2019年7月11日木曜日

猫村たたみの三文庫(非)公式ガイド


猫村たたみの三文庫(非)公式ガイド (1)三文庫の蔵書を検索してみよう

 センター構成員の皆さま、ご機嫌いかがかにゃ?
 私はセンター三文庫の守り猫、猫村たたみと申しますにゃ。
 ご覧のとおり、尻尾が二股に分かれた猫またにゃよ。

 普段は妖怪トンネルを通ってあてもない時間旅行をしているのにゃけど、
 今日は、センター構成員の皆さまに一言ご挨拶をと思い、
このセンターブログまではるばるやってきましたのにゃ。

皆さま、よろしくお願いしますにゃ。

ところで、さっき、センターで素敵な本を見つけたのにゃ。

『北欧の挿絵とおとぎ話の世界』
解説・監修 海野 弘 パイ インターナショナル 2015年

北欧の神話とおとぎ話の世界を19世紀末のアールヌーボーの美意識が見出し
時には絢爛豪華に、時には可憐に描き出すのにゃ。

大ボリュームの図版を見ていると、目が洗われるようにゃ~。ふにゃぁ。。

それでだにゃ、この本に紹介される図版には、
白百合女子大学の図書館と、センターの蔵書が含まれているんにゃけど、
皆さま、ご存知かにゃ~?

『北欧の挿絵とおとぎ話の世界』掲載の
児童文化研究センター蔵書

『おやゆび姫』
グスタフ・テングレン画、ハンス・クリスチャン・アンデルセン著、Golden Press, Ind., New York、1953年

『アーサー王と円卓の騎士』
グスタフ・テングレン画、エマ・ゲルダーズ=スターン/バーバラ・リンゼイ著、Golden Press, Ind., New York、1962年

『白雪と紅バラ』
グスタフ・テングレン画、Golden Press, Ind., New York、1957年

ふにゃ~、3冊もあるんだにゃ~。

どれどれ、にゃむにゃむ…3冊とも、テングレンという画家が絵を描いている本だにゃ。
 綺麗な絵だにゃ。可愛いのにゃ。もっと見てみたいのにゃ。

 センターの蔵書なら、実物を手に取って見ることができるにゃよ。
 まずは、三文庫検索を使って、所蔵場所(※)や資料IDを調べるにゃ。

 三文庫の検索は、図書館のOPACでの検索とはちょいとした違いがあるのにゃ。
今日はそいつをお伝えしておこうかにゃ。

三文庫の検索は、「白百合女子大学学術リソース」の
「児童文化研究センター文庫」で行うのにゃ。

URLはこれにゃ。
皆さまもご一緒に、検索してみて欲しいにゃ。


博士論文検索・児童文化研究センター文庫検索・大学紀要等検索の三種類があって、
それぞれクリックして、博士論文とセンター文庫と大学紀要の3種類で絞り込めるにゃ。

ま、細かいことは気にせずキーワードを入れるにゃ。
とりあえず画家の名前かにゃ~。カタカタ…(入力中)…

gustaf tenggren

クリックにゃ!

お~、18件もヒットしたにゃ。
1件は金平文庫。残り17件は光吉文庫にゃ。

さて、ここで注意なのが、人の名前の表記にゃ。
三文庫は研究者や大学院生など、専門家や専門家の卵による利用を想定しているにゃ。
図書館のOPACではカタカナ表記で入力しても洋書がヒットすることはあるのにゃけど、
三文庫は、カタカナ表記では洋書がヒットしないのにゃ。

三文庫検索で洋書を検索するときは、正確な外国語の綴りを入力してほしいにゃよ。

そして、もうひとつ。
外国人の名前に多い、G.Tenggrenのような、名前を省略した表記。
念のため、苗字のtenggrenだけで検索してみようかにゃ。

tenggren

カタカタ…(入力中)…。で…クリックにゃ!

にゃにゃ、にゃんと!! 

