2021年4月28日水曜日

【書評】エルジェ「タンタンの冒険」シリーズ、川口恵子訳、福音館書店、1983₋2007年

 この人と結婚したらかなり苦労しそうだけれども、親友だったら楽しそう。「タンタンの冒険」シリーズにおける主要登場人物の一人、ハドック船長のことだ。そんな風に思うのは、わたしがこのシリーズにハマったのが、大人になってからだったためかもしれない。幼い頃、漫画だからと手を出してみたものの、難しくて理解できなかった記憶がある。しかし、大人になってから読んでみると、すっかり夢中になった。

主人公の少年記者タンタンは、正義感ゆえに様々な事件に巻き込まれ、悪者に狙われながら命がけの冒険をくり広げる。ストーリー展開の面白さもさることながら、このシリーズの魅力は、なんといっても会話の妙にあるだろう。

シリーズ初期、タンタンは愛犬スノーウィとのコンビで行動し、多くの会話がこのコンビの間で交わされる。スノーウィも吹き出しで人語を話しているのだが、どうやらタンタンはスノーウィのことばを人語として理解しているわけではないらしい。それでも会話はかけ合いのように行われる。途中の巻から登場する刑事のデュポンとデュボンも、ことば遊びのような会話が楽しい。けれども、ひとたびハドック船長が登場し、会話に加わると、彼は圧倒的な存在感を放つ。船長の登場しない巻は物足りなく感じるほどだ。

9作『金のはさみのカニ』でシリーズに初登場したとき、船長はなかなか情けない人物だった。悪い部下に騙されて酒浸りになり、悪事に利用され、タンタンに助けられるのだ。この時点で、彼はすでに救いようのないアルコール中毒になっている。何度も禁酒を誓いながら、誰も見ていない隙にちょいと一杯やろうとし、結果ひと瓶飲み干して酔っぱらい、とんでもないことをしでかす。口も悪い。すぐに怒って、悪態をつく。

 こうして書いてみると、児童文学作品の主人公の親友とはとても思えない。それでも、ハドック船長はぜひお近づきになりたい、魅力的な人物なのだ。喜怒哀楽が激しく、純粋で勇敢な人情家。そして、会話におけるすばらしい切り返し。ユーモアと機知に富んだ彼と会話を楽しめるなら、フランス語を学んでみようかなという気にさえなる。彼のよく口にする台詞「なんとナントの難破船」や「コンコンニャローのバーロー岬」が原文では何と言うのか知りたくて、フランス語の原書を購入してしまった。できるものなら、船長お気に入りの高級ウィスキー「ロッホ・ローモンド」も飲んでみたい(作者エルジェは架空の銘柄のつもりだったので、実在する「ロッホローモンド」とは別物だそう)。

 自力では禁酒に成功しなかった船長だが、シリーズの最終盤、アルコールを受け付けない体質になる。彼の健康のためにはいいことなのだが、ちょっぴり残念に思う読者は、わたしだけではないはずだ。


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 この書評は、2021年春に開催された書評コンクールの応募作品です(書評番号1)