2021年10月7日木曜日

ムナーリとレオーニ(2)

 出生から1925年まで① ムナーリとレオーニ

 

ここからは、「ブルーノ・ムナーリ」展(2018-2019年)と、「だれも知らないレオ・レオーニ」展(2020年)の、二つの展覧会図録の年譜を順に読んでいきたい。それぞれ異なる場所とタイミングで作られた年譜なので記述内容も少しずつ異なるのだが、そうした違いもありのままに読み、思ったことを記していこう。

 

ムナーリは1907年10月24日、イタリアのミラノで生まれた。レオーニはそれから3年後の1910年5月5日、オランダのアムステルダムで生まれた。二人とも、生まれたときは都会っ子だった。

奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」(『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp. 342-357)によると、ムナーリは1913年に両親とともにヴェネト州バディア・ポレジネに移住している。ムナーリが6歳頃までを過ごしたミラノとは違い、静かなこの町でムナーリの両親はホテル経営をしていたという。そのホテルというのは、「エステ公爵家の旧邸のひとつ、パラッツォ・グラデニゴを改装したホテル」(p.342)だったそうだ。いま私の手元にある電子辞書の『ブリタニカ国際大百科事典』で「エステ家」を引いてみると、中世から近代まで中部イタリアのフェララ、モデナ、レッジョエミリアなどの地域を支配していた家系だった、ということがわかる。モデナ公国という国を領有していたが、1860年にサルジニア王国に併合され、エステ家による支配が終わったそうだ。サルジニア王国はリソルジメント運動(イタリア統一運動)の中心地であり、第二次イタリア独立戦争を経て、1861年にイタリア王国に転換した。イタリアには、古代の遺産を引き継いだ古い国というイメージがあるけれど、国家としては若いのだ。

ムナーリは、1925年(1926年という説もある)に両親から離れて1人でミラノに戻るまで、バディア・ポレジネで過ごした。

 一方のレオーニだが、「レオ・レオーニ 年譜」(『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp. 216-219 執筆担当者の表示なし)によると、レオーニの父ルイス・レオーニはスペイン系ユダヤ人セファルディムにルーツを持ち、ダイヤモンドの研磨工を経て会計士となった人である。なんでも、「オランダのユダヤ人はダイヤモンド産業の中心的存在だった」 (p.216)のだそうだ。母エリーザベト・グロソウはオペラ歌手である。芸術を愛する大人が身近にいる環境だったようで、レオーニは「建築家の叔父ピート」からは絵の手ほどきをうけている。また、年譜には「大叔父のヴィレムは前衛芸術の収集家で、そのコレクションのうち数枚」がレオーニの家に置かれたとあり、少年レオーニのお気に入りは、「シャガールの油画」だったという(同上)。

また、後に見る通り、レオーニの年譜は引っ越しに関する記述が多い。1922年、両親がアメリカに移住し、レオーニはブリュッセルに移住した父方の継祖父と祖母の元に預けられている。また、その時期、「母方の叔母ミースの夫ルネがコレクションしたエルンストなど同時代の画家の作品に触れ、大きな影響を受け」たとのことだ(同上)。

 1915年にレオーニが入学した当時のオランダの小学校教育は、「モンテッソーリ、フレーベル、ルソーなどの思想が取り入れられ、芸術や自然観察が重視された」(同上)とあり、自宅では小さな生き物を飼ったりテラリウムを作ったりしていたというのが面白い。「のちに自宅近くの国立美術館でデッサンをする許可を得る」(同上)ともあり、家でも、家の外でも、動植物と芸術作品が身近にある少年期を過ごしていたことが分かる。1924年、アメリカのフィラデルフィアにいる両親の元へ。ここでウィリアム・ペン・チャーター中学校に通うことになるが、翌年には父の転勤のためイタリアのジェノヴァに一家で移住する。この頃に漫画を書き始め、油彩画を描き始めたのもこの頃だという。「生涯の友となるイーゼルを購入」(同上)したのもやはり、1925年に移住したジェノヴァだった。

 レオーニは15歳までにオランダ、ベルギー、アメリカ、イタリアの4か国に暮らし、それぞれの国の言語を身につける。ムナーリも引っ越しはしているものの、あくまでもイタリア国内での移動だったことを考えると、既に二人の違いが見えてきたようで、ちょっと面白いと思った。

 

【書誌情報】

奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp. 342-357

「レオ・レオーニ 年譜」森泉文美・松岡希代子著『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp. 216-219 ※執筆担当者の表示なし

 

遠藤知恵子(センター助手)