23件もヒットしたにゃ。
やっぱり、苗字だけの検索も試みたほうが、取りこぼしがなくて安心だにゃ~。

ヒットした23件の中から、最初の本で見た『アーサー王と円卓の騎士』の書誌情報を調べてみるにゃ。

まずは一覧表。ふむふむ…これは、光吉文庫の本だにゃ。
原題は、King Arthur and the knights of the round table。これだにゃ。
えい! クリックにゃ!

原題をクリックすると、「論文情報」として本の書誌詳細が出てくるにゃ。

「論文情報」の「タイトル」という欄の下に、
「児文研センターID」という欄があるにゃよ。

King Arthur and the knights of the round tableの場合は、「M10849」にゃね。
ここに書かれたIDと同じ「M10849」の印字されたシールを探せば、
お目当ての本にたどり着くにゃよ。
 光吉文庫の本にゃから、配架場所は本館4階児童文化研究室にゃね。

それでは、児童文化研究センターに行ってきますにゃ(※※)。
皆さま、ごきげんようにゃ~。


※児童文化研究センターの三文庫は、富田文庫・金平文庫・光吉文庫。
富田文庫・金平文庫はセンターを入って右奥。
  光吉文庫は本館4階の児童文化研究室にあるんだにゃ。

※※三文庫の蔵書はどれも貴重な資料にゃよ。
文庫スペースに立ち入るには、児童文化研究センターに行って、
下記のとおりの利用受付が必要にゃ。


児童文化研究センターの開室時間は9:00~17:00にゃ。
時間に余裕を持って来室することと、
   事前に資料のIDを調べておくことが三文庫利用のポイントだにゃ。

分からないことは、センターの助手さんに聞いてみるといいにゃ!
  
名前 猫村たたみ

三文庫の守り猫(猫また)。三文庫の利用方法を優しくガイドする。
趣味は時間旅行。妖怪トンネルを使い、時空を超えて旅をするのが何よりの楽しみである。
祖先は歌川国芳の「荷宝蔵壁のむだ書」でセンターを務めた猫また様。

『きつねの窓』に入り込む     −Close Reading−


 ぼくはその日、図書館へ行くところでした。歩きなれた道を、次の授業のことなんかを考えながらぼんやり歩いていたのです。ふいに明るくなったように思えて空を見上げると、一枚の青い紙がはらはらと落ちてきました。

 「こんにちは、はじめまして。<SF・ファンタジー小説の研究と創作プロジェクト>です。私たちが毎週開催しているプロジェクトの様子を少し紹介したいと思います。
 私たちはSF・ファンタジー作品を書いていますが、創作のためには既存の作品を分析・考察することも大切です。そこで、7月5日のプロジェクトでClose Readingをしました。
 Close Readingでは作品を一文一文、一語一語じっくり追って、言葉の意味や役割を読み解きます。この読み方により、さらっと読むだけでは素通りしがちな表現や引っかかりを見つけ出すこともできます。また、複数人でClose Readingを行うことで、個人で読んだ際に気付かなかった点にも目が向きました。微細な言葉のニュアンスから作品全体の構造まで、メンバーからの指摘で初めて気が付いたことが多々あります。言葉の意図・時制・時代背景など、注目するポイントはそれぞれ異なり、同じテキストを読んでも感想は千差万別。Close Reading1回目である今回は、安房直子『きつねの窓』を題材にしました。

 今回は基本的に先行研究を確認せずに感想や意見を出し合いました。全員で同時に『きつねの窓』を読み進め、疑問に思った箇所や気付いたこと気になることを随時挙げて議論します。
 はじめに、「窓」の光景を見せているのはきつねか、それとも主人公の猟師の心かと疑問が出されました。そもそも「窓」とは? なぜ不思議な光景が見えるのでしょう? 窓の構造も気になります。ここから作品全体の根本的な解釈の違いに議論が発展し、きつねが計画的に猟師に接近したのか、偶然の連続がきつねと猟師を引き合わせたのか、各々意見を出しました。さらに、きつねは最初から意図的に鉄砲を貰おうとしていたのだろうか?と疑問が湧き、果てはきつねが猟師(あるいは人間)に復讐したかったのではないかと考える人も……。
 また、主人公の子ども時代の家が「燃えて」失われたことに対して、引っかかる人と気にならない人で意見が割れました。単に火事だと受け取る人もいれば、空襲を連想する人もいます。本プロジェクトのメンバーの半数は留学生のため、文化的・歴史的背景を加味するかテクストの情報だけ読み取るかで解釈が異なる場合があり、今回は特に、火事から空襲を連想するか否かにその違いが見えました。

