2024年5月10日金曜日
ミニ展示 5月10日~23日
2024年5月9日木曜日
ムナーリとレオーニ(38)
1953年
今回も、ムナーリの年譜を見ていきたい。
1953年のムナーリは、6つのグループ展に参加し、個展を1回、開催している。年譜からはムナーリの活動の中心地はヨーロッパだったことがうかがえるが、この年はニューヨークでも、個展とグループ展を1回ずつ開催している。この年は展覧会だけでなく、映像の上映(《直接の映写》10月13日、ミラノ、ストゥディオB24)も行なった。さらに、この年から1954年まで、MACの会長を務めることになるなど、ムナーリの年譜はどの年を見ても盛りだくさんである。
個展はイタリアン・ブック・アンド・クラフトで5月14日に開催された「読めない本——ブルーノ・ムナーリの読めない本とコラージュ」というタイトルのもので、ムナーリは『読めない本No.20』を制作したそうだ。グループ展は「建築・デザイン部門 1946-1953年新収蔵品展」(12月23日-翌年2月22日)というもので、ニューヨーク近代美術館で開催された。同館は1929年に開館し、建築・デザイン部門は1932年に設置された(ちなみに、1932年のムナーリはといえば、未来派の一員であると同時に新進気鋭のデザイナーでもあり、『カンパリの吟遊詩人』第5集の挿絵を手がけていた)。
MoMAのホームページで公開されている、「建築・デザイン部門 1946-1953年新収蔵品展」の作品リスト(*)には、Graphic Designという分類のもと、ムナーリが寄贈したというレターヘッド(c. 1950)が記載されている。また、MoMA所蔵のムナーリ作品一覧(**)には、1935年制作と推定されるレターヘッドが3点載っている。1953年に展示されたものとは別のレターヘッドのようだが、面白いことに気がついた。3点とも、“Mazzotti Ceramics letterhead(Letter from Tullio Mazzotti to Luigi Scrivio”という名で、建築・デザイン部門の収蔵品と表示されているのである。ここに見られるTullio Mazzottiという名前には、覚えがある。
MoMAの収蔵品となったレターヘッドを用いて手紙を出したTullio Mazzottiは、「ブルーノ・ムナーリ年譜」では「トゥッリオ・ダルビゾラ」(p.342)、「レオ・レオーニ 年譜」では「アルビソーラのトゥーリオ・マッツォッティ」(p.216)の名で登場する、あのTullio d’Albisolaである。ムナーリは1927年に、レオーニは1929年に、同じTullio Mazzottiのもとでそれぞれ陶芸を学び、制作していた。
ムナーリとレオーニの年譜を読み比べるこの連載はもともと、「ムナーリとレオーニが、もしも今の日本のどこかの美術館で二人展を催したなら、どんな展示構成になるだろう」という思いつきから始まった。わずかな予備知識しかもたないなかで彼らの年譜を読み比べ、読み進めてきて、ふたりの共通点を初めてはっきりと意識するようになったのは、このTullio Mazzottiがきっかけだった。MoMAのサイトで再びこの名前に、しかもムナーリの作品を通じて出会うことになるとは思いもしなかった。
ところで、去る5月5日はレオーニの114回目の誕生日だった。ちょっと遅くなってしまったけれど、今度の週末、エスプレッソとマリトッツォで、こっそりお祝いしよう。
【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
「レオ・レオーニ 年譜」『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp.216-219 ※執筆担当者の表示なし
*“Recent Acquisitions, 1946–1953: Department of Architecture and Design.” MoMA.
