2020年9月21日月曜日

第3回書評コンクール 作品募集期間延長のお知らせ

この度、第3回書評コンクールの作品募集期間を延長することとなりました。 

当初は本日(9月21日)までを予定しておりましたが、募集期間を、11月6日(金)12:00まで延長いたします。

秋の夜長に読んだ本を、書評コンクールで紹介して、センターの皆にお勧めしてみませんか? 応募はペンネームでも可能です。

書評の募集要項(再掲)

応募資格:白百合女子大学児童文化研究センターの構成員であること。
書評の分量:800~1200字
応募方法:テキストをWordファイルで作成し、メールに添付してお送りください。

メール送り先  jido-bun@shirayuri.ac.jp

メール本文には次のことを記載してください。
1. 書評の執筆者氏名(ペンネームでの公開をご希望の場合は併記してください)
2. 書評の執筆者の身分( 学生/一般/教員/その他 のなかからひとつ選んで記載)
3. 取り上げる本の書誌事項(本のタイトル・著者名・訳者名・出版社・出版年など)
応募された書評は、原則として、そのままコピー&ペーストしてブログに掲載します。誤字・脱字にご注意ください。
センター論文の執筆が一息ついたら、書評もぜひ!

(宮崎駿原作・脚本・監督『風立ちぬ』作品静止画より http://www.ghibli.jp/works/kazetachinu/#frame)


 

 

2020年7月31日金曜日

夏季閉室のお知らせ

児童文化研究センターは、

8月6日(木)から9月20日(日)まで

閉室とさせていただきます。

また、院生室も感染症予防のため閉室とさせていただきます。

ご不便をおかけいたしますが、何卒ご了承くださいませ。
時節柄、くれぐれもご自愛ください。



2020年7月30日木曜日

児童文化研究センター 第3回 書評コンクールのお知らせ

第3回書評コンクールを開催します。


 児童文学の本(絵本、幼年童話、ヤングアダルト、ライトノベル、知識の本…その他、子どもにまつわるものなら何でも!)や、児童文化に関連のある本について書評を書き、センターまでお送りください。集まった書評はブログにて公開し、「紹介された本を読みたくなった書評」に1人1票ずつ投票(メール受付)を行います。皆様の応募を心よりお待ちしております。

書評コンクール スケジュール
 7月30日(木) 募集開始
 9月21日(月) 書評の応募締め切り(午前9時まで)・書評の発表と投票開始(午後)
10月 8日(木) 投票締め切り
10月 9日(金) 優秀作品と全執筆者の発表

 応募された書評は、名前を伏せて公開します。投票は、誰が書いたか分からない状態で、書評のみを読んで行います。書評には到着順の番号を振りますので、投票ではその番号をメールに書いてください。投票結果と同時に、執筆者名(筆名可)と身分(学生/一般/教員/その他)を公開します。お楽しみに!

書評の募集要項
応募資格:白百合女子大学児童文化研究センターの構成員であること。
書評の分量:800~1200字
応募方法:テキストをWordファイルで作成し、メールに添付してお送りください。

メール送り先  jido-bun@shirayuri.ac.jp

メール本文には次のことを記載してください。
1. 書評の執筆者氏名(ペンネームでの公開をご希望の場合は併記してください)
2. 書評の執筆者の身分( 学生/一般/教員/その他 のなかからひとつ選んで記載)
3. 取り上げる本の書誌事項(本のタイトル・著者名・訳者名・出版社・出版年など)
応募された書評は、原則として、そのままコピー&ペーストしてブログに掲載します。誤字・脱字にご注意ください。

投票について
投票資格:白百合女子大学児童文化研究センターの構成員であること。
「紹介された本を読みたくなったかどうか」を主な審査基準としてお選びください。
投票方法:メールに書評番号を記入して送信してください。 

メール送り先 jido-bun@shirayuri.ac.jp

白百合女子大学児童文化研究センター構成員であれば、どなたでもご参加いただけます。
優秀作品に選ばれた方には、賞状と賞品を差し上げます。選に漏れた方にも、ささやかな記念品を進呈いたします。

猫村たたみの三文庫(非)公式ガイド

(7)青春の演劇にゃ!


センター構成員の皆さま、ご機嫌いかがかにゃ?

