2020年2月28日金曜日

【書評】中井正一『美学入門』中央公論新社(中公文庫)、2010年

私、この本は「ジャケ買い」しちゃったのにゃ。カバーの絵がとっても可愛い卵なのにゃよ。大きさはうずらの卵より少し大きいくらいかにゃ? 淡い鶯色と、やや緑がかった優しい黄色の卵が2個、柔らかにくすんだ黄緑を背景に、ぽこぽこと描かれているのにゃ。1850年代イギリスの『鳥の卵と巣の図鑑』にあった絵なのにゃって。
この本は卵の本ではなく、美学の手ほどきをしてくれる入門書にゃけど、そこはかとない卵っぽさがあるところが魅力なのにゃ。
例えばだにゃ、このツェッペリンのエピソード。

あのツェッペリンの飛行船が、ドイツから東京の上空に来る時、シベリヤの空で七時間ほど全世界から消息を絶ったことがある。シベリヤの空であのツェッペリンの船体の表面に氷が張って来たのである。そしてその重さのために、だんだん高度が落ちて来たのである。そして、刻々と絶望的条件に陥って行ったのである。[略]しかしやがて破綻の寸前、地殻のかなたから、太陽がその船体に光を投げかけはじめた。そして重い氷はその船体から一塊り、一塊りと落ちはじめたのである。
   ツェッペリンは一メートル、一メートルとその高度を上げ出したのである。 
pp.59-60

著者の中井さんは、ラジオや新聞のニュースで接したツェッペリンのエピソードを近代的な新しい美の一つとして例示しているのにゃね。飛行機から重たい氷が落ちていく音を想像しながら、「自分の心の中の滞っているもの、古いものが、落ちていく音を、今、聞いた思いをしたのである」(同上)と書いているのにゃ。でも、機体を覆っていた氷が剥がれ落ちていくだにゃんて、ゆで卵の殻をむくみたいで楽しいのにゃ~。
中井さんがここに説いている美とは、自分の心を重たく滞らせるものが抜け落ちて、新しく生まれ変わったようになることなのにゃね。それは、太陽の光が差すように、外から訪れるものとの出会いによって自分が変わることなのにゃ。余分なものを全部振り落として、本当の自分になるのにゃよ。中井さんは「自由」(p.56)という言葉でも言い表していたのにゃ。自由で、しかも新しい自分へと再生するときが、美と出会う瞬間なのにゃね。はにゃ~、ドラマチックにゃ~。
たっぷりと具体例を提示しながら、美とはどんなものかを説明したあとは、いよいよ美の歴史のお話が始まるのにゃよ。歴史と言っても、出来事や時代ごとの作品の羅列ではないのにゃ。時代ごとの美のモメントを、易しい言葉で深く掘り下げてくれるのにゃ。
これは、熊沢君にも教えてあげたいのにゃ!

この書評は、2020年春に開催された書評コンクールの応募作品です(書評番号1)