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2024年10月11日金曜日

熊沢健児の密かな自慢

サイン、いただきました。

夏休みも何だかんだ忙しかったが、トークイベント「武井武雄のネットワーク」(目黒区美術館ワークショップ室、2024年8月24日)には、頑張って行ってきた。

民藝運動の周辺(アウト・オブ・民藝)から見た人々の繋がりを、童画家、武井武雄を中心にひもとく対談。講師はデザイナーの軸原ヨウスケさんと美術家の中村裕太さんのお二人である。

児童文化研究をしている以上、外せない展覧会である上に、『アウト・オブ・民藝』(誠光社、2019年 ※)の著者が武井武雄について語るとは…! これは、聴きにいかねばなるまい。他の予定(これも私にとっては重要なものだったが)をキャンセルして目黒川を渡り、美術館へ向かった。このトークイベントは、目黒区美術館で開催された企画展「生誕130年 武井武雄展 ~幻想の世界へようこそ~」(会期:7月6日~8月25日)の関連イベントである。アウト・オブ・民藝と言えばやはり人物同士の相関図だが、壁に掲げられた人物相関図パネルは、武井武雄を中心に人々の繋がりの糸が張られた巨大な蜘蛛の巣のようだった。意外な関係や納得の繋がりを見つけることができて、かなりの長時間、楽しく眺めることができる、非常に興味深い蜘蛛の巣なのである。縮小版の相関図はハンドアウトになっており、観覧者は自由に手に取り、持ち帰ることができた。美術館の外(アウト・オブ・美術館…!)でも気軽に復習することができるし、小さくたたんでポシェットにしまっておけば、気になったときにちょっと広げて確かめることができる。

トークイベントは面白く、刺激的であるだけでなく、人物同士の「仲良し」が根底にあって、それらの人間関係をもとに数珠つなぎに話が進んでいくため、聴いていて何となく心が温まる(友達って、いいな…)。

イベント終了後は、話題になった資料を見せていただける時間(なんと太っ腹な!)。資料を見ながらお二人に話しかけることのできるタイミングをうかがい、そして——

「あ、あの…サインください!」

 差し出したのは、2022年発行の『アウト・オブ・民藝 ロマンチックなまなざし』(軸原氏・中村氏の共著、誠光社)。予習のために買って読んでおいた小さな冊子である。この冊子では、蜘蛛の巣状の相関図ではなく、ある日・ある所で出会ったふたりという、個人と個人の関係性に注目し、想像力によって史実をドラマへと復元しようとする。このように「ロマンチックな想像力を膨らませること」(p.5 中村氏「はじめに」より)は、我々学問の徒には許されていないことだが、というより、許されていないからこそ大事にしたい。

ところで、軸原氏・中村氏は快くこの本にサインをくださった。表題紙に並ぶふたつのこけしのサインである。こけしの枠をえがいてくださったのは軸原氏。眼鏡をかけた中村氏のこけしは、ちょっとよそ見をしている。

 ※※

どちらのこけしも、ご本人に似ているようで似ていないところが可愛らしい。ありがとうございます。大事にします。


註

※よろしければ、過去の記事「熊沢健児のお気に入り本」(2019.12.5)をご参照ください。熊沢は軸原氏・中村氏の隠れファンです。

※※熊沢が持っているのは、サイン入りの『アウト・オブ・民藝 ロマンチックなまなざし』です。素敵な表紙図案を手がけられたのは、安藤隆一郎氏。造本は軸原氏が担当しています。

2024年6月21日金曜日

熊沢健児の気になる展覧会

「ひとはなぜ“ひとがた”をつくるのか」

 横浜人形の家で6月30日(日)まで開催される「ひとはなぜ“ひとがた”をつくるのか」展、皆様はもう観に行かれただろうか。人形文化を専門とする菊地浩平先生(児童文化学科・准教授)がこの企画展に参加し、アクリルスタンドの展示(!)で参加しているので、興味を持たれた方は多いと思う。私も先日、行ってきた。

 人のフォルム(かたち、形状)の多様性に注目したというこの企画展は、展示物の多様さだけでなく、キャプションを担当する専門家の顔ぶれの多様さも印象的だった。

 この企画展は大きく分けて4つのパートで構成されており、第1のパートでは海外も含めた先史時代のごく古い時代の女性小像から、縄文時代、古墳時代、平安・江戸・昭和、そして現代につながる創作人形へ、というふうに、時代ごとの人形(ひとがた/にんぎょう)の移り変わりを見て学ぶことができる。

 また、この第1のパートの、アフリカやニューギニアなどの人形(こちらは、現代の人形)が展示されたコーナーでは、横浜人形の家の収蔵品の成り立ちにも触れられており、この美術館そのものについても、少しだが知ることができた。

 菊地先生の担当は現代。「いま・ここのひとがた」というコーナーに、顔写真入りで解説文を寄せられている。

 場所を取らないことを身上とするアクスタならではの演出というべきか、まさにアクリルスタンドの如きコンパクトな展示コーナーだった。展示されていたのは、サイコスリラー映画に登場する恐怖のAI人形「ミーガン」のアクスタほか計4点…。ちょっと癖の強い展示物は、狭い場所に置かれていても、なんとも言えない凄みがあった(それにしても、面白いものばかり選んだなぁ)。

 第2から第4のパートは現代の作家(物故作家も含む)による作品が並ぶ。メインビジュアルとなっている土井典(どい のり)さんの人形も、もちろんここ。肉付きの見事な女性人形に圧倒された。

 そして、たぶんこの企画展で最も多くの空間と言葉を使って紹介されていたのではないかと思われるのが、やまなみ工房と嬉々!!CREATIVEの作家さんたちの作品である。

 アクリルスタンドを堂々と展示している点からもお察しいただけるかと思うが、この企画展における「ひとがた」には、紙の上に描いた平面の「ひとがた」も含まれている。いや、それどころか、人のかたちをしていない「ひとがた」もある。たとえば、やまなみ工房に暮す酒井美穂子さんの展示物は、展示室の一角の壁にびっしりと並べ置かれた「サッポロ一番しょうゆ味」(袋入り)。食べるのではなく、パッケージの上から親指で擦り、音を立て、見つめるのだそうだ。

 彼女の展示コーナーでは、映像も一緒に流されており、親指でサッポロ一番しょうゆ味を擦っている音も聴くことができる。しばらくの間、私も一緒にサッポロ一番しょうゆ味を見つめてみた。なぜ、サッポロ一番しょうゆ味なのかは分からない。分からないということも含め、美穂子さんという「人」の存在を意識し、感じることのできる、豊かな時間だった。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)


2024年6月20日木曜日

熊沢健児の気になる展覧会

ついに…ついに、念願だった苺パフェを食べることができた!

