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2021年4月8日木曜日

青い鳥と青い花

 青い花が枯れたから、長年飼っていた青い鳥を逃がすことにした。
 飼い始めてから、ずいぶん長い時間が経っていた。

 鉄製の鳥籠の劣化は激しい。
 錆が酷くて、とっくの昔に鍵は壊れていた。
 開けるのにかなり手間取った。
 でも、無理やりペンチで籠を壊す。
 そして、扉をこじ開けた。

 でも、問題はここからだった。

 青い鳥は、籠から出ようとはしない。
 ずっと壊れた籠の中で、私をじっと見つめている。

 いや、私だけじゃない。
 わたしと、私の後ろにあるガラスの花瓶を見つめていた。

 ガラスの花瓶の中では、色褪せて、朽ち果てた、花がある。
 かつては青くて、美しかったあの花だ。
 今は醜くて、汚らしいものに成り下がっていたのだけれども。

「出て行けよ」と私は鳥に言った。

「いやだね」と鳥は答えた。
「花は枯れたんだ」と私が花瓶を指差して、鳥に凄んだ。「見えるだろ。あんたの居場所はここにない」
「また咲くかもしれない」と鳥は言った。そして美しい羽を片方あげて、花を指し示した。「まだ生きている」
 私はうんざりした。
 そして苛立ちもした。

 そもそも、あの人に出会った日がことの始まりだ。
 この鳥が花の種をくわえてやって来たのだ。

 その時、鳥は「君は花を咲かせなければならないよ」と言って、私の手のひらに種をのせた。
「咲かせた花は君の花だ。あの人にプレゼントするといい。きっと喜ぶさ」そう言って鳥は歌い出した。
「花なんて、育てたことがない」と私が答えると、「私をそばにおきなよ。上手く育つようにアドバイスするから」と鳥は言った。
 私はこの鳥を信じて、花を育てた。
 ずいぶん時間がかかってしまった。雨の日も風の日も、私は鳥のアドバイスに従った。
 そして、花は咲いた。
 青くて綺麗な花が。
 その時、鳥は言った。「あの人に渡しなよ」と。
「きっと、喜んでくれるはずだ」と。
 その結果、花は枯れてしまった。
 
 この鳥の言うことはでたらめだった。
 あの人は花を受け取らなかった。

 花は枯れてしまった。
 あんなに綺麗な花だったのに。
 汚くて、醜い、惨めな姿に成り果てた。
 それなのに、この鳥は花が生きている、と言っている。
 まだ私に、この花を育てさせるつもりなのだ。
 なんて残酷な鳥だろう。
 こんな奴を飼っていたのか、と。

「花は枯れたんだ」私は声を震わせた。「見えるだろ、花は枯れたんだ」
「いや、生きている」と鳥は言った。まるで聖歌でも歌うかのように、晴れやかに。「また咲くはずだよ」
「いい加減にしろ」たまらず私は叫ぶ。「花は枯れたんだ、死んでいるんだ」
「いい加減にするのは君だ」呆れたように鳥は言った。「諦めるのだけは一人前だな。あんなに長く育てていたのに。私を飼っていたのに。簡単に捨てるのか。大切に育ててきたあの花のことも、私のことも」
「あの人は受け取らなかった!」私は顔を抑えてうずくまる。「わかるだろ? あの人はあの花を、いらないって言った。だから、あの花は、枯れたんだ。あの人は私の花はいらないのさ。他の人の、花が欲しいんだ。私の花は必要ないんだ」
「どうしてあんな分からず屋のためだけに花を育てるんだ?」鳥の声は、相変わらず落ち着いた声だった。「お前の花の価値もわからない、馬鹿のために」
「他の誰でもなく、あの人にあげたかった。どうしようもないんだ」涙をぬぐいながら私は答える。「自分でもわからない。それでも、あの人にあげたかった。あの人に受け取って欲しかった」
「君がすべきことは、探すことだよ」と鳥は優しい口調で語りかけてくる。「君の花を喜んで受け取ってくれる人を」
「時間がかかるかかる。それに、見つかるかわからないじゃないか」
「見つかるさ。君がしたいと思えばね」

 つくづく残酷な鳥だ。
 どこまで私を振り回すつもりなのだろう。

 そして、それに付き合う私は底抜けの大馬鹿者だ。

 私は目元をこすりながら、立ち上がった。
 そしてまんまと鳥の思い通りに動いたのだ。
 まず、壊れた籠をすっかり直してしまった。道具箱を引っ張り出してきて、テープも使ったらあっという間だった。

 次に、今度は花瓶の花を捨てた。
 枯れてからは一度も触らなかった花を触った時、胸が温かくなった気がした。
 そして花瓶に新しい水を流し込む。
 ガラスの花瓶の腹に水が溜まっていくように、私の内側にも新鮮な何かが流れ込んでくる。