 青いききょうの花畑、きつねのそめもの屋、「窓」から見えた光景……淡く優しく少しさみしいこの作品は、いつ読んでも幻想的な世界を見せてくれる作品です。作品に対する様々な視点の意見を聞くことができ今回も有意義な時間になりました。この読みがきっとそれぞれの創作に活かされることでしょう。」

これが青い紙に書いてあったことのすべてです。それから、また何か降ってこないかと、ときどき空を見上げています。

<SF・ファンタジー小説の研究と創作プロジェクト>のN 

2019年7月9日火曜日

村田くん


 横浜のみなとみらいには、海に面している象の鼻パークと呼ばれる公園がある。
 僕はその公園に暮らしている村田だ。鳩である。
 ただの鳩だと思ってもらっては困る。白と茶色と桃色の珍しい鳩だ。僕を見た女子高生の言葉を借りれば、「バニラアイス、チョコレートアイス、ストロベリーアイス」みたいな色合いの鳩なのだ。僕を見かけた人間は、彼らの手のひらサイズの硬い板を僕にかざして、なにやらカシャカシャという音を立て、ピカピカという光を発してくる。彼らが言うには、写真というものをとっているらしい。
他にも鳩がいるのだが、その中でも僕は、ダントツで人間に人気がある。
確かに、他の鳩も子どもたちに追いかけられたり、はたまた、ベンチに座っているおじいさんからパンくずをもらったりしている。でも、僕がその近くにやって来ると、もう人間たちは彼らに対する関心をなくしてしまう。そして僕の方に例の板をかざして、カシャカシャピカピカ写真をとったり、ベンチに座っているおじいさんはたくさん僕の方にパンくずを放ってくれる。子どもたちは「きれい、きれい」と言って僕を追いかけてくる。
僕は人気ものなのだ、人間には。
正直言って、僕は同じ鳩にはまったくモテない。同じ公園に暮らしている、同じく鳩の杉田くんには付き合っている彼女がいて、よく船につながっている鎖の上にとまってデートをしている。「村田くんも早く彼女を作ればいいのに」と先週杉田くんに言われた時、僕は思わず頭にきてしまった。あれから杉田くんとは口をきいていない。「杉田も悪気はなかったんだよ」と、赤いレンガの建物の側にある木に暮らしている、同じく鳩の藤田くんは言うが、そんなこと僕にはわかっている。でも、作ろうと思ってできるものなら、僕はもうとっくに彼女がいるはずなのだ。杉田くんはわかっていない。本当に無神経だ。
そんなことを思いながら、僕はトボトボ公園を歩いていた。最近は雨が降り通しで、公園は人がまばらだった。本当に退屈だ。でも晴れたら晴れたで、杉田くんと彼女がデートをしているところに鉢合わせたり、人間に絡まれたりして、煩わしいだけかもしれない。
僕がむしゃくしゃしながら。公園を歩いていると、ふと、あるベンチにポツリと人間の男が1人、座っているのが見えた。こんな雨の日に、何もかぶったりもせず、傘っていうものもささず、びしょ濡れのベンチに座っている。どうしたんだろう。僕は鳩だから、雨が降ろうが、傘なんてささなくても平気だけど、人間は雨に濡れないように、いつも必ずかぶりものをしたり、傘をさしたりしていた。でも、その人間はただ雨に濡れながら、ベンチに座って項垂れていた。雨の日でただでさえ人がまばらなのに、その人間の周りにはまったく人がいなかった。
僕はチョンチョンと歩いて、その人間に近づいた。足もとまで行っても、その人間は僕に気がついた様子を見せなかった。僕はさらに近づいて、その人間の足の間のすき間に頭を差し込み、そっと覗きこむ。すると暗い表情をしたその人間の顔が見えた。僕もその人間も目が合うと、ハッとして固まった。僕は、次の瞬間にはその足もとから離れ、その人間はガバッと顔を上げた。
「お、お前」その人間は声をうわずらせて、そう言った。僕をじろじろと見ている。