 東京都写真美術館のカフェ「フロムトップ」の苺パフェ、ずっと気になっていたのだ…。

 夏に食べた無花果と葡萄のパフェもとても美味しかったが、春頃から提供される苺パフェのことは、2年前から気になっていた。

 エディブルフラワー(食用花)をあしらった愛らしいパフェ本体に、お好みで温かなチャイや黒胡椒をかけて食べる。甘さを控え、お茶の苦みやスパイスの香りを活かしたパフェなのである。頑張って早起きして来た甲斐があった。


 この日の目的は映画鑑賞だったのだが、児童文学に携わる者としてはちょっと気になる展覧会も開催中である。コレクション展「TOPコレクション〈時間旅行 千二百箇月の過去とかんずる方角から〉」である。会期は7月7日まで。

 自慢するわけではないが、私はもうずっと前に観た。

 今からちょうど100年前の1924年に刊行された宮澤賢治の詩集『春と修羅』に触発された展示である。第一室から第五室まで、たっぷりと時間旅行をしてきたが、特に印象的だったのは、『LIFE』や『アサヒカメラ』といった雑誌のバックナンバーも一緒に展示されていたこと。それぞれが出版された時期の世相を、場合によっては写真以上に反映しているのである。写真と雑誌が一緒に展示されることで、より時間旅行っぽい鑑賞ができて面白かった。

 このコレクション展が行なわれているのは3階展示室で、4階には図書室がある。この図書室も面白い。開催中の展覧会と連動した関連図書コーナーを用意してくれているのである。東京都写真美術館のwebサイトでブックリストを入手することもできるが、現物を一気見できる喜びは、何ものにも代えがたいものである。

 そうそう、帰り際に、開催予定の企画展のチラシを手に入れた。


いわいとしお×東京都写真美術館

光と動きの100かいだてのいえ

―19世紀の映像装置とメディアアートをつなぐ


 夏休みの子どもたちをターゲットにした展示らしく、親子向けや子ども向けのワークショップも予定されている。会期は7月30日(火)~11月3日(日)。

 チラシに印刷された過去の展示風景の数々を見た感じでは、メディアアート縁日とでも言いたくなるような、楽しそうな雰囲気である。…梅雨入りもまだなのに、夏休みが待ち遠しくなってしまった。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)


〈熊沢健児プロフィール〉

 センター入り口で、皆様をお出迎えするテディベア。

 児童文化研究センターに住み込みで働いており、空き時間を利用して、ブログへの執筆協力をしている。ブログの記事は主に、展覧会・書籍・映画の感想。猫村たたみ(三文庫の守り猫)とタッグを組み、書評コンクールのコメンテーターなども務めている。

2024年2月15日木曜日

熊沢健児の呟き

 2月5日の大雪から一転して、すっかり季節は春である。文人石の後ろが雪で白くなっていたことも、池に氷が張っていたことも、まるで嘘のようだ。

2024年2月7日撮影
雪がまだ残っていた頃

2024年2月7日撮影
氷の張った池に、鴨がやって来た

 寒さは身体にこたえるが、家にこもって過ごす分、前から気になっていた映画や、シリーズものの映像作品を鑑賞するには適している。元来、アニメーション作品をあまり観てこなかった私だが、先日、『進撃の巨人』のアニメ版(本編)をコンプリートした。面白かった…!
 研究仲間から借りてきたOADで、スピンオフ作品も3種類ほど確認することができた。この感動を燃料として、今年は去年より、アダプテーション研究を頑張れるだろうか(コミックも、読まなくっちゃ)。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)



2024年2月15日撮影
梅が咲きました

2022年10月28日金曜日

吉祥草と熊沢健児

 

曇り空のもと、熊沢健児氏がキャンパス内でピクニックをしています。



「今年も吉祥草(キチジョウソウ)が咲いたんだよ」と、熊沢氏。


熊沢氏が示す先には、咲き始めたばかりの可憐な花がありました。


目が慣れてくると、いくつもの花を見つけることができました。


※熊沢氏がピクニックシートの代わりに使っていたキッチンペーパーは、センターに戻った後、床のお掃除に再利用されました。

2022年10月13日木曜日

熊沢健児の気になる企画展

「堀内誠一 絵の世界」展

 生誕90年を記念して、今年から来年にかけて堀内誠一さん(1932-1987)の回顧展が全国を巡回している。私は、7月30日から9月25日までを会期とする、神奈川近代文学館での展示に行ってきた。

 享年54歳と、とても早くに亡くなってしまった堀内さん。社会に出たのは14歳の頃とのこと。展示物を子どもの頃のものから順に見ていくと、敗戦直後の日本の貧しさや、そのために短くなったのであろう子ども時代について、自然と考えさせられてしまう。だから少し切なくもなるのだけれど、絵本原画の明るくて濁りのない色合いや、子どもの成長に等身大で寄り添ってくれるような登場人物(キャラクター)たちの絵姿を見ていると、切なさよりも、個人が自立して生きることの嬉しさや、希望の方へと、意識が向いていく。

 堀内さんは若い頃から才能を発揮していたため、デザインやアートディレクション、そして絵本などの仕事をしていた期間は想像していたより長く、仕事の内容もとても濃い。文学者との交流にも焦点を当てたという本展では、堀内さんの筆まめな一面も垣間見ることができて面白かった。パリに住んでいたころに様々な人に送ったという、絵入りの手紙がチャーミングなのである。