 これは何だろう。

 わからないまま、新鮮な水を飲みこんでいく花を見つめながら私は軽くえづいた。
 気持ちが悪いが、気分は悪くない。
 吐き気がするのに、爽快だった。

 矛盾している。
 矛盾していることはわかっている。

 それでも、汚い花が僅かに天を仰ぎ始めたように見えたのは、自分がすっかり忌々しいあの鳥に騙されているからかもしれない。
 腹が立つけれども、わくわくしている自分がいる。
 枯れたはずの花の吐息が聞こえてくるような気がした。

鳥飼律子
※青い字で書かれた名前はペンネームです。

2021年3月16日火曜日

創作童話

第36回 日産 童話と絵本のグランプリ 佳作 受賞作品

『雨の日は桜色』

三井 彩愛

わたしは足を踏み鳴らし、灰色の空を仰ぎながら待っていた。大量に降っている雫が少しでも収まるのを。雲の切れ間から日光が射し込むのを。

「雨なんて聞いてないんだけど……。朝はくもりだったのに」

 ため息とともに、ひとりごとが漏れた。置き傘もしていなければ、相合い傘をして帰る友だちもいなかった。一番の仲良しの葵は親せきのお葬式で欠席していた。今日、掃除当番が一緒だった結衣は習いごとがあると言って、そそくさと帰ってしまった。

 校舎に戻って壁の時計を見てみた。もう四時を過ぎていた。そろそろ帰らないと、お母さんに叱られるかもしれない。でも、雨は一向に収まる気配がない。それどころか雨の勢いは増してきている。

 ざあざあ降り続ける雨を見ているうちに、やぶれかぶれになってきた。ええい、仕方がない。走って帰ってやる。小学校から家までは歩いて十五分ほどかかるけど、走れば半分くらいの時間で済むだろう。

 覚悟を決めて右足を前に踏み出した、そのときだ。わたしは誰かに腕を強くつかまれた。バランスを崩し、うしろによろめきそうになった。

「傘ないの? 入りなよ」

 わたしのとなりに立ち、傘を掲げながらぶっきらぼうに言ったのはクラスメートの古池美帆だった。

「……どうも」

 五年生に進級して同じクラスになってから、ほとんど話したことのない美帆が急に親切にしてくれたことに驚いたけれど、わたしは素直に彼女の好意に甘えることにした。

 わたしと美帆は連れ立って学校をあとにした。美帆の傘は無地の淡い桜色をしていた。見ているだけで自然と笑みがこぼれそうな、やさしげな桜色だ。

「家はどこ?」

 校門を出たところで、美帆がこう尋ねてきた。

「すみれ公園の近くだよ」

「そう」

 それっきり、美帆は何も言わなかった。わたしも黙っていた。

 わたしたちは無言で歩いていた。沈黙が広がる。聞こえるのは、桜色の傘とぶつかり合う雨音だけだ。

 わたしは美帆に何か話題を作っておしゃべりをしようとしたが、うまく言葉が出てこない。もし、今となりにいるのが葵や他の友だちなら、他愛のないおしゃべりをして盛り上がることだろう。しかし、美帆とは何を話していいのかわからなかった。

 そもそも、美帆が誰かと一緒にいたり会話をしているのを見た覚えがない。休み時間はいつも一人で席についてブックカバーのついた本を読んでいる。あるいは頬づえをついて静かに座っている。笑顔もめったに見せない。美帆のことを「すましてるよね」「お高くとまってない?」などと悪く言う女の子も何人かいる。わたしも、嫌悪感までは抱かないものの、何となく近寄りがたい気がして親しく出来ないでいた。だから、美帆がすぐそばにいることは、わたしをとても不思議な気分にさせた。

 しばらくうつむいていた私は顔を上げ、静寂の中の雨景色を楽しむことにした。

 軒先に下がった手作りのてるてる坊主。

 庭に咲く、葉が露にぬれた花々。

 歓声をあげて、水たまりを踏んでいく長靴をはいた男の子。

 どれもこれも、今までは通り過ぎていたものばかりだ。ぱらぱらとした雨音も、次第に心地いいものになってきた。水たまりに踏みこんでしまったけれど、気にならない。はじける水音すら楽しげに聞こえた。

 視線を美帆に移した。彼女はまっすぐ前を向いていた。そのまなざしは、まばゆい光を宿していた。こんな目をしている人は見たことがない。もしかしたら、美帆もわたしと同じように雨の日の風景を眺めているのだろうか? それとも――。

 美帆は、雨の日に、わたしがとなりにいることに何を思っているのだろうか?

