砂浜の砂粒と一口に言っても、世界中にはたくさんの砂浜がありますし、それぞれの砂浜には途方もない数の砂粒があります。個々の砂粒を分類するにも、そのための基準となる事柄がいくつかあります。
たとえば砂粒になるまでの経歴――貝殻が壊れて細かくなったとか、防波堤のコンクリートが波に削られたとか、海底火山のマグマが冷えて固まった後にもろもろと崩れたとか、そこらへんの石ころが波に揺られるまま転がっているうちにいつのまにか小さくなっていたとか――、もっと単純に、砂粒の形状――丸いとか角張っているとか凸凹とか滑らかとか――、より科学的に、砂粒に含まれている成分――これは、いちいち例を挙げていると話が難しくなりすぎるので省略――など。
まあとにかく、これからお話をする砂粒に関しては、このような砂粒の分類について、あまり気にしないでください。いちいち分類していると本当にややこしく、厄介ですから。
砂粒は考えごとをしていました。砂粒は以前、その中に侵入したことのある、二枚貝を思っていました。その二枚貝は小さくて――砂粒からしたら百倍はあるのですけれど――、他の二枚貝と同じように斧の形をした脚を持っていました。その二枚貝が外敵から身を守ろうと砂の中にもぐりこんだ拍子に、砂粒は二枚貝の脚に触れ、その素晴らしい感触に、すっかりまいってしまったのでした。砂粒はまたあの脚に触れたいと願い、波がそのように動いてくれないものだろうかと、一日中、考えて過ごすようになりました。夜もあまり眠れなくて、祈ってばかりいました。砂粒の願いが叶ったのは、それから数日後のことでした。二枚貝がまた外敵から逃げようと慌てて砂に潜ったとき、砂粒は吸い込まれるように、貝の内部に入っていきました。急な出来事ではありましたが、砂粒はできるだけ奥のほうへ入りたいと強く念じ、とうとう本当にそのようになりました。恋焦がれていたあの感触に再び包まれることができ、砂粒はとても幸せでした。
砂粒は二枚貝の中でいつの間にか眠ってしまいました。この数日間、ほとんど眠れずにいましたから。眠りに落ちていく直前に、砂粒はえもいわれぬ甘美な夢を見たような気がしました。そしてその夢がいつまでも続くと、ほとんど確信しながら意識の底へ沈んでいきました。久しぶりの深い眠りでした。
しかし目を醒ますと砂粒は二枚貝の外にいました。二枚貝にとって砂粒は異物でした。ちょっと脚を動かすたびに、砂粒の表面にある小さな凸凹が当たって、二枚貝は痛くてたまりませんでした。砂粒が恍惚としているあいだにも、二枚貝は必死になって、砂粒を追い出そうと体を動かしていました。
砂粒には二枚貝の事情はよく分かりません。したがって、なぜ自分が二枚貝の外にいるのか理解できません。仕方がないので、二枚貝のことを考え、脚の感触を思い出すことにしました。砂粒はわりあい記憶が良いほうなので、細部まで思い出すことができましたし、想像力も豊かでしたから、必要とあらば現実でないことを思い起こすことさえ可能でした。ただし一つだけ、あの夢の甘美な味わいだけ、どうしても再現することができませんでした。
砂粒はそれでも二枚貝のことを思っていました。甘美な夢を忘れてしまったとしても、幸せな過去を生きることはできるのです。砂粒が思い出に浸っている間に、波は行きつ戻りつしながら、砂粒をより浅いほうへと運んでいきました。水際まで砂粒を送り届けると、波は帰っていきました。砂粒と他の砂粒たちの間は水で満たされていましたが、波が行ってしまうと、水のあったところに空気が入りました。しゅー、という音がしました。そろそろ潮が引く時間です。
遠藤知恵子(児童文化研究センター助手)