そして、旅のこと。今回の展示を見て、私は図録を買わずに『GUIDE an・an パリからの旅 パリとフランスの町々』(マガジンハウス、1990年)を買ってしまった。絵だけでなく、旅に関わる展示物もとても魅力的な企画展だったのだが、地図やスケッチなどへのこまやかな書き込みは、会期終了間際のお客さんの多い展示室ではとてもではないが読み切れなかった。

正直、ちょっと読みにくいけれど、あの手書き文字の中に、異なる文化圏で暮らし、旅を楽しむための知恵が詰まっているような気がした。読み切れないままに家に帰るのはもったいなくて、ガイドブックとしてまとまった旅の記録を、手元に置いておきたくなったのだ。おおよそB5サイズの、200ページを越えるどっしりとしたガイドブックである。旅行のお供にしても良いのだが、この本自体が面白い読み物であるため、繰り返し熟読したくなる。実際に現地に行ってみる頃には、ここに書いてあることはだいたい覚えてしまっているだろう。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

 

【展覧会情報】

「堀内誠一 絵の世界」展

会場:神奈川近代文学館

主催:県立神奈川近代文学館、公益財団法人神奈川文学振興会

会期:2022年7月30日(土)-9月25日(日)


2022年10月6日木曜日

熊沢健児の気になる展覧会

黒いテーブル

会期終了直前にどうにか間に合い、「原弘と造形:1920年代の新興美術運動から」展を観てくることができた。展示物を置くテーブルの、黒い天板が印象的な展示だった。印刷物など紙のものが多かったので、テーブルが黒いと展示物がよく映える。そのほかにも、本を見やすく展示する工夫がたくさんあって、ただただ感嘆しながら順路を辿ったのだった。

原弘(はら ひろむ 1903-1986)は一時期、光吉文庫のもとの持ち主である光吉夏弥(1904-1989)と一緒に仕事をしていた。今年3月の沼辺信一氏講演会でロシア絵本コレクターとして言及された原は、20世紀の日本を代表するデザイナーの一人として知られている。

この展覧会では習作期の図案作品(「習作期」と言っても、そつのない図案ばかりが並んでいて溜息が出る)から戦時中の対外文化宣伝・対外軍事宣伝の仕事までを中心としており、戦後の作品については装丁の仕事を少しだけ見ることができた。

原は1918年に東京府立工芸学校に入学し、平版科で印刷技術を学ぶなかで(※1)、海外の最新のグラフィック・デザイン(※2)を摂取していく。1919年にはドイツでバウハウスが創設されていたし、この時代に印刷技術の研究を通じて海外のデザインを学ぶことは、刺激的で面白かったに違いない。また、未来派、ダダ、構成主義といった海外の最新の動向を受けて日本で展開された新興美術運動に、原も一時期加わっていたことを、この展示を通じて知ることができた。

展示物で特に印象に残ったのは、『ひろ・はら石版図案集』(1926年)と『原弘石版図案集 Nr.Ⅱ』(1927年)という2冊の図案集。『ひろ・はら石版図案集』には、ワルワーラ・ブブノワから称賛されたという《石版術の始祖アロイス・ゼネフエルダー氏への感謝》(1925年、リトグラフ、26×19cm)が収録されている。原は卒業すると同時に助手として母校の教育に携わるようになり、この2冊の図案集も石版実習のためにまとめられたそうだ。先鋭的な美術運動に参加しながらも教育者として必要なバランス感覚は常に持っていたことがうかがわれ、興味深かった。

 原弘は名取洋之助(1910-1962)らの日本工房(第一次)に参加し、日本工房を離れた後も海外に向けて日本の文化などを紹介する雑誌のアートディレクションを担った。インパクトのある表紙や誌面が目を引く。だが、原の前半生において最も充実していると言っても良さそうな素晴らしい仕事が、戦争に直結するものだったということを、どう受け止めればよいのだろうか? さまざまな試みを重ねて表現がこなれていくのと全く軌を一にして、太平洋戦争の勃発と戦況の悪化が続いているのが、展示物から読み取れる。そして、その先には、戦後の活躍と名声がある。うーん、これは一筋縄ではいかないぞ。そんなことを思いながら、黒いテーブルに美しく並ぶ雑誌を眺めていたのであった。

 

註

1 当時はリトグラフの方法を応用したオフセット印刷が最新の印刷技術だったとのこと。

2 まだこの呼び方は日本では一般的ではなかったけれど、ともかく今で言うところの「グラフィック・デザイン」に相当するもの。

 

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

本を立てて展示する、あの三角の板に棒を付けたやつ…ボール紙でなんとか手作りできないものだろうか…と思案する熊沢健児氏











【作品情報等の出典について】

このテキストを作成するにあたり、同展覧会の図録を参照しました。

西村碧・大野智世『原弘と造形:1920年代の新興美術運動から』武蔵野美術大学 美術館・図書館、2022年

 

【展覧会情報】

「原弘と造形:1920年代の新興美術運動から」展

会場:武蔵野美術大学 美術展示室3

主催:武蔵野美術大学 美術館・図書館

会期:2022年7月11日(月)-8月14日(日)、9月5日(月)-10月2日(日)

2022年7月7日木曜日

熊沢健児の読書日記②

デヴィッド・ウィーズナー『かようびのよる』当麻ゆか訳、福武書店、1992年

むかし住んでいた家の近くの池に、ヒキガエルが住んでいた。毎年6月になると、尻尾が取れて蛙の形になったばかりの、豆粒みたいな蛙たちが(喩えるなら、ハエトリグモくらいのサイズだった)、一斉に移動を始める。

近くに水辺なんてなかったけれど、とにかく彼らは池を出て、みな一様にひとつの方角を目指し、舗装路の上に小さな跳躍を重ねて進んでいった。どこか、ここではないどこかへ。道半ばにして事故に遭った蛙たちが、路上にぽつぽつとダークグレーの染みとなっているのは見かけたが、彼らが結局どこに行ったのかは、分からずじまいだった。