 思い切って尋ねようとしたときには、すみれ公園についていた。もう公園だなんて、信じられない。歩いている時は、いつも以上に時間の流れがゆっくりに感じられたのに。

 わたしは足を止め、笑顔を作って言った。

「美帆ちゃん、ありがとう。わたしの家、ここをまっすぐ行ってすぐだから、あとは走って帰るね」

 体の向きを変えて走り出そうとすると、美帆が手を握ってきた。

「えっ、何?」

 わたしがあわてて振り返ると、美帆は手をつないだまま、わたしのあいているほうの手にあの桜色の傘を持たせた。そして、今まで歩いてきた道を走り去っていった。

 あまりにも突然のことだったので、わたしは追いかけることも声をかけることも出来ずに、立ち尽くしていた。傘の柄には、まだ温もりが残っていた。

 そういえば、美帆の家はどの辺りにあったのかな?

 わたしの頭の中にそんな考えが浮かんだのは、とぼとぼ歩き始めてすぐのことだった。

 ひょっとしたら、すみれ公園とは反対方面に住んでいるのに、わざわざわたしのために公園のそばまで来てくれたのかもしれない。

 そう思うと、胸がちくりと痛んだ、好きになりかけていた雨が再び憎らしくなってきた。

 家に着いたのは四時半過ぎだった。わたしは洗面所からタオルを持ってきて、美帆の桜色の傘についた雫を丁寧にふき取った。

 

 次の日は雲がまばらに浮かんでいたけれども、澄んだ青空が広がっていた。

 わたしは教室に入ってすぐに、傘を返しに美帆のもとへ駆け寄った。相変わらず、分厚い小説を読んでいる。

「昨日は本当にありがとね。助かったよ」

 傘置き場に桜色の傘を立てておくだけでもよかったけれど、きちんと面と向かって、お礼を言いたかった。

「わざわざ教室まで持ってこなくてもいいのに……」

 美帆はこうつぶやきながらも、頬を染めていとおしそうに桜色の傘を見つめていた。

「あれから雨は大丈夫だった?」

 わたしの問いかけに、美帆は「大丈夫だから心配しないで」と言いたそうに目を合わせて、うなずいた。

 そして、美帆は桜色の傘を手に立ち上がり、教室のドアへゆっくりと歩いていった。

 あとを追ってもっと話をしようと一歩前へ出たところで、葵に声をかけられた。

「おはよう! 昨日はどうだった?」

 わたしは葵に帰り道の出来事を話そうと口を開きかけたが、やめた。美帆と歩いたあのときのことは、わたしの中だけに大切にしまっておこう。


 ※この作品は、私が学部2年のときに牧野節子先生の授業(当時:創作演習B)で創作したものを、5年の歲月を経て、加筆修正して応募したものです。

 ※日産には「もりかのん」というペンネームで応募いたしました。

2020年12月3日木曜日

ぬいぐるみ大好き!

 ~ユニベア編~


 かなり唐突であるが、ぜひとも語りたいぬいぐるみのシリーズがある。

 ディズニー・ストア限定のぬいぐるみ、UniBEARSity(通称:ユニベア)についてだ。

 これはディズニー・キャラクターを模したテディベアシリーズのことを指す。

 

 「なぜクマなのか?」と首をかしげる方も多いことだろう。

 それにはちゃんとした理由がある。

 

 これらのクマには制作された経緯・物語が存在する。このクマの一連のシリーズのはじまりは、おなじみミッキー、ミニー、ドナルド、グーフィ―などのユニベアである。

 

 このユニベアたちは、なんとミッキーたちが作ったものなのだ。

 

 作った理由は、クマがシンボルの学校に通うミッキーたち。

 その授業の課題でクマの物語を制作する課題が出たミッキーたちが、物語を作るために、テディベアをそれぞれ作ったのである。これがユニベアのせって…誕生秘話である。

(https://shopdisney.disney.co.jp/special/unibearsity-content.html)

 

 わかる。つっこみどころはたくさんあることは私にもわかる。

 しかし、そんなことは問題ではない。

 

 このユニベアシリーズ、とっっってもかわいいのである。(*もちろん、好みや感じ方に個人差はあります)

 

 可愛いものは、私にとっては些末なことを忘れさせる。恐ろしや。

 

 これ以外でも最近ではユニベアシリーズには「プリンセス」シリーズのものや、期間限定のさまざまな物語の人物を模したベアが続々出されている。

 

 ディズニー・シーでもダッフィーというかわいいクマが存在するが、ディズニー・ストアだって負けていない。

 

 気になる方はぜひ、ディズニー・ストアに足を運んでいただきたい。

 

 もしかすると、気に入ったクマが見つかるかもしれない。

 

                           阿部泉

2019年10月31日木曜日

金田くん


 小学一年生の時だったかと思う。
当時私は、東京都国分寺市周辺に暮らしていた。

 ちなみにその二年後に、宮城県へと父親の仕事の関係で引っ越すことになるのだが、その頃の私は知る由もない。
幼馴染と言える友人たちと遊び、日々を過ごしていた。

そんなある日、友人たちとの会話の中でバレンタイン・デーの話題が出る。
バレンタイン・デーはヴァレンティヌスという人の処刑された日である。ヴァレンティヌスは、皇帝の許可なく、愛し合う恋人たちを結婚させた聖人だそうだ。

