2021年5月20日木曜日

猫村たたみ×熊沢健児 トークセッション

書評コンクール2021春 猫村たたみ×熊沢健児 トークセッション


猫村たたみ
(三文庫の守り猫)
猫村:皆さま、ご機嫌いかがかにゃ? センター三文庫の守り猫、猫村たたみですにゃ!

熊沢:どうも、熊沢健児です。

猫村:今回の書評コンクールも、素敵な力作ぞろいにゃね~。

熊沢:そうだね。ご応募くださった皆さま・ご投票くださった皆さまに、心よりお礼申し上げます。

熊沢健児
(名誉研究員)

猫村:ありがとうございますにゃ!

熊沢:早速、第4回コンクールの振り返りを始めよう。

猫村:「タンタンの冒険」シリーズを紹介したピアノさんの書評(書評番号1)、チャーミングだったのにゃ~。

熊沢:そうだね。ハドック船長についての、「この人と結婚したらかなり苦労しそうだけれども、親友だったら楽しそう」というコメントから始まるこの書評、ピアノさんがこの作品に抱く「好き」の気持ちが、最初にすーっと伝わってくる。

猫村:ハドック船長の人物像も思い描くことができるのにゃ。そして、作品の魅力の一つ、登場人物が交わす会話の楽しさについて、説明しているのにゃ!

熊沢:うん。ピアノさんはその中でも特に、ハドック船長の言葉遣いに注目しているね。「なんとナントの難破船」や「コンコンニャローのバーロー岬」という台詞は確かに面白い。決して上品とは言えないけれど、こっそり真似して呟いてみたくなってしまうね。

猫村:にゃんとニャントのにゃんぱせん(=なんとナントの難破船)! 楽しいのにゃ!

熊沢:いやいや、それじゃ地口になってないよ。「ナント」は地名だよ。「ニャント」と言ってしまったら、わけが分からないよ。

猫村:そうかにゃ? にゃ~む…にゃったら、私もフランス語を習いますにゃ!

熊沢:Bon courage!(がんばって!)

猫村:メルシーにゃっ。

熊沢:『チリンのすず』を紹介した勝又さんの書評(書評番号2)、お話の内容を丁寧に紹介しているけれど、結末が分からないよう、「人間の感情」というキーワードを用いて作品を考察している。まだ読んだことがない人のために工夫しているんだね。

猫村:そうにゃね~、さすがなのにゃ。

熊沢:羊のチリンが主人公ということで、ふんわりした暖かな物語を連想してしまいそうになるけれど、この『チリンのすず』はちょっと違うみたいだね。

猫村:にゃ!

熊沢:勝又さん曰く、登場する羊と狼には、人間と同じ感情(「人間の感情」)が与えられている。物語に登場する羊と狼が、人間さながらのドラマを繰り広げるんだね。主人公のチリンは母親の仇討ちと、仇である狼との師弟関係との間で、どんな決断を下すんだろう。

猫村:にゃ~む、気になるのにゃ。

熊沢:うん。でも、結末は言わないよ。

猫村:あとで図書館で借りて読むのにゃ。

熊沢:うん。

猫村:ところでにゃ、三井さんの『魔女がいっぱい』の書評(書評番号3)は愉快なのにゃ!

熊沢:そうだね。全7本の書評作品のうち、唯一、敬体(ですます調)で呼びかけるように書かれているね。読者参加型の書評だね。

猫村:にゃ! 私たちも参加するのにゃ。熊沢君は、「魔女」と聞いたらどんなイメージを思い浮かべますかにゃ?

熊沢:うーん。草木の茂る森の入り口に小屋を建てて暮らしていて、庭で薬草を育てたり、ときどき産婆さんみたいなことをしたり…民間医療の担い手というイメージかな。

猫村:にゃにゃ? 空飛ぶ箒や黒猫などではないのにゃね。熊沢君は、『魔女・産婆・看護婦―女性医療家の歴史』(バーバラ・エーレンライク+ディアドリー・イングリシュ著、長瀬久子訳、法政大学出版局、2015年)を読んだのかにゃ?

