2021年2月19日金曜日

熊沢健児、展覧会から始まる雑誌室通い

「彼女たちは歌う Listen to Her Song」展を訪れて

外出後3日間の自主隔離を終え、
段ボール箱から出る熊沢健児
いざ、雑誌室へ!

あれは昨年の夏のこと。東京藝術大学の美術館陳列館で開催された「彼女たちは歌う Listen to Her Song」という展覧会に行った。

展覧会タイトルに「彼女たち」とあるように、参加アーティストの11名とキュレーターは女性。日本社会や日本の美術教育のあり方に対する様々な疑問や異議申し立てを前に、日本のジェンダーギャップの深刻さを改めて感じさせられる。と同時に、「彼女たち」が考えたこと・感じたことが作品の上にのびやかに表れていることを、少し眩しく感じた。

展示室でひときわ静かな一角に(たくさんの人が訪れていたし、音声付きの映像作品は賑やかだった。そういう場所で、静かなものは目立つのだ)、小林エリカさんの「彼女たちの戦争」という、絵とテキストを組み合わせたシリーズである。

 

小林さんの創作活動はマンガ、小説、アニメーション作品への参加、インスタレーションなど非常に幅広いのだが、このシリーズは実在した女性の肖像と丹念なリサーチに基づくテキストとを組み合わせた作品である。

女性の肖像は20201月から12月までの雑誌『ちくま』の表紙となっており、計12枚、テキストと併せて見ることができる。展覧会の後もこのシリーズが気になり、12か月分の『ちくま』を見に、大学図書館の雑誌室に通うことにした。

 

1月  マリア・スクウォドフスカ=キュリー

2月  貞奴

3月  エミリー・デイビソンの葬列を組む女たち

4月  シルヴィア・プラス

5月  マタ・ハリ

6月  ラジウム・ガールズ

7月  リーゼ・マイトナー

8月  伊藤野枝

9月 「ブラック・パンサー党」のために歌を歌う女たち

10月 メイ・サートン

11月 ミレヴァ・マリッチ

12月 マルゴー・フランクとアンネ・フランク姉妹

 

色鮮やかな表紙の中央に、思い思いの枠(額縁風の、あるいは、飾り枠のついた鏡のような、また、映像資料のフィルムを模したようなものもある)が配置され、その中に鉛筆で人物像が描かれる。人物の顔や体や服の大部分は細い線で繊細に描かれているのだが、背景の黒い部分や髪の毛は、ぐいぐいと太い線で、まるで余白を削るかのように塗られている。

 

小林エリカさんの小説『マダム・キュリーと朝食を』は芥川賞の候補作として記憶に残っているが、「彼女たちの戦争」ではマリ・キュリーのような有名人ばかりでなく、歴史の中で日の当たらない道を歩いた人物や、理不尽で無惨な死を遂げた人物、あるいは差別と闘った(戦わざるを得なかった)無名の人々の肖像を平等に描く。12か月のラストは小林さんご自身、子どもの頃に夢中になった『アンネの日記』の日記の持ち主、アンネ・フランクである。

彼女たちの表情をよく見ると、どこか1点を睨んでいたり、虚ろな眼差しを宙に漂わせていたり、口を真一文字に結んでいたり、悔しそうに歯ぎしりしているようだったり、それぞれ微妙に異なっている。だが、顔つきはというと、皆一様に少女の顔――目や口や鼻が顔の下の方に寄った幼い顔立ちで、頬がまるく赤く見えるよう、チークが入っている――をしていて、印象的な太い眉をぎゅっとしかめている。

不機嫌な少女たち――小林さんの書くテキストには理不尽を通り越して陰惨なエピソードも記されているが、彼女たちが自分らしく生きようとそれぞれの戦いを全うしたという事実に、なんだかじいんとしてしまったのであった。

  

展覧会情報 「彼女たちは歌う Listen to Her Song

会期 2020818-96

会場 東京藝術大学美術館陳列館

参加アーティスト 乾真裕子、遠藤麻衣、菅実花、金仁淑、鴻池朋子、小林エリカ、スプツニ子!、副島しのぶ、百瀬文、山城知佳子、ユゥキユキ

キュレーター 荒木夏実

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)