しかし、当時の私も、私の友人たちもそんな知識は一切持ち合わせていなかった。
ただ、女の子が気になる男の子にチョコレートを贈る日だという認識しかなかったのである。

その後、話の流れで、何故か「金田くん」という男の子に皆でチョコレートをあげようということになった。
「金田くんはチョコレートをもらえないかもしれない」という理由で。
ちなみに金田くんは仮名である。

今思えば、大きなお世話だし、大変失礼な話である。
そもそも金田くん以外にも男の子はいたし、その中で、何故、金田くんだけにスポットライトが当たったのかという疑問もある。
 
 兎にも角にも、私は友達と示し合わせ、チョコレートを用意し、金田くんに渡しに行くことになった。固く約束をした後、その日は帰路に着いた。
 
 そして、約束の日。
 チョコレートを片手に、集合場所に向かった私は、友人たちの姿を見て仰天した。

 私以外誰も、チョコレートを持っていない。

 ギョッとしている私に構わず、友人たちは「じゃあ、行こうか」と何気ない顔をして、歩き始める。
 私は頭が真っ白になっていた。何が起こったのか、全く分からない。

 まず「何故私以外チョコレートを持っていないのか」という疑問が浮かんだ。
 次に「何故皆涼し気な顔なのか」という疑問。
 
そして、「このままいけば、私は金田くんに誤解を受けないだろうか」という疑問も。

このように多くの疑問が頭に浮かびながらも、友人たちの後ろについて歩いた。

たどり着いたのは、小学校に近い、集合住宅地。
男の子たちが、家の前にある道でボール遊びに興じている。

そこには金田くんもいた。彼は、汗を流しながら遊んでいる。

状況は全く違う。
全く違うのだが、金田くんの姿を見た時、私は処刑台の前に立たされたマリー・アントワネットのような気持ちになっていた。

「おーい、金田くん」

 固まっている私に構いもせず、友人たちは金田くんをご親切にも呼び出してくれた。

「律子ちゃんが渡したいものがあるんだって」

「余計なことを!」と友人に対して、心の中で叫ぶ。
しかし、小心者の私は何も言えない。
真っ赤な顔で、「こ、これ…あげる…」と蚊の鳴くような声とともに、チョコレートを差し出した。

金田くんは怪訝そうに、私の顔とチョコレートを交互に見ていた。
そして、少し間を空けてからチョコレートを受け取り、再び男の子たちの群れに戻って行った。

「良かったね」

 そう言って、金田くんを呆然と見つめる私の肩を叩く友人。
心なしかニヤニヤしていた気がする。

「良かったね」と言えることは何一つ無かった。

 むしろ、真っ赤な顔でチョコレートを差し出す構図は、「本当に私が金田くんに惚れている」ように見えないこともない。
 いや、むしろ、そうとしか見えないのではないだろうか。

 しかし、私はその時は「処刑直後」であったため、魂が抜け出ている状態だった。反論したり、怒り狂ったりする気力さえもなかったのである。

 だから、肩を叩いた友人に対しても「う、うん…」と小さく返事を帰すだけに留まった。

 そして、この話はその日の夜、急展開を迎える。
なんと金田くんが、チョコレートのお返しにハンカチを携えて私の家にやって来たのである。

 チョコレートを渡した日、私は時間が経つに連れて、「恥ずかしさ」がエスカレーターのように徐々に高まっていった。
 夕方になって、家に帰った時は「恥ずかしさ」という「恥ずかしさ」が体の中の血管の中を這いまわっている状態にまで陥っていた気がする。