熊沢:え? あ、いや、民間医療というのは私の勝手なイメージで…『魔女・産婆・看護婦』か。そういう本があることは、知らなかった。

猫村:熊沢君は素直にゃ。

熊沢:実際、魔女は欧米の女性の歴史を語る上でも重要な主題の一つだけど、児童文学でもやはり、欠かせないモチーフだね。

猫村:そうにゃね。児童文学に登場する魔女も、バラエティに富んでいて興味深いのにゃ。

熊沢:『魔女がいっぱい』の魔女たちは子どもが嫌いで、国中の子どもを滅ぼすという恐ろしい計画を立てている。だけど、三井さんの文章はむしろコミカルで、「なんということでしょう!」などと、オーバーリアクション気味に慨嘆してみせる。

猫村:そうなのにゃ! 文章から、コミカルな身振りを感じられるのにゃ。

熊沢:ところで、2015年度に、児童文化研究センターで「子どもの本に描かれる魔女プロジェクト」が活動していたよね。

猫村:センター叢書に、『子どもの本と魔女(暫定版)』という冊子があるのにゃ。プロジェクトメンバーが魔女の登場する本を約300冊読破して、その中から子ども向けの作品256点を取り上げ、作品ごとの解題と「魔女スペック」を作品ごとに紹介しているのにゃ。

熊沢:うん。『魔女がいっぱい』の解題および魔女スペックも載っているから、センターにお立ち寄りの際にはぜひ確認してみてください。

猫村:三井さんの書評のおかげで、懐かしいプロジェクトを振り返ることができたのにゃ。

熊沢:うん。研究って、振り返ることが大事だよね。

猫村:にゃ!

熊沢:赤坂恵里さんの『都会(まち)のトム&ソーヤ①』書評(書評番号4)は、この夏に公開予定の映画の原作。タイムリーだね。

猫村:タイミングって大事なのにゃ。

熊沢:うん。先ほどの三井さんと同様、赤坂さんの書評も「ご存知だろうか」と問いかけるような言葉遣いによって始まるのだけれど、赤坂さんの場合、コール&レスポンスのような読み方を意図しているわけではないみたいだね。

猫村:にゃ! 読者の意識を書評に向けてもらって、その上で、作品概要、主人公である内人と内人の相棒となる創也がそれぞれ抱えている課題、そして作品全体に流れるテーマを、テンポよくたたみかけるように述べているのにゃ。

熊沢:7本の書評の中で、最もスピード感のある文章だったと思う。

猫村:かっこいいのにゃ!

熊沢:そうだね。この作品のエンターテインメント性を、テンポの良い文章を通じて伝えつつ、主人公にとっての「冒険」の意味、すなわちこの作品の核心部分を、エリクソンを引き合いに出しながら過不足なく伝えているね。

猫村:あと、赤坂さんは映画の情報も記載してくれているのにゃ。

熊沢:そうそう、これは親切だと私も思った。

猫村:公開日に変更がないとも限らないのにゃけど、観たい人にとってはいつ頃に劇場情報をチェックすれば良いかの目安になるのにゃ。映画館に足を運ばれる方は、事前に公式サイトをお確かめの上、感染症対策をばっちりしてくださいませにゃ~。

熊沢:そうだね、事前確認と感染症対策はマストです!

猫村:次は熊沢君の書評にゃね(書評番号5)。ドリアン助川さんの『あん』なのにゃ。

熊沢:いきなりだけど、実は、私は明石海人の星や鉱石の短歌が好きなんだ。「涯もなき青空をおほふはてもなき闇(くら)がりを彫(ゑ)りて星々の棲む」という歌をアンソロジーの中に見つけて、一瞬で心を奪われた(アンドレ・ブルトンほか『書物の王国⑥ 鉱物』国書刊行会、1997年 p.111)。

猫村:そうにゃったの。

熊沢:うん。明石海人はハンセン病を患っていた歌人だから、それ以来、ハンセン病と文学について、時々機会を作っては少しずつ勉強しているんだ。

猫村:それで『あん』を取り上げたのかにゃ?