https://www.moma.org/calendar/exhibitions/1796 (参照2024年5月9日)
** “Works.” MoMA. https://www.moma.org/artists/4163#works (参照2024年5月9日)
遠藤知恵子(センター助手)
2024年5月2日木曜日
ムナーリとレオーニ(37)
1952年
1952年のムナーリは、2つの個展を開催し、8つのグループ展に参加している。個展・グループ展を1年のうちに全部で10回開催。これまで見てきたなかで、一番、展覧会の多い年なのではないだろうか。
2回あった個展のうちのひとつは「彫塑的な四角い絵画と新しい役に立たない機械」(3月15-30日、ミラノ、ベルガミーニ画廊)というもの。1950年のモッタ社のパヴィリオンでもこの〈役に立たない機械〉シリーズは健在だったが、「新しい」という形容のついた1952年の〈役に立たない機械〉はどんなものだったのだろう。《役に立たない機械》を年譜で確認できるのは1930年以降。20年以上ものあいだ、「役に立たない」ことを続けるのは、結構大変だったのではないだろうか。
8回あったグループ展のうち、5つの展覧会タイトルに「具体」や「MAC」といった言葉や文字が見られる。ムナーリは1948年に設立したMAC(具体芸術運動)にも引き続き参加しているのだが、個人的に、ちょっと面白いなと思うのが、この一文である。
「機械主義宣言」、「総合芸術宣言」、「解体宣言」、「有機的芸術宣言」が掲載されたMAC会報『具体芸術』10号が出版される。(p.346)
「宣言」が4つもある。この一文を読んで、「宣言と言えば、未来派だよね」などと思いながら年譜を遡っていたら、1938年のところに「「機械主義宣言」をまとめる。(発表は1952年)」(p.344)と書いてあるのを見つけた。ムナーリは第二次世界大戦中に、未来派とは距離を置くようになったそうだが(盛本直美「未来派」p.30)、当時の芸術運動と完全に決別してしまったわけではなく、連続性を保ちながら次の運動に進んでいることが分かる。
なお、レオーニの年譜には、「1952年」と「1953年」がない。その間もレオーニが忙しく活躍していたことは間違いないが、目新しいことを始めるというよりは、前の年や、その前からやっていたことに引き続き取り組んでいた期間だったのかもしれない。
【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
「レオ・レオーニ 年譜」『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp.216-219 ※執筆担当者の表示なし
2024年5月1日水曜日
第7回 書評コンクールのお知らせ
白百合女子大学児童文化研究センター主催
第7回 書評コンクールのお知らせ
今年も書評コンクールを開催いたします。
募集作品は、「好きな児童文学作品・絵本、面白いと思った研究書や、児童文学・文化の関連書籍などの書評」です。
児童文化研究センター構成員の皆様のご応募をお待ちしております。
応募締め切り:2024年6月5日(水)
開催場所:児童文化研究センター公式ブログ
〈スケジュール〉
5月1日(水) 書評の募集開始
6月5日(水) 書評の応募締め切り
6月6日(木) 応募書評の公開・投票開始
6月20日(木) 投票締め切り
6月21日(金) 優秀作品と全執筆者の発表 ※
応募された作品は名前を伏せて書評番号をつけ、ブログ上で発表します。書評を誰が書いたか分からない状態でGoogle Formを利用して投票を行い、優秀作品の発表と同時に各作品の執筆者をブログ上で公開・メーリングリストでお知らせします。
〈募集要項〉
・応募資格: 応募時点で本センターの構成員であること。
・書評の分量: 800~1200字。
・応募方法: テキストをWordファイルで作成し、センター宛のメールに添付して送信してください。
・メール本文には次のことを記載してください。
- 応募者氏名(ペンネームでの公開を希望の場合は併記する)
- 応募区分(学生/一般/教職員/その他)
- 取り上げる本の書誌情報(タイトル・著者名・訳者名・出版社・出版年など)
- 冊子収録の可否(在学院生および翌年の新入院生に配布)
※ 著作権は執筆者に帰属します。
・投票資格:センター構成員および本学学生(学部生を含む)
・投票方法:メールおよびGoogle Form
2024年4月26日金曜日
ミニ展示 4月26日~5月9日
センター入り口で、センター蔵書のミニ展示を行っております。
子どもの世紀 表現された子どもと家族像
神宮輝夫/髙田賢一/北本正章 編著
ミネルヴァ書房 2013年
展示期間中も貸し出しをすることができます。どうぞお気軽にご利用ください。
本書では、本学専任教員・非常勤講師の先生方、児童文学専攻OGの方といった、本学にゆかりのある方々が多数執筆していらっしゃいます。
ムナーリとレオーニ(36)
1951年②
レオーニは1949年から『Fortune』誌の社外アートディレクターを務めていたが、この年、同誌の誌面全体のレイアウトを一新した。図録に収録された森泉文美による解説「『Fortune』での仕事」(pp.55-56)によれば、リニューアルは9月号を境に行われたとのこと。
1冊ごとの流れも、こんなふうに見直したという。
雑誌全体の構造に関しては、広告と本文をわけ、目次、約70ページにわたる広告、最新情報と前号の評、特集記事、そして最後にまとめ的なコラム、という流れが作られました。(p.56)
