2023年6月2日金曜日

武井武雄展、神奈川近代文学館で開催!

 今月3日より、横浜・山手の「港の見える丘公園」で武井武雄(1894-1983)の刊本作品が展示されることとなりました。展示会のタイトルは「本の芸術家 武井武雄展」です。

 12年前に武井武雄刊本作品全139点が寄贈された神奈川近代文学館では、それら全てを閲覧室で手に取って見ることができます。武井の一連の刊本作品は、毎回、武井が一から企画し、デザインと本文を手がけたうえで、必要に応じてその道の達人である人たち(たとえば、伝統工芸の職人さんなど)と連携して制作していました。

 私の研究対象とする武井武雄の作品が、それも、地元神奈川で展示されるのですから、これはもう、いてもたってもいられません。この展示に関しては全くの部外者ではありますが、いつかどこかで叫びたいと思っていた武井の面白さについて、「ぜひチェックしていただきたいポイント」として、とりあえず三つだけ紹介させてください。

 

ポイント1 武井武雄はMr.几帳面

 

 武井武雄は児童書の挿絵や絵本の絵を手がけ、自らも物語を書いた作家です。郷土玩具蒐集が嵩じて分厚い本を書いていますし、さまざまな技法を用いて版画での表現を楽しんでもいます。そんな多才な人物でしたが、強いてただ一言で創作者としての武井を形容するならば、「几帳面」。

刊本作品をつくるときには、創作ノートに本のデザインや下図を記すだけでなく、制作費もきっちり計算し、1冊当たりの制作費を割り出していました(Mr.明朗会計)。亡くなる直前まで、几帳面にコツコツと作り続けた成果がこの一連の刊本作品です。ぜひ、創作ノートとともにじっくり楽しんでください。

 

ポイント2 実験的な試み

 

 刊本作品は様々な素材と技法を組み合わせて制作、部数限定で会員向けに頒布された、一連の造本美術作品です。異素材の組み合わせや、当時としては斬新な印刷方法(静電気を使った特殊な印刷など)、さまざまな創意工夫を凝らした版画の技法などを用いて制作しているところも、ぜひチェックしてください。ただし、制作過程が面白いのに、見た目が地味な作品も実はあります。

 見た瞬間に「うわー、綺麗!」と感嘆してしまうような作品もある一方で、ちょっと見ただけではその新しさや凄さが伝わらない作品もありますから、展示をみて、もしご興味をもっていただけたら、武井の『本とその周辺』(1960年/文庫版1975年)で確認してみてください。この本に、技法の一部が紹介されています。

 

ポイント3 表現者と鑑賞者の交流

 

武井は刊本作品友の会会員のことを「親類」と呼び、「親類通信」で刊本作品の頒布や制作プロセスなどについての情報発信をしていました。また、刊本作品のコレクションをきっかけに、一部の会員の間では親しい交流が生まれました。

1955年発行の『ARIA』は抽象的な版画の連作で構成されている本ですが、武井は「親類」たちにこの本に寄せて詞文を書いてもらい、『ARIAに寄せる』というもう1冊の本を制作しています。作者の意図は鑑賞者にどこまで伝わるだろうかという実験です。ただつくって満足するのではなく、その表現を他人にどこまで受け取られるものかということを気にかけていました。

 

以上、「ぜひチェックしていただきたいポイント」を、「本の芸術家 武井武雄展」開催直前にお伝えいたしました。

 

遠藤知恵子(センター助手)