「な、なんだよ」と僕は応じた。でもこの人間からしたら「ク、クルックー」としか聞こえなかったかもしれないけれど。
そして僕も、この人間をじろじろと見た。雨の日の公園で1人の人間と1匹の鳩がじろじろとお互いを観察し合っている。かなりシュールな状況だ。
 こんな状況の中、僕はあることに気がついた。
 僕はこいつを見たことがあるぞ。そう僕が思ったのとほぼ同時に、この人間は「あの時の凶暴な鳩か」と言った。どういう覚え方をしていたのか知らないが、どうやらこいつも僕のことを覚えていたらしい。
この人間はこの前の夏に、確か、彼女連れでこの公園に来ていた男だった。別に人間のカップルが来るのは珍しいことではない。むしろ赤いレンガの建物へと向かって、ゾロゾロと年がら年中この公園を通り抜けていた。カップルは鳩だろうが、人間だろうが、ベタベタと暑苦しい。僕は別に妬んじゃいないが、見ているとどうしようもなくむしゃくしゃしてしまうので嫌いだった。1度翼でひっぱたいてやろうと、1組のカップルに飛びかかったことがあるが、あえなく撃退されてしまった。その時、彼女を背にかばい、僕を叩いて追い払った人間、それが目の前にいるこいつだった。撃退された時、僕はあまりに頭にきたので、「次会ったら覚えとけよ!」と思いながら、その場を飛び去ったことを覚えている。
「お前、まだここにいたのか」と少しの間を空けて、その男は僕に声をかけた。ここにいるも何も、この公園は僕の住処なのだが。僕が首を傾げていると、再び男は口を開いた。「それとも、ここに住んでいるのか?」僕が「クルッポー」と鳴くと、男は笑った。その表情は弱々しく、雨に濡れているためか、泣いているように僕には見えた。
「あの時は、直子も一緒だったな」男はそう言った途端、すぐにその顔から笑顔を消した。そして僕から顔を逸らして、どんよりとした空と同じくらい、暗く重たい色をした海を見つめた。僕は何となく、「直子」というのが前にこいつと一緒に来ていた、こいつの彼女のことだろうな、と思った。
「直子にはもう、会えないんだ」僕が黙っていると、男はポツリとそう呟いた。それは僕に話しているというよりも、ひとり言を話しているように感じられた。「俺、さびしくてさ。今日も何かをする気にはなれなくて。大学も休講だし、ここに来たんだ。前に直子と一緒に来たところだったから」と、そう言う男の声は震えていた。
まだ雨は降り続いている。男の頭の上からつま先にかけて、何度も何度も、濡らしに濡らしている。まるで何回も何回も、この男を泣かせているように思えた。僕は雨に濡れることは全然気にならないが、今は何となく、早く雨がやんでくれないかなあ、と思った。もう男も口を閉じてしまって、ただじっと黙って海の方を見つめている。僕も「クルックー」とも「クルッポー」とも鳴かなかった。
どのくらい、時間が経ったのかはわからない。だけど、雨も次第に弱まってきた。そして僕らから見て、海の向こうの方の空に、雲の切れ間が見えてくると、男はベンチから立ちあがった。「もう帰るよ」そう言って、男は僕の方に目をやると、「お前にまた会えてよかった。直子のこと、思い出せたし。前は何だこいつって思ったけどさ。話、聞いてくれてありがとうな」と言った。そして笑ったその男の顔は、まだ弱々しかったけれど、僕には少しだけ、穏やかなものになっているように見えた。
男が去った後、僕はまだベンチの傍で立ち尽くしたまま、海の向こうの雲の切れ間を見つめていた。
雨はまだやまない。だけどあの雲の切れ間がどんどん広がっていけば、きっと太陽が見えるだろう。
雨がやんだら、太陽が見えたら、あの男はまた笑えるだろうか。
そうだといいなあ、と思いながら、僕はベンチに飛び乗った。そしてじっと雲の切れ間が広がっていく様子を眺めていた。

