『水の構図』を眺めながら…
4度目の緊急事態宣言発令が決まり、それなりの心づもりはしていたものの、やはり憂鬱な気分になるのはどうしようもない。北原白秋著・田中善徳写真『水の構図 水郷柳河写真集』(アルス、1943年、国立国会図書館デジタルコレクション)を眺めながら、ここではないどこか遠くに思いを馳せよう。
帰らなむ、いざ、鵲
かの空や櫨のたむろ、
待つらむぞ今一度。
(「帰去来」より)
首都圏で暮らしてきた私にとって、柳河は見知らぬ土地。白秋は「帰らなむ」と、望郷の思いをうたうが、はじめの写真―ページを繰ると現れる、川に面した倉の壁の写真―は、私には旅先の風景と同じである。
白秋が「殿の倉」で「揺るる水照の/影はありつつ」とうたう「昼鼠」(水陽炎)。川面からの静かな照り返しを、そっと思い浮かべてみる。
夕映
風のさき
黄なるカンナの群落に
舟棹しかへす
今はまぶしみ
本の中に印刷された写真を、さらに写真で撮ってアーカイブした画像だからなのかもしれないが、何が写っているのか判別しづらいものがたまにある。「夕映」に合わされた写真は、そんなひとつ。だが、無心に画面を見ていると、黒々とした木々のシルエットと、夏の雲がかかった空、木々と空とを写しているらしい川のおもて。おそらくそうしたものが写っている、ということが、見えてくる。
ちょっと変わっているのが、「関の素麺」と題する3枚の写真。そうめんを手で延べて作っている女性の後ろ姿が写った2枚と、延ばしたあとの、吊るして乾かされているそうめんが写った1枚。そうめんだけを写した写真の、繊細な曲線の重なりが印象的だ。絹糸にも見えるけれど、そうめんである。
白秋が亡くなったのは1942年。この『水の構図』が出版されたのは1943年である。没後の刊行であるが、詩と写真の組み合わせが新鮮だし、いつまでも飽きることなく見ていられる。純粋に、目を喜ばせてくれるのだ。読み終わったとき、閉じてしまうのがもったいないような気分になった。
熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)