2021年10月1日金曜日

投稿募集のお知らせ

 本日より、児童文化研究センター主催書評コンクールの作品募集を開始いたしました。センター構成員の皆さまのご応募を、心よりお待ちしております。

 センターブログは、2011年に児童文化研究センター公式サイト内に開設され、当センターからの情報発信及びセンター構成員による自由な投稿の場として運営されております。書評コンクール開催の場となる以外にも、皆さまのご投稿を随時募集しております。募集内容は、次の通りです。 


児童文学・文化に関わる

・批評 ・研究ノート 

・エッセイ ・創作 ・翻訳

・新刊書/映画/展覧会/講演会の紹介や感想

*原稿の分量は、A4用紙1~2枚程度を目安としてください。

*投稿原稿は、当センター宛てのメールに添付してお送りください。

 

 次の場合は、掲載をお断りすることがあります。

・センターブログの趣旨から外れる場合

・第三者に対する誹謗中傷、名誉棄損の恐れがある場合

・その他、本学及び児童文化研究センターに不利益を与えると当センターが判断した場合

 ご理解、ご協力のほど、お願い申し上げます。

 センターブログをどうぞご活用ください。皆さまのご投稿を心よりお待ち申し上げます。

2021年9月30日木曜日

第5回書評コンクール(2021年秋)作品募集

 第5回書評コンクール(書評コンクール2021年秋)を開始いたします。

好きな児童文学作品・絵本、面白いと思った研究書や児童文学・文化の関連書籍などの書評を書いて、ご応募ください。集まった書評はブログにて公開し、構成員の皆様のご投票で優秀作品を決定いたします。


スケジュール

10月 1日(金) 書評の募集開始

11月11日(木)書評の応募締め切り(受付は17:00まで)

11月12日(金)書評の発表・投票開始

12月 2日(木) 投票締め切り(受付は12:00まで)

12月 3日(金) 優秀作品と全執筆者の発表

 

 応募された書評は、名前を伏せた状態で11月12日にブログに発表します。投票は、誰が書いたか分からない状態で書評のみを読んで行います。書評には到着順に番号をふりますので、その書評番号をメール本文に書いて送ってください。12月3日、それぞれの書評の執筆者とともに優秀作品を公開します。

 

書評の募集要項 

・応募資格:応募時点で白百合女子大学児童文化研究センターの構成員であること。

・書評の分量:800~1200字

・応募方法:テキストをWordファイルで作成し、メールに添付して送信してください。

・メール本文には次のことを記載してください。

 1. 書評の執筆者氏名(ペンネームでの公開をご希望の場合は併記してください)

 2. 応募区分( 学生/一般/教員/その他 のなかからひとつ選んで記載)

3. 取り上げる本の書誌事項(本のタイトル・著者名・訳者名・出版社・出版年など)

* 応募された書評は、原則として、そのままコピー&ペーストしてブログに掲載します。誤字脱字にご注意ください。

 

投票について

・投票資格:投票時点で白百合女子大学児童文化研究センターの構成員であること。

・投票方法:メールに書評番号を記入して送信(メール投票のため記名投票となりますが、誰がどの書評に投票したかは公表されません)。


 書評と投票の送り先は、 jido-bun☆shirayuri.ac.jp です(☆を@に直してお送りください)。

 皆さまのご参加を、心よりお待ちしております。

ムナーリとレオーニ(1)

2冊の図録

10代の終わり頃から美術館に行くのが好きで、新型コロナウイルスが流行する前までは、時間と予算の許す範囲で、気になる展覧会が開催されるたびに電車やバスを乗り継いで観に行っていた。展覧会の図録(カタログ)は、図版を含む作品情報や論文が収録され、資料としてとても便利なのだけれど、大抵の場合、大きくて分厚くて重たい。だから「ここで買い逃したら2度とお目にかかれないかもしれないが、新しく買い足したばかりの本棚ももう満杯になりつつある、さてどうしようか…」などとミュージアムショップで逡巡してしまう。結局、閉館間際になってようやく「ええい、ままよ!」とばかりに1冊、買い求める。しみったれた話で恐縮だが、いつも大体そんな調子だ。

神奈川県立近代美術館で開催されたのを皮切りに、翌年までかかって合わせて4館を巡回した「ブルーノ・ムナーリ」展(2018-2019年)の図録と、板橋区立美術館で開催された「だれも知らないレオ・レオーニ」展(2020年)の図録も、そうしてさんざん迷いながら私の本棚にお迎えした。ムナーリもレオーニも戦前から創作活動を始めており、始めた時期はそれぞれ異なるけれど、ふたりとも絵本制作に携わっている。名前の感じも何となく似ているし、このふたりの年譜を並べて読んでみたら面白いかもしれない。

