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2024年10月11日金曜日

熊沢健児の密かな自慢

サイン、いただきました。

夏休みも何だかんだ忙しかったが、トークイベント「武井武雄のネットワーク」(目黒区美術館ワークショップ室、2024年8月24日)には、頑張って行ってきた。

民藝運動の周辺(アウト・オブ・民藝)から見た人々の繋がりを、童画家、武井武雄を中心にひもとく対談。講師はデザイナーの軸原ヨウスケさんと美術家の中村裕太さんのお二人である。

児童文化研究をしている以上、外せない展覧会である上に、『アウト・オブ・民藝』(誠光社、2019年 ※)の著者が武井武雄について語るとは…! これは、聴きにいかねばなるまい。他の予定(これも私にとっては重要なものだったが)をキャンセルして目黒川を渡り、美術館へ向かった。このトークイベントは、目黒区美術館で開催された企画展「生誕130年 武井武雄展 ~幻想の世界へようこそ~」(会期:7月6日~8月25日)の関連イベントである。アウト・オブ・民藝と言えばやはり人物同士の相関図だが、壁に掲げられた人物相関図パネルは、武井武雄を中心に人々の繋がりの糸が張られた巨大な蜘蛛の巣のようだった。意外な関係や納得の繋がりを見つけることができて、かなりの長時間、楽しく眺めることができる、非常に興味深い蜘蛛の巣なのである。縮小版の相関図はハンドアウトになっており、観覧者は自由に手に取り、持ち帰ることができた。美術館の外(アウト・オブ・美術館…!)でも気軽に復習することができるし、小さくたたんでポシェットにしまっておけば、気になったときにちょっと広げて確かめることができる。

トークイベントは面白く、刺激的であるだけでなく、人物同士の「仲良し」が根底にあって、それらの人間関係をもとに数珠つなぎに話が進んでいくため、聴いていて何となく心が温まる(友達って、いいな…)。

イベント終了後は、話題になった資料を見せていただける時間(なんと太っ腹な!)。資料を見ながらお二人に話しかけることのできるタイミングをうかがい、そして——

「あ、あの…サインください!」

 差し出したのは、2022年発行の『アウト・オブ・民藝 ロマンチックなまなざし』(軸原氏・中村氏の共著、誠光社)。予習のために買って読んでおいた小さな冊子である。この冊子では、蜘蛛の巣状の相関図ではなく、ある日・ある所で出会ったふたりという、個人と個人の関係性に注目し、想像力によって史実をドラマへと復元しようとする。このように「ロマンチックな想像力を膨らませること」(p.5 中村氏「はじめに」より)は、我々学問の徒には許されていないことだが、というより、許されていないからこそ大事にしたい。

ところで、軸原氏・中村氏は快くこの本にサインをくださった。表題紙に並ぶふたつのこけしのサインである。こけしの枠をえがいてくださったのは軸原氏。眼鏡をかけた中村氏のこけしは、ちょっとよそ見をしている。

 ※※

どちらのこけしも、ご本人に似ているようで似ていないところが可愛らしい。ありがとうございます。大事にします。


註

※よろしければ、過去の記事「熊沢健児のお気に入り本」(2019.12.5)をご参照ください。熊沢は軸原氏・中村氏の隠れファンです。

※※熊沢が持っているのは、サイン入りの『アウト・オブ・民藝 ロマンチックなまなざし』です。素敵な表紙図案を手がけられたのは、安藤隆一郎氏。造本は軸原氏が担当しています。

2024年6月21日金曜日

熊沢健児の気になる展覧会

「ひとはなぜ“ひとがた”をつくるのか」

 横浜人形の家で6月30日(日)まで開催される「ひとはなぜ“ひとがた”をつくるのか」展、皆様はもう観に行かれただろうか。人形文化を専門とする菊地浩平先生(児童文化学科・准教授)がこの企画展に参加し、アクリルスタンドの展示(!)で参加しているので、興味を持たれた方は多いと思う。私も先日、行ってきた。

 人のフォルム(かたち、形状)の多様性に注目したというこの企画展は、展示物の多様さだけでなく、キャプションを担当する専門家の顔ぶれの多様さも印象的だった。

 この企画展は大きく分けて4つのパートで構成されており、第1のパートでは海外も含めた先史時代のごく古い時代の女性小像から、縄文時代、古墳時代、平安・江戸・昭和、そして現代につながる創作人形へ、というふうに、時代ごとの人形(ひとがた/にんぎょう)の移り変わりを見て学ぶことができる。

 また、この第1のパートの、アフリカやニューギニアなどの人形(こちらは、現代の人形)が展示されたコーナーでは、横浜人形の家の収蔵品の成り立ちにも触れられており、この美術館そのものについても、少しだが知ることができた。

 菊地先生の担当は現代。「いま・ここのひとがた」というコーナーに、顔写真入りで解説文を寄せられている。

 場所を取らないことを身上とするアクスタならではの演出というべきか、まさにアクリルスタンドの如きコンパクトな展示コーナーだった。展示されていたのは、サイコスリラー映画に登場する恐怖のAI人形「ミーガン」のアクスタほか計4点…。ちょっと癖の強い展示物は、狭い場所に置かれていても、なんとも言えない凄みがあった(それにしても、面白いものばかり選んだなぁ)。

 第2から第4のパートは現代の作家(物故作家も含む)による作品が並ぶ。メインビジュアルとなっている土井典(どい のり)さんの人形も、もちろんここ。肉付きの見事な女性人形に圧倒された。

 そして、たぶんこの企画展で最も多くの空間と言葉を使って紹介されていたのではないかと思われるのが、やまなみ工房と嬉々!!CREATIVEの作家さんたちの作品である。

 アクリルスタンドを堂々と展示している点からもお察しいただけるかと思うが、この企画展における「ひとがた」には、紙の上に描いた平面の「ひとがた」も含まれている。いや、それどころか、人のかたちをしていない「ひとがた」もある。たとえば、やまなみ工房に暮す酒井美穂子さんの展示物は、展示室の一角の壁にびっしりと並べ置かれた「サッポロ一番しょうゆ味」(袋入り)。食べるのではなく、パッケージの上から親指で擦り、音を立て、見つめるのだそうだ。

 彼女の展示コーナーでは、映像も一緒に流されており、親指でサッポロ一番しょうゆ味を擦っている音も聴くことができる。しばらくの間、私も一緒にサッポロ一番しょうゆ味を見つめてみた。なぜ、サッポロ一番しょうゆ味なのかは分からない。分からないということも含め、美穂子さんという「人」の存在を意識し、感じることのできる、豊かな時間だった。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)


2024年6月20日木曜日

熊沢健児の気になる展覧会

ついに…ついに、念願だった苺パフェを食べることができた!