終わり


     鳥飼律子 
※青い字で書かれた氏名はペンネームです。

2019年7月4日木曜日

ハシビロコウの宇宙

 上野動物園に行った時、ハシビロコウがポップに描かれているノートを買った。
 別にハシビロコウが1番好きだったからとか、そんな理由ではない。そういう好き嫌いで言えば、私はハシビロコウよりもオカピのほうが好きである。
 ただ、その時は、ハシビロコウのノートがいたく気に入った。いや、そのノートというよりも、そのノートの柄が気に入ったのである。
 紺地にポップなハシビロコウが、びっしりと列を作るようにして何匹も描かれている。
 ノートの背表紙に広がる、ハシビロコウの宇宙。
 このノートを見ていると、私が視認できていないだけで、もしかすると、背表紙の枠外にもハシビロコウがいて、無限に隊列を組んで行進しているのかもしれない。
 紺地は夜空を連想させる。
 私が目を閉じると、夜空を行進する数十、数百、数千、数万、数十万、数百万、数千万…数えきれないほどのハシビロコウが夜空を埋め尽くしている様子が浮かぶ。彼らは一体どこへ向かうと言うのだろう。
ハシビロコウたちは北極星を囲み、円を描くようにして、ぐるぐると回りだした。まるで火を囲んで、マイムマイムを踊っているかのように。あるいは、「かごめかごめ」とはやし立てているかのように。
宇宙は膨張する。ならば、ハシビロコウたちも膨張する。
宇宙は膨張し続ける。ならば、ハシビロコウたちも膨張し続ける。
数十、数百、数千、数万、数十万、数百万、数千万どころの話ではない。
もっと。もっと。もっと。もっと。
たくさんのハシビロコウたちが夜空を埋め尽くす。
さらに宇宙は膨張し、ハシビロコウたちも膨張していく……。
そこまで考えて、思わず私は目を開いた。手元を見るとホッと一息。ハシビロコウたちはノートの背表紙の枠内にしっかりと収まっている。
ノートを開けば、まっ白な世界。背表紙にはハシビロコウの宇宙。
ここでふと思いついた。彼らが膨張し続けるように、私もこの白い世界を、言葉で埋め尽くすというのはどうだろう?
そうと決まればグズグズしている暇はない。
私も彼らに負けないくらい、たくさんの文字を、言葉を、この白い世界で膨張させていかなければ。
さて、一体何の文字を綴ろうか。そう考えて、また目を閉じる。
途端に広がるハシビロコウの宇宙。やっぱり彼らは回っている。
ただ、さっきとは違って、今度は私を囲んで回っている。
私は北極星で、あるいは火。
そして彼らと「かごめかごめ」をしていた。

   かごめかごめ 籠の中の鳥は
   いついつ出やる 夜明けの晩に
   鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ?

「後ろの正面、ハシビロコウ」

 私がそう答えると、ハシビロコウたちは一斉に笑い出した。私はハシビロコウが笑ったところなど今まで一度も見たことも聞いたこともない。だから彼らの笑い声は聞こえなかった。
 それでも夜空一面のハシビロコウたちは、羽をばたつかせている。まるで鈴が一斉に鳴りだしているみたいに、ぶるぶる体を震わせて。
 そこで私は目を開いた。目の前にはまっ白な世界。背表紙にはハシビロコウの宇宙。
 私はため息をついて筆をとった。白い世界にすらすらと線が引かれていく。そうして出来がったのは言葉どころか、文字でもない。
 それは、一羽のハシビロコウ。
 ああ、完敗だ。間違いなく彼らは膨張している。
 ノートの背表紙からはみ出して、私の脳内を満たしている。
 そして、白い世界にも入り込んでしまった。
 私はもう一羽のハシビロコウを描こうとペンをノートに滑らせる。
 ハシビロコウたちは膨張している。
 いつかこの白い世界を占拠してしまう日も、近いのかもしれない。

