2025年4月17日木曜日

熊沢健児の読書日記より

この記事は、児童文化研究センター名誉研究員(ぬいぐるみ)の熊沢健児が執筆を担当したものです。就職氷河期に青春期を過ごした熊沢は、非正規の仕事をいくつか経験したのち、本センターにて住み込みで働くようになりました。熊沢のおもな業務は、児童文化研究センター入口で待機し、ご来室される方々をお迎えすることと、ブログの記事を通じて情報発信をすることです。以後、お見知りおきくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

熊沢健児

 朝、猫村たたみさんから「本についての本」を読もうというお誘いを受けた。猫村さんが「三文庫(非)公式ガイド」で取り上げていた『本づくりの匠たち』(グラフィック社編集部編、グラフィック社、2011年)が面白そうだったので、まずは手に取ってみた。猫村さんの言うとおり、冨田文庫の資料がこの本には登場する。これは、ちょっと、嬉しい。

 私は、本はテキスト(文章も、絵も含めて)が命、内容が一番大事だと思っているけれど、開き具合や手触りといった、(長く読んでいても嫌にならないという意味での)デザインや読みやすさも、読書の楽しみを大きく左右する要素である。見た目よりも中身と実用性を重視したくなる私は、『本づくりの匠たち』に登場するスペシャリストたちの仕事ぶりには、ただただ感謝と尊敬の念を抱くばかりである。

 彼らは私のような合理主義的な読者のニーズばかりでなく、ときに無理難題を持ちかけてくるデザイナーの要求にも応えていかねばならない。『本づくりの匠たち』では、祖父江慎さんというブックデザイナーの名が出てきた。この方は非常に斬新なデザインで知られているのだそうだ。本づくりの現場をグラフィック社編集部とともに取材する名久井直子さん(名久井さんご自身もブックデザイナーである)は、祖父江さんのお仕事を「印刷や加工のことをよくご存知の上で、綿密な計画がなされていて、とても勉強になります」(p.60)と評する。これを読み、ああ、そうなんだと思い、実用一辺倒の自分を大いに反省した。本がどんな姿かたちをしているか、鑑賞しようと思った。

 丁度よい具合に、大学図書館に祖父江さんの作品画像を数多く収録した資料があるのを見つけた。『祖父江慎+コズフィッシュ』(パイインターナショナル、2016年)である。ウキウキしながらこの本を借り、センターに持ち帰ってページをぱらぱらとめくる。そのとき、思わず「ギャッ」と悲鳴を上げてしまった。むき出しの人体が生々しく写された写真画像を見てしまったのである。私にはちょっと無理かもしれない。こういう画像、実はすごく苦手なのだ。でも、勉強はしたいんだよなあ…。今度、猫村さんに相談してみよう。

~後日~

猫村 熊沢くん、こんにちにゃ!

猫村たたみ
「相談って、何かにゃ?」

熊沢 祖父江慎さんのブックデザインの本を見て、本がどんな姿かたちをしているか、鑑賞してみようと思ったんだ。

猫村 それは良い考えにゃ!

熊沢 でも、この本には私の苦手なタイプの写真画像があって…。

猫村 そうにゃの? どれどれ…にゃ~む、荒木経惟さんや、沢渡朔さんの写真集かにゃ?

熊沢 そ、そうなのかな。ちょっと気圧されてしまって、よく見ていなかったから。表現に携わる者としては、作品集に載った図版を正視できないなんて情けない限りだけど…。

猫村 にゃ~に、気にすることはないのにゃ! 作品としての裸体像と、すっぽんぽんの裸の画像や煽情的に演出された肉体の像との境界線は、人によって違うのにゃ。熊沢君の境界線が、祖父江さんや荒木さんや沢渡さんの境界線と違っていただけにゃよ!

熊沢 ありがとう。でも、いやしくも作品として提示されている画像なのに、拒否感を覚えてしまう私には、この本を読む資格はないんじゃないかって思うんだ。でも、勉強はしたいんだよ…。

猫村 本を読むのにシカクもサンカクもないのにゃよ! 私がお手伝いするから、ちょっと待っててにゃ! (猫村、『祖父江慎+コズフィッシュ』をパラパラとめくりながら高速で手を動かし、スマホで検索を始める。)

熊沢 猫村さん、あいかわらず早いな…。

猫村 にゃっへん! 私、情報検索のプロにゃもの、これくらいは朝飯前にゃよ。…へいお待ちにゃ!

