私は不思議な話を探していました。しかし、図書館を探してみても、本屋さんを探してみても、ピンとくるものがありません。どうしたものかと頭を抱えながら、先週、大学内の森の中をぶらぶらと散歩をしていました。それは夕暮れの時のことでした。人はまばらで、ましてや森の中には人の気配すら感じられません。私はますます考え事にのめり込みました。あまりに没頭していたためか、突然私の左側の茂みから、烏の鳴き声が聞こえた時、思わずびっくりして立ち止まりました。それと同時にバサバサという羽音が左右どちらからも聞こえ、頭上の木の枝が揺らされる音が響きました。
私はすっかり怯えてしまい、辺りをキョロキョロ見まわしました。そして目の前に見知らぬ女の人が佇んでいることに気づき、ハッと息を呑みました。先ほどまで誰もいなかったはずなのに。その人は7月だというのに、黒い厚手のコートを羽織っていました。真っ黒な長い髪、青白い肌。不自然なほどに大きな目。真っ黒なその目には光がありません。そして、下は黒いタイツに包まれた足を冬用のスノーブーツの中に突っ込んでいました。私はとっさに逃げようと思いましたが、体が上手く動きません。「あなた、不思議な話が読みたいんでしょう?」女の人はそういうと、動けない私にどんどんと近づいて来ました。そして私の目の前に来ると、一冊の本を差し出しました。「これ、読むといいわ」そう言って無理やり私の手にその本を押し付けると、くるりと背を向けて去っていきました。
こんにちは〈SF・ファンタジー小説の研究と創作プロジェクト〉です。今回このプロジェクトでは、前回に引き続きClose Readingを行いました。そして扱った作品は、ウォルター・デ・ラ・メアという20世紀のイギリスの小説家・詩人のもので、『なぞなぞ』という名前の作品です。ストーリーを簡単にご説明いたしますと、おばあさまの家で暮らすことになった7人の子どもたちが、近づいてはいけないと言われていた木のひつの中へと次々に消えていき、最後には子ども全員が消えていなくなってしまう、と言うものです。
この話を見ていくうちに、子どもたちを引き取ったおばあさんのどこか不気味な行動が注目されました。おばあさんは子どもたちに優しく、針箱や、ジャックナイフ、まりなどをそれぞれに贈ります。しかしよくよく考えてみると、まりはともかくとしても、針箱やジャックナイフなど、どこか危険なものであり、子どもに与えるのにあまりふさわしくないものではないでしょうか。そして子どもたちに「家のどこで遊んでもかまわないが、大きな予備の寝室にある、木のひつにだけは近づかないように」と強く言い含めます。ここまで読むと、7人の子どもたちや、行ってはいけない禁令の要素などが、昔話を彷彿させます。そう考えると上記のジャックナイフなども、孤立的な道具として、後で何かしらに使われるのではないでしょうか。しかし、残念ながら、それらの道具は子どもたちに手渡された後、一度も姿を見せることは無いのです。さらに、最初に1人の子が消えた後、おばあさんは「じゃあ、あの子はとうぶん、いったきりになるんだろうねえ」(デ・ラ・メア、166)、そして残された子どもたちに再度「絶対にあのひつに近寄るな」と言うのです。これらの謎めいたおばあさんの言動は不気味であり、恐ろしささえ感じられます。このことについて「作者が不穏なものを見せて読者を誘導し、あやしさを強化・強調していっている」という指摘がありました。確かに話を読み進めていくたび、不穏さや不気味さが増していっている気がします。また「おばあさんの不自然な様子を増していくことで、不思議な世界へと入りやすくしている」との指摘もありました。もう1人の子どもが消えると、おばあさんは「あの子たちはいつか、おまえたちのところに帰ってくるかもしれないよ」(デ・ラ・メア、167)、「あるいは、おまえたちがあの子たちのところへいくことになるのかもしれない」(デ・ラ・メア、167)などと、謎めいたことを言います。また、残された子どもたちに木のひつのところへと行かないように言うのですが、このときは言いつけを「できるだけ守るんですよ」(デ・ラ・メア、167)と言い、前よりも強制力が低いニュアンスで子どもたちに言いつけています。