熊沢:うん。『あん』は現代の作品だったけど、これからは時代を遡って全集に収録されている作品は一通り読もうと考えている。戦時中のハンセン病文学については、プロパガンダに利用された側面が大いにあるから、一筋縄ではいかないけれど…。

猫村:にゃ~む。ゆっくり学んでいけば良いのにゃよ。じっくり取り組んでにゃ~。

熊沢:うん。より深く広く知っていくことで、『あん』に対する私の見方や感じ方も変化すると思う。

猫村:そうにゃね。

熊沢:次の『怪談・骨董』の書評(書評番号6)だけど、センター助手の遠藤さん、怪談が好きだったんだ…。

猫村:私、怖い話は苦手なのにゃよ~。

熊沢:え…でも君、猫またじゃなかったっけ? 妖怪トンネルを使って時間旅行もしているよね?

猫村:妖怪トンネルを使っているのは気心の知れたご近所さんばかりなのにゃ!

熊沢:そうなんだ。

猫村:私だって、怨霊は怖いのにゃ(ブルブル…)。

熊沢:そうか。でも、君の『おおかみと七ひきのこやぎ』を取り上げた書評(書評番号7)だって、怖かったよ。

猫村:そうかにゃ?

熊沢:おかあさんやぎとこやぎたちがおおかみの腹に石を詰め込むシーンは、君の言う通り確かに楽しそうで、和気あいあいとした雰囲気の中、おおかみを死に追いやろうとしている。だけど、どうしてそういうところにピントを合わせるのだろうかと、疑問に思った。

猫村:にゃ~む、言われてみれば…どうして私はその場面に注目したのかにゃ? もしかしたら、『マイリトルゴート』を踏まえて、書評を書いたからかもしれないのにゃ。

熊沢:そうか。映像作品は原作の読み方にも作用するからね。

猫村:映像化された作品を見る前と後では、原作との向き合い方も変化するのにゃ。

熊沢:そうだね。一つの作品に対する、自分の読み方が変わっていくことはすごく楽しいし、大事なことでもあるね。さて、ここまで、全7作品を振り返りました。

猫村:楽しかったのにゃ! 皆さま、最後までお付き合いいただきありがとうございましたにゃ。

熊沢:ありがとうございました。

猫村:書評コンクールは夏にも開催するのにゃ。

熊沢:皆さま、どうぞふるってご参加ください。

猫村:よろしくお願いいたしますにゃ!

第4回書評コンクール 結果発表

 

書評コンクールの投票結果を発表いたします。

・書評番号1 ピアノ(一般)・・・・・・・・・・・得票数3

・書評番号2 勝又 芽依(学生)・・・・・・・・・得票数2

・書評番号3 三井 彩愛(学生)・・・・・・・・・得票数1

・書評番号4 赤坂 恵里(学生)・・・・・・・・・得票数1

・書評番号5 熊沢 健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)得票数4

・書評番号6     遠藤知恵子(その他)・・・・・・・・得票数0

・書評番号7  猫村たたみ(三文庫の守り猫)・・・・得票数0

 

 優勝は、書評番号5、『あん』の書評を書いた、熊沢健児氏に決定いたしました。

 作品応募や投票にご参加くださった皆さま、いつも見守ってくださる皆さまに、心よりお礼を申し上げます。

2021年4月30日金曜日

センター閉室のお知らせ

児童文化研究センターは、5月3日(月)から7日(金)まで閉室とさせていただきます。
ご不便をおかけいたしますが、なにとぞご了承くださいませ。

新緑の美しい季節となりました。
どうぞお体にお気をつけてお過ごしください。

 

2021年4月28日水曜日

第4回書評コンクール 作品公開のお知らせ

 第4回書評コンクールへの応募作品を公開いたします。

 ご応募くださった皆様に心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。

 本日より5月19日(水)まで、センター構成員の皆様からの投票を受け付けたいと存じます。良い!と思った本の書評を一つ選び 、書評番号を本文に記入したメールを児童文化研究センターまでお送りください。最優秀作品の発表は、20日(木)です。皆様のご参加を、お待ちしております。