『かようびのよる』のページを繰りながら、私はあの6月の蛙たちのことを思った(あの子たちはまだ小さかったから、きっと、みんな…)。彼らも、この絵本に登場する蛙たちくらい大きくて、大胆で、睡蓮の葉に乗っていたらよかったのに。絵本の蛙たちが活き活きとしていればしているほど、悲しくなった。

絵本の最後のページを閉じてからもしばらくの間、考えてしまったのだった。


熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

2021年12月3日金曜日

クリスマスツリーと熊沢健児

 いつもセンター入り口のミニ展示にて皆様をお迎えしている、熊沢健児氏(ぬいぐるみ・名誉研究員)が、昨日のアドベントの集いに参加しました。以下は、熊沢氏から送られた写真画像です。


アドベントの集いの後も、しばらくの間、
キャンドルが灯されていました。
温かく揺らぐ炎に引き寄せられて、
スマートフォンのカメラを向ける人もちらほら。
(熊沢氏もそのひとりでした。)

夕方、あたりが暗くなると、クリスマス
ツリーは幻想的な雰囲気をまといます。
紅葉とのコントラストは、
今の時期ならではの楽しみです。

建物に入って、冷えた体を温める熊沢氏。
本館エントランスには、動物のぬいぐるみで
飾り付けたクリスマスツリーがあります。
写真は、カンガルー氏に挨拶しているところ。

カンガルー氏のポケットにインスパイアされ、
助手のコートのポケットに入ってみた熊沢氏。
意外と快適だったようで、ご満悦の様子です。



 

2021年10月8日金曜日

昨夜の地震(10月7日22時41分)は最大震度5強と大きかったですが、センター構成員の皆様のお住まいの地域はいかがでしたでしょうか。

児童文化研究センターはおかげさまでこれといった被害も見当たらず、感染対策をしつつ、通常通り開室しております。

交通機関の乱れなどもあり、落ち着かない朝を過ごされた方もいらっしゃることと存じます。皆様のご無事とご健康を心よりお祈りしております。

昨夜の地震を受けて、肩掛け鞄の中身を確認した熊沢健児。
災害に備え、日頃から水と羊羹(非常食)を持ち歩くことを決意。

P.S. 院生の皆さんは、ALSOKの安否確認メールが届いているかどうか、チェックしておきましょう。この週末は、非常時の避難先や連絡先、また、鞄の中身と食料品のストックなども確認してみませんか?

2021年7月9日金曜日

熊沢健児の読書日記①

2021年7月9日(金)曇り時々雨

『水の構図』を眺めながら…

4度目の緊急事態宣言発令が決まり、それなりの心づもりはしていたものの、やはり憂鬱な気分になるのはどうしようもない。北原白秋著・田中善徳写真『水の構図 水郷柳河写真集』(アルス、1943年、国立国会図書館デジタルコレクション)を眺めながら、ここではないどこか遠くに思いを馳せよう。


帰らなむ、いざ、鵲(かささぎ)

かの空や櫨(はじ)のたむろ、

待つらむぞ今一度(いまひとたび)。

(「帰去来」より)


首都圏で暮らしてきた私にとって、柳河は見知らぬ土地。白秋は「帰らなむ」と、望郷の思いをうたうが、はじめの写真―ページを繰ると現れる、川に面した倉の壁の写真―は、私には旅先の風景と同じである。

白秋が「殿の倉」で「揺るる水照(みでり)の/影はありつつ」とうたう「昼(ひる)鼠(ねずみ)」(水陽炎)。川面からの静かな照り返しを、そっと思い浮かべてみる。


   夕映

風のさき

黄なるカンナの群落に

舟棹(さ)しかへす

今はまぶしみ


本の中に印刷された写真を、さらに写真で撮ってアーカイブした画像だからなのかもしれないが、何が写っているのか判別しづらいものがたまにある。「夕映」に合わされた写真は、そんなひとつ。だが、無心に画面を見ていると、黒々とした木々のシルエットと、夏の雲がかかった空、木々と空とを写しているらしい川のおもて。おそらくそうしたものが写っている、ということが、見えてくる。

ちょっと変わっているのが、「関の素麺」と題する3枚の写真。そうめんを手で延べて作っている女性の後ろ姿が写った2枚と、延ばしたあとの、吊るして乾かされているそうめんが写った1枚。そうめんだけを写した写真の、繊細な曲線の重なりが印象的だ。絹糸にも見えるけれど、そうめんである。

白秋が亡くなったのは1942年。この『水の構図』が出版されたのは1943年である。没後の刊行であるが、詩と写真の組み合わせが新鮮だし、いつまでも飽きることなく見ていられる。純粋に、目を喜ばせてくれるのだ。読み終わったとき、閉じてしまうのがもったいないような気分になった。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

2021年4月22日木曜日

熊沢健児の気になる企画展


 ドローイングとドキュメント

 

 渋谷区立松涛美術館で開催中の、フランシス・ベーコンのドローイング展。この企画展には、どうしても行きたかった。

外出時にはアルコールスプレーや予備のマスク、除菌シートといった感染予防グッズで鞄がパンパンになってしまいがちだが、館内の滞在時間をできるだけ短くできるよう、予防グッズ以外の荷物は極力減らして出かけた。美術館のロッカーは狭いスペースに設置されていることが多いので、使うときに他の来館者に接近してしまうことがあるからだ。

このご時世に外出なんて…と思っていたし、実際、かなり気を遣いながらの鑑賞だったが、それでも好奇心には抗えない。

 

フランシス・ベーコン(1909-1992)というと、油彩画の中で極端に歪められた人の顔を思い浮かべるのだが、今回の展示物の中心は、ドローイングである。

展示室に入って最初に出会う、一連のドローイング「X アルバム」(1950年代後半~1960年代前半)は、紙の表と裏に油彩やコンテ、鉛筆やチョークなどを使って濃厚に描かれている。ものによっては、写真を切り貼りして配置した上に描き込む、重層的なドローイングもある。

