若い読者に向けて、物語のように美術の歴史を語りかける本である。先史時代から現代までの視覚芸術が連綿と続けてきた変化を、簡潔な言葉で的確に述べる。
688ページもある大著なのだが、この本の充実ぶりを見ていると、分量の多さには納得がいく。話に出てきた作品の図版は必ず載っているし(時々、必要な図版をすべて掲載せず言葉による説明で済ませる美術の本があるが、あれはすごくイライラする)、地図も年表もついていて、行き届いている。説明と図版が近くにくるよう、レイアウトにだって工夫がある(人によるのかもしれないが、初めて美術を学ぶ者にとって、図版と説明文とを交互に見比べながら本を読み進めるというのは実は結構な手間なのだ)。この本は初学者にとっての意外な障壁をできる限り取り除き、読者が「美術の物語」に浸り切れるよう、あらかじめ準備して待ってくれているのだ。ここまでお膳立てしてもらったなら、読まないわけにはいかないだろう。
そんな面倒見の良い著者、ゴンブリッチは、「これこそが美術だというものが存在するわけではない」と言い切る。作品を作る人たちがいて、彼らがそれぞれに生きた時代における必然を表現し、試行錯誤の末に、「これで決まり」と思える完成品を作り出す。そうした作品づくりの積み重ねがあるだけなのだ。ゴンブリッチの物語をたどっていると、作品を作った人が何をしようとしたのか、その人の時代でどのようなことを成し遂げたのか、手に取るように理解することができる…とは言わないまでも、まるでその時代に居合わせたかのような、わくわくした気持ちにしてもらえる。この本が、読者を美術という未知の領域(美術館のおかげで美術はだいぶ身近だが、実のところ、やはり未知の領域のままである)へと誘ってくれる、夢の卵であることは間違いない。
ところで、ゴンブリッチの『美術の物語』に「これで決まり」はなかったようだ。1950年の初版以降、1966年の第11版で追記が加わり、1971年第12版、1977年第13版、1984年第14版、1989年第15版、1994年第16版と、改訂の折には新しく序文が付け加えられている。丁寧に改訂を重ねることで、本はその度に生命を新たにする。
一回書いたら終わりとはならず、初版から半世紀以上が経過し、著者が亡くなるまで変化を止めなかったこの物語は、長い生命を保ってきた。35か国語に翻訳され、世界中の人たちと同じ教養を身につけられるのも、この本の魅力だろう。
この書評は、2020年春に開催した書評コンクールの応募作品です(書評番号2)