企画展終了前日になって、やっとこさっとこ訪れることができた企画展「ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ」(ちひろ美術館・東京)。練馬は暑かったが、行ってみて良かった。
長編絵本『アライバル』の原画、絵コンテ、コンセプト・コラージュ、初期習作(写真を使ったものもある。これもまた面白い)をはじめとして、数々の絵本や挿絵の原画作品を見ることができた。
絵本や作品集を開いてももちろん楽しいのだが、美術館には美術館の楽しみ方がある。
たとえば、短編集『内なる町から来た話』挿絵の原画。これは油彩で、100×150cmのキャンバスに描かれた作品である。大きな画面と対面し、近づいたり離れたり、ちょっと斜めから見てみたりと、動きながら鑑賞できるのが嬉しい。さらに、タンの全面協力によって実現されたという展示空間は、作品制作の現場に思いを馳せながら、ヘンテコな生き物たちの織り成す「ショーン・タンの世界」を味わうことができる。要するに、室内を歩くだけでも楽しいのである。
展示室には彫刻や立体作品もあった。彫刻〈セミ〉は登場人物(昆虫だが)のイメージを具体化していく過程で制作されたそうだが、深緑色の蝉の目が憂いを帯び、ちょっと丸まったような背中など眺めていると、妙に切なくなる。立体作品の〈カエルの王様〉は、波紋を思わせるすじの刻まれた砂によって池の水を表現しており、中心から頭と両手を出す蛙もグロテスクさは控えめに、静謐な雰囲気を湛えている。なんだか枯山水庭園のミニチュアを見ているようだ。
「油彩―観察的小品」では、タンが基礎トレーニングとして描いた作品の数々も展示していた。集められた15×20cmの油彩画には、それぞれ、タンが訪れた世界中の都市の風景や、静物を描いた作品を見ることができる。多めの絵の具を使ってぐいぐいと描く筆遣いが小気味良い。もしもこれらの絵たちが、うらぶれた町のカフェレストランの壁に並べて飾ってあったら思わず入りたくなってしまうだろう。どれもさりげない主題だが、佇まいが美しいのだ。
このほか、短編映画の『ロスト・シング』も堪能した。館内2箇所に設置された鑑賞スペースには、いつも人がいっぱいになっていた。主人公が出会うヘンテコな迷子は非常にキュートである。
終了間際ということもあって会場全体が混雑していることは否めなかったが、見知らぬ者同士がわやわや集まり、それぞれに楽しんでいるというのも悪くはない。
会期終了に間に合って、本当に良かった。
熊沢健児(ぬいぐるみ、名誉研究員)
展覧会情報
「ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ」
ちひろ美術館・東京 2019/5/11-7/28
美術館「えき」KYOTO 2019/9/21-10/14
公式ホームページ( http://www.artkarte.art/shauntan/
)より。
次は京都での開催。〈カエルの王様〉を見た後に、枯山水庭園のある寺院を訪れる…なんてことができたら、きっと楽しいに違いない。京都会場でも〈カエルの王様〉は展示されるのだろうか? ちなみに、絵本の『セミ』には、芭蕉の句「閑かさや 岩にしみいる 蝉の声」が引用されている(そういえば、手帳にはアフリカの彫刻がスケッチされていたっけ)。日本を含め、さまざまな国の文化を柔軟に取り込んでいる。
「ショーン・タンの世界」がヘンテコで魅力的でいられるのは、面白いものをヒョイッと取り込んでしまう柔軟さがあるから、かもしれない。
もうちょっと作品を見て、いろいろ感じたかったなぁ…帰りの電車では、そんなことを考えていたのであった。