このおばあさんは意図的に子どもたちを誘導しているのだ、とする意見や、おばあさんは彼らがどうなったかは知っているが誘導しているわけではない、という意見、または安房直子さんの話に似たような人さらいの話があったことを思い出し、それが木の精であったことから、このおばあさんは木の精ではないだろうか、という意見もありました。
このおばあさんは何者なのか、子どもたちはどうなってしまったのか。物語が進んでいくうちに謎はどんどん増えていきます。それが最後には明かされるだろうという期待を持ちながら、意見を交わしていきましたが…結局子どもたちは全員消え、おばあさんが何者か明かされることも、子どもたちがどこへ消えたのかも明かされることはなく、この物語は幕を閉じるのでした。
この結末は謎が謎のまま終わってしまい、あとは読者が考えるというようなオープンエンドの形式をとっています。すっきりしない終わり方に、「これは話になっていない」と言う意見も出ました。また、「ファンタジーは謎を解いた形で終わらせるか、謎を謎のままにしておくかは作者によりけりである」という意見がありました。ちなみにメンバーの中では謎をすっきり解いてしまう終わり方の方が良いとする方の方が多かったです。しかし、私は何とも言えない不気味で不思議な気分を味わえますので、こういった謎が多く残る物語も好きです。皆さんはどちらの方がお好みでしょうか。
私は謎の女の人に手渡された本の1編をClose Readingに用いました。そしてこの本が大学図書館のものであることを、本についているバーコードで確認しました。あの人が一体どこの誰なのか。私には皆目見当がつきません。しかし図書館のものである以上、返さなくてはなりません。しかし、この本は直接私が借りたものではない。借りたものを手渡されたのです。これは図書館の利用上ルール違反です。あの女の人が見つかれば、すぐに手渡すつもりでしたが、私にはその人をどうすれば探し出せるのかわかりませんでした。
仕方なく、私は図書館へと向かい、ドキドキしながら本を差し出しました。問いただされたら、しっかりと事情を説明するつもりだったのです。しかし、意外にも受付の人は普通に応対し、返却処理を施そうとしました。私はびっくりして思わず、受付の人を呼び止め、事情を焦って伝えました。「え?いや、そんなはずは…」受付の女性は驚いたように私とパソコンの画面のデータを見比べていました。「ここにはちゃんとデータが残っていますよ」そう言って、その画面を見るように私を促したのです。
果たしてそこにはしっかりとその本の貸し出し記録が残されていました。学生証には写真がついていますので、仮にあの女の人が私の学生証を勝手に使って借りようとしても、止められていたことでしょう。それにあの時が初対面でしたのに、どうやって私の学生証を奪えるのでしょうか。本の裏についていた返却日時から逆算すると、その1ヵ月前に借りていたということになります。そうすると、どう考えても、私があの女の人に出会うずっと前に借りられていたことになるのです。
「あの…」受付の女性は、明らかに不審そうに私を見やりました。何か胡散臭いものを見るような眼差しです。「あ、あの…勘違いでした……私が、借りていました。すみません…ちょっとぼーっとしていて…」私はそう言うしかありませんでした。
あの女の人は何者だったのか。どうしてあの本を私に渡してくれたのか。幽霊だったのか、幻だったのか…今でも私には分かりません。そしてあれ以来、その女の人を見かけることはありませんでした。
<SF・ファンタジー小説の研究と創作プロジェクト>のA
参考文献
デ・ラ・メア、ウォルター「なぞなぞ」、『デ・ラ・メア物語集2』、マクワガ葉子訳(大日本図書株式会社、1997)、p163-170