2019年5月31日金曜日

熊沢健児のお気に入り映画 『エンジェル、見えない恋人』


マジシャンだった恋人が失踪し、心を病んだルイーズは、療養施設で透明な男の子を産んだ。彼女はこの子を「エンジェル」と名づけた。世間から隔絶された施設で、親子はひっそりと暮らしていた。
エンジェルは心の優しい元気な男の子に成長し、ある日、病室の窓から、近所の屋敷に暮らす女の子を見かける。彼は内緒で施設を抜け出し、女の子のいる屋敷の庭に行ってみた。すると、

「こんにちは」

 女の子は見えないはずのエンジェルの方を向き、手を差し伸べた。彼女の名前はマドレーヌ。マドレーヌは目が見えなかった。

 男の子と女の子が出会い、成長し、お互いを異性として意識するようになり、しばしの別離ののち、やがて大人になり、結ばれる。単純なプロット。シンプルな恋の物語だ。

母親以外の誰にも気づかれることなく生きてきたエンジェルだが、「見える」ということに囚われていないマドレーヌだけが彼を見つけ出す。この展開は、「見える」とはどんなことだろうかと私たちに問いかけ、「見えないこと」を通じて教えてくれる。

 声、匂い、気配、息遣い、体温、肌触り、素直な言葉。相手を想い、その存在を感じる。見えないことは、こんなに豊かだったのかと驚かされる。

十代の少年少女になった頃、マドレーヌはエンジェルに視力回復の手術を受けることになったと告げる。彼女は視力を獲得するため屋敷を発つ。
手術は成功し、マドレーヌは見違えるように美しい女性へと成長して屋敷へ戻ってくる。だが、目が見えるようになった彼女は、エンジェルの存在を感じ取ることができない。マドレーヌは、エンジェルに手紙を書く――

低予算で作られた映画ならではの創意工夫が、この映画のいたるところにちりばめられている。
単純な仕掛けを駆使して、CGがどうしても必要な場面以外はできるだけ実写で撮影する。実写とCGを滑らかに組み合わせるという厄介な作業を経て、場面の一つ一つが一篇の詩のように暗示に満ちたものとなる。

過剰に「リアル」な映像は、繊細な恋物語をときに滑稽に見せてしまう。リアルさではなく、エンジェルの存在を観る者に信じてもらえるかどうかが問題なのだ。俳優たちの演技と、繊細さと工夫に満ちた画面作りにより、目に見えないエンジェルをシンボライズする。そうして作り出される映像の美しさも、この映画のみどころのひとつである。

熊沢健児(ぬいぐるみ・名誉研究員)

作品名 エンジェル、見えない恋人
原題 Mon Ange
監督/共同脚本 ハリー・クレフェン
製作 ジャコ・ヴァン・ドルマル
制作国 ベルギー
制作年 2016年(日本公開 20181013日)
上映時間 79
配給会社 アルバトロス・フィルム
公式HP http://angel-mienai.com/about.php
※このレビューは、レンタルDVDに収録された本編および特典映像を鑑賞し、公式HPを参考にして(作品内容とレビュー内容が矛盾していないかの確認です)、作成しました。