 東京都写真美術館のカフェ「フロムトップ」の苺パフェ、ずっと気になっていたのだ…。

 夏に食べた無花果と葡萄のパフェもとても美味しかったが、春頃から提供される苺パフェのことは、2年前から気になっていた。

 エディブルフラワー(食用花)をあしらった愛らしいパフェ本体に、お好みで温かなチャイや黒胡椒をかけて食べる。甘さを控え、お茶の苦みやスパイスの香りを活かしたパフェなのである。頑張って早起きして来た甲斐があった。


 この日の目的は映画鑑賞だったのだが、児童文学に携わる者としてはちょっと気になる展覧会も開催中である。コレクション展「TOPコレクション〈時間旅行 千二百箇月の過去とかんずる方角から〉」である。会期は7月7日まで。

 自慢するわけではないが、私はもうずっと前に観た。

 今からちょうど100年前の1924年に刊行された宮澤賢治の詩集『春と修羅』に触発された展示である。第一室から第五室まで、たっぷりと時間旅行をしてきたが、特に印象的だったのは、『LIFE』や『アサヒカメラ』といった雑誌のバックナンバーも一緒に展示されていたこと。それぞれが出版された時期の世相を、場合によっては写真以上に反映しているのである。写真と雑誌が一緒に展示されることで、より時間旅行っぽい鑑賞ができて面白かった。

 このコレクション展が行なわれているのは3階展示室で、4階には図書室がある。この図書室も面白い。開催中の展覧会と連動した関連図書コーナーを用意してくれているのである。東京都写真美術館のwebサイトでブックリストを入手することもできるが、現物を一気見できる喜びは、何ものにも代えがたいものである。

 そうそう、帰り際に、開催予定の企画展のチラシを手に入れた。


いわいとしお×東京都写真美術館

光と動きの100かいだてのいえ

―19世紀の映像装置とメディアアートをつなぐ


 夏休みの子どもたちをターゲットにした展示らしく、親子向けや子ども向けのワークショップも予定されている。会期は7月30日(火)~11月3日(日)。

 チラシに印刷された過去の展示風景の数々を見た感じでは、メディアアート縁日とでも言いたくなるような、楽しそうな雰囲気である。…梅雨入りもまだなのに、夏休みが待ち遠しくなってしまった。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)


〈熊沢健児プロフィール〉

 センター入り口で、皆様をお出迎えするテディベア。

 児童文化研究センターに住み込みで働いており、空き時間を利用して、ブログへの執筆協力をしている。ブログの記事は主に、展覧会・書籍・映画の感想。猫村たたみ(三文庫の守り猫)とタッグを組み、書評コンクールのコメンテーターなども務めている。

2023年6月2日金曜日

熊沢健児の気になる収蔵品展

 宮城県仙台市にある宮城県美術館が、改修工事のためしばらく休館となることを知り、新幹線のチケットを予約して朝いちで行った。本館1階で今月18日まで開催される、「リニューアル直前!宮城県美術館の名品勢ぞろい!」展である。

どうしても見ておきたかったのは、昨年亡くなられた山脇百合子さんの原画作品の展示「ありがとう山脇百合子さん」である。展示室に入ってすぐ、『いやいやえん』や『ぐりとぐらとすみれちゃん』、『やまのこぐちゃん』、『ブラウニーものがたり』など、絵本や紙芝居、挿絵の原画をいくつも見ることができた。「ぐりとぐら かるた」の原画も堪能した。

原画の展示なので、言葉はもともと絵にかき込まれているものと、展示室の壁にキャプションとして添えられた必要最小限の説明のみ。でもこれが良かった。なまじ文字が読めてしまうと、言葉に気を取られて充分に絵を注視するということが難しくなる。ほとんど文字無しの状態で原画と向き合っていると「あれ? こんなところにこんなものが…」という発見がある。もちろん、原画に書き込まれた指示や、絵を構成する要素の異同(切り取って少しずらして貼りつけた雲など)といった、作品制作のプロセスを知る手がかりも満載である。

あああぁぁぁ…いつまでも見ていたい、いっそこの部屋に住みたい! そんなことを思いながら、一点一点、惜しみつつ見て歩き、結局2往復した(昼近くなってだんだんお客さんが増えてきたので、3往復目は断念した)。この美術館は絵本原画を収集対象としていて、『こどものとも』の初期の原画を中心におよそ550タイトルを収蔵している。

また、宮城県美術館といえばクレーとカンディンスキー。日本国内の美術館では最大のクレー・コレクションを有しており、収蔵作品数は35点。カンディンスキーの初期の作品〈商人たちの到着〉(1905年)はぱっと見た感じ後年のコンポジションシリーズとはだいぶ印象が異なるが、黒い下地の上に置かれた色彩が目に心地よく響く。バウハウスでは同僚だった彼らの作品が、一つの展示室に仲良く並んでいるのを見るにつけ、「友達っていいな…」などと思うのだった。

宮城県にゆかりの作家や東北出身の画家の作品、佐藤忠良(言わずと知れた絵本『おおきなかぶ』の原画作者である)の彫刻やドローイング、それに具体美術協会の人たちの作品など、個性的なコレクションを有する宮城県美術館だが、その中でも特にユニークなのは、「洲之内コレクション」ではないだろうか。「買えなければ盗んででも自分のものにしたい絵なら、まちがいなくいい絵である」という物騒な名言を残した画廊経営者、洲之内徹が収集した絵画を、この宮城県美術館が収蔵している。

洲之内コレクションが展示されている展示室の一角は、なんだか美術館ではないような不思議な空間である。いつまでも眺めていたいし、なんならこの部屋のこの場所に棲みついてしまいたい。絵本原画の部屋では興奮度MAXのアドレナリンに浸りきった脳で「この部屋に住みたい」と思ったのだが、洲之内コレクションを前にしたときは、静まり返った気持ちで同じことを思った。最初に絵を見たときの「あぁ、いいなぁ」という呟きが、絵から離れた後もいつまでも頭の中に響き続けるような、忘れがたい魅力を湛えた絵が並ぶ。

 

さて、いつまでも絵を見ていたいけれど、ここは東北。定刻通りに新幹線に乗らないと、明日の仕事に間に合わない。また会おう、宮城県美術館!


熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

久々の遠出を終えて、センターに
帰って来たところ。ポシェットの
羊羹を補充している。


武井武雄展、神奈川近代文学館で開催!