三文庫の守り猫、猫村たたみですにゃ。


もうすぐ夏休みにゃのに、豪雨災害のニュースのたびに心配になるし、雨が降ったり曇ったり…なんだかすっきりしないのにゃ~。

湿気が多いので、三文庫の除湿器は毎日フル稼働ですにゃよ。

ごぉ~っと乾いた空気を排出する音と、ぴちょん、ぴちょん、と水の溜まっていく音を聴きながら、私こと猫村たたみ、今日も三文庫を守っておりますのにゃ。

 

…とは申せ、私、メーテルリンクの『青い鳥』が好きにゃので、ついつい冨田文庫に入り浸ってしまいがちなのですにゃ。

青い鳥コレクションの前に立って好きな本を眺めていると、なんだか幸せになりますにゃ~。

 

今日はですにゃ、楠山正雄訳による『近代劇選集(1)青い鳥外八篇』(T00744)を手に取りましたのにゃ。1920年に新潮社から出版され、センターに所蔵しているものは1922年の第14版ですにゃ。

手に持つとずっしり重みがあるのにゃ~。

 

中身の本はですにゃ、暗緑色の背にタイトルが金色に箔押しされていて、文字の上下に押された植物模様もきれいなのにゃ。

そして、表紙は背と同じ暗緑色と焦げ茶色で色分けしてあるのにゃ。表の表紙はこの2色の境目に銀色のラインが入っていて、かっこいいのにゃ~。

 

表紙・見返しをめくると、巻頭の写真版2葉は海外の役者さんの写真。挿絵はないけれど、収録された戯曲それぞれに舞台面略図があって、いずれも岡本帰一さんの意匠によるものですにゃ。

 

帰一さんと言えば、『青い鳥』の演出を手掛けた童画家としても有名にゃね。私も民衆座の公演を観に行きましたのにゃ。

それはもう、素敵だったのにゃよ。思い出すとため息をついてしまうのにゃ(はにゃ~)。

 

本文は当然、活版印刷ですにゃ。ぽこぽこした凹凸のある紙の表面が味わい深いのにゃ。

8篇の戯曲は次の通り。

 

沈鐘         (ハウプトマン)

心願の国       (イェーツ)

月の出        (レヂー・グレゴリ―)

海へ乗り入るるもの等 (シング)

かもめ        (チェーホフ)

エレクトラ      (ホーフマンスタール)

群盲         (メーテルリンク)

青い鳥        (メーテルリンク)

検察官        (ゴーゴリ)

 

※作者名の表記は本書に従ったのにゃ!

 

6番目の「エレクトラ」は1910年に発行された『白樺』創刊号でも紹介されていたのにゃ。

『白樺』は岡本帰一さん世代の芸術家にとっては、青年期の憧れの雑誌だったにゃね。

大人になっても憧れを持ちつづけるって、素晴らしいのにゃ~。

 

なかなか明けない梅雨にゃけど、センターは窓を開けて換気しながら85日(水)まで開室中ですにゃ。

皆さま、どうかお元気でお過ごしくださいませにゃ。


2020年7月9日木曜日

こんなところに巖谷小波(つづき)

ご報告

 

昨年の712日(金)に、私は、雑誌『みづゑ』の感想を投稿した(「こんなところに巖谷小波」)。この投稿にも書いた通り、この雑誌の創刊号に掲載されていた記事「絵ハガキ競技会記事」(p.16)の次の文言を見つけて以来、ずっと巖谷小波とこの雑誌の関係が気になっていたのだった。

 

客員巖谷小波氏の「定齊」は投票済みて後着せしが、意匠として奇抜のものなりき。

 

これは、19057月の記事にあった言葉である。この部分を読んで、私はブログの投稿に「こんなところに巖谷小波が。客員だったのか。しかも、「意匠として奇抜」などと評されている。これは気になる。」と、書いていたのだった。

先日(630日)、『児童文化研究センター研究論文集23号』が大学図書館の学術機関リポジトリに公開された。小波日記研究会による寄稿「巖谷小波日記 翻刻と注釈:明治三十八年(五月~八月)」を、家に居ながらにして読むことができるようになった。

この「巖谷小波日記 翻刻と注釈」を読んでいると、『みづゑ』主催者である大下(藤次郎)の名を見つけることができた。そこには、次のように書いてある。

 

五月六日(土) 曇晴夜雨

 九時出勤

 午後三時帰

 四時より 画葉書品評會 大下、南岳 爽日

及余、 久保田 柳川欠席

夕食  後 八時後散

(「巖谷小波日記 翻刻と注釈:明治三十八年(五月~八月)」二頁)

 