油彩画との関連をうかがわせるモチーフを描いたドローイングは、制作過程を知る手がかりとなる。間近で見られて、幸せだった。

今回、展示されていた「ワーキング・ドキュメンツ」もまた、ドローイング作品の一種と呼べると思うのだが(松涛美術館ホームページで見たプレス・リリースには「関連資料」と記されていた)、雑誌や新聞などの印刷物を切り取ったもの、特に印刷された写真が多かったのだが、それら一つ一つの印象的なイメージの上に、ペイントしたりひっかき傷をつけたりした、大量の紙片を見ることができた。また、激しい描き込みの見られる蔵書も、展示されていた。ベーコンの描き込みによって、複製物であるはずの書籍が、この世にひとつしかないものへと変身させられていた。

ベーコンが描き込んだ写真は、スポーツのイメージが多かった。ゆがんだタイヤをいくつも描き加えられた自転車や、体の動きを外からなぞるように無数の線を描き加えられたボクサーなど、写されたものの姿態が喚起する動きの印象を素直に(あるいは、諧謔的に)手でなぞっている、そんな印象を受けた。被写体の身体の動きを手でなぞったドローイングには、マンガの表現と通じ合うものを感じる。

 ドローイングとドキュメントをひととおり見終えると、1930年代に制作された小さな油彩画たちが待ち受けている。この時期のベーコンはシュルレアリスムに傾倒していたとか、キュビスムの影響を受けていたとか言われているけれども、どちらとも違うような気がした(それでは何なのだときかれてしまうと、よく分からない)。この時期の作品の多くはベーコン自身が廃棄してしまったとのことで、展示されていた油彩画は貴重な生き残りである。

 

 今回の企画展の主役は、画家が「これで終わり」と鑑賞者の前に差し出した作品ではなく、日々の制作活動の中で一つ一つ積み上げていったであろうドローイングとドキュメントだった。完結した一つの表現としてその環を閉じてしまうことのない、反復するイメージの魅力に後ろ髪をひかれながら、展示室を後にした。

 

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

 

展覧会情報

フランシス・ベーコン バリー・ジュール・コレクションによる

―リース・ミューズ7番地、アトリエからのドローイング、ドキュメント―

会期:2021年4月20日(火)-6月13日(日)

会場:渋谷区立松涛美術館


外出したので、待機用の段ボールに入った熊沢健児。
返却されたセンター蔵書とともにここで3日間過ごし、
体に付着しているかもしれないウイルスが死滅するのを待つ。

 

熊沢健児プロフィール

児童文化研究センターに住んでいる熊のぬいぐるみ。名誉研究員として、美術館の企画展や書籍、映画などの感想を書いてセンターブログに投稿する。実は氷河期世代の苦労人である。


2021年2月25日木曜日

梅の花

児童文化研究センターの名誉研究員、熊沢健児氏が甘い梅の香りに誘われて昼下がりの散歩にでかけました。

日当たりの良いところから順に咲きそろっています。

広場の前で。

冬の澄んだ空の色に、春の明るさ。美しい季節です。

せっかく出てきたのだから図書館へ。
ここにも、優しく見守る花が。

2021年2月19日金曜日

熊沢健児、展覧会から始まる雑誌室通い

「彼女たちは歌う Listen to Her Song」展を訪れて

外出後3日間の自主隔離を終え、
段ボール箱から出る熊沢健児
いざ、雑誌室へ!

あれは昨年の夏のこと。東京藝術大学の美術館陳列館で開催された「彼女たちは歌う Listen to Her Song」という展覧会に行った。

展覧会タイトルに「彼女たち」とあるように、参加アーティストの11名とキュレーターは女性。日本社会や日本の美術教育のあり方に対する様々な疑問や異議申し立てを前に、日本のジェンダーギャップの深刻さを改めて感じさせられる。と同時に、「彼女たち」が考えたこと・感じたことが作品の上にのびやかに表れていることを、少し眩しく感じた。

展示室でひときわ静かな一角に(たくさんの人が訪れていたし、音声付きの映像作品は賑やかだった。そういう場所で、静かなものは目立つのだ)、小林エリカさんの「彼女たちの戦争」という、絵とテキストを組み合わせたシリーズである。

 

小林さんの創作活動はマンガ、小説、アニメーション作品への参加、インスタレーションなど非常に幅広いのだが、このシリーズは実在した女性の肖像と丹念なリサーチに基づくテキストとを組み合わせた作品である。

女性の肖像は2020年1月から12月までの雑誌『ちくま』の表紙となっており、計12枚、テキストと併せて見ることができる。展覧会の後もこのシリーズが気になり、12か月分の『ちくま』を見に、大学図書館の雑誌室に通うことにした。

 

1月  マリア・スクウォドフスカ=キュリー

2月  貞奴

3月  エミリー・デイビソンの葬列を組む女たち

4月  シルヴィア・プラス

5月  マタ・ハリ

6月  ラジウム・ガールズ

7月  リーゼ・マイトナー

8月  伊藤野枝

9月 「ブラック・パンサー党」のために歌を歌う女たち

10月 メイ・サートン

11月 ミレヴァ・マリッチ

12月 マルゴー・フランクとアンネ・フランク姉妹

 

色鮮やかな表紙の中央に、思い思いの枠(額縁風の、あるいは、飾り枠のついた鏡のような、また、映像資料のフィルムを模したようなものもある)が配置され、その中に鉛筆で人物像が描かれる。人物の顔や体や服の大部分は細い線で繊細に描かれているのだが、背景の黒い部分や髪の毛は、ぐいぐいと太い線で、まるで余白を削るかのように塗られている。

 

小林エリカさんの小説『マダム・キュリーと朝食を』は芥川賞の候補作として記憶に残っているが、「彼女たちの戦争」ではマリ・キュリーのような有名人ばかりでなく、歴史の中で日の当たらない道を歩いた人物や、理不尽で無惨な死を遂げた人物、あるいは差別と闘った(戦わざるを得なかった)無名の人々の肖像を平等に描く。12か月のラストは小林さんご自身、子どもの頃に夢中になった『アンネの日記』の日記の持ち主、アンネ・フランクである。

彼女たちの表情をよく見ると、どこか1点を睨んでいたり、虚ろな眼差しを宙に漂わせていたり、口を真一文字に結んでいたり、悔しそうに歯ぎしりしているようだったり、それぞれ微妙に異なっている。だが、顔つきはというと、皆一様に少女の顔――目や口や鼻が顔の下の方に寄った幼い顔立ちで、頬がまるく赤く見えるよう、チークが入っている――をしていて、印象的な太い眉をぎゅっとしかめている。