記事を読んでいる最中に、本文を広告に分断されたらきっと鬱陶しく感じるはず。広告と本文が分かれているというのは、雑誌の記事をじっくり読みたい読者としては嬉しいことである。また、広告デザインに興味を持つ人からしてみれば、本文から切り離された「約70ページにわたる広告」のゾーンで、多種多様な広告を見比べることができたのではないだろうか。
表紙の「構造」も面白い。
表紙タイトル上部にはギリシャ神殿のファサードのような「フリーズ」と呼ばれる帯が設けられ、表紙下部とは違う作家によるコメント的な絵が加えられるようになりました。(p.56)
図版には、この「フリーズ」のある表紙2点(1957年7月号・同年5月号)が掲載されている。タイトルの「FORTUNE」の文字を境界線として、「フリーズ」は表紙全体の上部15パーセントくらいの面積を占めている。ミクロの世界とマクロの世界、あるいは、人々の暮らしと産業といったところだろうか。同じ画面に異なる二つのストーリーを感じさせるものが描かれているのが面白い。
こんなふうにして『Fortune』をリニューアルした1951年、レオーニは第1回世界デザイン会議の議長に選ばれたそうだ。場所は、コロラド州アスペン。
え?1951年に第1回世界デザイン会議…? 1960年の東京開催が第1回じゃなかったの?と、頭のなかを「?」でいっぱいにしながら、グーグル検索でキーワードをとっかえひっかえして、ようやくヒントにたどり着いた。「紙の竹尾」のwebサイトの「竹尾の紙とデザインの歴史」という年表のページである。このページに記載された1951年の海外の動向のなかに、「アスペン国際デザイン会議設立」の言葉を見つけた。
この「アスペン国際デザイン会議」を検索語としてさらに検索してみたところ、アートスケープのwebサイトで「世界デザイン会議」を解説するページにたどり着いた。
このページ自体は1960年の世界デザイン会議を解説するものなのだが、その中に「アスペン会議」という言葉が出てくる。
戦後、デザイン界における日本人の活躍を背景として、56年のアスペン会議(アメリカ、コロラド州アスペンで行なわれたデザイナーの集会)において、日本での国際会議の開催が決議された、その結果として、第1回世界デザイン会議が、60年5月11日から16日まで、東京の大手町産経会館で開催された。
打集宣善「世界デザイン会議」
ええと…つまり、1960年の「世界デザイン会議」東京開催を決議した団体ということで、この「アスペン会議」を「(本家)世界デザイン会議」として年譜に記載したということだろうか? 本家などと言うと、なんだか老舗の和菓子屋さんのようである。
…そんなわけで、レオーニと世界デザイン会議の関係をはっきり教えてくれる資料は、ネットではみつからなかった。今日のところはお饅頭でも食べて、ひとやすみしよう。
【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
「レオ・レオーニ 年譜」『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp.216-219 ※執筆担当者の表示なし
打集宣善.“世界デザイン会議.”アートスケープ. https://artscape.jp/artword/6190/,(参照2024年4月18日)
“紙をめぐる話 竹尾の紙とデザインの歴史.” 竹尾. https://www.takeo.co.jp/reading/others/01_02.html,(参照2024年4月18日)※
※紫牟田伸子編『紙とデザイン——竹尾ファインペーパーの五〇年』(竹尾、2000年)巻末附録を再録したもの。
2024年4月18日木曜日
ムナーリとレオーニ(35)
この年、ムナーリは1月と11月に個展を開催している。1月に開催された個展は、その名もずばり「ムナーリ」展(ミラノ、チェントロ・ストゥーディ・グラフィチ)。11月に開催された個展は「ブルーノ・ムナーリのファウンド・オブジェ・コレクション展」(ミラノ、エリコッテロ画廊)。
ファウンド・オブジェって何だろう?と、『岩波西洋美術用語辞典』(2005)で調べてみると、フランス語の「オブジェ・トルヴェ」で載っていた。
「見出されたもの」という意味。自然物にせよ人工物にせよ、芸術家によって意図して制作されたのではないにもかかわらず、芸術家が何らかの美的効果や具体的な対象との形態的類似を認めたもの。ダダ、シュルレアリスムなどの芸術家に好んで用いられた。英語で「ファウンド・オブジェクト」ともいう。(p.64)
「自然物」と「人工物」の両方だということだから、当てはまりそうな「もの」の範囲が広すぎて、ちょっと想像しづらい。ただ、「ファウンド・アート」という言葉が、ダダやシュルレアリスムといった芸術運動とご縁のある用語であることは分かった(そう言えば、今年はアンドレ・ブルトンが「シュルレアリスム宣言」を発表してから100年目に当たる年ではないか!)。
時代をちょっと先取りすることになるが、50年代後半のムナーリは、折りたたんで持ち運べる〈旅行のための彫刻〉のシリーズに取り組んでいる。「もの」と「もの」を取り巻く空間との関係性に対する関心を継続して持ち続けているのだろうな、と想像した。
また、ムナーリは同じ年に4つのグループ展に参加している。そのうちのひとつ、11月から12月にかけて開催された「ベルナスコーニ・コレクション」展のために、手作りの《読めない本》を12種類、各20部制作したそうだ。全部で240部の本を手作り…芸術家って、ほんとうに大変だなぁ。
【書誌情報】
奥田亜希子編「ブルーノ・ムナーリ年譜」『ブルーノ・ムナーリ』求龍堂、2018年、pp.342-357
「レオ・レオーニ 年譜」『だれも知らないレオ・レオーニ』玄光社、2020年、pp.216-219 ※執筆担当者の表示なし
益田朋幸・喜多崎親編著『岩波西洋美術用語辞典』岩波書店、2005年
遠藤知恵子(センター助手)