 クッションに頭を突っ込み、悶えている私を、母親は笑いながら宥めていた。

 そして、夜。
突然、ピンポーンとチャイムを鳴らす音がする。
応答に出た母親が、私を呼んだ。

「金田くんよ」

その日、もっとも聞きたくないワード、第一位「金田くん」。
私はガタガタと震えながら、玄関に向かい、靴を履いて外に出た。

玄関を出ると、外は激しい雨が降っていた。風も強かった気がする。

外には大きな車が止まっていて、その車の前に金田くんがいた。
金田くんは黄色い雨合羽を被り、手には紙のラッピングのされている「何か」があった。

「これ、今日のお礼」

金田くんはどこか照れ臭そうに、その「何か」を差し出した。

私の心の中は、様々な感情の嵐が吹き荒れた。
「やめてくれ」と。「そんなの、受け取る資格ないんだ」と。

しっちゃかめっちゃかの、グチャグチャだった。

「あ、ありがとう」

しかし、ここでも私は何も言えなかった。小さくお礼を述べることしかできない。

私からお礼の言葉を聞くと、金田くんは嬉しそうに笑い、帰って行った。

トボトボと家の中に戻ってから、私は金田くんからの贈り物の包み紙を開ける。
ピンク色の下地に、ウサギの刺繍がある、可愛いハンカチ。

「可愛いじゃない。良かったわね」

お母さんがニコニコしながら、そう声をかけてくる。

しかしまだ私の中には嵐がたけり狂っていた。

「完全に誤解されたのでは」ということから来るいたたまれなさ。
「金田くん、嬉しそうだったな」という金田くんへの罪悪感。
「よくも」という友人たちへの怒り。

「良かったわね」と言えることは何一つなかった。

しかし、感情がないまぜになり、心が虚ろになっていた私は特に何も言わなかった。
ただ小さく「うん…」と頷くことしかできなかった。
 
今でもそのハンカチは、手元にある。

特にどうということもない。
ないのだが、そのハンカチを見ていると、あの頃の感情の嵐が血管の中を駆け巡る感覚を思い出してしまうのだ。

 
終わり

鳥飼律子
※青い字で書かれた氏名はペンネームです。

2019年7月15日月曜日

『なぞなぞ』 ~おばあさんは何者か?~

 
 私は不思議な話を探していました。しかし、図書館を探してみても、本屋さんを探してみても、ピンとくるものがありません。どうしたものかと頭を抱えながら、先週、大学内の森の中をぶらぶらと散歩をしていました。それは夕暮れの時のことでした。人はまばらで、ましてや森の中には人の気配すら感じられません。私はますます考え事にのめり込みました。あまりに没頭していたためか、突然私の左側の茂みから、烏の鳴き声が聞こえた時、思わずびっくりして立ち止まりました。それと同時にバサバサという羽音が左右どちらからも聞こえ、頭上の木の枝が揺らされる音が響きました。
 私はすっかり怯えてしまい、辺りをキョロキョロ見まわしました。そして目の前に見知らぬ女の人が佇んでいることに気づき、ハッと息を呑みました。先ほどまで誰もいなかったはずなのに。その人は7月だというのに、黒い厚手のコートを羽織っていました。真っ黒な長い髪、青白い肌。不自然なほどに大きな目。真っ黒なその目には光がありません。そして、下は黒いタイツに包まれた足を冬用のスノーブーツの中に突っ込んでいました。私はとっさに逃げようと思いましたが、体が上手く動きません。「あなた、不思議な話が読みたいんでしょう?」女の人はそういうと、動けない私にどんどんと近づいて来ました。そして私の目の前に来ると、一冊の本を差し出しました。「これ、読むといいわ」そう言って無理やり私の手にその本を押し付けると、くるりと背を向けて去っていきました。

 こんにちは〈SF・ファンタジー小説の研究と創作プロジェクト〉です。今回このプロジェクトでは、前回に引き続きClose Readingを行いました。そして扱った作品は、ウォルター・デ・ラ・メアという20世紀のイギリスの小説家・詩人のもので、『なぞなぞ』という名前の作品です。ストーリーを簡単にご説明いたしますと、おばあさまの家で暮らすことになった7人の子どもたちが、近づいてはいけないと言われていた木のひつの中へと次々に消えていき、最後には子ども全員が消えていなくなってしまう、と言うものです。
 この話を見ていくうちに、子どもたちを引き取ったおばあさんのどこか不気味な行動が注目されました。おばあさんは子どもたちに優しく、針箱や、ジャックナイフ、まりなどをそれぞれに贈ります。しかしよくよく考えてみると、まりはともかくとしても、針箱やジャックナイフなど、どこか危険なものであり、子どもに与えるのにあまりふさわしくないものではないでしょうか。そして子どもたちに「家のどこで遊んでもかまわないが、大きな予備の寝室にある、木のひつにだけは近づかないように」と強く言い含めます。ここまで読むと、7人の子どもたちや、行ってはいけない禁令の要素などが、昔話を彷彿させます。そう考えると上記のジャックナイフなども、孤立的な道具として、後で何かしらに使われるのではないでしょうか。しかし、残念ながら、それらの道具は子どもたちに手渡された後、一度も姿を見せることは無いのです。さらに、最初に1人の子が消えた後、おばあさんは「じゃあ、あの子はとうぶん、いったきりになるんだろうねえ」(デ・ラ・メア、166)、そして残された子どもたちに再度「絶対にあのひつに近寄るな」と言うのです。これらの謎めいたおばあさんの言動は不気味であり、恐ろしささえ感じられます。このことについて「作者が不穏なものを見せて読者を誘導し、あやしさを強化・強調していっている」という指摘がありました。確かに話を読み進めていくたび、不穏さや不気味さが増していっている気がします。また「おばあさんの不自然な様子を増していくことで、不思議な世界へと入りやすくしている」との指摘もありました。もう1人の子どもが消えると、おばあさんは「あの子たちはいつか、おまえたちのところに帰ってくるかもしれないよ」(デ・ラ・メア、167)、「あるいは、おまえたちがあの子たちのところへいくことになるのかもしれない」(デ・ラ・メア、167)などと、謎めいたことを言います。また、残された子どもたちに木のひつのところへと行かないように言うのですが、このときは言いつけを「できるだけ守るんですよ」(デ・ラ・メア、167)と言い、前よりも強制力が低いニュアンスで子どもたちに言いつけています。
 このおばあさんは意図的に子どもたちを誘導しているのだ、とする意見や、おばあさんは彼らがどうなったかは知っているが誘導しているわけではない、という意見、または安房直子さんの話に似たような人さらいの話があったことを思い出し、それが木の精であったことから、このおばあさんは木の精ではないだろうか、という意見もありました。
 このおばあさんは何者なのか、子どもたちはどうなってしまったのか。物語が進んでいくうちに謎はどんどん増えていきます。それが最後には明かされるだろうという期待を持ちながら、意見を交わしていきましたが…結局子どもたちは全員消え、おばあさんが何者か明かされることも、子どもたちがどこへ消えたのかも明かされることはなく、この物語は幕を閉じるのでした。
 この結末は謎が謎のまま終わってしまい、あとは読者が考えるというようなオープンエンドの形式をとっています。すっきりしない終わり方に、「これは話になっていない」と言う意見も出ました。また、「ファンタジーは謎を解いた形で終わらせるか、謎を謎のままにしておくかは作者によりけりである」という意見がありました。ちなみにメンバーの中では謎をすっきり解いてしまう終わり方の方が良いとする方の方が多かったです。しかし、私は何とも言えない不気味で不思議な気分を味わえますので、こういった謎が多く残る物語も好きです。皆さんはどちらの方がお好みでしょうか。