                            鳥飼律子 
※青い字で書かれた氏名はペンネームです。

2019年6月27日木曜日

センターブログ 投稿募集



センターブログ、実は投稿できます。

児童文学・文化関連の新刊書、映画、展覧会、講演会の紹介や感想、
プロジェクトの活動紹介、日々の研究活動の様子、近況報告・・・等々、
内容は自由です。

人に読んでもらう文章の練習だけでなく、情報交換にも利用できますし、
同じ児童文学・文化を研究する仲間たちとつながる場として活用することもできます。

難しく考える必要はありません。

調べ物に行った先で見た夕焼けがきれいだったら、
それを投稿したっていいんです(※)。

「発信」は、研究者にとって大事なスキル。
まずは、何かひとつ、発信してみんなと共有してみませんか?

※画像はJPG, GIF, PNG形式のファイルをご使用ください。

2019年6月21日金曜日

熊沢健児、美術館の旅 『松本俊介展 ―4つのテーマ―』Vol.3 子どもの時間

群馬県桐生市にある大川美術館は、住宅地の中にある。幼稚園脇の近道を通り、長く続く坂道を上っていくと、さらに険しい坂があって、そこをさらに行くと美術館の入り口にたどり着く。

 大川美術館では松本竣介没後70年と大川美術館開館30周年を記念して、昨年10月から今年の12月まで4つのテーマに分けて松本竣介展を開催している。

 私が訪れたのは、「vol.3 子どもの時間」。竣介が描く子どもの絵や、当時4~5歳ほどだった息子の莞が描く絵、竣介が莞の絵に刺激されて描いた絵や、莞をモデルに描いた絵などを展示していた。また、戦時中、妊娠していた妻(莞から見たら母)禎子とともに疎開中の莞に、竣介が書き送った手紙や葉書も見ることができた。今回展示された全21通の手紙には、これまで未公開だったものも含まれている。
 手紙や葉書はカタカナで書かれており、「カンボーヘ オトーサマカラ」と、絵を交えて語りかける言葉遣いが目に温かい。

莞の描く絵に触発されて、その描線を、絵の具を塗り重ねたカンヴァスの上に再現して描いた《牛》(1943-46年頃、油彩・カンヴァス)や《電気機関車》(1943-46年頃、油彩・カンヴァス)や《せみ》(1948年、油彩・板)も、もちろん、心ゆくまで見ることができた。
 
ミュージアムカフェでは、松本竣介の《青の風景》(1940年、油彩・板)をイメージしたシャーベットを味わうことができる。重厚でありながら透明感のある、竣介のやや緑がかった青を再現するのは、グリーンスムージー、豆乳、メープルシロップ、バナナを使い、ヘルシーかつさわやかに仕上げた氷菓である。しかも期間限定。
食べたい…しかし、帰りの電車の時間を考えると断念せざるを得なかった。

重たい曇り空のもと、駅までの道を早足で歩いた。北関東は暑かった。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

展覧会情報 「松本竣介展―4つのテーマ―」 於 大川美術館
 Vol.1 アトリエの時間 2018年10月13日~12月2日
 Vol.2 読書の時間   2019年1月22日~3月24日
 Vol.3 子どもの時間  2019年4月16日~6月16日
 Vol.4 街歩きの時間  2019年10月8日~12月8日

※「子どもの時間」の展示は終了してしまったが、図録でその内容を知ることができる。

※大川美術館ホームページの「松本竣介資料室」では、大川美術館所蔵作品・松本竣介年譜・没後主要展覧会・大川美術館所蔵関連資料・松本竣介作品所蔵館一覧を見ることができる。さらに、東京文化財研究所の総合検索や美術図書館横断検索などのデータベースにもリンクを張っている。なんと親切な。松本竣介愛に満ち溢れた美術館である。

2019年6月14日金曜日

創作(お話)