 今月3日より、横浜・山手の「港の見える丘公園」で武井武雄(1894-1983)の刊本作品が展示されることとなりました。展示会のタイトルは「本の芸術家 武井武雄展」です。

 12年前に武井武雄刊本作品全139点が寄贈された神奈川近代文学館では、それら全てを閲覧室で手に取って見ることができます。武井の一連の刊本作品は、毎回、武井が一から企画し、デザインと本文を手がけたうえで、必要に応じてその道の達人である人たち(たとえば、伝統工芸の職人さんなど)と連携して制作していました。

 私の研究対象とする武井武雄の作品が、それも、地元神奈川で展示されるのですから、これはもう、いてもたってもいられません。この展示に関しては全くの部外者ではありますが、いつかどこかで叫びたいと思っていた武井の面白さについて、「ぜひチェックしていただきたいポイント」として、とりあえず三つだけ紹介させてください。

 

ポイント1 武井武雄はMr.几帳面

 

 武井武雄は児童書の挿絵や絵本の絵を手がけ、自らも物語を書いた作家です。郷土玩具蒐集が嵩じて分厚い本を書いていますし、さまざまな技法を用いて版画での表現を楽しんでもいます。そんな多才な人物でしたが、強いてただ一言で創作者としての武井を形容するならば、「几帳面」。

刊本作品をつくるときには、創作ノートに本のデザインや下図を記すだけでなく、制作費もきっちり計算し、1冊当たりの制作費を割り出していました(Mr.明朗会計)。亡くなる直前まで、几帳面にコツコツと作り続けた成果がこの一連の刊本作品です。ぜひ、創作ノートとともにじっくり楽しんでください。

 

ポイント2 実験的な試み

 

 刊本作品は様々な素材と技法を組み合わせて制作、部数限定で会員向けに頒布された、一連の造本美術作品です。異素材の組み合わせや、当時としては斬新な印刷方法(静電気を使った特殊な印刷など)、さまざまな創意工夫を凝らした版画の技法などを用いて制作しているところも、ぜひチェックしてください。ただし、制作過程が面白いのに、見た目が地味な作品も実はあります。

 見た瞬間に「うわー、綺麗!」と感嘆してしまうような作品もある一方で、ちょっと見ただけではその新しさや凄さが伝わらない作品もありますから、展示をみて、もしご興味をもっていただけたら、武井の『本とその周辺』(1960年/文庫版1975年)で確認してみてください。この本に、技法の一部が紹介されています。

 

ポイント3 表現者と鑑賞者の交流

 

武井は刊本作品友の会会員のことを「親類」と呼び、「親類通信」で刊本作品の頒布や制作プロセスなどについての情報発信をしていました。また、刊本作品のコレクションをきっかけに、一部の会員の間では親しい交流が生まれました。

1955年発行の『ARIA』は抽象的な版画の連作で構成されている本ですが、武井は「親類」たちにこの本に寄せて詞文を書いてもらい、『ARIAに寄せる』というもう1冊の本を制作しています。作者の意図は鑑賞者にどこまで伝わるだろうかという実験です。ただつくって満足するのではなく、その表現を他人にどこまで受け取られるものかということを気にかけていました。

 

以上、「ぜひチェックしていただきたいポイント」を、「本の芸術家 武井武雄展」開催直前にお伝えいたしました。

 

遠藤知恵子(センター助手)

2022年10月13日木曜日

熊沢健児の気になる企画展

「堀内誠一 絵の世界」展

 生誕90年を記念して、今年から来年にかけて堀内誠一さん(1932-1987)の回顧展が全国を巡回している。私は、7月30日から9月25日までを会期とする、神奈川近代文学館での展示に行ってきた。

 享年54歳と、とても早くに亡くなってしまった堀内さん。社会に出たのは14歳の頃とのこと。展示物を子どもの頃のものから順に見ていくと、敗戦直後の日本の貧しさや、そのために短くなったのであろう子ども時代について、自然と考えさせられてしまう。だから少し切なくもなるのだけれど、絵本原画の明るくて濁りのない色合いや、子どもの成長に等身大で寄り添ってくれるような登場人物(キャラクター)たちの絵姿を見ていると、切なさよりも、個人が自立して生きることの嬉しさや、希望の方へと、意識が向いていく。

 堀内さんは若い頃から才能を発揮していたため、デザインやアートディレクション、そして絵本などの仕事をしていた期間は想像していたより長く、仕事の内容もとても濃い。文学者との交流にも焦点を当てたという本展では、堀内さんの筆まめな一面も垣間見ることができて面白かった。パリに住んでいたころに様々な人に送ったという、絵入りの手紙がチャーミングなのである。

そして、旅のこと。今回の展示を見て、私は図録を買わずに『GUIDE an・an パリからの旅 パリとフランスの町々』(マガジンハウス、1990年)を買ってしまった。絵だけでなく、旅に関わる展示物もとても魅力的な企画展だったのだが、地図やスケッチなどへのこまやかな書き込みは、会期終了間際のお客さんの多い展示室ではとてもではないが読み切れなかった。

正直、ちょっと読みにくいけれど、あの手書き文字の中に、異なる文化圏で暮らし、旅を楽しむための知恵が詰まっているような気がした。読み切れないままに家に帰るのはもったいなくて、ガイドブックとしてまとまった旅の記録を、手元に置いておきたくなったのだ。おおよそB5サイズの、200ページを越えるどっしりとしたガイドブックである。旅行のお供にしても良いのだが、この本自体が面白い読み物であるため、繰り返し熟読したくなる。実際に現地に行ってみる頃には、ここに書いてあることはだいたい覚えてしまっているだろう。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

 

【展覧会情報】

「堀内誠一 絵の世界」展

会場:神奈川近代文学館

主催:県立神奈川近代文学館、公益財団法人神奈川文学振興会

会期:2022年7月30日(土)-9月25日(日)


2022年10月6日木曜日

熊沢健児の気になる展覧会

黒いテーブル

会期終了直前にどうにか間に合い、「原弘と造形:1920年代の新興美術運動から」展を観てくることができた。展示物を置くテーブルの、黒い天板が印象的な展示だった。印刷物など紙のものが多かったので、テーブルが黒いと展示物がよく映える。そのほかにも、本を見やすく展示する工夫がたくさんあって、ただただ感嘆しながら順路を辿ったのだった。

原弘(はら ひろむ 1903-1986)は一時期、光吉文庫のもとの持ち主である光吉夏弥(1904-1989)と一緒に仕事をしていた。今年3月の沼辺信一氏講演会でロシア絵本コレクターとして言及された原は、20世紀の日本を代表するデザイナーの一人として知られている。