 私は謎の女の人に手渡された本の1編をClose Readingに用いました。そしてこの本が大学図書館のものであることを、本についているバーコードで確認しました。あの人が一体どこの誰なのか。私には皆目見当がつきません。しかし図書館のものである以上、返さなくてはなりません。しかし、この本は直接私が借りたものではない。借りたものを手渡されたのです。これは図書館の利用上ルール違反です。あの女の人が見つかれば、すぐに手渡すつもりでしたが、私にはその人をどうすれば探し出せるのかわかりませんでした。 
 仕方なく、私は図書館へと向かい、ドキドキしながら本を差し出しました。問いただされたら、しっかりと事情を説明するつもりだったのです。しかし、意外にも受付の人は普通に応対し、返却処理を施そうとしました。私はびっくりして思わず、受付の人を呼び止め、事情を焦って伝えました。「え?いや、そんなはずは…」受付の女性は驚いたように私とパソコンの画面のデータを見比べていました。「ここにはちゃんとデータが残っていますよ」そう言って、その画面を見るように私を促したのです。
 果たしてそこにはしっかりとその本の貸し出し記録が残されていました。学生証には写真がついていますので、仮にあの女の人が私の学生証を勝手に使って借りようとしても、止められていたことでしょう。それにあの時が初対面でしたのに、どうやって私の学生証を奪えるのでしょうか。本の裏についていた返却日時から逆算すると、その1ヵ月前に借りていたということになります。そうすると、どう考えても、私があの女の人に出会うずっと前に借りられていたことになるのです。
「あの…」受付の女性は、明らかに不審そうに私を見やりました。何か胡散臭いものを見るような眼差しです。「あ、あの…勘違いでした……私が、借りていました。すみません…ちょっとぼーっとしていて…」私はそう言うしかありませんでした。
 あの女の人は何者だったのか。どうしてあの本を私に渡してくれたのか。幽霊だったのか、幻だったのか…今でも私には分かりません。そしてあれ以来、その女の人を見かけることはありませんでした。

           <SF・ファンタジー小説の研究と創作プロジェクト>のA

参考文献
デ・ラ・メア、ウォルター「なぞなぞ」、『デ・ラ・メア物語集2』、マクワガ葉子訳(大日本図書株式会社、1997)、p163-170

2019年7月11日木曜日

『きつねの窓』に入り込む     −Close Reading−


 ぼくはその日、図書館へ行くところでした。歩きなれた道を、次の授業のことなんかを考えながらぼんやり歩いていたのです。ふいに明るくなったように思えて空を見上げると、一枚の青い紙がはらはらと落ちてきました。

 「こんにちは、はじめまして。<SF・ファンタジー小説の研究と創作プロジェクト>です。私たちが毎週開催しているプロジェクトの様子を少し紹介したいと思います。
 私たちはSF・ファンタジー作品を書いていますが、創作のためには既存の作品を分析・考察することも大切です。そこで、7月5日のプロジェクトでClose Readingをしました。
 Close Readingでは作品を一文一文、一語一語じっくり追って、言葉の意味や役割を読み解きます。この読み方により、さらっと読むだけでは素通りしがちな表現や引っかかりを見つけ出すこともできます。また、複数人でClose Readingを行うことで、個人で読んだ際に気付かなかった点にも目が向きました。微細な言葉のニュアンスから作品全体の構造まで、メンバーからの指摘で初めて気が付いたことが多々あります。言葉の意図・時制・時代背景など、注目するポイントはそれぞれ異なり、同じテキストを読んでも感想は千差万別。Close Reading1回目である今回は、安房直子『きつねの窓』を題材にしました。