熊沢 あ、付箋が挟んである。

猫村 児童書や学術書の書影があるページや、書容設計がわかるページに、付箋を挟んだのにゃ。そして、大学図書館に所蔵のある本は、これと、これと、これと…。

熊沢 すごい! 実物を見ることができるんだね。

猫村 検索しているうちに、私も祖父江さんデザインの本を見てみたくなったのにゃ。

熊沢 うん。一緒に見てみよう。今から図書館に行って、借りてくるよ!

猫村 ありがとうにゃ!


【書誌情報】

『祖父江慎+コズフィッシュ』パイインターナショナル、2016年

2025年4月10日木曜日

猫村たたみの三文庫(非)公式ガイド

この記事は、白百合女子大学児童文化研究センターオリジナルキャラクター「猫村たたみ(ねこむら・たたみ)」によるものです。猫村は、児童文化研究センターの貴重書庫「三文庫」を図書館司書として守り、その魅力を広く伝えるという職務遂行上の理由から、語尾に「にゃ」をつけたいわゆる「キャラ語」を用います。本ブログ記事をお読みくださる皆様におかれましては、キャラクターの性質をご理解の上、猫村たたみの世界観をお楽しみくださいますよう、お願い申し上げます。
猫村たたみ
 皆さま、ご機嫌いかがかにゃ?
 三文庫の守り猫、猫村たたみですにゃ。いよいよ新学期が始まったのにゃね。新学期の大学は賑やかで、私もなんだか楽しいのにゃ~。
 私がお守りする「三文庫」は、白百合女子大学児童文化研究センターの貴重書庫なのにゃよ。三文庫は、「金平文庫(かねひらぶんこ)」「冨田文庫(とみたぶんこ)」「光吉文庫(みつよしぶんこ)」という三つの文庫で構成されていて、それぞれにユニークな来歴と蔵書をもっているのにゃ。世界中でここにしかない資料もあるのにゃよ!
 
 ところで、皆さまはもう、2025年度の目標を立てられましたかにゃ? 私の2025年度の目標は「原点回帰」ですにゃ! 今年度は本についての本をたくさん読んで、司書としての知識に磨きをかけるのにゃ。
 この前、図書館で素敵な本を見つけたのにゃ。タイトルは『本づくりの匠たち』。本づくりに関わるさまざまな「匠」の技を、デザイナーの名久井直子さんが見学して、本を作ったり修理したりする、いろんな名人のお話を聴くのにゃよ。印刷や製本や函作りなどの現場で名人がどんなふうにお仕事しているかを知ることができる、興味深い本なのにゃ。
 たとえば、「小口印刷」。小口(こぐち)って、本の「背(せ)」以外の、紙の切り口が見えるところにゃよ。上の小口を「天」、下の小口を「地」とも呼ぶから、背の反対側の部分を特に指して「小口」と言うことが多いにゃね。辞書などの小口に、「あかさたなはまやらわ」って書いてあるの、あれ、便利にゃね~。ああいうのが小口印刷。小口印刷をする現場の人たちや、そこで使われている機械などを写真で見ながら、名久井さんのチャーミングかつ本づくりの勘所を踏まえた発言や、匠の皆さまとのやり取りを読むのがとっても楽しいのにゃ!
 本を書いた人や装丁をした人、編集した人や出版社などの名前は奥付に書いてあるけれど、インクの色を調節した人や製本をした人、特殊な印刷や加工をした人たちは「縁の下の力持ち」にゃからね~。『本づくりの匠たち』では、滅多に見られない、貴重なお仕事風景を覗き見できちゃうのにゃ!
 そんなわけで、私、この本をとても面白く読み進めていたのにゃ。すると、にゃ…にゃんと! 冨田文庫の資料がこの本のなかの写真に写っていたのにゃよ! 東京修復保存センター(TRCC)さんへの取材なのにゃ!
 この本の83ページで、TRCCの修復現場を見学する名久井さんが「あっ! かわいい表紙がいっぱい!」と声を挙げ、ペーパー・コンサバター(歴史文書保存修復家)の安田智子さんが「白百合女子大学から預かったものですね。明治・大正から昭和にかけての児童書や雑誌です」と応じるのにゃ。そして、89ページの写真には、『小鹿のはなし』の表紙が! これ、冨田文庫の資料にゃよ。
 そうそう、思い出したのにゃ! 文庫の整備をするときには、TRCCさんにたくさんの資料を修復していただいたのにゃよ。錆びてしまったステープラー(ホチキス)の針を外し、放っておくとボロボロになってしまう酸性紙に脱酸性化処理を施したり、クリーニングしたりしたあとで丁寧に綴じ直す、集中力と根気の要る作業をしていただいたのにゃ~。おかげさまで、修復から10年以上経ったいまも冨田文庫の資料は元気に、皆さまの研究のお役に立っているのにゃ。
 
