みんなのミュシャ
ミュシャからマンガへ――線の魔術
東京・渋谷のBunkamura
ザ・ミュージアムで開催されている「みんなのミュシャ」展に行ってきました。ミュシャのファンではないのに重い腰を上げたのは、彼の影響を強く受けた日本のマンガ家の作品も展示されていると知ったから。若い頃、マンガを読み、模写することに多くの時間を費やした自分にとって、知っておくべきことがこの展覧会にある気がしたのです。
平日の開館約15分後に着くと、すでになかなかの混み具合。来館者の9割は女性で、50代以上の方が多いのが印象的です。男性客の大半は、そういったご婦人方の連れ合いのように見受けられました。素足にサンダル履きの多いご婦人方の足を無骨なスニーカーで踏まぬよう、気をつけて進みます。
展示品はその大部分が、遺族の設立した「ミュシャ財団」の所蔵品。少年時代から修業時代にかけての作品や、ミュシャの収集した美術・工芸品、そして習作、素描、写真など。ここでしか見られないであろうものが多かったです。ミュシャが撮影したモデルの写真と、それを元に描かれた作品を比較できる展示もありました。ミュシャの作品は保存状態がいいためか、発色が良く、美しい。油絵などに比べると、紙に印刷したポスターは劣化しやすいはずですが、百年以上の時を経ているとは思えません。
ふと、肌寒いことに気づくと同時に、展示室の片隅にブランケットを入れたカゴがあるのが目に留まります。カゴには、作品保護のために室温を低く設定してあるゆえ、ご自由にお使いくださいとの旨が。作品保護に対する思いと、来館者への配慮の細やかさに感じ入りました。
広告用の宣伝媒体でしかなかったポスターを観賞用の美術品へと高め、大衆のための芸術を生み出したミュシャ。彼がいかに新しい考え方で芸術を捉え、新しい様式、新しい構図を生み出していったのか。そして、それがいかに後世のアーティストたちに受け継がれていったのか。それらをわかりやすく伝えてくれる展示でした。特に目を見張ったのは、1960-70年代の英米のレコード・ジャケットやアメリカン・コミックス。日本のマンガ界が誇る鳥山明も、アメコミをはじめとするアメリカン・カルチャーを通してミュシャの影響を受けていたのだということに気づき、驚愕しました。
本展で作品が展示されている日本のマンガ家やアーティストは、本当に代表的な、ごく一部の方々だけです。しかし、ここをクローズアップしたら、それだけで大規模な展覧会になってしまう。日本のマンガ界とミュシャは切っても切れない関係なのです。本展の日本語版タイトルにある「みんなの」は、現代日本のマンガやグラフィック・アートに触れてきた多くの日本人にとって、ミュシャが(実は)馴染み深い存在であることを含意しているのでしょう。
会場出口で次回展の招待券が当たるよう願ってアンケートに記入し、ミュージアム・ショップでポストカードと展覧会カタログを購入。ミュシャ・グッズに一筆箋が見当たらなかったのが、少々残念です。淡いピンク地に金色の線が華やかな装丁のカタログを眺め、ミュシャの偉大さを反芻しながら、帰路につきました。
〔敬称略〕
展覧会に行った日:2019年9月12日
文責:出不精ながら
◆展覧会情報
「みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ――線の魔術」
東京展 Bunkamura ザ・ミュージアム 2019/7/13(土)~9/29(日)
京都展 京都文化博物館 2019/10/12(土)~2020/1/13(月・祝)
札幌展 札幌芸術の森美術館 2020/1/25(土)~4/12(日)
名古屋展 名古屋市美術館 2020/4/25(土)~6/28(日)
静岡展 静岡県立美術館 2020/7/11(土)~9/6(日)
松本展 松本市美術館 2020/9/19(土)~11/29(日)