この展覧会では習作期の図案作品(「習作期」と言っても、そつのない図案ばかりが並んでいて溜息が出る)から戦時中の対外文化宣伝・対外軍事宣伝の仕事までを中心としており、戦後の作品については装丁の仕事を少しだけ見ることができた。

原は1918年に東京府立工芸学校に入学し、平版科で印刷技術を学ぶなかで(※1)、海外の最新のグラフィック・デザイン(※2)を摂取していく。1919年にはドイツでバウハウスが創設されていたし、この時代に印刷技術の研究を通じて海外のデザインを学ぶことは、刺激的で面白かったに違いない。また、未来派、ダダ、構成主義といった海外の最新の動向を受けて日本で展開された新興美術運動に、原も一時期加わっていたことを、この展示を通じて知ることができた。

展示物で特に印象に残ったのは、『ひろ・はら石版図案集』(1926年)と『原弘石版図案集 Nr.Ⅱ』(1927年)という2冊の図案集。『ひろ・はら石版図案集』には、ワルワーラ・ブブノワから称賛されたという《石版術の始祖アロイス・ゼネフエルダー氏への感謝》(1925年、リトグラフ、26×19cm)が収録されている。原は卒業すると同時に助手として母校の教育に携わるようになり、この2冊の図案集も石版実習のためにまとめられたそうだ。先鋭的な美術運動に参加しながらも教育者として必要なバランス感覚は常に持っていたことがうかがわれ、興味深かった。

 原弘は名取洋之助(1910-1962)らの日本工房(第一次)に参加し、日本工房を離れた後も海外に向けて日本の文化などを紹介する雑誌のアートディレクションを担った。インパクトのある表紙や誌面が目を引く。だが、原の前半生において最も充実していると言っても良さそうな素晴らしい仕事が、戦争に直結するものだったということを、どう受け止めればよいのだろうか? さまざまな試みを重ねて表現がこなれていくのと全く軌を一にして、太平洋戦争の勃発と戦況の悪化が続いているのが、展示物から読み取れる。そして、その先には、戦後の活躍と名声がある。うーん、これは一筋縄ではいかないぞ。そんなことを思いながら、黒いテーブルに美しく並ぶ雑誌を眺めていたのであった。

 

註

1 当時はリトグラフの方法を応用したオフセット印刷が最新の印刷技術だったとのこと。

2 まだこの呼び方は日本では一般的ではなかったけれど、ともかく今で言うところの「グラフィック・デザイン」に相当するもの。

 

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

本を立てて展示する、あの三角の板に棒を付けたやつ…ボール紙でなんとか手作りできないものだろうか…と思案する熊沢健児氏











【作品情報等の出典について】

このテキストを作成するにあたり、同展覧会の図録を参照しました。

西村碧・大野智世『原弘と造形:1920年代の新興美術運動から』武蔵野美術大学 美術館・図書館、2022年

 

【展覧会情報】

「原弘と造形:1920年代の新興美術運動から」展

会場:武蔵野美術大学 美術展示室3

主催:武蔵野美術大学 美術館・図書館

会期:2022年7月11日(月)-8月14日(日)、9月5日(月)-10月2日(日)

2022年4月28日木曜日

イメージを散歩する

(6)展覧会とアーティスト・トーク


先月から、東京都現代美術館でTokyo Contemporary Art Award 2020-2022受賞記念展が開催されている。TCAAと略されるこの賞は、中堅のアーティストを支援することを目的としたもので、2020年度から2022年度の受賞者である藤井光さんと山城知佳子さんの作品を、入場無料で観ることができる。また、このお二人のアーティスト・トークもそれぞれ企画されており、私は4月23日(土)の藤井さんと河田明久さん(美術史家・千葉工業大学教授。この展示では、メモランダムの状態のドキュメントを作品の一部となる会話音声のシナリオへと再構成する作業を担当している)が登壇する回に申し込んだ(※)。
 藤井さんの作品は、過去の歴史的な展覧会を再現したものと、音声とスライドとを組み合わせたインスタレーションだった。再現されていた展覧会は1946年8月21日から9月2日に上野の東京都美術館で開催され、占領軍関係者だけが入場を許された「日本の戦争美術展」。板や梱包材などの廃材で作った平面で戦争画のサイズを再現し、ただし、そこに描かれた絵柄は再現せずにキャプションをつけておいて、当時の日本人が目にすることのできなかった展覧会を再構成している。キャプションの言語は英語がメインで、英文表記の作品情報の下に日本語表記が続く。私たちが国内の美術館で日ごろ目にしているものとは逆の順番である。
 そして、居並ぶ「見えない絵」の向こう側では、アメリカの国立公文書館に保管されていた資料から取り出されたイメージをもとにしたスライド資料が映し出され、男の人たちの声が電話で会話している。ここには、日本の従軍画家たちが描いた戦争の絵の扱いに戸惑うアメリカ軍関係者の様子が再現されている。彼らは困っていた——これらの絵が連合国軍にとっての「戦利品」であるならば、勝った国どうしで分配しなければならないし、プロパガンダの道具にされたものであるならば、廃棄しなければならない。芸術なのか? それとも、プロパガンダなのか?(※※)
 ところで、トークイベントは質疑応答があるところが面白いのだが、そのなかで観客の一人が、横山大観が絵を売ったお金を軍に寄付し、それにより戦闘機が購入されたというエピソードに触れながら、登壇者に質問をしていた。そのやりとりを聞きながら、私は紙芝居『貯金爺さん』のことを思わずにはいられなかった。
 
 個人的には、戦争画と戦争児童文学の、それぞれのジャンルの成り立ちを比較してみたい気持ちがあるのだけれど、それをするにはもっと勉強しなければ。続きはゴールデンウィークの自由研究ということにしたい。
 
【付記】
 ここには藤井さんの作品展示についてしか書かなかったけれど、もう一人の受賞者である山城さんは2020年に東京藝術大学で開催された「彼女たちは歌う」展の参加アーティストでもある。お客さんの多さに困惑したとぼやきながらもこの展覧会を絶賛していた熊沢健児氏からは、《チンビン・ウエスタン 家族の表象》(2019)について、「歌が印象的だった」と聞かされていた。ずっと観てみたかったこの作品が、この展覧会の展示作品の一つとなっていることを知ったとき、とても嬉しかった。

