2019年7月11日木曜日

『きつねの窓』に入り込む     −Close Reading−


 ぼくはその日、図書館へ行くところでした。歩きなれた道を、次の授業のことなんかを考えながらぼんやり歩いていたのです。ふいに明るくなったように思えて空を見上げると、一枚の青い紙がはらはらと落ちてきました。

 「こんにちは、はじめまして。<SF・ファンタジー小説の研究と創作プロジェクト>です。私たちが毎週開催しているプロジェクトの様子を少し紹介したいと思います。
 私たちはSF・ファンタジー作品を書いていますが、創作のためには既存の作品を分析・考察することも大切です。そこで、7月5日のプロジェクトでClose Readingをしました。
 Close Readingでは作品を一文一文、一語一語じっくり追って、言葉の意味や役割を読み解きます。この読み方により、さらっと読むだけでは素通りしがちな表現や引っかかりを見つけ出すこともできます。また、複数人でClose Readingを行うことで、個人で読んだ際に気付かなかった点にも目が向きました。微細な言葉のニュアンスから作品全体の構造まで、メンバーからの指摘で初めて気が付いたことが多々あります。言葉の意図・時制・時代背景など、注目するポイントはそれぞれ異なり、同じテキストを読んでも感想は千差万別。Close Reading1回目である今回は、安房直子『きつねの窓』を題材にしました。

 今回は基本的に先行研究を確認せずに感想や意見を出し合いました。全員で同時に『きつねの窓』を読み進め、疑問に思った箇所や気付いたこと気になることを随時挙げて議論します。
 はじめに、「窓」の光景を見せているのはきつねか、それとも主人公の猟師の心かと疑問が出されました。そもそも「窓」とは? なぜ不思議な光景が見えるのでしょう? 窓の構造も気になります。ここから作品全体の根本的な解釈の違いに議論が発展し、きつねが計画的に猟師に接近したのか、偶然の連続がきつねと猟師を引き合わせたのか、各々意見を出しました。さらに、きつねは最初から意図的に鉄砲を貰おうとしていたのだろうか?と疑問が湧き、果てはきつねが猟師(あるいは人間)に復讐したかったのではないかと考える人も……。
 また、主人公の子ども時代の家が「燃えて」失われたことに対して、引っかかる人と気にならない人で意見が割れました。単に火事だと受け取る人もいれば、空襲を連想する人もいます。本プロジェクトのメンバーの半数は留学生のため、文化的・歴史的背景を加味するかテクストの情報だけ読み取るかで解釈が異なる場合があり、今回は特に、火事から空襲を連想するか否かにその違いが見えました。

 青いききょうの花畑、きつねのそめもの屋、「窓」から見えた光景……淡く優しく少しさみしいこの作品は、いつ読んでも幻想的な世界を見せてくれる作品です。作品に対する様々な視点の意見を聞くことができ今回も有意義な時間になりました。この読みがきっとそれぞれの創作に活かされることでしょう。」

これが青い紙に書いてあったことのすべてです。それから、また何か降ってこないかと、ときどき空を見上げています。

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