不機嫌な少女たち――小林さんの書くテキストには理不尽を通り越して陰惨なエピソードも記されているが、彼女たちが自分らしく生きようとそれぞれの戦いを全うしたという事実に、なんだかじいんとしてしまったのであった。

  

展覧会情報 「彼女たちは歌う Listen to Her Song」

会期 2020年8月18日-9月6日

会場 東京藝術大学美術館陳列館

参加アーティスト 乾真裕子、遠藤麻衣、菅実花、金仁淑、鴻池朋子、小林エリカ、スプツニ子!、副島しのぶ、百瀬文、山城知佳子、ユゥキユキ

キュレーター 荒木夏実

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

2020年11月13日金曜日

熊沢健児のお散歩

紅葉・花水木・吉祥草


穏やかに秋の深まりゆく白百合女子大学キャンパス。朝の光を浴びに、散歩に出かけた。

紅葉は上の方から徐々に色づいてきている。大学図書館前の紅葉もそろそろ・・・。

図書館までの小道は花水木(ハナミズキ)。赤い実が可憐である。

今日の散歩のお目当ては、この吉祥草(キチジョウソウ)。ユリ科の常緑多年草で、草陰に隠れるようにして、このような愛らしい花をつける。

こうして並んで咲く姿を見ていると、私はどういうわけか、グリム童話の「おどる12人のおひめさま」を思い浮かべてしまう。ああ、姫様。この秋もなんと麗しいお姿・・・。

大学の正門は施錠されているため、正門側にある吉祥草の咲くエリアは通る機会がなかなかないが、季節はきちんとめぐって、花たちもけなげに咲いている。花たちのすぐそばを、朝の光を浴びながら歩いていると、パソコンの前で固まった関節がほぐれていく。胸いっぱいに秋の空気を呼吸しながら、これから読みたい本のことや、間もなくやってくるアドヴェントの季節のことを思うのであった。

2020年10月15日木曜日

熊沢健児のちょっと前に行った企画展

「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展

「もつれるものたち」展

 

 替えのマスクやアルコールティッシュなどを鞄に詰め込み、ふたつの企画展に行った。

ひとつは「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展、もうひとつは「もつれるものたち」展。どちらも、東京都現代美術館で9月27日まで開催していた。

 

 オラファー・エリアソンは1967年、デンマークのコペンハーゲンで生まれた。環境問題に深い関心を寄せる作家である。今回の企画展のテーマは「エコロジーとサステナビリティ」ということで、光や水を素材とした美しい作品を通じ、再生可能エネルギーや気候変動について考えさせてくれる作品が並んでいるらしかった。

 「らしかった」という曖昧な言い方をしてしまったのは、残念ながら、来場者が多すぎて作品をじっくりと見ることができなかったからだ。なにしろ私は、身長30.5cmのテディベアである。どんなに背伸びをしても、人混みの中での鑑賞はほぼ不可能に等しい。とはいえ、カラフルな光に満ちた作品の間を歩き回る、若者たちの姿を観察するのは面白かった。スマートフォンを手に、思い思いに「映える」場所を見つけてはポーズを取る。彼らの元気な姿を眺めて、私も少し元気をもらったような気がする。あちこちで夏のイベントが中止に追い込まれるなか、普段の美術館にはない雑駁な雰囲気は、まるで縁日のようで、気分の浮き立つものだった。

 

 オラファー・エリアソンの展示とは対照的に、静かな活気に満ちていたのは、「もつれるものたち」展である。パリとサンフランシスコを拠点とするカディスト・ファウンデーションとの共同企画だそうだ。ここでは、12組のアーティストが、現代社会を鋭く批評する作品を展示する。どの作品も問題意識がはっきりしていて、特定の地域や時代と結びついた素材や手法を用いていることが印象的だった。

 私が特に気に入ったのは、リウ・チュアンの映像作品《Bitcoin Mining and Field Recordings of Ethnic Minorities(ビットコイン採掘と少数民族のフィールド・レコーディング)》(2018年)である。映像や音楽の持つ魅力を存分に活かしながら、少数民族の排除をはじめとする、さまざまな暴力をあばき出す。だが、作品が用いる手法はあくまでも自由自在。観ていて実に愉快だった。

この作品では多くの静止画像や動画、そして写真や音楽を引用している。それら、メタファーに満ちたイメージのかけらを繋ぐのは、少数民族の言語によるナレーションである。

ナレーションは、歴史的な事実や科学的な裏付けを前面に出すのではなく、連想の作用により、寓話的に物語る。動画や写真といった、現実の世界を複製したものばかりではなく、時にはスピルバーグやタルコフスキーの映画からの引用も交え、現実と虚構の間を自由に行き来する。もちろん、スピルバーグ+タルコフスキーという組み合わせは、かつての東西冷戦を連想させるものだが、この作品は、イメージの類似や連想によって紡ぎ出される現代の寓話なのだ。冷戦の息詰まる対立構図よりも、マジョリティに圧迫されながらもしたたかに生き抜いてきたマイノリティの気概のほうを、より強く感じることができた。

私たちが日々研究している児童文学には、「戦争児童文学」や「プロブレム・ノベル」といった、フィクションを通じて現実の問題について考えさせてくれる領域がある。現代美術の持つ自在さに目を見開かされながら、「児童文学を研究する私も負けていられないぞ」と、改めて気合を入れ直したのだった。

 

展覧会情報

「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展

「もつれるものたち」展 

会場 東京都現代美術館 

会期 2020年6月9日(火)-9月27日(日)

 





 センターではいま、感染予防の取り組みの一つとして、返却されたセンター蔵書を書架に戻す前に段ボールで別に取り置き、3日間程度、保管している。次の人が手に取る前にウイルスが死滅するよう、しばらく置いておくのである。

 センターに住み込んでいる私も、外出後は3日程度、この段ボールで待機しようかと考えている。

2020年7月9日木曜日

こんなところに巖谷小波(つづき)