 今回は基本的に先行研究を確認せずに感想や意見を出し合いました。全員で同時に『きつねの窓』を読み進め、疑問に思った箇所や気付いたこと気になることを随時挙げて議論します。
 はじめに、「窓」の光景を見せているのはきつねか、それとも主人公の猟師の心かと疑問が出されました。そもそも「窓」とは? なぜ不思議な光景が見えるのでしょう? 窓の構造も気になります。ここから作品全体の根本的な解釈の違いに議論が発展し、きつねが計画的に猟師に接近したのか、偶然の連続がきつねと猟師を引き合わせたのか、各々意見を出しました。さらに、きつねは最初から意図的に鉄砲を貰おうとしていたのだろうか?と疑問が湧き、果てはきつねが猟師(あるいは人間)に復讐したかったのではないかと考える人も……。
 また、主人公の子ども時代の家が「燃えて」失われたことに対して、引っかかる人と気にならない人で意見が割れました。単に火事だと受け取る人もいれば、空襲を連想する人もいます。本プロジェクトのメンバーの半数は留学生のため、文化的・歴史的背景を加味するかテクストの情報だけ読み取るかで解釈が異なる場合があり、今回は特に、火事から空襲を連想するか否かにその違いが見えました。

 青いききょうの花畑、きつねのそめもの屋、「窓」から見えた光景……淡く優しく少しさみしいこの作品は、いつ読んでも幻想的な世界を見せてくれる作品です。作品に対する様々な視点の意見を聞くことができ今回も有意義な時間になりました。この読みがきっとそれぞれの創作に活かされることでしょう。」