最近お疲れ気味の熊沢氏。
「連休で体力を取り戻したら研究に精を出したい
(まずは寝かせて)」とのことです。
熊沢氏は児童文化研究センターの名誉研究員(ぬいぐるみ)である。彼は一昨年の展示で、身体の小さなぬいぐるみであるのをいいことに、展示室の隅に隠れてこの作品をなんと合計4回も鑑賞していたらしい。人間である私はそういうわけにもいかないので、1回だけ集中して観たのだけれど、熊沢氏の言うとおり歌声が非常に印象的だった。沖縄を取り巻く複雑な状況が根底にある作品だが、非常に力強くもある。山城さんのアーティスト・トークは5月22日に予定されている。


 
【展覧会情報】
Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022受賞記念展
会場 東京都現代美術館企画展示室3階
会期 2022年3月19日(土)-6月19日(日)

こちらの展覧会情報は東京都現代美術館ホームページの展覧会のページから抜き書きしたものです(https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/)。詳細は、美術館とTokyo Contemporary Art Awardのホームページに掲載されています。
 
※このブログ記事は、アーティスト・トークのときに書きつけたメモを、インターネット上の記事「「プロパガンダと芸術の境界線、戦争画で考えた」藤井光さんインタビュー 「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022受賞記念展」① 東京都現代美術館」(聞き手 読売新聞美術展ナビ編集版 岡部匡志、2022年4月21日 https://artexhibition.jp/topics/news/20220420-AEJ763245/)で確認しながら書いた。メモしきれなかった「日本の戦争美術展」についての情報や、作品の素材などについては、この記事に助けられた。Tokyo Contemporary Art Awardのホームページ(https://www.tokyocontemporaryartaward.jp/)も確認した。
 
※※これらの作品のその後なのだが、1970年にアメリカから日本へ155点の絵画が無期限に貸与されるという形で日本に戻されている(東京文化財研究所HP 「彙報 戦争記録画の返還」https://www.tobunken.go.jp/materials/nenshi/6192.html)。現在、これらの作品は東京国立近代美術館に収蔵され、例えば藤田嗣治の《アッツ島玉砕》(1943年)のような作品が、「戦争記録画」というジャンル名を与えられ、そのほかの収蔵品とともに目録検索できるようになっている(独立行政法人国立美術館所蔵作品総合目録検索システムhttps://search.artmuseums.go.jp/)。

遠藤知恵子(センター助手)

2021年2月19日金曜日

熊沢健児、展覧会から始まる雑誌室通い

「彼女たちは歌う Listen to Her Song」展を訪れて

外出後3日間の自主隔離を終え、
段ボール箱から出る熊沢健児
いざ、雑誌室へ!

あれは昨年の夏のこと。東京藝術大学の美術館陳列館で開催された「彼女たちは歌う Listen to Her Song」という展覧会に行った。

展覧会タイトルに「彼女たち」とあるように、参加アーティストの11名とキュレーターは女性。日本社会や日本の美術教育のあり方に対する様々な疑問や異議申し立てを前に、日本のジェンダーギャップの深刻さを改めて感じさせられる。と同時に、「彼女たち」が考えたこと・感じたことが作品の上にのびやかに表れていることを、少し眩しく感じた。

展示室でひときわ静かな一角に(たくさんの人が訪れていたし、音声付きの映像作品は賑やかだった。そういう場所で、静かなものは目立つのだ)、小林エリカさんの「彼女たちの戦争」という、絵とテキストを組み合わせたシリーズである。

 

小林さんの創作活動はマンガ、小説、アニメーション作品への参加、インスタレーションなど非常に幅広いのだが、このシリーズは実在した女性の肖像と丹念なリサーチに基づくテキストとを組み合わせた作品である。

女性の肖像は2020年1月から12月までの雑誌『ちくま』の表紙となっており、計12枚、テキストと併せて見ることができる。展覧会の後もこのシリーズが気になり、12か月分の『ちくま』を見に、大学図書館の雑誌室に通うことにした。

 

1月  マリア・スクウォドフスカ=キュリー

2月  貞奴

3月  エミリー・デイビソンの葬列を組む女たち

4月  シルヴィア・プラス

5月  マタ・ハリ

6月  ラジウム・ガールズ

7月  リーゼ・マイトナー

8月  伊藤野枝

9月 「ブラック・パンサー党」のために歌を歌う女たち

10月 メイ・サートン

11月 ミレヴァ・マリッチ

12月 マルゴー・フランクとアンネ・フランク姉妹

 

色鮮やかな表紙の中央に、思い思いの枠(額縁風の、あるいは、飾り枠のついた鏡のような、また、映像資料のフィルムを模したようなものもある)が配置され、その中に鉛筆で人物像が描かれる。人物の顔や体や服の大部分は細い線で繊細に描かれているのだが、背景の黒い部分や髪の毛は、ぐいぐいと太い線で、まるで余白を削るかのように塗られている。

 

小林エリカさんの小説『マダム・キュリーと朝食を』は芥川賞の候補作として記憶に残っているが、「彼女たちの戦争」ではマリ・キュリーのような有名人ばかりでなく、歴史の中で日の当たらない道を歩いた人物や、理不尽で無惨な死を遂げた人物、あるいは差別と闘った(戦わざるを得なかった)無名の人々の肖像を平等に描く。12か月のラストは小林さんご自身、子どもの頃に夢中になった『アンネの日記』の日記の持ち主、アンネ・フランクである。

彼女たちの表情をよく見ると、どこか1点を睨んでいたり、虚ろな眼差しを宙に漂わせていたり、口を真一文字に結んでいたり、悔しそうに歯ぎしりしているようだったり、それぞれ微妙に異なっている。だが、顔つきはというと、皆一様に少女の顔――目や口や鼻が顔の下の方に寄った幼い顔立ちで、頬がまるく赤く見えるよう、チークが入っている――をしていて、印象的な太い眉をぎゅっとしかめている。

不機嫌な少女たち――小林さんの書くテキストには理不尽を通り越して陰惨なエピソードも記されているが、彼女たちが自分らしく生きようとそれぞれの戦いを全うしたという事実に、なんだかじいんとしてしまったのであった。

  

展覧会情報 「彼女たちは歌う Listen to Her Song」

会期 2020年8月18日-9月6日

会場 東京藝術大学美術館陳列館

参加アーティスト 乾真裕子、遠藤麻衣、菅実花、金仁淑、鴻池朋子、小林エリカ、スプツニ子!、副島しのぶ、百瀬文、山城知佳子、ユゥキユキ

キュレーター 荒木夏実

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

2020年10月15日木曜日

熊沢健児のちょっと前に行った企画展

「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展

「もつれるものたち」展

 