おお、「大下」! そして、「画葉品評會」とある…!「巖谷小波日記」の註にも、この「大下」が「大下藤次郎」であることが書いてある。「競技会」ではないが、みんなで手描きの絵葉書を持ち寄って批評し合っていたようだ。そこから先の日記にも「画葉」の文字はちらほらと現れ、「題 青」(五月十一日、同上二頁)、「題茶 余二等」(六月八日、同上七頁)、「題五月雨」(六月二十五日、同上九頁)、「題七、余一等」(七月二十七日、同上十四頁)など、品評会を行うにあたって、毎回課されていたらしい画題や、二等や一等を獲得した記録を見ることができる。

小波の日記は全体的に簡潔で、金銭の出入りも克明に記されている一方、日々のこまごまとした出来事や自分の気持ちなどはあまり書いていない(ただ、お父さんが亡くなった後の数日は、簡潔ながら克明に記されており、お父さんの辞世の漢詩に和する形で小波作の漢詩が書かれていたりする。読んでいるこちらもじわっと悲しくなってしまう)。そんな日記に、「画葉書」の品評会のことがちゃんと書いてある。

 

……ああ、そうか、やっぱりそうなんだ。バラバラに見ていた資料同士がつながった瞬間である。嬉しくて、なんだかニヤニヤしてしまう。

小波は絵葉書にどのくらい凝っていたのだろう。どれくらい絵が好きだったのだろう。小波の美意識や自作のお伽噺の挿絵に対するこだわりについても、調べてみたいと思ったのであった。

 


熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)


2020年6月26日金曜日

熊沢健児の気になるパペットアニメーション

見里朝希『マイリトルゴート』(2018年)

 

フェルト人形を少しずつ動かしながらコマ撮りしてつくる、パペットアニメーションである。

619日から2週間、YouTubeで限定公開中。私もひとりのぬいぐるみとして観ておかねばと、オフィシャルサイト(https://mylittlegoat.tumblr.com/)で作品情報を確かめ、アクセスした。ストーリーは怖いが、パペットがもこもこして可愛いせいか、不思議と平気だ。

 

この作品は、グリム童話の『狼と七匹の子山羊』を下敷きにしており、制作者の見里さんが独自の解釈を加えた後日談を10分間ほどのアニメーションにしたものである。

グリム童話では救出された子山羊たちが泉の周りで喜びの踊りを踊ってハッピーエンドとなるが、『マイリトルゴート』は違う。このアニメーションでは、狼の胃の中で消化されかけ、瀕死の子山羊たちが、母親に救出される場面から始まる。最初に食べられた長男のトルクは、狼の胃袋の中で溶けていた。

6匹になったきょうだいは、母親に守られ、山の中の小屋で身を寄せ合って暮らしていた。だが、ある日、母山羊が「トルクお兄ちゃん」を連れて帰る。それはケープを着た人間の子どもだった。その子が着ているケープは白い毛糸で編まれており、耳付きのフードがあって、子山羊のようにふわふわしていた。

「トルクお兄ちゃん」と呼ばれたその子は、ところどころ体毛が溶け落ち、爛れた皮膚の見える子山羊たちと対面する。

怯えた目つきで子山羊のきょうだいを見る「トルクお兄ちゃん」だが、子山羊たちもまた、怪訝そうに「トルクお兄ちゃん」を見る。そして、そのうちの1匹は、「トルクお兄ちゃんは一番に食べられたじゃない。なのにどうして毛がふさふさなの?」などと言って詰め寄ってくるのだが、ヒトである「トルクお兄ちゃん」には、その言葉は「メエメエ」としか聞こえなかったはずだ。

子山羊たちに囲まれ、疑いの眼で見つめられ、メエメエメエメエ言われたら、これは怖いに違いない。「トルクお兄ちゃん」は窓から小屋を脱出しようと、窓際に裏返して置かれた姿見に登るのだが、バランスを崩して落ちた拍子に鏡が表に返り、傷跡の一番ひどかった子山羊が、変わり果てた自分の顔を見てしまう。悲鳴を上げ、泣き出す子山羊のまわりにほかの子山羊たちが集まる。

メエメエといたわり合う彼らの姿を見て「トルクお兄ちゃん」は着ていたケープを脱ぎ、泣いている子山羊に着せかける。

「トルクお兄ちゃん」は人間の子だから、山羊に比べれば体毛は無いに等しい。ケープをはずし、毛のないつるんとした首や腕が見えたとき、子山羊たちから見たその姿は、傷つき毛の禿げた自分たちの姿に重なったのかもしれない。さらに、「トルクお兄ちゃん」の腕には傷跡があり、子山羊は、この子も傷を負っていることを知る。

そうして、お互いの痛みを思いやることにより心を通わせかけたとき、「トルクお兄ちゃん」を探して「狼」が小屋にやってくる…

 

