2020年2月28日金曜日

【書評】武井武雄『童話集 お話の卵』目代書房、1923年

瀟洒な本である。作者は童画家の武井武雄。当時29歳だった武井による、第一童話集である。柔らかな輪郭線で描かれた外箱の絵は、ユーモラスでありながら繊細だ。図案化した花のような丸い形の中心部に、「童話集 お噺の卵」というタイトルが記され、一枚一枚の花びらにあたるところには、表題作「お噺の卵」の主人公である鶏の夫婦、お噺の木、それにお日様とお月様が配されている。その花の形は背景の黒い四角形に重ねられ、その四角い形には赤いふち飾りがついている。その様子はまるで、テーブルの上のランチョンマットに載った、お花型のお皿。不思議な親しみやすさだ。きっと、凝り性の武井が凝りに凝ってデザインしたのだろう。中身の本の表紙も、楽器の音で双葉を育てる鶏夫婦と、大きく育ったお噺の木とがダイヤの形に配されている。
愛らしく芽吹いたエメラルド色の双葉を、鶏の夫婦が大切に育てると、やがて双葉は育ってお噺の木になり、お噺の花が咲き、実る。しかしお噺の実を食べると鶏たちは卵を産めなくなり、「ショイショイ」と住処を追われる。放浪の途上で雌鶏はお噺の卵を産み、夫婦はこの卵を大切に温めながら旅を続ける――童話集の冒頭は、こんな物語で始まる。
収録作品はほかに、「蜂の貸間」、「ブウ太郎鍛冶屋」、「竹の着物」、「流れ星」、「小悪魔ピッピキの話」、「木魂の靴」、「陸軍大将」、「又取ったよう」、「天国」、「多衛門の影」、「立聞話」、「化けマンドリン」、「蜉蝣」、「不朽の花園」、「ムヘット・ムヘット」、「眼玉」。主人公は動物だったり、小悪魔だったり、人の身体の一部だったり。画家の武井が書いたのだから、さぞかし情景描写に凝った視覚的な物語なのだろう、と、思いきや、そうでもない。耳の悪い神様が主人公の願いを聞き間違えて叶えてしまう「小悪魔ピッピキの話」など、ほとんど駄洒落だ。命の儚さと造形芸術の永続性とを対比した「不朽の花園」も忘れ難いが、実のところ、武井の書いた物語には聴覚優位のものが存外に多いのだ。
人は見かけによらぬもの。ピリッとした諷刺をときに交えながら、軽みと余韻を楽しませてくれる1冊である。
ちょっと遠方になるが、大阪府立中央図書館国際児童文学館(東大阪市)に行くと、本を手に取って見ることができる。外観は変わってしまうが、関東地方では表紙は異なるが中身の物語は同じ1924年版を、神奈川近代文学館(横浜市)で読むことができる。より手近で、上笙一郎さんの解説もついているのは1976年講談社文庫版。絶版ではあるが、大きな公共図書館に所蔵があったり、古本屋さんで売られていたりする。白百合女子大学児童文化研究センターの冨田文庫にも、実は所蔵がある。

この書評は、2022年春に開催した書評コンクールの応募作品です(書評番号3)