 替えのマスクやアルコールティッシュなどを鞄に詰め込み、ふたつの企画展に行った。

ひとつは「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展、もうひとつは「もつれるものたち」展。どちらも、東京都現代美術館で9月27日まで開催していた。

 

 オラファー・エリアソンは1967年、デンマークのコペンハーゲンで生まれた。環境問題に深い関心を寄せる作家である。今回の企画展のテーマは「エコロジーとサステナビリティ」ということで、光や水を素材とした美しい作品を通じ、再生可能エネルギーや気候変動について考えさせてくれる作品が並んでいるらしかった。

 「らしかった」という曖昧な言い方をしてしまったのは、残念ながら、来場者が多すぎて作品をじっくりと見ることができなかったからだ。なにしろ私は、身長30.5cmのテディベアである。どんなに背伸びをしても、人混みの中での鑑賞はほぼ不可能に等しい。とはいえ、カラフルな光に満ちた作品の間を歩き回る、若者たちの姿を観察するのは面白かった。スマートフォンを手に、思い思いに「映える」場所を見つけてはポーズを取る。彼らの元気な姿を眺めて、私も少し元気をもらったような気がする。あちこちで夏のイベントが中止に追い込まれるなか、普段の美術館にはない雑駁な雰囲気は、まるで縁日のようで、気分の浮き立つものだった。

 

 オラファー・エリアソンの展示とは対照的に、静かな活気に満ちていたのは、「もつれるものたち」展である。パリとサンフランシスコを拠点とするカディスト・ファウンデーションとの共同企画だそうだ。ここでは、12組のアーティストが、現代社会を鋭く批評する作品を展示する。どの作品も問題意識がはっきりしていて、特定の地域や時代と結びついた素材や手法を用いていることが印象的だった。

 私が特に気に入ったのは、リウ・チュアンの映像作品《Bitcoin Mining and Field Recordings of Ethnic Minorities(ビットコイン採掘と少数民族のフィールド・レコーディング)》(2018年)である。映像や音楽の持つ魅力を存分に活かしながら、少数民族の排除をはじめとする、さまざまな暴力をあばき出す。だが、作品が用いる手法はあくまでも自由自在。観ていて実に愉快だった。

この作品では多くの静止画像や動画、そして写真や音楽を引用している。それら、メタファーに満ちたイメージのかけらを繋ぐのは、少数民族の言語によるナレーションである。

ナレーションは、歴史的な事実や科学的な裏付けを前面に出すのではなく、連想の作用により、寓話的に物語る。動画や写真といった、現実の世界を複製したものばかりではなく、時にはスピルバーグやタルコフスキーの映画からの引用も交え、現実と虚構の間を自由に行き来する。もちろん、スピルバーグ+タルコフスキーという組み合わせは、かつての東西冷戦を連想させるものだが、この作品は、イメージの類似や連想によって紡ぎ出される現代の寓話なのだ。冷戦の息詰まる対立構図よりも、マジョリティに圧迫されながらもしたたかに生き抜いてきたマイノリティの気概のほうを、より強く感じることができた。

私たちが日々研究している児童文学には、「戦争児童文学」や「プロブレム・ノベル」といった、フィクションを通じて現実の問題について考えさせてくれる領域がある。現代美術の持つ自在さに目を見開かされながら、「児童文学を研究する私も負けていられないぞ」と、改めて気合を入れ直したのだった。

 

展覧会情報

「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展

「もつれるものたち」展 

会場 東京都現代美術館 

会期 2020年6月9日(火)-9月27日(日)

 





 センターではいま、感染予防の取り組みの一つとして、返却されたセンター蔵書を書架に戻す前に段ボールで別に取り置き、3日間程度、保管している。次の人が手に取る前にウイルスが死滅するよう、しばらく置いておくのである。

 センターに住み込んでいる私も、外出後は3日程度、この段ボールで待機しようかと考えている。

2020年3月10日火曜日

熊沢健児の気になる美術館

十和田市現代美術館 ~開館前の記~


 七戸十和田駅からバスで35分ほど。十和田市現代美術館は十和田市官庁通りに面した美術館である。張り切り過ぎて、つい、開館前に到着してしまった。

ガラス張りの開放的な…というか、かなり太っ腹な建物だ。通りに面した展示室の作品は、開館前でも外から見ることができた。建物の外壁に描かれた絵も実は巨大なドローイング作品だし、美術館エントランスに続く小道のわきに配された立体作品も華やかだ。入館しなくても自由に眺めることができる作品がとにかく多いのだ。通りを挟んだところにある「アート広場」にも立体作品が設置されており、この広場がまた、フォトジェニックなのである。
最初に目を引くのは、草間彌生の立体作品群《愛はとこしえ十和田でうたう》。人口芝生を色分けした水玉模様の地面に、やはり水玉模様の少女とカボチャと3匹の犬、それにキノコが配置されている。少女は着ているワンピースだけでなく、腕や顔の肌も水玉模様になっていて、見ているうちにこちらの肌が痒くなってくるようだ。3匹の犬のうち、2匹は少女に向って吠え、残りの1匹はキノコに向って吠えている。犬の顔の横から、犬の視線で公園の景色を見ると新鮮で楽しい。ちなみに、カボチャは中に入って遊ぶことができる。
立体作品はオブジェや遊具以外にも、広場の公衆トイレの屋根にのっている《アンノウン・マス》という立体作品が、だらりと垂れるような格好で、窓の中を覗き込んでいる。そして、その覗き込んでいる《アンノウン・マス》の横から、白いシーツを頭からすっぽりかぶったような姿の《ゴースト》が覗き込んでいる。《アンノウン・マス》も《ゴースト》も、暗い穴の目をしているのだが、力の抜けた垂れた形や、尖ったところがどこにもない風貌のせいか、そんなに不気味な感じはしない。この二つは、1992年にベルリンで結成されたユニット、インゲス・イデーの作品である。
決まった時間(午前9時から午後19時)に内部を公開するオブジェは、エルヴィン・ヴルムの《ファット・ハウス》と、R&Sie(n)の《ヒプノティック・チェンバー》。《ファット・ハウス》はその名の通り、よく肥えてぶよっと膨らんだ家で、隣にやはり太った車《ファット・カー》が駐車してある。《ヒプノティック・チェンバー》は仮想都市の物語に見物人を誘い込むために作られた、白い立体作品である。
また、今回、帰りの電車の都合で見ることができなかったが、広場中央にあるジャウメ・ブレンサの《エヴェン・シェティア》(ヘブライ語で創造の石)は、日没から夜の9時まで、空に向って光線を放つのだそうだ。
ひとしきり広場の立体作品の間を歩き回り、アート作品に囲まれる幸福に浸ったあと、開館前に十和田の官庁街通りをぶらぶらと歩く。道端のベンチ(ストリートファーニチャー)も面白いのだ。以下、箇条書きしてみる。