【書評】やなせたかし作・絵『チリンのすず』フレーベル館、1978年

主人公は羊の「チリン」。その名の由来は、首についた金色の鈴。

「ひつじなんて けがもしゃもしゃして たべにくいのに。みどりいろのくさのほうがおいしいのに。」

子羊のチリンには、オオカミが羊を食べるということも分からない。

しかし、ある日オオカミのウォーによってチリンの母は殺される。オオカミのウォーに弟子入りして…。

と、あらすじはこんな感じである。

羊と狼においては、多数の物語が存在する。

そしてその多くの物語では主人公の羊は孤独な狼の心を動かす存在として描かれている。

しかし現実では、狼は羊を生かしてそばに置くことはないし、羊自ら狼に近づくこともない。

そこには、フィクションにはあって現実にはないものがあると思う。

それは、「人間の感情」だろう。動物に感情があるのかないのかという討論になればこの書評を超えて多くの研究を重ねる必要があるが、確実に言えるのは、彼らには「人間の感情」はないということだ。しかし、そんな彼らに作者の「人間の感情」を加えるとどうだろう。

羊は、母のため狼にだって立ち向かうし、狼は餌である羊にだって心を開く。

他の動物にも、同じように同情や友情、愛情を感じるのが「人間の感情」の最大の特徴であるように思える。

「チリンのすず」でもそうだ。

チリンは、母を殺されたウォーへの憎しみと、おそらく母よりも長く弟子として連れ添ってきたウォーとの友情、両方を抱えている。

また、チリンのトレードマークである金色の鈴の音で、チリンの状況を示している。

”チリンのすずでおもいだす やさしいまつげを ほほえみを チリンのすずでおもいだす このよのさみしさかなしみを”

この文が物語の始まる前に書かれている。

子羊のチリンにとって、自分をかばって死んだ母が絶対的な正義であった。

よってその要因となったウォーは必然的に悪となるのだが、チリンの正義は、自分の中の、羊と狼の存在の曖昧さに自然移っていったのだと思う。

チリンは母を思い出す時、羊であったし、ウォーを思い出す時狼であったのではないか。

そしてそれは、読者サイドも同じで、羊であるチリンの気持ちで本を読み進めいつの間にか自分が羊なのか狼なのか、どちらの感情でいたら良いのかわからなくなる。

また、チリンの感情が多く描写されているのに対し、ウォーの感情はあまり描かれていない。

いっそウォーが最後まで完全な悪であったならば、この本を通して羊の感情で見ることができるのに、とも思った。

ウォーの感情を、読み手の「人間の感情」で考えさせるために、この作品は多くの人の心に残る作品となったに違いない。


***


第4回書評コンクール 投票方法は…
良い!と思った本の書評を一つ選び 、書評番号を本文に記入したメールをお送りください。
メール送り先: jido-bun@shirayuri.ac.jp

投票締め切り: 2021年5月19日(水)


この書評は、2021年春に開催された書評コンクールの応募作品です(書評番号2) 

 

【書評】エルジェ「タンタンの冒険」シリーズ、川口恵子訳、福音館書店、1983₋2007年

 この人と結婚したらかなり苦労しそうだけれども、親友だったら楽しそう。「タンタンの冒険」シリーズにおける主要登場人物の一人、ハドック船長のことだ。そんな風に思うのは、わたしがこのシリーズにハマったのが、大人になってからだったためかもしれない。幼い頃、漫画だからと手を出してみたものの、難しくて理解できなかった記憶がある。しかし、大人になってから読んでみると、すっかり夢中になった。

主人公の少年記者タンタンは、正義感ゆえに様々な事件に巻き込まれ、悪者に狙われながら命がけの冒険をくり広げる。ストーリー展開の面白さもさることながら、このシリーズの魅力は、なんといっても会話の妙にあるだろう。

シリーズ初期、タンタンは愛犬スノーウィとのコンビで行動し、多くの会話がこのコンビの間で交わされる。スノーウィも吹き出しで人語を話しているのだが、どうやらタンタンはスノーウィのことばを人語として理解しているわけではないらしい。それでも会話はかけ合いのように行われる。途中の巻から登場する刑事のデュポンとデュボンも、ことば遊びのような会話が楽しい。けれども、ひとたびハドック船長が登場し、会話に加わると、彼は圧倒的な存在感を放つ。船長の登場しない巻は物足りなく感じるほどだ。

第9作『金のはさみのカニ』でシリーズに初登場したとき、船長はなかなか情けない人物だった。悪い部下に騙されて酒浸りになり、悪事に利用され、タンタンに助けられるのだ。この時点で、彼はすでに救いようのないアルコール中毒になっている。何度も禁酒を誓いながら、誰も見ていない隙にちょいと一杯やろうとし、結果ひと瓶飲み干して酔っぱらい、とんでもないことをしでかす。口も悪い。すぐに怒って、悪態をつく。