ご報告

 

昨年の7月12日(金)に、私は、雑誌『みづゑ』の感想を投稿した(「こんなところに巖谷小波」)。この投稿にも書いた通り、この雑誌の創刊号に掲載されていた記事「絵ハガキ競技会記事」(p.16)の次の文言を見つけて以来、ずっと巖谷小波とこの雑誌の関係が気になっていたのだった。

 

客員巖谷小波氏の「定齊」は投票済みて後着せしが、意匠として奇抜のものなりき。

 

これは、1905年7月の記事にあった言葉である。この部分を読んで、私はブログの投稿に「こんなところに巖谷小波が。客員だったのか。しかも、「意匠として奇抜」などと評されている。これは気になる。」と、書いていたのだった。

先日(6月30日)、『児童文化研究センター研究論文集23号』が大学図書館の学術機関リポジトリに公開された。小波日記研究会による寄稿「巖谷小波日記 翻刻と注釈:明治三十八年(五月~八月)」を、家に居ながらにして読むことができるようになった。

この「巖谷小波日記 翻刻と注釈」を読んでいると、『みづゑ』主催者である大下(藤次郎)の名を見つけることができた。そこには、次のように書いてある。

 

五月六日(土) 曇晴夜雨

 九時出勤

 午後三時帰

 四時より 画葉書品評會 大下、南岳 爽日

及余、 久保田 柳川欠席

夕食  後 八時後散

(「巖谷小波日記 翻刻と注釈:明治三十八年(五月~八月)」二頁)

 

おお、「大下」! そして、「画葉品評會」とある…!「巖谷小波日記」の註にも、この「大下」が「大下藤次郎」であることが書いてある。「競技会」ではないが、みんなで手描きの絵葉書を持ち寄って批評し合っていたようだ。そこから先の日記にも「画葉」の文字はちらほらと現れ、「題 青」(五月十一日、同上二頁)、「題茶 余二等」(六月八日、同上七頁)、「題五月雨」(六月二十五日、同上九頁)、「題七、余一等」(七月二十七日、同上十四頁)など、品評会を行うにあたって、毎回課されていたらしい画題や、二等や一等を獲得した記録を見ることができる。

小波の日記は全体的に簡潔で、金銭の出入りも克明に記されている一方、日々のこまごまとした出来事や自分の気持ちなどはあまり書いていない(ただ、お父さんが亡くなった後の数日は、簡潔ながら克明に記されており、お父さんの辞世の漢詩に和する形で小波作の漢詩が書かれていたりする。読んでいるこちらもじわっと悲しくなってしまう)。そんな日記に、「画葉書」の品評会のことがちゃんと書いてある。

 

……ああ、そうか、やっぱりそうなんだ。バラバラに見ていた資料同士がつながった瞬間である。嬉しくて、なんだかニヤニヤしてしまう。

小波は絵葉書にどのくらい凝っていたのだろう。どれくらい絵が好きだったのだろう。小波の美意識や自作のお伽噺の挿絵に対するこだわりについても、調べてみたいと思ったのであった。

 


熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)


2020年6月26日金曜日

熊沢健児の気になるパペットアニメーション

見里朝希『マイリトルゴート』(2018年)

 

フェルト人形を少しずつ動かしながらコマ撮りしてつくる、パペットアニメーションである。

6月19日から2週間、YouTubeで限定公開中。私もひとりのぬいぐるみとして観ておかねばと、オフィシャルサイト(https://mylittlegoat.tumblr.com/)で作品情報を確かめ、アクセスした。ストーリーは怖いが、パペットがもこもこして可愛いせいか、不思議と平気だ。

 

この作品は、グリム童話の『狼と七匹の子山羊』を下敷きにしており、制作者の見里さんが独自の解釈を加えた後日談を10分間ほどのアニメーションにしたものである。

グリム童話では救出された子山羊たちが泉の周りで喜びの踊りを踊ってハッピーエンドとなるが、『マイリトルゴート』は違う。このアニメーションでは、狼の胃の中で消化されかけ、瀕死の子山羊たちが、母親に救出される場面から始まる。最初に食べられた長男のトルクは、狼の胃袋の中で溶けていた。

6匹になったきょうだいは、母親に守られ、山の中の小屋で身を寄せ合って暮らしていた。だが、ある日、母山羊が「トルクお兄ちゃん」を連れて帰る。それはケープを着た人間の子どもだった。その子が着ているケープは白い毛糸で編まれており、耳付きのフードがあって、子山羊のようにふわふわしていた。

「トルクお兄ちゃん」と呼ばれたその子は、ところどころ体毛が溶け落ち、爛れた皮膚の見える子山羊たちと対面する。

怯えた目つきで子山羊のきょうだいを見る「トルクお兄ちゃん」だが、子山羊たちもまた、怪訝そうに「トルクお兄ちゃん」を見る。そして、そのうちの1匹は、「トルクお兄ちゃんは一番に食べられたじゃない。なのにどうして毛がふさふさなの?」などと言って詰め寄ってくるのだが、ヒトである「トルクお兄ちゃん」には、その言葉は「メエメエ」としか聞こえなかったはずだ。

子山羊たちに囲まれ、疑いの眼で見つめられ、メエメエメエメエ言われたら、これは怖いに違いない。「トルクお兄ちゃん」は窓から小屋を脱出しようと、窓際に裏返して置かれた姿見に登るのだが、バランスを崩して落ちた拍子に鏡が表に返り、傷跡の一番ひどかった子山羊が、変わり果てた自分の顔を見てしまう。悲鳴を上げ、泣き出す子山羊のまわりにほかの子山羊たちが集まる。

メエメエといたわり合う彼らの姿を見て「トルクお兄ちゃん」は着ていたケープを脱ぎ、泣いている子山羊に着せかける。

「トルクお兄ちゃん」は人間の子だから、山羊に比べれば体毛は無いに等しい。ケープをはずし、毛のないつるんとした首や腕が見えたとき、子山羊たちから見たその姿は、傷つき毛の禿げた自分たちの姿に重なったのかもしれない。さらに、「トルクお兄ちゃん」の腕には傷跡があり、子山羊は、この子も傷を負っていることを知る。

