著者のはやみねかおるは、〈冒険する心〉があればいつだって、どこだって冒険はできるのだと語る。
塾通いに追われる中学生・内藤内人と、眉目秀麗で成績優秀な同級生・竜王創也。
三日月の浮かぶ春の夜、内人は夜の街を闊歩する創也の姿を見かけた。
翌朝、内人は気まずい空気を打ち破って創也に話しかける。
〈きみ、夜の散歩が好きなの?〉
創也の答えは、銀色の鍵と、〈気がむいたら、おいで〉ということば。
狭すぎる裏路地を進み、数々の罠を突破して辿り着いたのは、創也の夢を守るための空間〈砦〉だった。
下水道やテレビ局に潜入し、ときには窮地を切り抜けながら、伝説のゲームクリエイター〈栗井栄太〉の正体に迫る。
内人は努力したいと思う夢を持てず、漫然と日々を過ごしてきた。
だが創也の一言で、夢に対する意識は一変する。
〈ぼくは、究極のゲームをつくりたいんだ〉
明確な夢を持ち、それを叶えるための努力を厭わない創也の姿に突き動かされるように、内人は宣言する。
〈しばらく、創也の夢に付き合うよ。そうしたら、ぼくの夢も見つかるかもしれないから〉
内人は他者の夢への同行を通して、おとなに訊かれたら答えるための夢ではなく、体の内から湧き出るような夢を探しにいく。
創也は〈冷静な研究者の視線〉と称して、常に世界から一歩距離を取り、事象の観察に徹してきた。
〈ぼくたちの砦のかぎだ。たいせつにしてくれ〉
そんな創也が内人という初めての仲間を迎え、〈砦〉の鍵を託し、〈究極のゲームづくり〉という共同作業に挑む。
また、〈砦〉を秘密基地のようだと言う内人に、創也はこう紹介している。
〈基地はたたかうための場所。だけど、砦はちがう。砦は、守るための場所だよ〉
〈竜王グループ〉の後継者という外部から与えられる役割。
それに甘んじることなく、夢を育むサンクチュアリである〈砦〉を拠点に、ゲームクリエイターの卵として、〈栗井栄太〉という越えなければならない存在と果敢に対峙する。
一風変わったところこそあれ、彼らは中学生、普段から難しいことばかり考えているわけではない。
〈平日半額!〉のハンバーガーにかぶりつくこともあるし、かわいい女の子からアプローチを受けることもある(どちらが内人でどちらが創也かは、敢えて記さないでおく)。
一方で、彼らの夢に対する行動には、心理学者E.H.エリクソンのいう同一性拡散期における〈自分は何者か〉というテーマに真摯に向き合い、答えを出そうとするさまがありありと窺えるのである。
本作の冒険の舞台は都会だ。
しかし、自分が自分の主人公になるまでの軌跡も、また立派な冒険といえるのではないか?
YA文学はこどもの読み物、都会で冒険はできない、狭いところに閉じ込められたら万事休す…
固定観念をティーンエイジャーの力で吹き飛ばし、日常に潜む非日常をフレッシュに描き上げる。
【原作】はやみねかおる『都会のトム&ソーヤ①』講談社YA!ENTERTAINMENT、2003年
【映像】監督:河合勇人・脚本:徳尾浩司『都会のトム&ソーヤ』主演:城桧吏、2021年7月30日公開予定、イオンエンターテイメント
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第4回書評コンクール 投票方法は…
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この書評は、2021年春に開催された書評コンクールの応募作品です(書評番号4)