毛のない「トルクお兄ちゃん」に、口を開けて驚く子山羊たちの表情に、そうそう、人間って変な生き物なんだよな、と、改めて納得してしまう。動物としての姿かたちだけではない。話が終盤に近付くにつれ、同じ種族どうしなのに相手を痛めつけたり、愛情という名のもとに支配しようとしたりする、人間の姿が、いやおうなしに見えてしまうのだ。

パペットだからこその視点と触感(どんなにグロテスクに作っていたとしても、そこはフェルト人形。やはり、もこもこなのである)。場面ごとの色彩や効果音にも気を配り、内容の詰まった10分間だった。

 

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

研究の再始動に向けて体力づくり。まずはストレッチから…



2020年5月21日木曜日

猫村たたみの三文庫(非)公式ガイド

6)女学生時代の思い出と『赤い鳥』


センター構成員の皆さま、ご機嫌いかがかにゃ?
三文庫の守り猫、猫村たたみですにゃ。

オンライン授業が始まってもうすぐ1ヶ月が経つにゃね。
遠隔授業には、もう慣れましたかにゃ?

病気の流行は、本当に嫌なことにゃね。
スペイン風邪が流行していた当時のことを思い出しますにゃ〜。
1918年に日本でも流行の兆しが見え出した頃、まだ私は女学生でしたのにゃ。
毎日、セーラー服を着て髪を三つ編みにして登校したのにゃ。
あれから色々なことがあったのにゃけど、あの青春の日々は今も私の胸の中で輝いておりますのにゃ。

ところで、1918(大正7)年と言えば『赤い鳥』創刊の年ですにゃ!
本屋さんで見た、あの『赤い鳥』創刊号…それはもう、素敵だったのにゃよ。
芥川龍之介さんの「蜘蛛の糸」や「杜子春」、有島武郎さんの「一房の葡萄」をリアルタイムで読んだことは、私にとってはちょっとした自慢なのですにゃ。(にゃっへん!)

さて、皆さまもご存知の通り、冨田文庫の元の持ち主、冨田博之先生は演劇教育・児童演劇の両分野で活躍された方ですにゃ。
『赤い鳥』全号に掲載された児童劇脚本を収録した、『赤い鳥童話劇集』(東京書籍、1979年)を編集・刊行されているのにゃ。さすがは冨田先生ですにゃ。

私も実は、女学生時代に『赤い鳥』に載っていた演劇を、近所の子どもたちの前で演じたことがあるのにゃよ。
仲良しのお友達と一緒に衣装も全部手作りして、楽しかったのにゃ〜。

ちなみにですにゃ、「白百合女子大学学術リソース」で「赤い鳥」をキーワードに簡易検索すると…カタカタ(入力中)…クリックにゃ…カチッ!
25件ヒットしたうち24件が冨田文庫、1件が光吉文庫という結果が出たのにゃ。
そして…「鈴木三重吉」をキーワードに簡易検索すると…カタカタ(入力中)……カチッ(クリック)52件ヒットし、冨田文庫は44件、光吉文庫は7件、金平文庫は1件という結果が出ましたにゃ。

三文庫はそれぞれ個性がはっきりしていて、簡易検索のたびに所蔵資料の分布状況を見るのが楽しみなのにゃ〜。

こんな話をしていると、文庫に来たくなってしまうにゃね。
大学の入構禁止期間はまだまだ続くけれど、私こと猫村たたみ、全力で三文庫をお守りいたしますにゃ!
構成員の皆さま、大学再開の日までどうかお元気でお過ごしくださいませにゃ〜。


[追記]
このブログ記事を書くにあたり、記憶間違いがないか、念のためインターネットを使って年代などを確認しておりましたのにゃ。
そうしたら、渋沢栄一記念財団の運営する、「渋沢社史データベース」(URL https://shashi.shibusawa.or.jp/index.php )に出会いましたのにゃ。社史にゃって! はにゃ〜、世の中には面白いデータベースがあるのにゃね〜。102年前には想像もできませんでしたのにゃ!。

大変な時代に突入してしまったのにゃけど、元気でさえいれば、たくさんの面白いものと遭遇することができますにゃ。
センター構成員の皆さま、withコロナの時代を全力で生き延びましょうにゃ!

[参考文献]
浅岡靖央「冨田博之」(赤い鳥事典編集委員会編『赤い鳥事典』柏書房、2018年、pp.93-95
…この事典は、センターにもありますにゃ! 「冨田博之」の項目は、センター所長が執筆しているのにゃよ。