そうして、お互いの痛みを思いやることにより心を通わせかけたとき、「トルクお兄ちゃん」を探して「狼」が小屋にやってくる…

 

毛のない「トルクお兄ちゃん」に、口を開けて驚く子山羊たちの表情に、そうそう、人間って変な生き物なんだよな、と、改めて納得してしまう。動物としての姿かたちだけではない。話が終盤に近付くにつれ、同じ種族どうしなのに相手を痛めつけたり、愛情という名のもとに支配しようとしたりする、人間の姿が、いやおうなしに見えてしまうのだ。

パペットだからこその視点と触感(どんなにグロテスクに作っていたとしても、そこはフェルト人形。やはり、もこもこなのである)。場面ごとの色彩や効果音にも気を配り、内容の詰まった10分間だった。

 

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

研究の再始動に向けて体力づくり。まずはストレッチから…



2020年4月10日金曜日

熊沢健児のつぶやき

コロナ騒ぎが収まったらやりたいことランキング

第1位 沼辺信一氏講演会
    ロシア絵本のお話、はやくききたい・・・
第2位 図書館で文献を渉猟
    私たちは学問に飢えている!!!!!!!!!!!!
第3位 みんなでワイワイ ディスカッション
    ″孤独″・・・もう、いらない・・・

※第1位の矢印の先には『芸術新潮』2004年7月号があります。特集「ロシア絵本のすばらしき世界」に、沼辺信一氏が解説を書かれました。
熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

2020年3月10日火曜日

熊沢健児の気になる美術館

十和田市現代美術館 ~開館前の記~


 七戸十和田駅からバスで35分ほど。十和田市現代美術館は十和田市官庁通りに面した美術館である。張り切り過ぎて、つい、開館前に到着してしまった。

ガラス張りの開放的な…というか、かなり太っ腹な建物だ。通りに面した展示室の作品は、開館前でも外から見ることができた。建物の外壁に描かれた絵も実は巨大なドローイング作品だし、美術館エントランスに続く小道のわきに配された立体作品も華やかだ。入館しなくても自由に眺めることができる作品がとにかく多いのだ。通りを挟んだところにある「アート広場」にも立体作品が設置されており、この広場がまた、フォトジェニックなのである。
最初に目を引くのは、草間彌生の立体作品群《愛はとこしえ十和田でうたう》。人口芝生を色分けした水玉模様の地面に、やはり水玉模様の少女とカボチャと3匹の犬、それにキノコが配置されている。少女は着ているワンピースだけでなく、腕や顔の肌も水玉模様になっていて、見ているうちにこちらの肌が痒くなってくるようだ。3匹の犬のうち、2匹は少女に向って吠え、残りの1匹はキノコに向って吠えている。犬の顔の横から、犬の視線で公園の景色を見ると新鮮で楽しい。ちなみに、カボチャは中に入って遊ぶことができる。
立体作品はオブジェや遊具以外にも、広場の公衆トイレの屋根にのっている《アンノウン・マス》という立体作品が、だらりと垂れるような格好で、窓の中を覗き込んでいる。そして、その覗き込んでいる《アンノウン・マス》の横から、白いシーツを頭からすっぽりかぶったような姿の《ゴースト》が覗き込んでいる。《アンノウン・マス》も《ゴースト》も、暗い穴の目をしているのだが、力の抜けた垂れた形や、尖ったところがどこにもない風貌のせいか、そんなに不気味な感じはしない。この二つは、1992年にベルリンで結成されたユニット、インゲス・イデーの作品である。
決まった時間(午前9時から午後19時)に内部を公開するオブジェは、エルヴィン・ヴルムの《ファット・ハウス》と、R&Sie(n)の《ヒプノティック・チェンバー》。《ファット・ハウス》はその名の通り、よく肥えてぶよっと膨らんだ家で、隣にやはり太った車《ファット・カー》が駐車してある。《ヒプノティック・チェンバー》は仮想都市の物語に見物人を誘い込むために作られた、白い立体作品である。
また、今回、帰りの電車の都合で見ることができなかったが、広場中央にあるジャウメ・ブレンサの《エヴェン・シェティア》(ヘブライ語で創造の石)は、日没から夜の9時まで、空に向って光線を放つのだそうだ。
ひとしきり広場の立体作品の間を歩き回り、アート作品に囲まれる幸福に浸ったあと、開館前に十和田の官庁街通りをぶらぶらと歩く。道端のベンチ(ストリートファーニチャー)も面白いのだ。以下、箇条書きしてみる。

・太い針金でできた雲形のベンチ(日高恵理香《商店街の雲》)
・花瓶の役割を兼ねたスツール(近藤哲雄《pot》)
・風景を映す鏡の座面(マウントフジアーキテクツスタジオ《イン・フレークス》)
・ポップな色合いと柔らかな曲線の群れから成るベンチ(ライラ・ジュマ・A・ラシッド《虫-A》)
・腰かけるだけでなくテーブルにも使えそうな四角の集合体(マイダー・ロペス《トゥエルヴ・レヴェル・ベンチ》)
・頭の跡がついた巨大枕(リュウ・ジャンファ《マーク・イン・ザ・スペース》)

 腰掛けたくなる面白いベンチばかりで、お尻が一つしかないことが悔やまれる。迷った末に私が選んだのは、巨大枕の《マーク・イン・ザ・スペース》。朝からはしゃぎすぎて疲れた体を、枕にダイブさせた(※)のだった。
さて、この紹介文を書くにあたり、十和田市現代美術館ホームページのコレクションのページ( http://towadaartcenter.com/collection/ )で作品情報を改めて確認した。アート広場とストリートファーニチャーのほか、美術館建物内(有料スペース)の常設展示作品の概略もこれで知ることができる。

※断っておくが、私は手のひらサイズのテディベアである。鶏卵2個ほどの体重しかないため、巨大枕にダイブしてもお行儀が悪いだけで怪我をする気遣いはない。しかし、人間である皆様は、あまり大胆な振る舞いは控えておいた方が良いと思う。