・太い針金でできた雲形のベンチ(日高恵理香《商店街の雲》)
・花瓶の役割を兼ねたスツール(近藤哲雄《pot》)
・風景を映す鏡の座面(マウントフジアーキテクツスタジオ《イン・フレークス》)
・ポップな色合いと柔らかな曲線の群れから成るベンチ(ライラ・ジュマ・A・ラシッド《虫-A》)
・腰かけるだけでなくテーブルにも使えそうな四角の集合体(マイダー・ロペス《トゥエルヴ・レヴェル・ベンチ》)
・頭の跡がついた巨大枕(リュウ・ジャンファ《マーク・イン・ザ・スペース》)

 腰掛けたくなる面白いベンチばかりで、お尻が一つしかないことが悔やまれる。迷った末に私が選んだのは、巨大枕の《マーク・イン・ザ・スペース》。朝からはしゃぎすぎて疲れた体を、枕にダイブさせた(※)のだった。
さて、この紹介文を書くにあたり、十和田市現代美術館ホームページのコレクションのページ( http://towadaartcenter.com/collection/ )で作品情報を改めて確認した。アート広場とストリートファーニチャーのほか、美術館建物内(有料スペース)の常設展示作品の概略もこれで知ることができる。

※断っておくが、私は手のひらサイズのテディベアである。鶏卵2個ほどの体重しかないため、巨大枕にダイブしてもお行儀が悪いだけで怪我をする気遣いはない。しかし、人間である皆様は、あまり大胆な振る舞いは控えておいた方が良いと思う。

2019年11月28日木曜日

出不精ながら、展示会へ (番外編)


ちりめん本にみる東西文化の融合
――明治の木版多色刷り絵本の世界

 展示会に出かけたというより、出かけた先で展示会をしていました。調べ物があって、久しぶりに白百合の大学図書館へ行ったのです。2階の吹き抜けスペースで、こぢんまりとすごい展示会をしていました。大学図書館が所蔵している、ちりめん本コレクションです。

 「ちりめん本」というものを初めて見たのですが、しわしわに縮れていながら、絵も活字もきれいな線を保っている、不思議な和紙の絵本でした。浮世絵のような挿絵の和綴じ本なのに、活字が欧文なのも、何とも妙な感じです。元々は明治期の長谷川武次郎という商人が考案した、日本人のための外国語学習教材。日本の有名な昔話を様々な言語に翻訳したものからはじまったそうで、商才に長けた人はひらめきの天才なのかもしれません。

 配布資料によると、本展にはふたつの見どころがあるようです。ひとつ目は、挿絵の版木。現存している版木はほとんどないそうで、その理由が時代を感じさせるものでした。ふたつ目は、展示準備の過程で判明したという、ちりめん本の昔話四話の原典です。ちりめん本になった日本の昔話は、何に基づいて外国語に翻訳されたのか。素人としては、まだ判明していなかったことに驚きましたが、ちりめん本研究は開拓の余地の広い分野なのでしょう。

 展示内容以前に驚いたことも、ふたつありました。ひとつ目は本展のポスター。ちりめん本の挿絵を用いたクイズになっていて、「実物を見たい人」向けに展示場所や展示期間のお知らせが、「すぐ知りたい人」向けにQRコードがありました。試しにQRコードを読み込んでみると、白百合女子大学図書館のホームページにある「当館所蔵のちりめん本デジタルアーカイブの紹介」ページに。コレクションの一部の作品だけですが、表紙から裏表紙まで、全ページの画像を見ることができます。遊び心があり、かつ、インターネットを活用した展示というものについて考えさせられるポスターでした。

 ふたつ目は、メインとなるガラスケースでの作品の展示方法。一般的に、展示品は間隔に余裕をもたせて配置します。ところが、展示スペースに限りがあるためでしょう。平置きだけでなく、立てたり重ねたり。その配置は立体的で、工夫が凝らされていました。例えば、同じ絵の表紙でちりめん加工されているものとされていないものが並んでいる展示。大きさを比較して、加工による縮み具合を確認できます。同じ話を扱った異言語の作品同士は、ずらして重ねてあり、絵がほぼ同じで、活字の言語だけ異なっているのが見て取れました。感動したのが、『八ツ山羊』という西洋昔話を日本語に翻訳したしかけ絵本の展示方法。狼のふくれたお腹をめくると食べられた子山羊たちが出てくるしかけなのですが、めくる前と後が両方わかるよう、めくり部分が絶妙な角度に開かれ、固定されていました。

 こんな展示方法があるのだと目から鱗が落ちるのを感じながら、和洋入り交じったちりめん本の不思議な雰囲気を味わったのでした。
〔敬称略〕

展示会に行った日:2019年11月21日
文責:出不精ながら

◆展示会情報
「ちりめん本にみる東西文化の融合
――明治の木版多色刷り絵本の世界」
白百合女子大学図書館 2階吹き抜けスペース
2019/11/20(水)~2019/12/12(木)
※12/2(月)に展示内容の一部入れ替えがあります。

2019年10月24日木曜日

熊沢健児の気になる企画展


創刊50周年!


 福音館の月間絵本「かがくのとも」創刊50周年を記念した展覧会「あけてみよう かがくのとびら展」が、今年の夏に開かれていた。いつものように会期終了直前になって駆け込むように見に行った。

会場のアーツ千代田3331は、旧錬成中学校を利用して作られた文化施設だ。ギャラリーやオフィス、カフェレストラン、書籍や様々なグッズを買えるミュージアムショップなどがあり、フリースペースも広く取ってある。お金を使っても、使わなくても、のびのびと過ごすことができるのが魅力の施設である。
また、鑑賞者として訪れるだけでなく、レンタルスペースを使って文化活動をすることもできるし、会議室を借りてビジネスの話をするのもいい。「アーツ(ARTS)」と、複数形の名を冠しているのも伊達じゃないのだ。

そんな、自由な雰囲気の会場でひらかれた、「あけてみよう かがくのとびら展」には、子どもたちの元気が満ちていた。


※乗り物に弱い方は、VRの動きに酔わないようご注意ください。

 ホームページの「展示の様子をパノラマVRでご紹介」で展示会場の様子を見ることができるが、入り口にはそれまでに刊行された「かがくのとも」の表紙画像ずらりと並び、壁には五味太郎『みんなうんち』(1981年)の絵が大きく描かれていた。
パノラマVRを見ても分かる通り、ほとんどがこの展覧会のために設置されたインスタレーションである。