 こんなふうに、三文庫はいろんな人の助けを借りて、大事にだいじに整備された貴重書庫なのにゃ。どうかどうか、皆さまも大切に、そして存分にこれらの資料を活用していただきたいのですにゃ。いっぱい使ってにゃ~!

【書誌情報】
グラフィック社編集部編『本づくりの匠たち』グラフィック社、2011年(※)。白百合女子大学図書館蔵書。
小山賢市『小鹿のはなし』新興出版社、1948年。冨田文庫資料ID:T08440 / T08441。

  • 2015年に、グラフィック社編集部と名久井直子さんがタッグを組んで作った『ブックデザイナー・名久井直子が訪ねる紙ものづくりの現場から』(グラフィック社)が出版されています。『ブックデザイナー・名久井直子が訪ねる紙ものづくりの現場から』では、『本づくりの匠たち』で訪れた活字鋳造の株式会社中村活字と活版印刷の株式会社弘陽に2度目の見学をしており、さらに、東日本大震災を経験した製紙工場での話など、本好きならばぜひとも読んでおきたいトピックがたくさんあります。
皆様も、2025年度は猫村と一緒に、本についての本を読みませんか?

2025年4月2日水曜日

新刊本のお知らせ

『ちりめん本 海を渡った日本昔ばなし Japanese Fairy Tales

尾崎るみ監修 浜名那奈訳 東京美術 2025年4月

 一家に一冊は持っておきたいような、愛らしいちりめん本の影印本が出版されました。長谷川武次郎が明治18(1885)年に刊行したちりめん本「日本昔噺」シリーズより『桃太郎』『舌切雀』『猿蟹合戦』『花咲爺』『勝々山』『鼠嫁入』『瘤取』『浦島』『因幡の白兎』『竹箆太郎』の英訳版を選び、これら十作品の表紙・表題紙・本文・奥付など広告と裏表紙を除いたページが影印され、各作品の主要な登場人物を紹介する扉が新たに付け加えられています。

 実物よりも一回り大きい、125パーセント程度の拡大印刷がなされており、文字が読みやすくなっているのもこの本の良いところ。匡郭の使い方を工夫した、遊び心あるちりめん本の絵柄が、少し大きめに印刷されてとても見やすくなっています。じっくりと楽しみながら見ているうちに、新たな発見があるかもしれませんね。各作品のイメージカラーを背景色として、和紙のテクスチュアで印刷しているところも、まるで縮緬紙の肌合いを視覚的に再現しようとしているかのようで新鮮です。

 本書に収録された3つのコラムと5つのメモは児童文化研究センター研究員の尾崎るみさんが担当し、「日本昔噺」シリーズ誕生の経緯や、その立役者となった武次郎、このシリーズで活躍した絵師たち・翻訳者たちについて解説しています。日本語訳は同じく本研究センター研究員の浜名那奈さんが担当しています。日本の昔話を異なる言語で読むときの新鮮な感じが、浜名さんの訳文からも伝わってきます。

 本書は4月2日(水)発売。センター入り口にさっそく展示しました。ご来室の折には、是非、お手に取ってご覧ください。