2020年2月28日金曜日

【書評】町田そのこ『ぎょらん』新潮社、2018年

大切な人が残した最期の思い


 タイトルの「ぎょらん」とは、イクラに似て非なるものを指す。人が死ぬ瞬間に強く願ったことが、小さな赤い珠となってこの世に残る。それが「ぎょらん」。その珠を口にしてぷちんと噛みつぶすと、死者の願いがまざまざと蘇り、共有できるという。作中に登場する「幻の短編漫画」に描かれ、実在するとされる珠。一方、葬儀屋の間では、同じものが「みやげだま」と呼ばれている。心を砕いて葬儀を執り行ってくれた葬儀屋に死者が贈る礼の宝とされており、都市伝説のような存在だ。本作品は、この珠に関わる人々を描いた短編連作である。
 六つの短編は、それぞれ異なる女性の一人称で語られている。彼女たちほぼ全員に共通するのが、大切な人を不慮の事故や病により失った、あるいは失いかけているということ。だが、全編を通して読んでいるうちに浮かび上がってくるのは、脇役だったはずの青年の物語である。大学一年生の夏に、自殺した親友のぎょらんを口にし、それゆえに苦しみ続けている、三十代の青年。大学を中退し、十年以上引きこもり生活を続けた彼は、ぎょらんに何らかの縁をもつ人との出会いや関わりを通じて、少しずつ変化していく。そして、ぎょらんとは本当は何なのか、その正体を探ろうとするのだ。
 ぎょらんに込められているのは、愛情や感謝など、美しい思いばかりではない。嫉妬、憎悪、軽蔑、怒り。登場人物の抱えている思いもまた、重く、苦しい。人を死に追いやってしまったという自責の念、後悔、生きていることへの罪悪感。それにもかかわらず、読後感はふわりとしており、切ないのに人のぬくもりに満ちている。そう感じるのは、決して癒えない傷や濁った感情を抱えている人が見せる優しさ、誰かを思いやる気持ちが、丁寧に描かれているからだろうか。
心の奥にどんなものを抱えていようと、人は誰かを救い、救われることができる。大切なのは、人と関わって生きるということ。大切な人を亡くして絶望の淵にいる人間にそっと寄り添い、再び立ち上がらせてくれるのは、いつだって生きている人間なのだから。読み終えたとき、人のもつ温かさにほっとしている自分に気づく。そして、ふと考えるのだ。自分はどんなぎょらんを残すのだろうかと。出会えてよかった。しみじみとそう思える作品である。

この書評は、2020年春に開催した書評コンクールの応募作品です(書評番号5)