展示されていた原画作品は、鎌田歩『どうろせいそうしゃ』(2009年10月号)、横溝英一『はしる はしる とっきゅうれっしゃ』(1999年10月号)、みねおみつ『ちいさなひこうきのたび』(2007年5月号)、谷川夏樹『かもつせんのいちにち』(2018年3月号)の4作品。額縁に入った原画のわきに、その絵が印刷されて出来上がった本が置いてあり、壁には拡大された乗り物の絵が直接プリントされていた。原画の干渉もやはり、動き回りながら体感する、ダイナミックな展示だった。

だが、最も特徴的だったことは、すべての展示物が子どもたちの身体のスケールに合わせて作られているということである。身長30cm足らずのぬいぐるみである私からすればそれでも充分すぎるほどに大きいのだが、子どもたちが展示物の間を歩き回り、探検できるように設計されていた。大人たちの多くは、そんな子どもたちを見守りながら、ちょっと背中を丸めたり腰をかがめたりして展示品を見てまわっていた。

 広い世界を知るための展示スタイルである。じっくり落ち着いて作品を味わうより、身体を使って体験することに主眼が置かれていて、意識は常に外へ外へと向かう。
そんな展示スタイルに応じるように、この展示の特設サイトには「かがくのとも+1」というページがある。


ここでは、ハードカバーになった「かがくのとも」109冊の内容に合わせて、出版社にかかわりなく、読書の広がりを楽しむことができる。展示会終了後も、好奇心は広がり続ける。

 子どもたちには、不思議に満ちたこの世界への入り口を、大人たちにはさらなる広がりと奥深さを見せてくれる。面白さの持続する、忘れがたい企画展となった。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)


2019年9月27日金曜日

熊沢健児、マンガ・叙情画・紙芝居の旅

  調べ物のため関西に行ったので、その帰りに、2006年の開館当時から気になっていた京都国際マンガミュージアムに立ち寄った。

その日はまだ8月の初め。夏休みの子ども達でいっぱいに違いない…と、多少の騒がしさは覚悟の上で入館したのだが、館内には子どもや親子連ればかりではなく、あらゆる世代の人々が訪れていた。来館者の国籍もさまざまで、私が行ったときには、フランス語でささやきあうように会話する家族が二組と、たくさんの中国系の親子がいた。「国際」と銘打つだけあって、訪れる人たちもバラエティ豊かなのだ。さすがである。
この、京都国際マンガミュージアムでは、館内1~3階の壁にめぐらされたマンガの書架「マンガの壁」から好きなマンガを出して読むことができる。昭和初期に建造された龍池小学校の校舎を活用したというモダンなたたずまいの建物で、屋外の芝生の上で、好きな姿勢でマンガを読める。また、登録を済ませた上で事前予約をすれば、研究閲覧室で25万点もの資料の中から必要なものを閲覧することができる。ここは、日本国内のマンガ文化の拠点の一つなのだ。
定期的にイベントや期間限定の展示が行われ、私が訪れたときには、叙情画で知られる蕗谷虹児も投稿していたという、「パリの最先端ヴィジュアル雑誌」(HPの紹介文より)の展示があった。映画『リリーのすべて』のモデルになった、ゲアダ・ヴィーイナの作品も間近で見ることができた。非常に小規模だが、一緒に開催中だった展示「竹宮恵子 カレイドスコープ 50th Anniversary」をより深く楽しむことができたような気がして、なんだか得した気分になれる内容だった。
このミュージアムでは、マンガ文化に関連するさまざまな作品を扱う。叙情画のルーツとなったと考えられるヴィジュアル雑誌も少女マンガの源流の一つに数えられるわけだが、紙芝居もマンガとともに子ども達の文化を作り上げるメディアの一つとして扱われている。紙芝居実演も、このミュージアムの名物らしかった。館内2階には「紙芝居小屋」(そう名づけられた部屋があるのだ)が設えられており、ここではほとんど毎日、「ヤッサン一座の紙芝居」による紙芝居パフォーマンスをやっている。もちろん、観に行った。

 時間になると、人でいっぱいになる紙芝居小屋。ここで皆さんご存知の『黄金バット』の始まり始まり~…と、思ったら、この日の実演者らっきょむさんのオリジナル紙芝居で、まずはクイズ。シルエットで描かれたキャラクターを当てたり、英語でキャラクターの名前を言い換えたり。ぬいぐるみとはいえ私も一応は大人なのだから、子ども達から回答の機会を奪ってはならないと自分に言い聞かせていたのだが…

らっきょむさん 「鉄腕アトムを英語で言うと?」
熊沢      「アストロボーイ!」(即答)

 し…しまった! つい…

 そんなわけで、正解のごほうびに、針金とプラスチックでできた「正真正銘の偽物」(らっきょむさん談)の指輪をお土産に持ち帰ることとなった。

実演後、らっきょむさんには、実演者ならではのお話を聞かせていただき、ミルクせんべいにはさんだ水あめやカタヌキをいただいた(これぞ「ザ・駄菓子」という味がした)。何から何まですみません…。どうもありがとうございました。

一緒に紙芝居を観たフランス人の方からは“C’était très bizarre! (風変わりで面白かったよ!)”という感想も聞かれた。言葉は分からなかったけれど、理解はできて面白かったそうだ。世代も性別も国籍も関係なく、何となくワクワクした空気の漂う(しかし、ちょっと薄暗い)会場をみんなでいっしょに満喫したのだった。

熊沢健児(ぬいぐるみ、名誉研究員)

当時開催中だった展示

「竹宮恵子 カレイドスコープ 50th Anniversary」
展示期間 2019年4月27日(土)~9月8日(日)

「少女マンガのルーツか!? パリ20世紀初頭の風俗漫画雑誌」
展示期間 2019年8月3日(土)~11月末日
※展示入れ替えあり
この展示を紹介するホームページのURL (最終閲覧日2019年8月22日) https://www.kyotomm.jp/event/exh_early20thcenturyparisianmagazines/
荒俣宏館長企画・プロデュース「大マンガラクタ館」第5回として、館長自身のコレクションから、『La Vie Parisienne』『La Bïnnette』ほか、1910~30年代のフランスで観光されたヴィジュアル雑誌約20点を展示している(上記ホームページの情報)。