木蓮と月

 ある晴れた朝、白い小鳥が鴉に追いかけられて、木蓮の枝に逃げ込みました。
 木蓮は花盛りでした。小鳥はいまにも飛び立ちそうな枝先の白い花のあいだをすり抜け、幹の近くにふくらむ蕾の隣にうずくまりました。
 鴉は木蓮の枝から枝を歩いて巡り、くちばしで花と花のあいだをさぐっていましたが、やがて、少し離れたところで蕾をつけている、桜の木の枝へと飛んでいきました。

 小鳥は蕾のかげからちょっと頭を出して、明るい朝の空を見ました。空には糸のように白くて細い月がありました。そして、その月のしたには小さな家がありました。小鳥はその家で生まれ育ち、暮らしていました。ところが二日ほど前、家の人がドアを閉める大きな音に驚き、つい、窓を飛び出してしまってからというもの、しつこい鴉に狙われ、帰れなくなっていたのです。
思い切ってあの窓へ飛んでいこうかしら――小鳥は考えました。しかし、いまこの木蓮の枝を離れたら、きっと鴉に見つかり、追いかけられることでしょう。次こそは捕まって、食い殺されてしまうに違いありません。
もう、追いかけられるのは嫌だ。このままずっと、ここに隠れていよう――小鳥は決めました。

木蓮は大きくて立派な樹でした。なんて頼もしい幹だろうかと、小鳥はつくづくと木蓮を見ました。木蓮の幹にはおじいさんの顔のようにしわが寄っていて、小鳥にはそのしわが、だんだんと本当の年取った人の顔のように見えてきました。
ああ、あの家の人たちはどうしているだろう――小鳥の胸はひんやりとした寂しさでいっぱいになりました。
すると、どうしたことでしょう。
木蓮の幹に浮かび上がるおじいさんの顔が、ぱっちりと目をひらき、そのぎょろりとした大きな目で小鳥のことを見たのです。小鳥はびっくりして飛び上がり、木蓮の枝といわず花といわずぶつかりながら、ぴちぱち、ぴちぱち…と、あの小さい家の窓をめがけて一直線に飛んでいきました。

さあ、大変です。小鳥が木蓮の枝を飛び立つところを、桜の木から鴉が見ていたからです。鴉はいまこそ小鳥をつかまえようと、枝から躍り出てきました。小鳥は鴉に気がつきません。ぴちぱち、ぴちぱちと翼をばたつかせ、わきめもふらずに小さい家の窓へと飛んでいきます。
しかし、鴉の速いことといったら、あっという間に小鳥に追いついてしまいそうです。
ああ! 小鳥は鴉に食べられてしまうのでしょうか。

いいえ、小鳥は無事でした。鴉の鉤爪が樹の枝を離れたのとちょうど同じとき、木蓮の枝から、花たちがいっせいに飛び立ったのです。みな、白い花びらをはためかせ、すみやかに小鳥に追いつくと、ひとつの大きな群れとなり、小さい家の窓へと飛んでいきました。
木蓮の花の群れのどこに小鳥がいるのか、もう分かりません。みな一様に朝の光を受けてかがやきながら、飛んでいきます。
鴉は小鳥を追うことをやめ、もといた樹に戻っていきました。

小鳥と花の群れは、小さな家の窓の前までくると、木蓮の花のうちでも一番大きくて立派なものが、窓ガラスをとんとん、とんとん、と叩きました。
小さい家の人たちは宙を飛ぶ木蓮の花たちを見てびっくりしましたが、そのなかに白い小鳥がいるのに気がつくと、窓をあけてやりました。

こうして、小鳥は家に帰ることができたのでした。そして、もう二度と、窓から飛び出すようなことはしませんでした。

小鳥を家まで送りとどけた花たちも、もちろん、帰っていきましたよ。でも、花たちが帰ったところは、木蓮の枝ではないのです。
木蓮の花たちが帰ったのは、月です。糸のように白くて細い、朝の月に、花たちはひとつ残らず帰っていったのです。
じつは、小鳥が家を恋しく思い、寂しがっていたのと同じように、木蓮の花たちもそろそろ月に帰りたいなあと、恋しく思っていたところだったのです。

木蓮の白い花たちは夢のようにかがやきながら、明るい朝の空を昇っていきました。


(児童文化研究センター助手 遠藤知恵子)