2019年7月12日金曜日

こんなところに巌谷小波


雑誌『みづゑ』は、1905(明治38)年に水彩画家の大下藤次郎(1870-1911)によって創刊された、月刊の美術専門誌である。
水彩画初心者のために、絵の具や紙の選び方から懇切丁寧に手ほどきをしてくれる雑誌で、風景写生の友として、いつも持ち歩きたくなるような、小ぶりのサイズが可愛らしい。毎号の口絵は葉書くらい(現在の官製はがきよりやや小さめ)。狭い部屋にさりげなく飾れそうだ。また、写生旅行にまつわるエッセイは、時にはユーモアをこめて綴られ、紀行文としても読めるところが面白い。調べ物の目的を忘れ、つい、図書館の閉館直前まで読み耽ってしまう雑誌なのだ。

この雑誌の創刊号によれば、編集人である大下藤次郎は、毎月第四日曜日午後一時から、小石川の自宅で「絵葉書競技会」を開いていた。課題に応じた作品を出品して意匠や技術を競うほか、課題外の絵葉書は出品数に応じて出品者同士で交換していたようだ(『みづゑ』創刊号、19057月の「絵葉書競技会規定」より)。1900(明治33)年に私製葉書の発行が許可されてから5年。雑誌付録の絵葉書も含め、絵葉書収集熱が高まっていた頃のことである。学び、描く。手に入れて楽しむ。交流する。なんだかすごく楽しそうな雑誌だ。

ところで、同じく創刊号の「絵ハガキ競技会記事」(16ページ)に、次のようなことが書かれている。

客員巌谷小波氏の「定齊」は投票済みて後着せしが、意匠として奇抜のものなりき。

 こんなところに巌谷小波が。客員だったのか。しかも、「意匠として奇抜」などと評されている。これは気になる。

この会について、巌谷小波は何か日記に書いているだろうか。
そんなわけで、この日は早めにセンターに戻り、『児童文化研究センター 研究論文集22』の寄稿「巌谷小波日記 翻刻と注釈」を開いてみた。「画葉書」という気になる単語がちらほら見られる。これは、『みづゑ』関連のものなのだろうか。

…だが残念ながら、最新号の小波日記は「明治三十八年(一月~四月)」のものだった。『みづゑ』で紹介された絵葉書競技会は521日。巌谷小波はこの日の競技会のことを、日記に書いているのだろうか。

『みづゑ』で紹介されている、明治38521日に開催した競技会は12回目の会だという。『研究論文集23』発行まであと7ヵ月半ほどある。それまでに、バックナンバーに「絵葉書競技会」関連の記載がなかったかどうか、見直しておこう。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

※旧漢字は新漢字に置き換えて書いています。 

参考URL http://mizue.bookarchive.jp/index.html 
(東京文化財研究所所蔵資料アーカイブズ みづゑ)

この記事を書くにあたって、オンライン資料である「東京文化財研究所所蔵資料アーカイブズ みづゑ」も参考にした。東京文化財研究所と国立情報学研究所の共同研究によって構築されたアーカイブで、創刊号から90号までを公開している。現物を閲覧するときは古くなったページが「パリッ」と音を立てるたびに心臓が止まりそうになるものだが、オンラインではその心配はない。忙しくて図書館に行けないときや、安らかに読みたいときには、このアーカイブを使ってみたいと思っている。