これが青い紙に書いてあったことのすべてです。それから、また何か降ってこないかと、ときどき空を見上げています。

<SF・ファンタジー小説の研究と創作プロジェクト>のN 

2019年7月9日火曜日

村田くん


 横浜のみなとみらいには、海に面している象の鼻パークと呼ばれる公園がある。
 僕はその公園に暮らしている村田だ。鳩である。
 ただの鳩だと思ってもらっては困る。白と茶色と桃色の珍しい鳩だ。僕を見た女子高生の言葉を借りれば、「バニラアイス、チョコレートアイス、ストロベリーアイス」みたいな色合いの鳩なのだ。僕を見かけた人間は、彼らの手のひらサイズの硬い板を僕にかざして、なにやらカシャカシャという音を立て、ピカピカという光を発してくる。彼らが言うには、写真というものをとっているらしい。
他にも鳩がいるのだが、その中でも僕は、ダントツで人間に人気がある。
確かに、他の鳩も子どもたちに追いかけられたり、はたまた、ベンチに座っているおじいさんからパンくずをもらったりしている。でも、僕がその近くにやって来ると、もう人間たちは彼らに対する関心をなくしてしまう。そして僕の方に例の板をかざして、カシャカシャピカピカ写真をとったり、ベンチに座っているおじいさんはたくさん僕の方にパンくずを放ってくれる。子どもたちは「きれい、きれい」と言って僕を追いかけてくる。
僕は人気ものなのだ、人間には。
正直言って、僕は同じ鳩にはまったくモテない。同じ公園に暮らしている、同じく鳩の杉田くんには付き合っている彼女がいて、よく船につながっている鎖の上にとまってデートをしている。「村田くんも早く彼女を作ればいいのに」と先週杉田くんに言われた時、僕は思わず頭にきてしまった。あれから杉田くんとは口をきいていない。「杉田も悪気はなかったんだよ」と、赤いレンガの建物の側にある木に暮らしている、同じく鳩の藤田くんは言うが、そんなこと僕にはわかっている。でも、作ろうと思ってできるものなら、僕はもうとっくに彼女がいるはずなのだ。杉田くんはわかっていない。本当に無神経だ。
そんなことを思いながら、僕はトボトボ公園を歩いていた。最近は雨が降り通しで、公園は人がまばらだった。本当に退屈だ。でも晴れたら晴れたで、杉田くんと彼女がデートをしているところに鉢合わせたり、人間に絡まれたりして、煩わしいだけかもしれない。
僕がむしゃくしゃしながら。公園を歩いていると、ふと、あるベンチにポツリと人間の男が1人、座っているのが見えた。こんな雨の日に、何もかぶったりもせず、傘っていうものもささず、びしょ濡れのベンチに座っている。どうしたんだろう。僕は鳩だから、雨が降ろうが、傘なんてささなくても平気だけど、人間は雨に濡れないように、いつも必ずかぶりものをしたり、傘をさしたりしていた。でも、その人間はただ雨に濡れながら、ベンチに座って項垂れていた。雨の日でただでさえ人がまばらなのに、その人間の周りにはまったく人がいなかった。
僕はチョンチョンと歩いて、その人間に近づいた。足もとまで行っても、その人間は僕に気がついた様子を見せなかった。僕はさらに近づいて、その人間の足の間のすき間に頭を差し込み、そっと覗きこむ。すると暗い表情をしたその人間の顔が見えた。僕もその人間も目が合うと、ハッとして固まった。僕は、次の瞬間にはその足もとから離れ、その人間はガバッと顔を上げた。
「お、お前」その人間は声をうわずらせて、そう言った。僕をじろじろと見ている。
「な、なんだよ」と僕は応じた。でもこの人間からしたら「ク、クルックー」としか聞こえなかったかもしれないけれど。
そして僕も、この人間をじろじろと見た。雨の日の公園で1人の人間と1匹の鳩がじろじろとお互いを観察し合っている。かなりシュールな状況だ。
 こんな状況の中、僕はあることに気がついた。
 僕はこいつを見たことがあるぞ。そう僕が思ったのとほぼ同時に、この人間は「あの時の凶暴な鳩か」と言った。どういう覚え方をしていたのか知らないが、どうやらこいつも僕のことを覚えていたらしい。
この人間はこの前の夏に、確か、彼女連れでこの公園に来ていた男だった。別に人間のカップルが来るのは珍しいことではない。むしろ赤いレンガの建物へと向かって、ゾロゾロと年がら年中この公園を通り抜けていた。カップルは鳩だろうが、人間だろうが、ベタベタと暑苦しい。僕は別に妬んじゃいないが、見ているとどうしようもなくむしゃくしゃしてしまうので嫌いだった。1度翼でひっぱたいてやろうと、1組のカップルに飛びかかったことがあるが、あえなく撃退されてしまった。その時、彼女を背にかばい、僕を叩いて追い払った人間、それが目の前にいるこいつだった。撃退された時、僕はあまりに頭にきたので、「次会ったら覚えとけよ!」と思いながら、その場を飛び去ったことを覚えている。
「お前、まだここにいたのか」と少しの間を空けて、その男は僕に声をかけた。ここにいるも何も、この公園は僕の住処なのだが。僕が首を傾げていると、再び男は口を開いた。「それとも、ここに住んでいるのか?」僕が「クルッポー」と鳴くと、男は笑った。その表情は弱々しく、雨に濡れているためか、泣いているように僕には見えた。
「あの時は、直子も一緒だったな」男はそう言った途端、すぐにその顔から笑顔を消した。そして僕から顔を逸らして、どんよりとした空と同じくらい、暗く重たい色をした海を見つめた。僕は何となく、「直子」というのが前にこいつと一緒に来ていた、こいつの彼女のことだろうな、と思った。
「直子にはもう、会えないんだ」僕が黙っていると、男はポツリとそう呟いた。それは僕に話しているというよりも、ひとり言を話しているように感じられた。「俺、さびしくてさ。今日も何かをする気にはなれなくて。大学も休講だし、ここに来たんだ。前に直子と一緒に来たところだったから」と、そう言う男の声は震えていた。
まだ雨は降り続いている。男の頭の上からつま先にかけて、何度も何度も、濡らしに濡らしている。まるで何回も何回も、この男を泣かせているように思えた。僕は雨に濡れることは全然気にならないが、今は何となく、早く雨がやんでくれないかなあ、と思った。もう男も口を閉じてしまって、ただじっと黙って海の方を見つめている。僕も「クルックー」とも「クルッポー」とも鳴かなかった。
どのくらい、時間が経ったのかはわからない。だけど、雨も次第に弱まってきた。そして僕らから見て、海の向こうの方の空に、雲の切れ間が見えてくると、男はベンチから立ちあがった。「もう帰るよ」そう言って、男は僕の方に目をやると、「お前にまた会えてよかった。直子のこと、思い出せたし。前は何だこいつって思ったけどさ。話、聞いてくれてありがとうな」と言った。そして笑ったその男の顔は、まだ弱々しかったけれど、僕には少しだけ、穏やかなものになっているように見えた。
男が去った後、僕はまだベンチの傍で立ち尽くしたまま、海の向こうの雲の切れ間を見つめていた。
雨はまだやまない。だけどあの雲の切れ間がどんどん広がっていけば、きっと太陽が見えるだろう。
雨がやんだら、太陽が見えたら、あの男はまた笑えるだろうか。
そうだといいなあ、と思いながら、僕はベンチに飛び乗った。そしてじっと雲の切れ間が広がっていく様子を眺めていた。

終わり


     鳥飼律子 
※青い字で書かれた氏名はペンネームです。