ムナーリとレオーニが、もしも今の日本のどこかの美術館で二人展を催したなら、どんな展示構成になるだろう。そんなことを考えながら、2冊の図録の年譜を読み始めた。

 

遠藤知恵子(センター助手)

2021年9月23日木曜日

センター入り口のミニ展示(9月16日~10月8日)

神宮輝夫先生のご著書と訳書 ①絵本と研究書

 

センター入り口で、センター蔵書(Z本)のミニ展示を行っております。展示している図書は絵本と研究書です。こちらの図書は展示期間中も貸し出しをすることができます。どうぞお気軽にご利用ください。


絵本

『かいじゅうたちのいるところ』

モーリス・センダック さく じんぐう てるお やく 冨山房 1975年

『太陽へとぶ矢 インディアンにつたわるおはなし』

ジェラルド・マウダーモット さく じんぐう てるお やく ほるぷ出版 1975年

『とてもすてきなわたしの学校』

ドクター・スースとJ・プレラツキー 文 レイン・スミスとドクター・スース 絵

童話館出版 1999年

『みんなの ベロニカ』

ロジャー・デュボアザン さく・え 神宮輝夫 訳 童話館出版 1997年

 

研究書(共著も含む)

『現代日本の児童文学』

神宮輝夫 著 評論社 1974年

『子どもの世紀 ―表現された子どもと家族像―』

神宮輝夫・髙田賢一・北本正章 編著 ミネルヴァ書房 2013年

『アーサー・ランサムのロシア昔話≪新装版≫』

アーサー・ランサム 作 神宮輝夫 訳 白水社 2009年

『ロンドンのボヘミアン』

アーサー・ランサム 作 神宮輝夫 訳 白水社 2000年

『アーサー・ランサムの生涯』

ヒュー・ブローガン 著 神宮輝夫 訳 筑摩書房 1994年


通常のミニ展示は閉架資料を中心に行ないますが、この度の神宮輝夫先生ご逝去の報を受けまして、今回はセンダックの『かいじゅうたちのいるところ』ほか、開架資料を展示しております。神宮先生のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

2021年9月22日水曜日

猫村たたみの三文庫(非)公式ガイド

(11)後期開始のご挨拶


センター構成員の皆さま、ご機嫌いかがかにゃ?

三文庫の守り猫、猫村たたみですにゃ。

 

後期が始まりましたのにゃ。

私、春も夏も冬も好きなのにゃけど、秋って良い季節にゃね〜。

食べ物は美味しいし、花粉症は春ほどひどくはならないし、お散歩とお昼寝が気持ち良いですにゃ。

 

コロナ禍のなか、三文庫をご利用いただけない日々が続いているのにゃけど、三文庫の目録情報をブラッシュアップする作業が、バックヤードでず〜っと続けられておりますにゃ! いまも不安定な情勢が続くのにゃけど、思い通りに調査研究に出かけられる日は、必ずやってきますからにゃ〜。私も微力ながら、埃取りのモシャモシャ(註:猫村愛用の掃除用具です)片手に、シェルフリーディングに励みますにゃ。

 

センター構成員の皆さまにおかれましては、美味しい秋の食べ物でしっかり栄養をつけて、どうかご自愛くださいませにゃ。いつかまたお目にかかれるそのときまで、私こと猫村たたみ、全力で三文庫をお守りいたしますにゃ!


本棚に吊り下げられた
猫村愛用の「埃取りのモシャモシャ」
猫村たたみ
「お掃除がんばりますにゃ!」

センター蔵書のレイアウトを変更しました

日頃より児童文化研究センターをご利用いただき、誠にありがとうございます。

この夏に、児童文化研究センター研究員の尾崎るみ氏よりたくさんの資料をご寄贈いただいたことを機に、センター蔵書のうち、通称「Z本」と呼ばれる寄贈図書の本棚を中心に、レイアウトを変更いたしました。

 

変わったことは、おもに次の3点です。

 

①ご寄贈を受け、研究書、特に、展覧会図録が以前より充実しております。

②研究書の本棚の拡充に伴い、利用頻度の低い児童文学の作品(小説など)を閉架といたしました。ご利用の際はリストの中から閲覧したい本を選び、お近くのセンター助手に書誌情報を教えてください。冊数にもよりますが、5分ほどで取り出します。

③2021年後期より、センター入り口付近で、蔵書のミニ展示を始めます。閉架資料を中心に、毎月1〜3冊ずつ陳列いたします。

 

コロナ禍のなか、ご来室いただくのが難しい現状ではございますが、より利用しやすい蔵書を目指し、業務に励んでまいります。

今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

 

また、末筆となりますが、大切なご蔵書をご寄贈くださった尾崎るみ先生に、改めて心よりのお礼を申し上げます。ありがとうございました。