他の章と比べて多く見られます。たとえば、旧版では調べもののための本(百科事典や図鑑など)についての説明はひとまず措いて、読み通すための本(科学読み物などの類)に絞って本を紹介、解説していました。しかし、新版では1951年から1956年にかけて刊行された平凡社の『児童百科事典』を取り上げており、ノンフィクションの本にとって大事なのは読んでいて面白く、好奇心を呼び覚ます、楽しく読める本であることだという説明も加わります(pp.134-135)。知識の本も物語の本と同様、読書の楽しみそのものに価値があるのだという考え方がはっきりと読み取れるようになりました。
 このほか、「改訂によるアップデート」(新版p.137)や「イラスト・図・写真の重要性」(新版p.139)といった、新たな視点が加えられました。
 旧版・新版ともに、ノンフィクションの資料紹介をする第9章第2節では、日本十進分類法に基づき、どのような資料があるかを分野ごとに紹介しています。旧版では0類(総記)から8類(言語)までの分類についてそれぞれ資料を紹介していたのですが、新版では1類(哲学・心理学・宗教)と8類(言語)が省略されています。紹介の範囲を絞ったおかげで分類ごとの説明は充実したけれど、1類が省略されたことは、ちょっと寂しい気もします(たとえば吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』は、多くの図書館で1類に分類されています。この1類についての説明がないのは、切ない)。8類(言語)だって、良書はたくさんあります。この件に関してだけは、旧版が恋しくなってしまうのでした。
 

『児童文学の教科書』改訂新版を本当に教科書として使うなら、補助教材は?


 もしもこの『児童文学の教科書』改訂新版を、18歳以上の大人に向けた児童文学の授業で教科書として使うとしたら、面白い授業になりそうです。市民講座の先生になったつもりで、どんな補助教材を使うかも含め、カリキュラムを想像してみました。
 個人的に、最初に思い浮かぶ補助教材は、日本十進分類法と児童書の対応表です。ここはきちんと手作りして、1類と8類についての説明も補いたいと思います。児童文学に関する学びは図書館学と切り離せません。表だけでなく現物を見せながら図書館での分類方法を説明したら、受講生が公共図書館の児童書コーナーに足を運びやすくなるかもしれません。
 それから、『児童文学の教科書』旧版・新版ともにほとんど触れられていないことで、重要なトピックがあるとしたら、人間の性について書かれた絵本や児童書だと思います。LGBTQについての理解(簡単に分かった気になってはいけない、ということも含めて)を深めることが児童文学の主要なテーマの一つとなりつつある現在、人権を基盤とした包括的性教育に関わる知識の本が、補助教材として授業でも大きな役割を果たしてくれるはずです。LGBTQを積極的に取り上げるようになってきている、近年のYA文学やリアリズム作品を紹介するなかで、こうしたトピックを扱う知識の本を自然に組み合わせてブックトークを行ない、作品理解の助けとすることができたら、準備は大変そうですが、充実した授業ができそうです。

 知識のアップデート・学び直し・学びほぐし。改訂新版が出版された今がチャンスです。この春はみんなで、児童文学の基礎を固めていきましょう。
 
【書誌情報】
川端有子『児童文学の教科書』玉川大学出版部、2013
川端有子『児童文学の教科書 改訂新版』玉川大学出版部、2025
 
遠藤知恵子(センター助手)