2013年12月5日木曜日

“soft subject”を研究するということ――キンバリー・レイノルズ氏の講演を聴いて



 201310 28日、本学クララホールにてニューカッスル大学教授キンバリー・レイノルズ氏の講演会が行われた。第14回国際グリム賞を本年受賞されたレイノルズ氏は、前日に大阪での同賞の贈呈式・記念講演を終えてから、講演に駆けつけて下さった。“My subject as my life――building a career in children’s literature studies”と題された本講演で、氏はご自身の生い立ちにも触れつつ、研究者として児童文学にかかわりはじめた1980年代以降の歩み、イギリスでの児童文学研究の現在の動向、そして、現在ご自身が興味を持たれている19101940年代のイギリス児童文学にかかわるものとして、1930年代にティーンエイジャーによって発刊された雑誌Out of Boundsについて話された。
私が最も興味深く聴いたのは、氏の1980年代以降の歩みについてだった。1980年代には、児童文学はアカデミズムのなかで専門分野とはみなされておらず、“soft subject”として、綿密な議論に堪えないものとして受け取られていたという。女性研究者であることと、“subject”が子どもであること、この2点が、レイノルズ氏が研究キャリアを重ねてくるなかで、取り組みをシリアスに受けとめてもらうための障壁であったと話されていた。その一方、当時は女性運動が活発になっていた時期であり、女性研究者への見方も変化してきていたこと、また、カルチュラル・スタディーズの登場でキャノンや伝統がゆらぎをみせ始め、学問界がスピーディに変化しており、“soft subject”の研究も認められ始めていたことが、研究分野としての児童文学を切りひらいていくのに助けとなったという。
しかし、そうした状況の助けがあったとはいえ、その後の児童文学研究の基盤の築きは、何より氏の奮闘あってこそのものである。前任のローハンプトン大学では児童文学に興味のある英文学者という形での出発だったといい、児童文学は“soft subject”ゆえに「簡単だ」と思われ、それゆえ仕事量も多かったと話されていた。そのハードワークのなか、氏は同大学の大学院に児童文学の専門コースを創設し、若手研究者へ道をつくり、児童文学研究センターを立ち上げて児童文学研究全体の把握や活動の活発化を可能にし、研究分野としての児童文学の基盤を築き上げていった。氏は、こうした活動はひとりでやってきたものではなく、さまざまな形で児童文学にかかわっている方たちのはたらきあってのものだと話されていたが、その熱意や取り組みを活かし、機会をつくり、人をつなげていった氏の尽力があってこそ、形になったものなのだろうと思う。
90分にわたる内容豊かな講演のなか、とりわけ印象に残っていることが2つある。1つは女性研究者としてのご自身の歩みについて、女性もハードワークをこなすことができる、ということを示す必要があり、これまでこなしてきたが、それにより、後の女性に対するハードルを上げてしまったかも知れない、と話されたこと、そしてもう1つは、児童文学研究の今後に関し、個別分野として続けていく方向性にも需要はあると思うが、分野を横断し、多分野それぞれに特化するなかで考えていく方が良いかもしれないと話されたことである。ハードワークをこなして女性研究者への不信を払拭し、児童文学研究者として分野の確立に貢献されてきた氏が、そうしたことの重要さを痛感した上で、それに拘泥することなく「これから」を思考する姿に、“soft subject”を研究する者の、“soft”さを大切に思うがゆえに絶えず問い続けてゆく真摯さを感じた。終わらない生の営みとして“subject”に向き合うという、氏の真摯な姿勢に、背筋の伸びる思いのする講演会だった。

(小林夏美 本学児童文学専攻博士一年)