 こうして書いてみると、児童文学作品の主人公の親友とはとても思えない。それでも、ハドック船長はぜひお近づきになりたい、魅力的な人物なのだ。喜怒哀楽が激しく、純粋で勇敢な人情家。そして、会話におけるすばらしい切り返し。ユーモアと機知に富んだ彼と会話を楽しめるなら、フランス語を学んでみようかなという気にさえなる。彼のよく口にする台詞「なんとナントの難破船」や「コンコンニャローのバーロー岬」が原文では何と言うのか知りたくて、フランス語の原書を購入してしまった。できるものなら、船長お気に入りの高級ウィスキー「ロッホ・ローモンド」も飲んでみたい(作者エルジェは架空の銘柄のつもりだったので、実在する「ロッホローモンド」とは別物だそう)。

 自力では禁酒に成功しなかった船長だが、シリーズの最終盤、アルコールを受け付けない体質になる。彼の健康のためにはいいことなのだが、ちょっぴり残念に思う読者は、わたしだけではないはずだ。


***

 

第4回書評コンクール 投票方法は…
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メール送り先: jido-bun@shirayuri.ac.jp

投票締め切り: 2021年5月19日(水)


 この書評は、2021年春に開催された書評コンクールの応募作品です(書評番号1) 

【書評】ロアルド・ダール作、クェンティン・ブレイク絵『魔女がいっぱい』清水達也・鶴見敏訳、評論社、2006年

 あなたは「魔女」と聞くと、どのようなイメージを思い浮かべますか?

 

 大きな壷をかき混ぜて、薬を作っている怪しいおばあさん?

 黒い帽子に、黒いマント?

 ほうきの柄に乗って、ひとっ飛び?

 それとも、素敵な魔法で人助け?

 

 いえいえ! 2度にわたって実写映画化された『魔女がいっぱい』には、このような特徴を持った魔女は、1人も登場しません。

 では、どんな魔女かというと……。 一見すると、一般の女性と何も変わりません。ごく当たり前の服を着て、ごく普通の家に住み、人並みに仕事をしています。

 しかし! その正体は恐ろしいもので、魔法を使って子どもを消そうと企んでいるのです。というのも、魔女は大の子ども嫌いだからです。

 加えて、「髪の毛が生えていない」「かぎ爪を持っている」など、奇妙な身体的特徴をいくつか持っています。魔女はカツラや手袋でこれらの特徴を隠しているので、一般の女性と魔女を判別するのは、非常に困難です。

 

 そんなわけで、主人公の男の子「ぼく」は、唯一の家族であるおばあちゃんから、魔女の恐ろしさについて、日頃から聞かされていたのでした。

ある日、「ぼく」は滞在していたホテルで、「英国児童愛護協会」と名乗る女性たちの集会に遭遇しました。しかし、その正体は偽りの姿で、イギリス中の魔女が集まる集会でした。カツラを外した魔女たちの禿頭の集団に、「ぼく」は仰天します。

「ぼく」は怯えながらも、魔女たちの集会を覗き見します。なんということでしょう! 魔女たちは、「人間をネズミに変身させる薬」を使って、国中の子どもを滅ぼす計画を立てていたのです。ところが運悪く、集会が終わろうとしたタイミングで「ぼく」は魔女たちに見つかってしまい、その薬によってネズミにされてしまうのです! 

ネズミになった「ぼく」は、おばあちゃんのところに行き、集会で見聞きことを全て話しました。そして、その会話をヒントに、「ぼく」はネズミの身体能力を活用して、国中の魔女を滅ぼす計画を思いつくのです。

さあ、はたして、「ぼく」は無事に計画を遂行できるのか? ネズミにされた「ぼく」はこの先、どうなるのか? その続きはぜひ、あなたの目で確かめてみてください。


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第4回書評コンクール 投票方法は…
良い!と思った本の書評を一つ選び 、書評番号を本文に記入したメールをお送りください。

メール送り先: jido-bun@shirayuri.ac.jp

投票締め切り: 2021年5月19日(水)


この書評は、2021年春に開催された書評コンクールの応募作品です(書評番号3)